第31話:ランドルフの思惑

「あらあら、お客さんってニーナちゃんの事だったんですねぇ」


 物音に気付いたミリスが、食堂から現れる。

 既に夜も遅いのだが、ミリスは待っていてくれたのだろうか。その心遣いが有り難い。

 僕はニーナを背負ったまま、ミリスの案内でベッドを用意している部屋へと連れて行く。


「夜遅くにすみませんが、宜しくお願いします」

「お任せください~」


 ニーナをミリスに任せると部屋を出る。

 そして矢の補充を済ませると、緊張した面持ちでジェラールに声をかけた。


「よし。じゃあジェラール、行こうか!」

「何処へ?」


 火を入れてあった暖炉の前で濡れた体を乾かしていたジェラールは、不思議そうな顔で見返してくる。


「何処って、さっき『ランドルフにこれから行くから大人しく待ってろと伝えろ』って伝言してたじゃない」

「えー、雨降ってるから止めとこうぜ?」

「……」


 確かに雨降ってて出たくはないし、人も殺したくないから行かないに越したことは無いのだが。ここまで大事になった今、決着をつけないと明日から町を迂闊に歩けない様な気もする。


「放っときゃ来るわよ」

「シルヴィさん?」


 僕が唖然としていると、扉が開いて外からシルヴィさんが入ってきた。

 土砂降りの中入ってきた彼女は、何故だか全く濡れていない。

 多分ローブだか何かに魔術がかかっているのだろう。素直に羨ましかった。


「あらあら、シルヴィさんまでお越しですか? すぐに出られないのでしたら、あったかい飲み物お出ししますので、食堂へどうぞ~」


 ニーナの着替えを済ませたミリスが戻ってくると、皆に呼びかけ食堂へ向かう。


「ミリスちゃ~ん、ありがと~」


 シルヴィさんがミリスに抱きつきながら一緒に食堂へ入って行くと、ジェラールもその後に続く。

(まぁジェラールが良いならいっか)

 その光景を見て、僕も大人しく食堂へ向かう事にした。


「ニーナさん、容態はどうです?」 

「はーい、今は着替えてぐっすり寝てますねぇ。あぁデュランさんに、伝言を預かってますよぉ」


 と言うと、ミリスはとてとてと前に来てお辞儀を始める。


「先生、助けていただいて有難うございました」

「あ、いえ、どういたしまして」


 実際助けたのはジェラールなので、面と向かって言われると恥ずかしいものがある。

 起き上がったミリスは再びとてとてと席に戻ると、ホットミルクを飲みながらニコニコしていた。

 大切な友人だったようで、無事な事がなにより嬉しいらしい。

 微力ながら彼女の笑顔に貢献できたと思うと、少し心が温かくなった。


「ランドルフはこの後どうするの?」

「ん? ああ、さっきシルヴィが言ってたが、ほっときゃ来るだろ」

「来なかったらどうするんだよ! 明日から皆、おちおち外に出られないじゃないか」

「その心配は無さそうだぜ」


 ジェラールが親指で外を指し示すと、雨音に交じって人の声が聞こえてきた。


「じゃあ、今度は私の出番かしら」


 シルヴィさんが手にしていたホットワインを飲み干すと、立ち上がってローブを羽織り扉の方へ向け歩いて行く。

 その間にも外の声は増え続け、扉を開けると外には三十人ほどの人影が見えていた。


「おい、出て来たぞ」

「くそが、舐めやがって」


 外でざわざわ言っている人混みをかき分けると、中ほどから小太りの男が姿を現す。


「てめぇ! 何時になったら来るんだ、腰抜けめ!」

「あんな事言ってるわよ?」


 振り返ると、シルヴィさんがジェラールに向かって問いかける。


「これからって言ったけど、今日中とは言ってねーよ」 


 と言うと、ジェラールは我関せずと言った顔でホットワインを呷った。

 シルヴィさんは呆れた表情で向き直ると、ランドルフの集団の向かって声を張り上げる。


「いい? 面倒だから一回しか言わないわよ。ランドルフと一緒に死にたくない奴は、十秒以内に離れなさい!」


「おいおい、何言ってんだあのアマ」

「イカレてんじゃねーか」

「取り敢えず美人だし、後で頂こうぜ」


 ランドルフの部下達が忠告を無視して寝言を言って居る頃、その中から十人程がそっと後方へ避難していた。学院から就職した彼らは彼女の恐ろしさを知っていたのである。


『ハ・クラートゥ・ゾー、ハ・ジーマ・ゾー、キャス――』


 シルヴィさんが甲高い声でが呪文の詠唱を始める。通常の呪文ではなく、より簡略化した精霊への命令、『短縮詠唱』である。短縮と言う割に詠唱が長いのは二つの精霊を同時に使役して命令しているからだ。

 詠唱が完了すると、降り注ぐ雨粒が空中で合わさり何本ものつららに変わ行く。そしてランドルフの部下達を次々に串刺しにしていった。


「複合魔術の短縮詠唱とかえげつないですね」

「だって、マーヴィン様に手を挙げた連中よ? 生かしておく訳が無いじゃない」


 断末魔の叫びが聞こえる中、振り返ったシルヴィさんの気迫に背筋が震えるのを感じる。普段見かける悪戯好きなお姉さんと同一人物とは思えない程だ。

 やがて辺りに静けさが戻ると、つららに貫かれ地面に串刺しになっている部下たちの中心で、ランドルフが尻餅をついて放心していた。


「ひ、ひぃ!」

 

 我に返ると、短い悲鳴を上げて何処かへ向かって走り始める。

 自分が殺していないとはいえ、人の死体がゴロゴロとあるのは気持ちの良いものでは無い。できるだけその光景は見ない様にしてジェラールに声をかけた。


「追わなくて良いいの?」

「ああ、行き先は分かってるからな。急ぐ必要はない」


 そう言うと、ジェラールは支度を整え出口へ向かい始める。

 それを見て僕もついて行こうとした時、ジェラールが手で制してきた。


「デュラン、すまんが今回は、俺達に任せてくれ」

「でも僕、父さんの……」

「おやっさんの敵はまだ後ろにいる。そん時はお前に任せる。だから、な?」

「デュラン、あなたにとって大切だったあの人は、私達にとっても大切な人なのよ」


 シルヴィさんもジェラールに続いて優しい声で語り掛けてきた。

 二人にとっても父は大切な存在だった事は知っている。だから兄と姉の様な存在として今まで慕って来たのだ。その二人が父の仇を撃ちたいと言うのであれば喜んで譲ろう。

 ……決してまだ人を殺める事に躊躇している訳じゃないぞ。

 ジェラールとシルヴィさんの決意を汲んだ僕は、二人を兄と姉として見送る事にした。


「……わかった。任せるよ兄さん、姉さん」

「私は母さんと呼んでもいいのよ?」

「早く行け」


 しんみりしていた気分が一気に台無しだ。

 そして、その言葉と共に一気に緊張の糸が切れた僕は、へたり込む様に椅子へと座る。


「おかわり、どうぞ」

「ありがとう」

 

(いろいろあったな)

 ミリスが横から差し出しくれたホットミルクを受け取ると、一口飲んで深い吐息をつきながら今日の出来事を思い返すのだった。

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