第3話 主の為に・・・

 俊樹とサラの新しい生活が始まった。

 借りた安アパートは6畳一間に台所とトイレ風呂である。

 二人で住むには手狭であったが、俊樹はすぐに自衛隊に入隊すれば、数年は隊舎で暮らす事になる。それも考慮をしていた。

 「僕が居ない間の生活は三田さんにも無理を言って、助けて貰えるはずだ。まぁ、休日になれば、出来る限り、戻って来るつもりだしね」

 俊樹は僅かな家具を置いただけの部屋を眺めながらサラに言う。

 「はい・・・しかし、私みたいな奴隷の為にこんな・・・」

 サラは心配そうに俊樹を見る。 

 「奴隷、奴隷と言うな。時代が変われば、また、奴隷が解放される日も来る」

 俊樹はそう笑い掛けた。

 「さて・・・区役所に入隊申込書を提出しに行こう」

 大戦中から自衛隊の地域事務所と呼ばれるような窓口は役場に併設された。

 俊樹は一人で行こうとしたが、サラが心配するので、一緒に連れて行く。

 メイドを連れて歩くなんて事は奇行に近い。大抵の貴族は車で移動するし、メイドを連れて歩かない。

 その為、俊樹はかなり好奇な目で見られている。だが、それでもサラは俊樹の身を守る為に周囲に目を配る。

 「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。僕は父と違って、何も力は無いんだ」

 俊樹はそんなサラに笑いながら言う。

 「しかし・・・心配です」

 サラは不安そうに常に拳銃を収めたレッグホルスターをスカートの上から触っている。

 区役所の前の幹線道路に差し掛かった時、一台の高級車が俊樹の前に横付けされた。

 「やぁ・・・戸田俊樹君・・・いや、爵位を受け継ぐのだから、戸田公爵と呼ぶべきかな?」

 後部座席の窓を開いて、小太りの男がそう声を掛けた。

 「あの・・・どちら様ですか?」

 「あぁ、失礼。私は伯爵の大谷と申します。少しお話をよろしいですか?」

 「私にですか?」

 俊樹は直感で嫌な感じを大谷から受けた。

 「ははは。そう警戒をなさるな。あなたも貴族なのですから・・・。それであなたの父親と一つ、約束をしておりまして・・・それを実行して欲しいと思いましてね」

 「約束・・・ですか?」

 「えぇ。政治的にとても大事なお約束です。まぁ、それが履行不可能なら不可能で構わないのですが・・・それをあなたの口からはっきりと宣言して貰いたいのですよ」

 大谷は不気味な笑みを浮かべる。

 「約束とは・・・何ですか?」

 「簡単ですよ。決闘ですよ。とある法案を私は通したいのですが・・・あなたの父親達が強硬に反対しておりましてな。民主的に解決が難しそうなので、このような方法を提案したのですよ。それで・・・拒絶させるなら、法案は通すという事をあなたの口からはっきりと公言して欲しいわけですよ」

 俊樹は大谷を睨む。

 「申し訳ないけど・・・僕は政治家では無いし・・・敢えて、そのような事を公言する立場じゃない。それに・・・奴隷を決闘させるなど・・・僕には出来ない」

 「なるほど・・・親子だな。強情だ。まぁ・・・良い。私としては・・・奴隷同士の決闘が一番、スマートだと思うんだけどな。まぁ、君も身体を大事にするんだよ」

 そう言い残して、車は去って行った。

 「俊樹様・・・今の話は・・・」

 「僕にも解らないよ。父とは政治の話を深くした事は無い。だけど、多分、ろくな話じゃない。政治家の僕が口を挟むわけにはいかない」

 そう言って、区役所の中に入った。

 手続きは30分程度で済んだ。採用結果は1週間後に郵便で知らせられるらしい。

 区役所から出た二人は帰りに買い物をして行こうと、スーパーマーケットがある方向へと歩き出した。

 その時、一台のトラックが背後から突然、エンジン音を唸らせ、急加速を始めた。それは歩道を歩いていた俊樹達に向けて突進してくる。

 「俊樹様!」

 サラが俊樹を庇おうとする。だが、それよりも早く俊樹は華奢なサラの体躯を押し退けた。

 ガードレールが千切れ、トラックは歩道に乗り上げた。

 「うっ・・・はっ!俊樹様、とし・・・」

 突き飛ばされたサラはすぐに立ち上がり、俊樹の姿を探した。その目には歩道に倒れる俊樹の姿があった。頭から血を流し、意識が無いみたいだ。

  ガチャリ

 壊れたトラックの扉が開き、一人の男が降りて来る。その手には拳銃が握られている。彼は無言で、轢いた俊樹の姿を探し、見付けたと同時に手にした拳銃を向けた。

 ダン

 一発の銃声が鳴り響いた。

 倒れたのはトラックの運転手だった。そして、銃を撃ったのはサラだった。彼女はスカートを捲り、右太ももに巻き付けたレッグホルスターから9ミリ自動拳銃を抜いて、咄嗟にスライドを引くと同時に発砲したのだ。

 「いてえぇええ」

 撃たれた男は右肩を抑えながらも、それでも俊樹を撃ち殺そうと銃を手にした腕を挙げようする。

 「やらせないっ!」

 サラは両手で銃を握り、ウエーバースタイルで狙いを定め、撃った。その弾丸は男のコメカミを撃ち抜いた。

 「俊樹様!」

 サラはすぐに俊樹に駆け付ける。この騒ぎですぐに警察や救急車も呼ばれ、俊樹は病院へと搬送された。

 集中治療室へと運び込まれ、その後、緊急手術が行われた。

 サラはすぐに三田を呼んだ。彼も驚きながら、病院へと駆け付けた。

 「そうですか・・・。解りました。元執事という事でお話しましょう」

 医者は奴隷のサラでは症状などの説明が出来ないとしていたが、元執事で貴族の1人でもある三田には口を開いた。

 俊樹の容態は良くはない。頭への衝撃が強く、脳内出血を起こしていた。現在、止血は終えたが、腫れがどれぐらいで引くか。そして、意識がいつ回復するか。それらは予断が出来ない状況だった。

 「あと・・・公爵家とありますが・・・治療費の方がどうでしょうか?かなり高額になると思いますが・・・」

 すでに公的な医療保険は失われている。民間の保険もかつての大戦での損失が大きく、かなり高額になっていた。貴族でもまともに医療費が払えない者も珍しくない。集中治療室に入って、治療を続けるにもかなりの医療費が必要だった。

 「俊樹様の為なら・・・」

 三田は涙ぐみながらそう答えようとする。だが、それでも足りないのは解り切っていた。

 サラは三田の背後でそれを聞きながら、大谷伯爵の事を思い出した。

 多分、犯人はあいつだ。

 理由は彼女には解らない。だが、親子揃って、殺してしまわねばならない理由があるのだろう。

 サラは唇を噛む。そして、その場から音もさせずに立ち去った。

 

 大谷伯爵邸

 大谷は無人兵器などに応用可能な研究開発を行っていたIT企業の社長だった。大戦で多くの無人兵器が投入された事で、彼の企業は急激に拡大して、爵位を得るまでに至った。

 経済界の一員として、彼は政治の手腕を振るっていた。

 「主様、あの・・・」

 執事が申し訳なさそうに声を掛ける。

 ワイングラスを片手にした大谷は何事かと尋ねる。

 「戸田公爵の奴隷が、主からの手紙を読んで欲しいと持って来まして」

 その言葉に大谷は眉間に深い皺を寄せる。

 「あのガキ・・・やり損なったとは聞いていたが・・・それで手紙は?」

 「いえ、それが奴隷が直接、渡すと言って、聞かなくて」

 「ふん・・・奴隷の分際で・・・まぁ、良い、主の代理だと言うなら通せ」

 数分後、サラが伯爵の前に立つ。

 「決闘を受け入れようと思います」

 開口一番はそれだった。

 「ほぉ・・・あの腰抜けが決闘を・・・なるほどな」

 「ただし、条件があります。我々が勝ったら、現在、治療中の治療の全てと慰謝料を要求します。速やかに支払って貰いたい」

 サラの要求に伯爵は目つきを鋭くする。

 「俺が・・・なんで?」

 「理由は・・・解るかと?ただ、あなたをそれ以上、追及することはしません。ただ、最低限、人道的に治療費と慰謝料を払っていただければ・・・」

 「なるほど・・・まぁ、負ければの話だな。勝てば、それもチャラって事だな?」

 伯爵はニヤリと笑う。

 「えぇ・・・それで結構です。では決闘を受け入れていただけますね」

 「よろしい。では明朝、横浜スタジアムで行うとしよう。段取りはこちらでしておく。まぁ、強い奴隷でも用意しておくんだな」

 伯爵の不気味な笑いをサラは額に油汗を流しながら聞き流し、その場から足場やに立ち去った。

 「ふん・・・あの小娘・・・奴隷の割に・・・鋭い感じだったな」

 伯爵は笑いを止め、真剣な表情をする。

 「主様・・・決闘の準備は・・・」

 「勿論、行う。親子を殺すだけではあいつらの岩盤を崩せないみたいだからな。渡りに船だ。これで合理的に法案を通させて貰うよ」

 伯爵はそう言うと、グラスに残ったワインを飲み干した。

 

 決闘・・・特に貴族同士の決闘はビッグマッチとして、大々的に告知が行われる。賭けとしても動く金額は大きくなる。今回は賭けられた法案についても大きな事だが、戸田公爵家の暗殺に関する事柄についても、掛かっているだけにマスコミも含めて、大事になっていた。

 三田はそれを新聞サイトで知った。

 慌てて、サラの住むアパートへと駆け付ける。

 「サラ・・・これはお前が仕掛けたのか?」

 その問い掛けにサラはコクリと頷く。すでに拳銃などは準備されている。

 「勝てば、治療費と慰謝料か・・・・確かに勝てば、俊樹様にとってはかなり有利になるだろう。しかし・・・」

 三田は並べられた武器を見る。9ミリ自動拳銃にラブレスのナイフ。ニューナンブM60R3インチ銃身リボルバー。殆どが護身用である。

 「自動小銃・・・と言っても、今からじゃ・・・間に合わないか」

 幾ら銃器の所持が出来ると言っても濫りには持てない。所持するまでには幾つ許可が必要となる。

 「これで勝とうなんて・・・無茶だぞ?相手は最低でも自動小銃、機関銃だって持ってくるだろう。それに修羅場だってかなり潜り抜けた猛者だろう。幾ら1対1でも勝てる見込みは薄い」

 三田は冷静に判断した事を説明する。

 「解っています。しかし、俊樹様の治療を続けるにはこれしかありません。私は主様の為なら・・・この身を失っても構いません。兎に角、可能性があるならば、どんな事でもしてみせます」

 サラの目は本気だった。

 「そうか・・・解った。俺も最大限、力を貸してやる。お前は勝つ事だけに集中しろ。いいな?」

 「三田陸曹長。了解であります」

 サラは堅い表情のまま、いつも通りの返事をした。

 

 「へぇ・・・今度の相手はそのガキなんですか?」

 女は渡された写真を見る。メイド姿の少女が映っている。

 「白髪・・・どこの国の出だ?」

 女は興味津々に写真を見る。

 「相手は暗殺を仕掛けた奴をギリギリで撃退するぐらいの技量はあるらしいぞ?」

 彼女のトレーナーは面白そうに言う。

 ここは奴隷達をコロシアムで戦わせるために訓練する施設だ。コロシアムがビジネスとして、成り立ち始めた今ではこうして、奴隷を調教と称する訓練をする事も当たり前になりつつあった。

 「へぇ・・・元少年兵か何か?」

 「いや、違うらしい。ただ、自衛隊上がりの主だから、特別に鍛えたんだろ?」

 「自衛隊上がり・・・なるほど・・・そいつは面白い。それで、こいつを倒したら、賞金はどれぐらい貰えるんだい?」

 「50万だ」

 「ひゅー。ガキ一人に破格の値段だね。うちの主様も相当、やる気満々って事だね」

 女は飛び起きて喜ぶ。

 「あぁ、これには大きな景品が掛かっているらしいからな」

 「まぁ、所詮、ガキはガキさ。こっちは30戦もしているからね。あと20戦したら、市民権が得られるんだ。この1戦・・・貰うよ」

 女は舌なめずりをして、10キロのダンベルを持ち上げた。

 

 

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