第24話 アノ王子、上洛①
翌日、所用を済ませてから片倉病院へ向かうと、聡子の元気な声が病室の外、廊下にまで漏れ聞こえていた。
いろいろと吹っ切れたのかな、さくらは期待してドアをノックした。
「こんにちは、さくら。久しぶり(はあと)」
そう、この口調。寝ている聡子のベッドの脇に、境真冬が座っていた。しかも、聡子の手を握って。密着好きなのは知っているけれど、親しいというより、図々しくない? 近いよ、近い。
今日、平日なんだけど……さくらは真冬をちらっと睨んだ。
いや、平日だからこそ、かもしれない。店舗勤務者、土日は忙しい。ましてや、業績のいいお店の店長の真冬、休むのは難しいはず。類だって、週末にはなかなかお休みが取れなかった。
それでも、仕事場からそのまま来たらしい、黒いスーツ姿。やっぱり細くて、目を惹く外見。髪を染めたらしい、少し青みがかっているクールで涼しげな黒。
「さくらちゃん、真冬くんにお茶を淹れてあげてね」
あまりにも長く、さくらがぼーっと突っ立っているので、聡子が促した。
「すみません。行ってきます」
「いいよ、気をつかわないで。俺に見とれていただけでしょ(笑顔)」
違うよ! ついに、面倒な人が来たなって、困惑していただけ! 手なんて握っているし、聡子もご機嫌だし!
類に、忠告はされていた。けれど、唐突だった。
どうしよう類くーん、とうとう真冬さんが京都へ来ちゃったよー! 対決の覚悟が全然できていない、さくらだった。
給湯室をお借りする。
ポットのお湯が沸くまでの間に、とりあえず、類にメール。返事は期待できない。保険として、壮馬にもメール。ピンチをしのぐ、よきアイディアを考えてくれるかもしれない。それと、玲。早く来てほしい。叶恵にも、真冬対策を教えてもらおう。
「しいたけ、持ってないよ……とほほ」
ポケットを何度も確認したけれど、真冬が苦手だというアイテム、所持なし。がっくり。誰か、助けて……!
「しいたけがどうしたの」
「ぎゃあ! 出た!」
真冬が、給湯室のドアをおさえるようにして腕組みしながら立っている。退路がない。塞がれた。
「さくらってさ、色気ないってよく言われない? なんなの、『ぎゃあ』って。仮にも、大長編物語のヒロインなんだからさ、もっとかわいく驚けないの?」
「これが素です」
「……デカフェのコーヒー、ある? 聡子さんも飲みたいって」
「あります。ここに」
「渡して。俺が淹れる」
さくらはカフェインレスのコーヒー粉を用意した。奪うように受け取った真冬が、てきぱきとコーヒーを淹れる準備に取りかかっている。手早い。カップをあたため、ペーパーを組み立てる。
さくらは、真冬の無駄のない、滑らかな動きに、つい見入ってしまった。
「トレイ、どこ? 準備して」
「は、はい」
「お砂糖とミルクは」
「お母さんはブラックですが」
「知ってる。さくらの好み、聞いただけ」
さくらは身体が熱くなるのを感じた。いかにも手馴れているので、いやなのに、でもどきどきしてしまう。つくづく、振り回され体質だと思う。情けないけれど。
「私も、ブラックです」
「じゃあ必要なし、っと」
コーヒーはすぐに淹れ終えた。真冬がトレイを持って歩く。
涼しい横顔が、むかつくほどきれい。美形を見慣れてしまっているさくらですらも驚くほど、整っている。
そのあとは、三人で楽しく談笑した。
真冬が上手く聡子を持ち上げるので、赤ちゃんを披露するのもラクだった。明るい笑顔で赤ちゃんをだっこする聡子。ほっとした。
類からの返事はない。壮馬は『気をつけてください』。玲『今日の見舞いは無理かも』。叶恵は勤務中なので返信なし。
「……というわけで、お願いよさくらちゃん。私の代わりに、真冬くんとごはん。もてなしてきて」
「うれしいです、さくらさんとお外でごはん。はじめてです」
聡子は、さくらがちょっと席を外したすきに、ディナーの予約をしてしまった。いきつけの和食屋さんだという。
トンデモ展開、来ました。聡子は知らないのだろうか、自分の大切なさくらが真冬に狙われているということを。
真冬はおおげさに、はしゃいでいる。演技だ演技。
「いやあ困りますよ、高級料亭なんて。緊張です。普段着だし……」
軽く拒否してみるけれど、まったく聞いてくれなかった。
「『私の代わりに』。さくらちゃん、聞こえなかった? そのままでも、さくらちゃんはじゅうぶんかわいいわよ。息抜きしてきて、ね。すっごくおいしいから!」
強い口調の聡子が戻ってきた。よろこびたい。けれど、よろこべない。
もっとも頼りになりそうな玲、なのに今日に限って仕事があるらしい。片倉も不在で伝言ができない。
さくらは、後ろ髪を引かれる思いで、真冬とタクシーに乗り込んだ。
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