第4話 コロシアム

 サラは静かに銃を分解する。

 手元にあるのは9ミリ自動拳銃。

 自衛隊が正式採用している拳銃である。シグ・ザウエル社が開発・生産していたP220と言う拳銃で、ライセンス生産をしている物だ。9ミリパラベラム弾を使用し、ショートリコイル方式の自動拳銃である。シングルカアラムの弾倉であるため、グリップは大型自動拳銃でありながら、細い。

 使う弾丸はフルメタルジャケット。

 そして、ニューナンブM60-Ⅱリボルバー。

 かつて、警察官が使っていた国産リボルバー拳銃。

 設計の古さ、コスト的な問題から生産を終り、海外からの輸入となっていたが、大戦が始まり、海外からの輸入が困難になった時、小改造を加えて、再生産される事になった。材質などの見直しにより、低コスト、軽量化が施された。ただし、それに伴い弾倉の耐久性が落ち、強装弾の使用は不可とされている。

 そして、ラブレスのナイフ。

 刃にヌードの女性のイラストが入った小ぶりなナイフだ。

 形としてはサバイバルナイフでは無く、アウトドアなどに携帯するようなセミスキナーと呼ばれる形状だ。それを革の鞘に入れて、エプロンの腰紐に着けている。

 これだけが彼女の武器だった。

 コロシアムで使われる銃器の多くは自動小銃や短機関銃である事を考えると、あまりに非力でとても勝てるとは思えない装備だった。

 「ヘルメットや防弾チョッキなどは無いのか?」

 三田は驚いて、そう尋ねた。彼が口にした物もコロシアムでは当然のように装着する者は多い。防弾となれば、多少、値が張るとは言え、俊樹が財産を売り払った金ならば、些細な出費のはずだった。

 「不要です。体が重くなるので・・・」

 サラは冷静に答える。三田はその答えにただ、黙るしかない。

 あと数分で試合が始まる。

 観客席は興奮に包まれていた。

 賭けとしては圧倒的に相手方に有利であり、サラは大穴に近い感じだ。

 だが、それ故に一攫千金を狙う者からすれば、サラを応援する。

 コロシアムでは直前に相手を見る事は出来ない。その為、相手がどのような装備なのかは解らない。

 サラは事前に仕入れた相手の情報を確認する。

 ヒルダ・・・南米生まれ。年齢は20代前半。身長170センチ程度。武器はアメリカ製M4A1自動小銃。グロッグ19自動拳銃。ナイフ。ヘルメットと防弾チョッキを着用。

 サラは相手を想像する。主であった俊樹の父や三田に教えられた事。

 戦いに必要な事は情報だ。相手をよく知り得るが全ての判断を可能にする。

 知る事。想像する事。これらを常に行い、戦いの判断へと繋げる。

 サラはエプロンのポケットにマグポーチを入れ、取り出せるようにしている。腰にはナイフケースが真一文字に装着され、スカートに隠れて見えないが右足には9ミリ自動拳銃のレッグホルスター、左脚にはニューナンブのレッグホルスターが巻かれている。

 係員の指示に従い、会場へと連れて行かれる。

 スタジアムの両サイドから姿を現す両者に対して、声援が溢れる。観客席には防弾ガラスが張り巡らされているので、声は彼女達に届かない。これは観客席からの指示などを防ぐためでもあった。

 これがコロシアム。

 サラは目の前にある壁の群れを眺めた。一度、ここに入れば、生きて出るか。死体で出るかしか無い。

 緊張感が高まる。

 相手は反対側・・・直線距離にして500メートル。

 サラはまずはどうするか。

 設けられたコロシアムの構造は日によって変化する。出場者がそれを知り得る事は出来ない。

 「おい、入れ」

 係員が扉を開き、サラを中に入れる。

 「ブザーが鳴ったら、開始だ。せいぜい頑張れよ。メイドちゃん」

 男は嫌味な笑いを浮かべて、扉を閉めた。そして、鍵が閉められた。

 サラはひざ丈のスカートを捲り、右の太ももにあるレッグホルスターから9ミリ自動拳銃を抜いた。

 相手がいつもと同じ武器とは限らない。まずは敵に迫りつつ、この迷宮の構造把握、相手の装備の確認。それが大事だ。

 サラは息を整える。右手に巻いた主の遺品であるキングセイコーの針が開始時間を指した。

 ブザーが鳴り響く。

 それと同時にサラは駆け出した。

 自分の位置をしっかりと覚えつつ、反対側へと最短距離で突き進む。

 戦闘において、重要なのは相手を意表を突く事。

 敵が思ってもいない場所で遭遇すれば、先手を取れる上に相手の反撃にも間が開く。そうすれば、連撃を与えやすい。

 まずは身軽な事を活かして、一気に快走する。

 手にした拳銃を構える。

 足音を出来る限り、失くす。その為に靴はバスケ用のシューズにした。地面は人工芝であるが、重たいブーツでは足音が出やすい。

 相手に与える情報は少なくする。それが基本だ。

 半分を過ぎた。まだ、相手に遭遇しない。しかし、そろそろ、危険だ。角に差し掛かる度に脚を止めたくなる。

 だが、それでも突き進む。そして角を右に曲がった時。

 見付けた。

 そこには冷静に周囲を探りながら歩く黒人女性の姿があった。

 「うぉ」

 相手はこんなに早く遭遇するとは思っていなかったようだ。手にしていたのは以前から使っている自動小銃。それを構え切れていない。

 サラは右手を伸ばし、冷静に撃つ。

 9ミリパラベラム弾が確かにヘルメットに当たる。相手は突如の事に反応が遅れている。サラは躊躇なく、3発を放つ。弾丸は確かに彼女に当たった。しかしながら、それらはヘルメットと防弾チョッキで妨げられる。だが、衝撃でフラつく彼女はまともに銃口が相手に向けられないにも関わらず、引き金を絞る。弾丸は地面や壁を穿ちながら、サラを襲う。さすがに至近距離でフルオート乱射されてはサラは撤退するしか無かった。

 チャンスを逃した。

 サラは逃げながら悔しがる。さっきのはチャンスでしか無かった。訓練通りに胴体、頭へと放った。そして、命中弾を与えたが、そのどれもが防弾された。ライフル弾ならば、20メートル以下での一撃、確実に致命傷を与えられただろう。

 「相手は頭と胴体を保護・・・自動小銃」

 サラは覚えた経路を迷わずに移動する。そして、尚且つ、道中で想像する見えない部分。この迷宮に行き止まりは基本的に無い。故に構造を察するのも難しくはない。

 

 撃たれたヒルダは立ち止まっていた。

 乱射した自動小銃はすでに弾が尽きている。

 「野郎・・・まさか、こんな早く・・・初心者がぁ」

 彼女の怒りは頂点に達する。ベテランである自分が初心者に初手を撃たれた。それも下手をすれば、死んでいた。胸元には防弾チョッキの穴が見える。ヘルメットにも傷があるはずだ。

 相手が拳銃だから助かった。だが、初めて撃たれた感覚は正直、死ぬかと思うぐらいだった。胸に当たった弾丸は肺が潰れるかと思ったし、頭への一撃はトンカチで打たれたかと思った。

 あまりに酷い一撃のせいで、気持ちが悪くなる。

 「絶対に殺す。あのガキ・・・」

 彼女は再び、歩き始めた。

 

 初手に失敗したサラは冷静に迷宮を確認しながら走る。

 体力には自信がある。三田に散々、走らされてきたからだ。

 奇襲に失敗したなら、今度は反撃に躍起になる相手を待ち構える。

 相手はきっと苛立っている。そして、自分の方が装備が上だとも確信したはずだ。そうなれば、今度は反撃に勢いをつける。

 そういう相手には待ち伏せが最良だ。

 待ち伏せは相手の意識しない部分に潜む事だ。相手に予測された待ち伏せは意味が無い。

 そして、狙撃に適した場所。この迷宮には幾つか物が置かれている。それらは多分、身を隠す為であろう。土嚢などの防弾性能のある物から、段ボールみたいなとても防弾が出来るとは思えない物まである。

 ヒルダは駆け出した。相手を追い詰める為に。だが、所々に置かれた土嚢などには用心した。そこは敵が待ち構えるのに適しているかだ。

 「はっ・・・ガキが・・・小さいからな。隠れられたら厄介か・・・」

 土嚢を警戒し、その時は脚が遅くなる。

 幾度も戦いをしてきただけあって、彼女は勘が鋭い。その視線は段ボール箱に注がれた。三つの段ボールが乱雑に置かれている。

 「まさか・・・ここには隠れないだろう?」

 ヒルダは廊下の途中に置かれた段ボールに視線を送り続けながら、先に進む。

 だが、その先の角でその光景を鏡越しに見ていたのはサラだった。段ボールをあの位置に置いたのは彼女である。きっとヒルダは段ボールに視線がゆく。そのタイミングを見計らっていた。

 身を翻し、角から飛び出たサラは拳銃を構え、冷静に狙う。一瞬、遅れたヒルダは慌てて、自動小銃を腰ダメで撃とうとする。それでも一瞬、サラの発砲の方が早かった。銃弾はヒルダの左太ももを貫く。

 「あうっ」

 ヒルダは脚を撃たれて、バランスを崩す。だが、それでも引き金を絞り、銃弾が撒かれる。掠める銃弾にサラは臆せず、撃ち込む。サラの銃弾は体勢を崩したヒルダの足へと注がれる。太もも、脛、膝を撃ち抜かれ、ヒルダはその場に崩れ落ちた。

 「くそっ!てめぇ!」

 ヒルダは喚く。手にした自動小銃の弾倉を交換しようとした。だが、その左腕をサラは撃ち抜いた。その時、彼女の拳銃も弾切れになる。グリップ底のマガジンストッパーを左手で引っ張り、マガジンを引き抜く。そして、エプロンのポケットから取り出したマガジンをぶち込む。

 「ぎゃあああ、くそっ!くそっ!」

 ヒルダは自動小銃をサラに投げ捨て、レッグホルスターから拳銃を抜く。素早い動きだ。抜くまでにコンマ何秒だろう。だが、それはサラにとってはスライドオープンした拳銃のスライドを戻すだけの時間でしか無かった。

 次の銃声でヒルダの拳銃を持つ手が撃ち抜かれる。中指から小指までが千切れ飛び、拳銃のグリップが抉られ、床に落ちた。

 「ひぃいいいいい。ぎゃああああ」

 あまりの痛みにヒルダは悲鳴を上げ続ける。

 勝負は決していた。これ以上の戦いは意味が無い。

 サラは拳銃を下ろそうとした。

 『相手の死をもってでしか、勝負は決しません。トドメを』

 突然、響き渡る声。運営側の指示だろう。

 そうだ。コロシアムの掟はどちらかの死でしか終わらないだ。

 目の前に苦痛に悶え苦しむ女はまだ、生きている。

 殺すしかない。

 殺せば、俊樹の命も助かる。

 殺さねば、自分が今度は殺されるかもしれない。

 サラは躊躇した。

 目の前の女は生きている。真っ赤な血を垂れ流し、死ぬ事を恐れている。

 自分はそんな相手を平然と殺せるのか?

 自問自答した。それは戸田家に奴隷として買われたその日から、命の大切さを教えられた事の葛藤だった。

 「こ、ころせえぇえええええ。私はもうダメだ。殺せよ」

 ヒルダは冷静になったのか。動けない身体でサラを見て、そう力無く、言う。

 「良いのですか?」

 サラは思わず問い掛けた。

 「はっ・・・今更・・・甘い事を言うなよ。勝つ事でしか・・・生きていられないんだよ」

 ヒルダは微かに笑ったようだった。サラは静かに拳銃を構える。そしてその顔面に銃弾を撃ち込んだ。

 

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