第6話 スピードスター

 開始時間が迫る。

 サラは張り詰めた緊張を解くように深呼吸をする。

 相手が何者か解らない。

 だが、相手が何者であろうと殺すか殺されるかだけの事だ。

 とは言え、主人を残して死ぬわけにはいかない。

 だから、勝つ。その為に相手を殺す。

 それだけだった。

 手に汗をかいている事に気付く。

 これは緊張なのだろうか。

 興奮なのだろうか。

 答えは解らなかった。

 時間と共にサイレンが鳴り響く。

 殺し合いの始まりだった。

 目の前のゲートが開き、フィールドへとその身を投げ出す。

 ここからはセンスの問題だ。

 一気にこの迷宮を駆け抜けて、敵の裏をかくか、慎重に動き、冷静に相手を迎撃するか。実際には相手のデータはある。所詮は見世物である。幾度も戦い抜いた者ならば、過去の戦いは全て、映像として残っているのだ。

 どちらも相手の戦い方は研究している。

 敵の獲物はM4A1Mod18ショートカービン自動小銃。

 自動小銃を更に全長を短くしたモデルだ。銃身も短い為に射程距離や威力、命中率は下がるが、短機関銃並に小型で威力はライフル弾として十分に発揮するので、並の短機関銃よりも貫通する。

 相手が防弾チョッキを装着していても、大抵は貫通させる事が出来る。

 問題点は短機関銃よりも反動が強い事と、銃身に対して、強力な弾薬を用いる為に銃口から発せられる銃炎が大きくなる事だ。

 本人は防弾チョッキも含めて、完全武装をしている。下手な拳銃やナイフでは彼の身体に傷は付けられない。無論、相手はベテランの特殊部隊隊員だと思われるので動きから簡単に接近はさせない。

 やるなら、同じく自動小銃などのライフル弾を用いた武器か、手りゅう弾などの爆発物だろう。

 それが解っているのに、ライフル弾を用いる武器は用意しなかった。

 一番の理由は慣れていない。

 二番の理由としては小柄な体躯では強力な弾丸を放った瞬間、体の動きを止めてしまうからだ。

 だから、慣れた武器で戦う。

 

 ラッドは冷静であった。

 手にはM4A1mod18自動小銃。レッグホルスターにはM45A1自動拳銃。手りゅう弾が4個とナイフ。

 時間制限があるとは言え、冷静に対処すれば、最初のコンタクトで相手を叩ける。そう考えているからだ。

 当然ながら情報収集も怠らない。相手は年端もいかない女の子。経験値も身体能力も圧倒している。ましてや武器は拳銃。いや、さすがに今回は自動小銃などを用意しているだろうが、身体的にそれを使いこなせるとは考えにくい。

 負ける要素は少ない。

 もし、負けるとすれば・・・自分のミスだけだ。

 戦場において、絶対はない。相手がガキだろうと武器が何だろうとこちらがミスをすれば、やられる。

 だから、慌てない。

 冷静に動く。耳を澄ませ、少しでも敵の動きを知る。

 壁の向こうのどこかに居る敵の姿を想像するのだ。

 銃口は常に前を向け、突発的な事にも対応が可能にする。

 いつも通りだ。

 緊張感は常にあり、神経が昂る。

 まだ、始まって5分も経たない。接敵するわけが無い。

 相手との距離は大体、同じだ。接敵に関しては最低限の時間的猶予があると思っている。その間にどう動くかを考える。それが当たり前だった。

 この時間に敵が姿を現す。

 そんな想像は無かった。

 

 突然、目の前にメイドが飛び込んで来た。

 手には回転式拳銃。

 ラッドの反応より先に相手の銃口が火を噴く。

 銃弾はラッドの右腕を撃ち抜く。それも執拗に右腕を狙い、彼女の拳銃の5発の銃弾、全てがラッドの右腕に注がれた。

 1秒も掛からぬ中で、ラッドの右腕は自らの意思でまともに動かないまでにやられ、手にした自動小銃はダラリと下がり、地面に数発を撃つだけだった。


 サラは何も考えずにひたすらに全速力で走った。相手の意表を突く。ただ、それだけの為に。そして、飛び込んだ角に敵は居た。手にした拳銃は相手の命を奪う為じゃない。相手の戦闘力を奪う事。

 チャンスは一瞬だった。

 その一瞬を自分の物にする。それだけが唯一の勝機だった。

 サラは全ての銃弾を放ち、敵の右腕を奪う。そうすれば、相手が持つ、大抵の武器は僅かな間、無効化が出来る。いかなる人間も利き腕で道具を扱うようにしている。すなわち、自動小銃以外に拳銃、ナイフなどの道具が幾らあっても、それらは全て利き腕で扱う為に装着しており、利き腕以外では取り出すのに手間が掛かるのだ。

 サラは左手でエプロンのポケットに入れたナイフを取り出す。逆手にしたナイフの切っ先をラッドに向けて走らせる。

 ラッドは激痛に顔を歪ませるが、それでも彼も知っている。今が最も危険な状況だと。痛みに我を忘れて、何も出来なければ、殺される。だから、彼は動いた。武器を取るよりも先に抗う事に。

 ラッドの太い左腕が振り回される。拳が迫りくるサラの顔を捉えようとする。多分、ボクシングをやっていたのだろう。腰の捻りの入ったフックだ。その速さにサラは一瞬、反応が遅れる。身体を捻りながらも拳が彼女の右肩を激しく打つ。サラの幼い身体はその威力に負けて、軽々と吹き飛ばされる。

 「ぐぅ」

 サラは息が止まるような痛みに耐えながら、地面に転がる。ラッドも渾身こ一撃だったらしく、振り回した左腕に翻弄され、体勢を整えるのに手間取る。その間に地面に転がったサラは拳銃の弾倉をスイングアウトさせ、空薬莢を棄て、ポケットから取り出したスピードローターで新たな弾丸を突っ込む。

 「やらせるぁかああああ!」

 体勢を崩した状態のラッドは間に合わないと思ったのか、サラに倒れ込むように体当たりを仕掛ける。

 乾いた銃声が鳴り響く。

 ラッドの身体はサラに当たる事無く、崩れ落ちた。

 弾丸は彼の無防備な顔面に2発がめり込んだ。そして、ヘルメットから溢れ出る血が地面に流れ出す。

 サラは立ち上がり銃口をまだ、ラッドに向ける。

 僅か7分で決着が付いた。

 コロシアム史上、最速の決着だと実況のアナウンサーが叫ぶ。だが、その声はサラに届くはずも無かった。ただ、サラは男の死を確認して、銃口を下ろした。

 

 いつも通りに賞品を受け取り、コロシアムを後にする。

 コロシアムの参加者が通るゲートは警察官によって厳重に警備されている。

 何故なら、殺した関係者に恨まれ、攻撃を受ける可能性があるからだ。

 帰り支度を終えたサラは警察官に護られた道を歩く。

 その先に一人の黒人少年が立っていた。彼は目に涙を貯めている。

 「この人殺しっ!」

 彼はサラにそう叫んだ。すると警察官が彼をどこかに連れ去った。

 サラはグッと唇を噛み締めるしかなかった。

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奴隷戦記 三八式物書機 @Mpochi

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