第7話 栄光

 ラッドを殺した事でサラは一躍、有名人となった。

 娯楽の少ない時代において、コロシアムの殺し合いは立派な娯楽であった。

 そこで活躍する者はボクシングやスポーツの王者などと同等であった。

 だが、サラからすれば、そんな事は望んでいなかった。

 サラにとって、必要なのは病床の主の生活を維持する事である。

 勝率が上がれば、組まれるマッチも厳しくなる。

 コロシアムは賭け事でもある。

 強い奴隷には強い奴隷がぶつけられ、賭けが成立するのだ。

 女は疲れ切った目で新聞の記事を読む。

 そこにはサラの事が特集されている。

 「主人の為にか・・・」

 女は軽く笑った。

 サラが主人の為に戦い続けている事が書かれていた。

 「くだらない・・・マジでくだらない」

 女は新聞を破り捨てた。

 「殺してやるよ」

 女は傍らに置いた9ミリ自動拳銃(シグザウエルP220)を手にした。

 彼女はかつて、自衛官であった。

 地獄と呼ばれた朝鮮半島戦線に送り込まれ、幾度の部隊全滅を経て、戦い抜いた僅かな生き残りであり、鬼と恐れられた女。

 かつての戦功から男爵の爵位を手にした彼女は皆から「バロン早緒莉」と呼ばれた。

 貴族である彼女がコロシアムに立つ必要はまったくない。

 だが、コロシアムはある意味で自由だ。貴族だから出場してはならない事は無い。

 コロシアム史上、唯一の貴族。

 そして、圧倒的な戦闘力。

 かつての栄光はこのコロシアムでも眩しく輝いていた。

 だが、彼女が欲したのはそんな栄光じゃない。

 地獄で味わった苦しみからの解放。

 戦う事でしか、彼女に染み付いた戦場の匂いは取れない。

 平和な日々が続く中で、彼女は苦しんだ。

 その苦しみを和らげるのはここしかない。

 それも相手が強ければ強いほど良い。

 そして、それが同じ女ならば、尚良い。

 早緒莉は笑いながら、的に向けて発砲した。


 サラは訓練を欠かさない。

 特に接近戦における格闘技能。

 小柄な体躯でも相手を倒せる力を欲する。

 三田はそんなサラの元にやって来た。

 「相変わらず、公園で訓練か。金が掛からないな」

 「三田さん、ご苦労様です。相手の情報が解りましたか?」

 「あぁ・・・バロン早緒莉だ」

 「バロン・・・男爵なのですか?」

 「そうです。半島で活躍した女性自衛官ですよ」

 「女性・・・強いのですか?」

 「戦場では鬼と呼ばれていました。そして、コロシアムでも」

 「鬼・・・強そうですね」

 「強い。死ぬことを恐れない。否・・・死にたいのかもね」

 「死にたい」

 「彼女は多くの部下を失った。失った上で与えられた栄光に対して、後ろめたさを感じている節がある」

 「そうなんですか」

 「あぁ・・・まぁ、最前線を渡り歩いた指揮官なら多かれ少なかれある感情だ」

 「三田さんも?」

 「ははは。残念ながら、私は司令部勤めでね。部下は多く死んだが、そこまで感傷的じゃないですよ」

 「そうなんですか。意外です」

 「ははは。そんな風に見えますか?」

 「はい。ご主人様の事をこうして、お気に掛けられておられるので」

 「彼の父の縁がありますから」

 「そうですか」

 「それよりもやはり武器はリボルバーだけですか?」

 「いえ・・・ご主人様が心配しておりまして」

 「やはり貧弱な武器だけではそうでしょう」

 「何かありますか?」

 「用意してきました」

 三田は持ってきたアタッシュケースを開く。

 中にはS&W社製M13リボルバーが収まっている。

 「リボルバーですね」

 「357マグナム弾が使えます。大きさ的にも今使っている物とそれほど変わりがない物を用意しました」

 「357マグナム弾?」

 「威力だけ見れば、38+P弾よりも遥かに強力な弾薬です。反動も大きくなりますが、薄い防弾ベストなら、貫通しないまでも相手に相当のダメージを与えられます。当然、防弾の無い場所なら圧倒的なダメージを与える代物です」

 「へぇ・・・」

 サラは銃を手に取り、眺める。

 「今、使っている銃はバックアップにしてください。弾は元の38スペシャルに戻します。元々強度不足が問題になっているモデルですので」

 「はい」

 サラは新しい銃に満足した様子だった。

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