鉄血皇太后エリザベートの卒業式

広瀬弘樹

鉄血皇太后エリザベートの卒業式

 私エリザベート・フォン・クラッセンハイムはレーマー帝国宰相アルベルト・フォン・クラッセンハイム公爵の娘。社交界の華にして未来の皇后。

 ――所謂悪役令嬢である。

 私は喜ぶべきか悲しむべきか生前これでもかとやり込んだ恋愛シミュレーションゲーム 『レーマーの薔薇』の世界にライバルキャラとして転生してしまったのだ。

『レーマーの薔薇』についてざっくり説明すると架空十九世紀、魔法が衰退し科学が発達し始めた世界で富国強兵を目指すレーマー帝国の貴族の子女が集まる魔法学園を舞台に主人公アルルが皇太子エドワルドをはじめとする貴公子と恋愛するゲームだ。

 お相手によっては皇后になったり反帝国の副リーダーになったり、敵対するロクスル帝国の貴公子と逃避行する波乱万丈なシナリオに定評がある。

 ぶっちゃけるとレーマー帝国はドイツ帝国がモデルなので政治情勢としてはかなりハードだ。

 まず国内に中央集権化と近代化を目指す北部の皇帝勢力、それによって関税などの既得権益を奪われた南部の小貴族たちが背後で操る南部解放戦線がある。

 そして外国にはロシアがモデルで南下政策を推し進めるロクスル帝国に革命に成功し近代化で十年先を行くアフェクシオン共和国、科学技術と魔法技術を融合させて首位独走中のダスク連合王国と近隣諸国に列強が揃っている。

 もうやだこの内憂外患。

 こんなハードモードなのに私の従兄弟で皇太子のエドワルドは愛と芸術に生きる浮世離れした性格で、何度政権が変わりかねないような大ポカやらかしそうになったか数え切れない。

 エドワルドのいいところと言えば金の巻き毛に青い瞳。名工が鑿を入れたとさえ思わせる美貌にすらりとした肢体。褒められるところは見た目だけだ。

 主人公アルルとの恋愛だってそうだ。真実の愛を見つけたんだとか言ってるけどアルルは南部の男爵家の娘。当然南部解放戦線との繋がりがあるに決まっているのに気分はロミオとジュリエットだ。

 婚約者を前に目も当てられない乱行を繰り返している。こちらとしてはいい恥さらしだ。

 アルル本人に忠告してやれば勝ち誇った顔で「皇后さまはお優しいんですね。あら御免なさいませ。もう皇后さまではなくなったのでしたね」とか言う始末。あれ中身転生者だな。

 こっちがNPCだと思っていい気になっている所悪いけれど、エドワルドルートの難易度知っててやってるのか、それ。なめプにも程がある。

 ネットの集合知を以ってしても攻略方法が確定したのが『レーマーの薔薇』発売初日から一ヵ月だぞ。具体的にはアルルのステータスをほぼマックスまで育てて一回のミスも許されない地獄の綱渡りの選択肢を掻い潜って生きてエンディングを迎えられる。

 攻略方法が判明するまで一体何人のアルルが死んだと思っているのだ。しかも育成にリアルラックが絡む鬼仕様だ。ゲーム開始時にランダムで美貌、優雅さ、学力、体力、魔力の五つのステータスに対して1から最大5までの育成可能上限と「地」「水」「火」「風」「空」に加えて「光」と「闇」の七属性が決まる。

 難易度最高レベルのエドワルド攻略には「光」属性かつ五つのステータス全てに育成上限5を引き当てない限り何をしてもバッドエンドにしかならないのだ。

 幸いアルルの実家にある魔法の鏡で真っ先にそれを確認できるのだが何回リセットボタンを押したことか。

 誰だこんなクソルート考えた奴。アルル厳選作業は骨が折れた。本当に指の骨を骨折した記憶が鮮明に思い出される。前世の私ったら馬鹿なのかしら。

 それはそうと、とうとう明日の卒業パーティーで断罪イベントが発生すると確定した。さっき心から愛する友人の一人がエドワルドとアルルの断罪計画をリークしてくれたのだ。

 彼女には心からの感謝を伝え、出来るだけ平静を保つように言い含めて部屋に返した。

 あんまりな展開じゃないかと思うが中央集権化を進める皇帝陛下に楯突く南部開放戦線とアルルの繋がりをバッチリゲットしたのでまだ生き残るチャンスはある。

 もう帝国宰相であるお父様にはアルルが南部解放戦線のスパイであるとの証拠を送ってあるので伝説の初見殺し逆断罪イベントの発生要件は満たしているのだ。

 ステータスか選択肢、どちらかがクリア条件を満たしていないとアルルはエリザベートの逆襲に遭う運命。何回泣かされたか分からない展開だが今度は私がエリザベートなので容赦なくやります。

 そもそもエリザベートは南部貴族の男爵の娘である主人公アルルに対してありとあらゆる妨害を仕掛けるライバルキャラだ。

 特に許嫁の皇太子エドワルドに対してモーションを掛けると暗殺フラグが立つ。その暗殺計画を凌ぐにはアルルのステータスを一定以上にして南部解放戦線とのパイプをつくっておかなければならなかった。

 それらの難易度が無茶苦茶に高くて主人公アルルの死体が積み重なったが、暗殺イベントをクリアすればハッピーエンドまで一直線。おまけに卒業パーティーではエリザベートは今までの悪事と宰相である父親の反逆罪まで暴かれて破滅するカタルシスが待っている。  

 まぁ重ねて言うが一つでもフラグを立て損ねると逆断罪ルートのバッドエンドに入ってしまうのだが。

 しかし悪役令嬢というと乙女ゲープレーヤーのかつての自分は出所の分からない謎の役職に憤ったものだ。

 けれどもゲームメーカーもしたたかなもので実際に悪役令嬢をゲームに出したり二周目以降の隠し要素で悪役令嬢にプレーヤーが転生してしまった設定で彼女らのあまりにも重い家庭環境を描いたりもした。

 私もレーマー帝国宰相クラッセンハイム公爵の長女として生まれ、生まれながらにして皇太子エドワルドとの結婚とレーマー帝国皇后の座に付くためのスパルタ教育を受けてきた。その為に受けた他の貴族からの嫌がらせやテロや暗殺未遂はアルルのそれを軽く上回る。

 それなのに横から下級貴族や平民の小娘がちょっかいかけてきたら普通怒る。

 いやそれ以前に今の帝国の情勢的に警備体制としてどうなんだこの魔法学園。王族に敵対する小貴族がホイホイ近づける環境ヤバくない?テロられない?

 魔法を使えることが貴族の証であり、貴族に旧来の魔法教育を施す魔法学園の意義は科学技術の台頭によって揺らいでいる。魔法と科学が融合したダスク連合王国に対抗するにしても実践的な魔法教育や研究が圧倒的に不足しているのが現状だ。

 しかもダスクだと魔法石精製技術のお蔭で庶民も魔法を使えるので魔法の価値はストップ安。ダスク連合王国の女王がかなりの潔癖症なのもあって男女共学なんて破廉恥極まりないとダスク国内の魔法学園は廃止されてしまうほど。

「この件が片付いたら教育改革の草案を作らせなければいけませんね…」


 卒業式後、花が咲き乱れるパーティー会場にずかずかと武骨な憲兵隊が入りこう宣言した。

「アルル・ロッテンダム!国家反逆罪で逮捕する!」

「は?」

 今の今まで輝かしい未来に思いを馳せていたアルルの可憐な顔が能面のように真っ白になる。

 傲慢な転生者にはまだ分かっていないのだろう。何故エドワルドルートが最高難易度を誇るその理由が。

 まずエドワルドと結ばれることはそのまま国母たる皇后になるという事。それは一夫一妻制かつ淫行を戒める教会の教義によって妾や愛人、娼婦の存在は酷く忌まわしいとされていることに起因する。

 次にアルルが協力関係を結ぶ南部解放戦線は小貴族の集合体である南部貴族と同様に一枚岩ではなく、相当のカリスマ(つまりは光属性と最大値のステータス)と一切の迷いのない態度でなければ裏切り者が出てしまうという事。

 更に学園内の貴族の派閥争いもあるのでその駆け引きにおいて少しでも不審な点があればハッピーエンドからはじき出されてしまう――一切の選択ミスが許されない由縁だ。

 今回のアルルは少しばかり調子に乗りすぎた。例え光属性、最大ステータスといえどゲームの真摯で清純だったアルルには程遠い傲慢さ。そしてゲームの中だという慢心。

 それが知らず知らずのうちに敵を生み、学園内や南部解放戦線に裏切り者が出てしまったのだ。

 毎年恒例の逮捕者(この魔法学園、在学中は犯罪者を出さないが卒業した途端に逮捕者が出ることで有名である。それにしても今年は異例のスピード逮捕だが)にざわつく生徒と卒業生の前に亡霊のように青白い顔をしたエドワルドが進み出る。

 縋るように絡み合うアルルとエドワルドの視線。だが――

「なんてことだ、アルル。君は、君だけは僕を人間だと思ってくれていたとばかり…」

 金色のまつ毛に真珠のような涙を浮かべてエドワルドは親の顔より見た台詞を言い放つ。

「真実の愛を捧げた君も悪魔の一人に過ぎなかったのだ――!」

 最後まで悲劇のヒーロー気取りだなぁ、コイツ!!

 本当にこれと列強相手に戦って行かなきゃならないと思うと頭が痛い。でも希望はある。

 このバッドエンド70のラストでは憧れの作曲家と築城に耽溺した後、禁治産者として十年間ある湖畔の城に幽閉されたエドワルドが四十歳になった冬の日、アルルの幻影と共に湖に沈む。

 つまりあと十五年くらい我慢したら私の子が皇帝になり、私は摂政鉄血皇太后エリザベートとして歴史に名を残す……と公式ガイドブックにはあった。

「エドワルド様。貴方の苦しみは私の苦しみ。さあ顔をお上げになって。いつでもこのエリザベートが傍にいますわ。今までも、これからも、ずっと……」

「エリザベート、君は君こそが我が真実の愛だったのか……!それを僕はなんて酷いことを……」

 エドワルドの金の巻き毛を胸に抱き込み甘い言葉を囁く。これからの戦いへの布石を打ちながら……。

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