エピローグ 

 青の一族の援軍は来なかった。

 もちろん、幹部や、青の一族の天井人達は、青の塔に戻って来たが、それは援軍ではなかった。

 聞けば、ブルーフォレストの空港に強制着陸して、空港の一部を制圧した後、檀衛門が大演説をぶちかましたらしい。

 最近の青の一族の状況を、憂うべき状況だと、思っていたのが大半だったのだろう。

 多くの天井人が、闘争を放棄した。

 御前の間では。

 藍姫が眠り、田丸が失神して、指揮官を失った親衛隊は、主体性を失い、立ちすくむだけの一団になった。

 早くに戦闘放棄した近衛兵たちが、階段に道を作り、Jと茉莉花を通した。

 麻酔銃による昏睡者多数。怪我人多数。ウィルの頭突きによる失神者1名。ヒュプノクラウンによる深い眠り1名。そして。


 水神衆の助けもあり、状況は終息に向かった。

 青の一族の傘下にある緑の創家は、檀衛門達の説明を聞き、そのまま周辺警備に回った。

 銀狐の一族は、戦艦5隻を、ブルーフォレストの近くで周回させていたが、「田丸が吐いた」という短い電信を受け取ると、南に向かって飛び去った。

 いずれ、白黒つけてやる、と言うのは紫炎党のゴー・マイ・ハーの言。

 そうそう、檀衛門が演説をぶっている時、意外な援軍が現れたらしい。

 黒巾木組、鳳仁。

 彼は、家老連中の制止を振り切って、手飼いの200名ほどの部下を連れて戦艦1隻で現れたとか。

 そんなあれこれを、紅穂は医務室の前の廊下のベンチで聞いた。

 ふと思い出して、ヒュプノクラウンからの眠りの覚ませ方をJに聞いた。ヒュプノクラウンが欠けているのと関係があるのかと。

 Jは笑って、さすが、博士のお孫さんだと言った。

 紅穂は、なんか、自分で眠らせたから、責任感じちゃって、と答えた。

 実は、ヒュプノクラウンを破壊すればいいんだ、Jはそう答えた。

 前に話した通り、実験動物の内、一割は目が覚めたんだけど、それは、ロンがうっかりヒュプノクラウンを落として欠けた直後だったんだ、と。

 そこまで話したところで、青い制服の一団がJを呼びに来た。

 明日になれば、紅穂を家に送るよ。

 Jはそう言うと、青い制服の一団と、医務室前から離れた。

明日には家に帰れる。

 新しい目標について考えなければならない。

 夜更かしの最長記録はもう止めだ。

 救わなければいけない人達がいる。

 医務室の入り口をじっと見つめる。

 紅穂は待った。

 項垂れて隣に座る、ウィルと共に。


 医務室から、青い手術着を着た男達が、疲弊しきった顔で出て来ると、首を振った。

 ウィルは、その動作を見届けると、トトトトト、と走り去った。

 紅穂は、その後を追いかけた。

 廊下の角を曲がると、すでに次の角を曲がる後ろ姿が見えた。

 追いかける。

 走る廊下の窓の外は、雨が上がっていた。

 廊下を右に曲がった先、外に出る扉が開けられたまま。そこにウィルが腰かけていた。

 紅穂は、ウィルの背中に声を掛けようとして、止めた。

 肩が、小刻みに震えていたから。

 紅穂も黙って、隣に腰かけた。

 座るとき、ポケットの異物が気になった。

 忘れていた。

 大事な物。

 ルベライトのペンダント。

 何かが込み上げてきて、ポケットからペンダントを取り出しながら上を向いた。

 空は、まだ青く、少し、赤い。

 ポケットから出したペンダントを見る。

 青と赤の空の下、手の中の暗闇に確かに光る紅い石。

 筒に刻まれた文字が頭に思い浮かぶ。

 紅穂は、この日、生まれて初めて誰かのために心の底から泣いた。




〈紅穂へ 生涯の思い出に。お詫びと感謝を込めて。J、ロン、ウィル〉

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再生の青 市川冬朗 @mifuyu_ichikawa

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