第8話 世界は嘆きの中にある。

 日本は世界経済を支える柱であった。

 世界中は混乱の中にある。

 かつて、世界の警察とさえ言われたアメリカは現在、南北に分裂している。

 ロシアは壊滅して、無政府状態、国土は戦場になった事もあり、全域が荒廃して、多くの人々が餓死直前であった。

 中国に至っては無政府状態を超えて、大小の武装勢力が支配拡大を巡って、戦乱となっていた。

 欧州は利害の不一致からEUは解散され、西と東に分裂した。

 アフリカ大陸は南アフリカが国家として残った程度で、あとは内戦か混乱状態で無政府状態であった。それ以外のアジアや南アメリカなどは戦乱に巻き込まれる事はなかったが、世界経済の低迷で著しく困窮していた。

 ある意味では世界中の富に多くがある日本は嫉妬の目が注がれた。

 特に朝鮮半島統一が望まずにも果たされ、稀有な独立国家として、残った韓国ではあったが、その生活水準の低さは国民全員が乞食だと言われたぐらいであった。

 激しい戦場となった半島の多くは農作物の耕作が困難となり、尚且つ、工業地帯は完全に破壊され、相当な資本投下をしないと再建は不可能であった。生産力の全てを奪われた半島に復興の兆しなどあるわけがなかった。

 その中である若者が立ち上がった。

 日本を打倒して、富を取り戻すべき。

 そんなスローガンが困窮した人々に広まる。

 そして、立ち上がったのが『朝鮮統一戦線』である。


 立ち上がった当初は日本の諜報機関も治安組織も誰も気にする者は居なかった。

 だが、彼らは僅か数か月で勢力を伸ばし、武装を始めた。

 日本の公的組織が彼らの危険性に気付いた時には遅かった。

 彼らはソウルで武装蜂起して、当時の政権を打倒したのである。

 そして、革命政府が樹立された。

 軍にも彼らを支持する層が多く存在し、軍でも革命政権に異論を唱える者が密やかに粛清される事態となる。

 それでも半島全域は困窮状態にあり、残された兵力の結集と再編成が叫ばれる。

 彼らの狙いは明らかに日本であった。

 日本政府は軍事衝突の可能性を考慮して、半島に戦力を派遣するかを検討するに至っていた。

 戦争が再び始まるかもしれない。

 そんな陰鬱なニュースが世間に流れ始めていた。

 それを吹き飛ばすようにコロシアムのPRが流れる。

 サラとバロン早緒莉の対決は人々の興味の的であった。

 かつての英雄とコロシアムのヒーロー。

 誰もが興奮する対決であった。

 戦えばどちらかが必ず死ぬ。

 それが人々の気持ちを高ぶらせるのだ。


 コロシアムは満席で立ち見も多く居た。

 コロシアムの外には珍しく大スクリーンが置かれ、街頭での見物客も大勢であった。皆が賭けに興じる。

 バロン早緒莉が圧倒的に有利だと予想屋は言う。

 確かに彼女の方が圧倒的に経験値も技能も高いだろう。

 それに彼女は戦争の英雄だ。

 誰もが彼女には負けて欲しくない。

 そう願っている。

 まだ、未成熟なサラは同情はされても勝つなんて誰も思っていないだろう。

 だから穴狙いで賭ける奴らも居る。それだけだ。

 だが、俊樹は違う。彼女は勝つ。いや、生きて戻って来る。

 そう思っている。願っている。

 そうやって、今朝、彼女を送り出したのだ。

 いつものように「行ってきます」とだけ呟いて出掛けたサラ。

 いつまでこんな事を続けさせるつもりだと自問自答する俊樹。

 彼は立ち上がり、苦しいリハビリを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

奴隷戦記 三八式物書機 @Mpochi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ