第30話:救出
一方デュランが学院を出る少し前、ランドルフの屋敷でもニーナの捜索が続いていた。
「お前らのその目は、金勘定する為だけにあるのか! 何としても探し出せ!」
目に見えてイライラしているランドルフは、酒を呷りながら部下に喚き散らす。
「見つけた者は、給料を倍にしてやる。さっさと探してこい!」
ランドルフは、手を振り回しながら部下を追い払うと、更に酒を呷った。
金目当ての者は我先にと出ていったが、残りの者達は正直うんざりしていた。
元々学院の生徒や教師だった彼等にとってニーナは学友であり、教え子だったのだ。それを「奴隷商に売る」だの言われれば、萎えもする。
取り合えずは外に出たが、特に探す事もせずその辺で時間を潰すだけだった。
(何処だ)
学院を飛び出して数刻、既に辺りが暗くなり冷たい雨が街路を濡らし始める。
街の裏通りを重点的に探しつつ、学院からギルド本部まで来ていたのだが、未だニーナを発見出来ず焦りを募らせていた。
唯一の救いは、ランドルフの部下らしい男達も未だ捜索している事だ。
だが、僕は焦りのあまりジェラールの言っていた事を忘れており、日が暮れても捜索を続けてしまっていた。
(雨……早く見つけないと)
街の明かりも届かない路地裏。
その角を曲がろうとした時、雨が街路を叩く音に交じって何かが聞こえた気がした。
「?」
振り返ってみるが、誰かが立っている訳ではない。
しかし、何か胸騒ぎがして、更に耳を澄ませる。
「――て」
やはり何かが聞こえる。
「――んせぇ!」
足音が立たない様水溜りに気を付け、声の方へと近づいて行く。
「生死は問わなかったよな?」
「ああ、取り敢えずは頂いてから考えるか」
街路の角から覗き見ると、そこには二人の男と今まさに抱えられているニーナがいた。
「まて!」
咄嗟の事に何も考えてなかった僕は、男達を呼び止める。
「何か用か、坊主」
男の一人が煩わしそうな顔で振り返ると、睨め付けてきた。
「その子を離せ!」
声をかけたものの、どうしたものか躊躇してしまう。と言うかこのままだと間違いなく戦いになるだろう。既に男はナイフを抜いて威嚇している。しかし人間相手に斬り合う度胸の無かった僕は、盾を構えてショートボウの安全ピンを外した。
「坊やは大人しく帰ってママにおとぎ話でも話してもらっ――」
ナイフをチラつかせながら近づいて来た男は、突然呻きながらしゃがみ込む。
その足には、今しがた放った矢が刺さっていた。
「くっ! てめぇ……」
「それ以上動いたら、今度は頭を狙う」
次の矢を装填しながら男を威嚇するが、初めて人を撃った動揺で僕の手は震えている。それを誤魔化す為に声を張り上げて警告するが、実際打てば殺してしまうだろうと思った瞬間、引き金にかけた指は強張っていた。
「てめぇ、舐めた真似してくれるじゃねぇか」
もう一人の男が抱えていたニーナを降ろすと、首元にナイフを突きつける。
「大人しく武器を離――」
全てを言い終える前に男は首から血を吹き上げ、崩れ落ちていく。
「二匹相手にする時は、どうしろと言った?」
男の背後から、聞き慣れた声がする。
その声はいつも僕に勇気をくれ、進むべき道を指し示してくれた。そして今もその声を聴いた僕の心は落ち着きを取り戻し始めていた。
「まず、一撃で一匹仕留める」
昔、散々言われた事を思い出して、その声に答える。
「そうだ。連携させない為に、最小の手数で相手を減らす。だから狙うのは頭だ」
「ジェラール!」
支えを失ったニーナを抱きとめる様にジェラールが現れた。
「だから、夜はうろつくなって言っただろ!」
「う……」
「あと、人間相手でも殺し合いは躊躇った方が死ぬ。忘れるな」
「うん……」
「躊躇うなら、相手をゴブリンと思え」
ゴブリンって、……確かにこいつ等のやってる事は変わりない気がする。そう思うと何だか躊躇なく撃てそうな気がしてきた。
「おい、そこの。お前はランドルフに『これから行くから大人しく待ってろ』と伝えろ」
「ひぃ!」
矢を受けた男はジェラールに言われると、足を引き摺りながら走り去って行く。
その姿を見て安堵した僕は急に力が抜け、震えを押さえていた足はいとも簡単に体を支える事が出来なくなった。
「はは……」
父の復讐をすると言っておきながら、この有様である。我ながら情けないと思いつつ何とか立ち上がろうとしていると、ジェラールがニーナを抱きかかえ近づいて来た。
「まぁすぐに斬れって言って人を斬れる奴はまともじゃねぇから、心配すんな」
「う、うん。ジェラールはどうだった?」
「俺か? 俺が最初に人を殺した時はちびったな」
「ジェラールでもそうなんだ……」
「嘘だけどな」
「ぐ……」
「慣れろとは言わねぇが、躊躇すれば自分が死ぬ。そうなったら守れるものも守れねぇ。それだけは肝に銘じておきな」
「うん……」
ジェラールの言う事はもっともだ。さっきもジェラールがあの男を殺さなければニーナや僕の命は無かったかもしれない。いつまでも甘えた考えでは何も守れない事を改めて思い知らされるのだった。
ジェラールの腕の中に横たわるニーナを覗き込むと、呼吸はあるようで一安心する。雨の中歩き続けたのだろう、体は冷え切ってしまっており、これ以上体力が消耗する前に早急な静養が必要だった。
「う……」
「大丈夫?」
覗き込むとニーナと目が合う。
「いやああああ!」
そして目を見開くと、叫びをあげ暴れ始めた。
「ちょ、まってまって」
「たすけて!」
「たすかってるよ」
「奴隷に売らないで!」
「売らない、売らない」
「いやあああ!」
「落ち着いて、誰も君を奴隷にしない」
恐慌状態で暴れるニーナを押さえる為、腕ごと抱きしめる。
「いってぇ!」
肩口を噛まれた。
それでも彼女が落ち着くまで背中を優しくたたいてあやし続ける。
そもそもそんなに体力が残っていなかったのだろう、少しすると暴れ疲れたニーナは動きを止めた。
「落ち着いた?」
ニーナの肩を離すと、改めて顔を見る。
「あ……せん、せ、い……」
僕の顔を改めてみたニーナは、体の力が抜け再びその場で気を失った。
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