第32話:魔術を使わずに伝説になる方法
ランドルフは雨の中、息を切らせながらロジャーの屋敷まで来ていた。
たかが冒険者一人と出涸らしに、まさか返り討ちに会うとは思ってもいなかったのだ。
そして手駒を失ったランドルフは、なりふり構わずロジャーに縋りつくしか方法を思いつかなかった。
「おい! アップルトン卿を呼んでくれ!」
「ご主人様はもうご就寝だ。用があるなら明日にしろ」
守衛がにべもなく追い返そうとするが、もう後が無いランドルフは守衛を睨めつけながら唸った。
「今すぐ呼ばなかったら、国王に全て話すと伝えろ!」
守衛は何の事か意味が分からなかったが、面倒くさい事になるのを嫌がり仕方なく屋敷へと消えていく。そして数分後ランドルフは屋敷に案内された。
「貴様、何を考えておる! 迂闊にも程があるぞ!」
部屋に入って来たランドルフを見るや否や、ロジャーは寝間着のまま怒りも露わにまくしたてる。
「そんな事より、学院の連中に気付かれたので助けていただきたいのだ」
(そんな事だと? 人の眠りを邪魔しておいて、この馬鹿者は何を言っとるのだ)
ますます眉間にしわを寄せるロジャーだったが、話が進まないので取り敢えずは理由を聞く事にする。
「何をやったんじゃ」
「そんな事は問題ではない、奴らの中に滅法強い者がおって、手に負えんのだ」
(問題になったから、来たんだろうが)
あくまで自分の失態は明かそうとせず話を一方的に進めるランドルフに、ロジャーの眉間は、深淵を刻みそうな程深くなった。
「理由も分からんのに、手を回す暇はない。帰るが良い」
「いいのか?」
ランドルフは、ずぶ濡れで荒い息を吐きながら、尋常ではない目つきでロジャーを睨みつけてくる。
(度し難い馬鹿は相手にしておれん)
しっしっ! と、手を振って追い払おうとするロジャーに向かって、ランドルフは尚も食い下がる。
「このまま放っておくなら、わしは国王に全て話すぞ」
ついに追い込まれたランドルフは、共犯関係にあるロジャーを脅迫し始めた。
「貴様……」
ロジャーは、この無能をこのまま殺してしまっても良いかと思った。
しかし、もしかしたら部下が駆け込む手筈になっているのかもと、いらぬ知恵を回してしまい誤った選択をしてしまう。
「……よかろう、何人いるのじゃ」
そして、程なくしてこの判断が間違いだったと身をもって知る事になる。
「ほう。ロジャー殿が目障りになったランドルフ殿を消してくれると思っていたのだが、案外面倒見が良いのだな」
「!」
「誰だ!」
闇の中から響いてくる男の声に二人が振り返ると、漆黒のローブを纏った人影がゆっくりと滲み出て来る様に近づいてきた。
「貴様!」
「お前は!」
蝋燭の明かりに照らし出された男の顔を見た瞬間、二人は急に苦悶の表情を浮かべ始める。
助けを呼ぼうとしたが、声が出ない。それどころか、息をする事も出来ないのだ。
喉をかきむしり、もがき苦しむ二人に、ローブの男は更に近づく。
「これ以上、上の者が釣れそうにないので幕を引きに来た」
声にならない叫びを上げ続けていたロジャーはその場に崩れ落ちると、びくびくと体を痙攣させ始める。
「マー……、がっ!」
何かを話そうとしたランドルフも、次第に意識が遠のき、最後には白目をむいて倒れた。
暫く絨毯の上でガサガサ動く音が続いていたが、やがて静寂が訪れると、ローブの男の両側に二つの影が現れた。
「ランドルフの屋敷の方は片付きました」
「ご苦労。すまんが、ここの後始末を頼む」
報告を受けたローブの男は二つの影に指示を出すと、現れた時同様、暗闇に溶け込むように消えて行く。
残された影は、ランドルフの剣でロジャーを、ロジャーの短剣でランドルフを、それぞれ刺し、一見、ランドルフとロジャーのいざこざが原因で殺し合ったように見せかけると、音もなく消え去った。
「終わったのか?」
薄明りの中、グラスを傾けるルイス国王の元に黒ローブの男が浮かび上がってくる。
「今回は、ロジャー止まりだ」
「魔術大会の時点で、ローレンスが見限ったみたいじゃな」
「まぁこれで暫くは悪させんだろう。ではな、ルイス」
振り返り部屋を出て行こうとする背中に、ルイスは声をかけた。
「マーヴィンよ、久しぶりなのだから、ゆっくりして行ってはどうだ」
空いているグラスに酒を注ぐと、マーヴィンに向けて差し出す。
「すまんな、ジルベールの方も忙しくなってきたので、ゆっくりしとられん。が、」
と、いいつつ、振り返ると、ルイスのグラスを受け取る。
「旧友との再会ぐらいは、祝ってやろう」
マーヴィンと呼ばれた黒ローブの男はそう言うと、受け取ったグラスをルイスのグラスに重ねた。
翌日の昼、事態の結末をまだ知らなかった僕は正式に国選を拝命する為、謁見の間に来ていた。
「私立ブレイド魔術学院、学院長、デュラン・ブレイドは前へ!」
政務官が読み上げる中、ルイス国王の前へ粛々と進むと、片膝をついて首を垂れる。
「この度の魔術大会での功績を称え、『国選』の称号を与える。以降も、我が国を支える力を育ててゆく事、期待しておるぞ」
「ははっ! 有り難きお言葉。今まで以上、陛下の力となる者達を育てる学院として、身を粉にする所存にございます」
簡潔な返答だが、何十回と練習した言葉を言い終えると、内心ほっと息を吐く。
国王は近づくと、『国選』の証である勲章を僕の胸に付けながら小声で話しかけた。
「此度の件、ご苦労であった。マーヴィンも褒めておったぞ」
「陛下?」
(褒めておった? 此度の件を?)
ルイス国王の言葉を反芻すると、僕は目を見開きまじまじと見返す。
当のルイス国王は、余程僕の顔が面白かったのだろう。にやりと笑いながら立ち上がると、
「期待しておる。これからも精進せよ!」
と館内に響き渡る声で労うと、玉座へと戻って行った。
授与式の後は昼餐会などはなく、すぐに解放される。それは収穫祭三日目を楽しむ様にとの、国王の配慮によるものだった。
「デュラン様、もう終わりでございますか? こちらの方は万事滞りなく、完了いたしてございます」
謁見の広間から出てくる僕を見かけたサイモンさんが声を駆けて来る。彼には授与式に出ている間に事務処理を済ませて貰っていたのだ。
サイモンさんは、一礼すると僕の胸元に輝く勲章を見ながら、
「立派になられましたな」
と、感慨深げに目を潤ませている。
「皆さんのお陰ですよ。でも、そこの二人含め、ちょっと言いたい事があるんですけど」
「何でございましょう?」
「何だよ?」
「何かしら?」
振り返ると、そこにはジェラールとシルヴィさんが立っていた。
「みんな父さんの事、知ってたんだろ?」
二人は僕の言葉に明後日の方を見ると、素知らぬ顔をする。
「早く行きませんと、クロエ様達が城門前でお待ちですぞ」
サイモンさんはサイモンさんで急き立てる様に僕の背中を押し、、追及を逃れようとしていた。
「まったく……」
呆れながらも、促されるままに歩き始める僕の顔は笑っていた。
全てはセドリック派の企みを炙り出す為の芝居だったとしても、その結果僕はこうして先生になる事も出来たし、大切な人を守る事も出来たのだ。
完全にしてやられた感があるが、今更怒る様な気持ちでもない。むしろ父さんが生きていた事に対する安堵で胸が熱くなっている。
今度、父と一緒に魔物討伐に行こう。
父と再び暮らせる日を相談しよう。
いつか叶えたいと思っていた事を、沢山話そう。
その機会が再び出来た事に、素直に感謝する事にした。
「先生! 早く露店に行きますわよ!」
城門の前で待ってくれていたクロエ達が手を振っている。
「楽しんで来い、先生」
ジェラールがいつもの調子で僕の背中を叩くと、そのまま送り出してくれた。
「行って来るよ」
僕は、今まで支え続けてくれた人々を背に歩き始める。
これから支えるべき人々のところへ。
「先生ぇ!」
赤毛の少女がこちらに向かって駆けて来る。その顔に昨日の様な恐怖は無く、以前見せてくれた朗らかな笑顔だったので安心した。
「直接お礼を言ってなかったので、改めて助けていただいて有難うございました」
赤毛のおさげを揺らしながら元気に頭を下げる姿に、こちらもつい笑みがこぼれてしまう。
「元気になって良かったね」
本当に、この笑顔が守れてよかった。
「それと……」
ニーナはまだ言いたいことがあるのか、見上げる様な眼差しでもじもじしている。
「どうしたの?」
「私も、学院に戻って良いですか?」
覗き込むように聞くと、彼女は小さな声で呟いた。
「ああ、それは話が早い。僕からお願いしようと思ってたからね」
「え、そうなんですか?」
「うん。君の様な優秀な生徒がいてくれると助かるからね」
ギルド活動の収入とか、活躍して名が売れると学院への入学希望も増えるからなのだが、その辺は言わないでおこう。
そして何よりニーナの才能が僕の興味を引き付ける。
彼女なら父の様な魔術師になってくれるかもしれないし、その手助けをしたいと思っている自分がいた。
僕が伝説の魔術師になれないのであれば、伝説の魔術師を育てた人物として伝説になってやる。そう決意した僕は、希望に満ちた瞳で差し出してくる彼女の手を力強く握り返した。
完
魔術を使えない僕が、伝説の魔術師を継いで伝説になる方法。 萩原あるく @astyRS
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