第5話 報酬
流れる血。
目を見開いたままの女。
初めての殺人。
湧き上がる歓声も聞こえない。
ただ・・・勝った。
その事実をただ、理解するだけだ。
嬉しくも怖くも何も感じない。この虚無の感情をどう説明すべきか解らない。
放心状態のサラをコロシアムの職員達が誘導して、表彰台へと上げられる。この大会の賞金が彼女に渡される。その額はこの日本での平均賃金の凡そ1カ月分になる。それと同時に事前に交わした契約書が渡される。
三田はサラから契約書を渡される。その内容は確かなものであった。
コロシアムで交わされた契約書は公にされる。その為、相手がこれを安易に反故する事は出来ない。特に貴族同士ならば、信用を失墜させる行為に当たるので、確実に履行される。
俊樹は適切な治療を受けれるようになった為、みるみる内に回復をしていった。
1週間後には彼の意識が戻った。
まだ、普通の生活をするには程遠い状態だったが、会話が出来るようになった。
サラは久しぶりに俊樹と会話をした。
「サラ、心配を掛けたね。こんな事になるとは思わなかったよ」
俊樹は不安そうにしているサラにそう声を掛ける。
「だけど、こんな状況じゃ・・・まともに稼げるようになるかどうか」
俊樹は将来の不安を口にする。結局、軍隊に入隊する事もこれでダメになった。幾ら貴族であるとしても、退院後にまともな就職先があるかどうか解らない。
「俊樹様、ご安心ください。まずはしっかりと静養して、健康な体を取り戻す事です。急いだとしても良い事はありません」
サラは俊樹にそう優しく声を掛ける。それが弱気になっている俊樹には支えになる。
サラは俊樹にコロシアムに出た事を言えなかった。幸いにも俊樹が入院している病室にはテレビも新聞も無かった。彼が外の情報を知り得る事は無い。
サラは決意した。俊樹を支える為にも自分はコロシアムで勝ち続けるしか無いと。
俊樹の居ないアパートの一室でサラは寝起きをしている。
サラの一日は早い。日の出前に起きて、掃除を終える。朝のトレーニングを行う。朝のトレーニングは基本的にランニングである。足腰を鍛えるのは基本だと教えられたからだ。それが終わると朝食。それから、俊樹の着替えなどを用意して、病院に向かう。俊樹と会話をして、家に戻る。
俊樹の治療に関しては一切、心配は無くなった。しかしながら、アパートの家賃も含めて、生活費は必要であった。奴隷であるサラをまともに雇おうなんて思う所は無い。
故にサラが生きる為にもコロシアムに出る必要があった。そして、大番狂わせをした彼女にはコロシアム出場へのオファーが相次いでいた。
注目を浴びる戦士には高い報酬が与えられる。
一試合でも出れば、1カ月の生活費など楽に稼げる報酬額が提示されていた。
三日後。
サラは再び、コロシアムへと出場する事が決まった。
三田はサラに頼まれ、書類仕事などをする。
「契約書を確認した。準備は良いのか?」
サラはいつものようにメイド服姿であった。
「戦闘服とか・・・防弾チョッキなどは?」
三田は心配して、尋ねる。
「不要です。あまり無駄遣いも出来ませんから」
「この間の報酬だってあるだろ。少しでも使えば、自動小銃ぐらいは・・・」
「不要です。この間、やってみて、解りました。コロシアムは大きな武器は取り回しが悪くなります」
「かもしれないが」
三田の心配は他所にサラは拳銃などを準備した。
今回はリボルバー拳銃に使う弾丸を38+Pという強装弾に変更したぐらいだ。
元々、ミネベアM60-Ⅱ回転式拳銃は元になったM60回転式拳銃を戦時用として、安く作られたモデルだ。その為、強度などもギリギリで作られている為、あまり強装弾などには耐えられないとされている。
試合の開始が迫る。
控室でサラは緊張を解きほぐすため、柔軟体操をする。
今度の相手は男だ。
黒人でラッドと言う名前だ。年齢は不詳だが、写真で見る限り、40代中頃。
三田は少し考える。
「年齢からしても・・・どっかの国で兵士をやっていたとしても不思議じゃないな」
「彼は何処かの国の兵士だったと?」
「あぁ・・・下手をすれば・・・特殊部隊。厄介だとすれば、アメリカ辺りか。だが、だとすれば、なんでこんな事に参加しているかだな。確かに報酬は破格だが・・・元特殊部隊の兵士なら、教官など・・・それなりに働き口もあるだろう」
三田は不思議そうにラッドの顔写真を眺めていた。
「相手が特殊部隊・・・だとすれば、やっかい」
サラは拳銃に弾倉を叩き込み、ホルスターに収めた。
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