41.エピローグ的な何か



 夜人がティーナを家に残して学園に戻ると、ちょうど学園の敷地内に入る正門付近にて、大量のヒトの集まりがあった。

 見た所、魔道騎士団の団員がその場を取りまとめているようで、ザワザワと騒がしいものの、皆最低限の落ち着きは保っているようだった。

 

「もおぉぉぉっ、心配したんだからぁぁっ。よるとのばかぁぁっ!」


 夜人がその集団に近づいていくと、その途中で大声を上げながら一人の少女が飛びついてくる。

 涼風小夏は大粒の涙を流しながら、その無事を確かめるように夜人にしがみついた。


「悪かった。心配かけて……」


 夜人はその少女が小夏であることを確認すると、顔を伏せながらそう言った。


「もう、ばかっ! ほんとバカだよぉっ。夜人よわいくせにっ、よわっちいくせにひとりでどこいってたのばかぁっ! ほんとに心配したんだからぁぁぁっ」


 夜人の胸に顔を押し付けてわんわんと泣きじゃくる小夏。

 彼女にここまでかけてしまった自分自身を、夜人は疎ましく思う。


「ごめんって。別に、そんなに危ない事してた訳じゃないんだ。ただ……、その、あの時色々とごちゃごちゃしてただろ? だから人の波に呑まれちまって、お前らとはぐれたんだよ」


 ウソだ。本当は死ぬかもしれなかった。その可能性は十分にある出来事だった。もし白夜が来てくれなかったら、サンが初めから本気で夜人を殺すつもりだったのなら、夜人は確実に死んでいた。


「うぅっ、ぅぅぅうう。よるとぉ……っ」


「ごめんな」


 夜人が小夏の頭に手を乗せる。

 その時、近くからこの場の空気にそぐわないお気楽な声がした。


「あれーっ、先輩。戻って来たんですねっ。無事みたいでなによりです。どこ行ってたんですかぁ?」

 

 くすくすと、かえでがからかう様に笑う。


「あぁ何だ、かえでか」


「むぅ。何だって酷くないですかー? ボクも結構頑張ったんですよ? ちょっとくらい褒めてくれてもいいのにー」


 不満を示すように頬を膨らませるかえで。


「お前はどうせ普通に楽しんでただけだろうが」


「あ、バレました? んー、でもちょっと物足りなかったですね。できれば、ボクも先輩と同じ所に居たかったです」


「お前……」


 夜人が訝しむような視線をかえでに向ける。

 それに気づいて、かえでは弁解するようにブンブン手を振った。


「あ、いや。別に変な意味はないです。ただ先輩から結構“におい”がするので。何か楽しそうなことしてきたんだろうなぁって。ちゃんと洗ったんでしょうけど、ボクには分かりますよ。

 先輩がそこまでを浴びるような相手なら、ボクも戦ってみたかったというだけです」


 最後の台詞は、夜人だけに聞こえるような小さな声で言う。


「まぁそれだけなので、特に先輩のことを探ろうとか。そういう気持ちはないです。興味もないし」


「あぁ、そうかよ……」


 本当に、この後輩はイマイチ掴みきれない。


「そういうことです。あ、でも、先輩の詮索をしない代わりに、ボク、何かご褒美が欲しいなぁ」


 かえでが唇に指を当て、上目遣いで夜人を見つめる。その視線を受け、夜人は大きく顔をしかめた。


「ふふ、良い表情ですね。じょーだんですよっ。ボクは先輩の言う事には逆らえない従順な下僕なので。先輩がハッキリ断れば何もしません。それじゃあボクはお姉ちゃんと少し話すことがあるんですけど、行ってきていいですか?」


「……好きにしろ」


「はーい、好きにしまーす」


 片手を上げて元気良く返事し、大きな尻尾を揺らしながらかえでは遠ざかって行く。


「はぁ……」


 夜人はかえでの背中を見送って、疲れ切ったように大きなため息を漏らす。


 本当に、昨日から今日にかけては色々あり過ぎた。



 夜人は自分の胸で号泣し続ける小夏を感じながら、これからの事について少し考えた。





 武闘大会という一大イベントの最中に起こったその事件は、とても大きな被害を残していった。

 突然現れた二十体あまりの異形の化け物によって、学園の生徒たちおよび外部の来客が襲撃されたのだ。

 学園の施設で破壊されたものの多く、怪我人は多数、死者も出ていた。


 騒ぎが収まった後、武闘大会は中止され、生徒は厳重な警戒を持って帰宅と暫くの自宅待機を命じられた。


 既に事件が起こって数日が経つが、その全貌は全く掴めていない。

 教師たちだけではなく、魔道騎士団も動員されての調査が行われているにも関わらずである。


 調査の結果分かったのは、襲撃を行った化け物は人工的に作り出されたもので、誰かが指示を出していたということくらいだった。


 学園に対する非難も多く、事件を終えてなお騒ぎは拡大しているようだ。


 だが、突発的に起こった大規模事件であるにしては、そこまで被害が酷くないのも事実であった。

 やはりそれは学園の教師の判断と生徒の動きが良かったからだろう。

 異形の化け物たちは過半数が討伐され、何匹かが事件資料として捕獲された。



 だがしかし、それは世間一般の見解。

 半吸血鬼ダンピールの少年――衆印しゅういん夜人よるとはこの事件の真相を知っている。


 ディフレンテスという人間に復讐を誓う吸血鬼ヴァンパイアの集団。そこに属するディフレンターというの禁忌存在の一人――サンが行った実験行為、そして“宣戦布告”である。

 

 夜人は自分と同じ半吸血鬼ダンピールの少年――白夜と、サンを相手に激闘を繰り広げ、あと一歩と言うところまで追い詰めた。

 が、加勢にやって来たもう一人のディフレンター――ルージュの邪魔を受け、痛み分けという結果に終わった。


 その後、夜人はディフレンテスと敵対する吸血鬼ヴァンパイアの組織――ヘレティクスの一員であるベートと話し、彼にできる限り協力することを約束したのだ。


 その日からの数日間。

 学園での活動もないその間、夜人はベートの元で吸血鬼ヴァンパイアに関する知識を勉強した。

 今まで夜人は何も知らずにいた。でもそれは夜人が人間として生きていたからだ。

 これからは半吸血鬼ダンピールとして、吸血鬼ヴァンパイアと敵対することになる。

 学ばなければいけない事は多い。


 血を飲むことも厭わない。吸血を忌避したせいで、夜人は一度死にかけた。

 もう同じことを繰り返すつもりはない。


 

 また、無断で夜人と接触してしまったティーナの処遇に関しては一旦保留になり、彼女は今まで通り夜人と一緒に暮らすことになった。

 夜人の側に居れば大人しくしていると、判断された結果らしい。


 


 そして、学園襲撃事件から二週間が過ぎた頃。





 優秀な魔道戦士ブレイバーを育成する目的で創設された桜華学園。そこからほど近い距離にある何気ない喫茶店の地下に広がる秘密の空間。

 その内の一部には、戦闘訓練を行うことが出来る程の広々とした場所があった。


 中央付近にて、二人の人物が黒と赤の二色の刀を向け合っている。


 一人は黒髪を靡かせる少年――夜人、そしてもう一人は白髪を靡かせる少年――白夜である。


 夜人と白夜は刀をぶつけ合う。両者一歩も引かない駆け引きの連続。

 しかしある瞬間、白夜の腕が残像を残してブレる。


 キィンッと響く甲高い音。

 白夜が左手で握る紅血の刀が、夜人がしっかりと構えていた魔道武装黒刀を弾き飛ばしたのだ。


 天井に備え付けられた明かりが放つ光を浴びるようにして、クルクルと浮かび上がる黒刀。それは夜人の背後にカランカランと音を立てながら落下した。


「まいった。俺の負けだ」


 首だけで背後を見て落ちた黒刀を確認すると、夜人は疲れたように大きく息を吐き出した。


「うん。だいぶ良くなってきた。傷はもう何ともなさそうだし、も馴染んできてる」


 白夜は手にしていた血刀を霧散させると、夜人を見て満足そうに頷く。


「ま、確かにだいぶ変わったな」


 夜人は自分の手の平を見下ろして、感慨深く呟いた。


 夜人は学園襲撃事件があった日から、毎日血を飲むようにしている。そうすることで、血を得た本来の状態に身体が馴染んで、安定したチカラを出せるようにするためだ。

 それまでに二度夜人は血を口にしたが、あれは効果的にはドーピングに近い状態だったらしい。だから身体への負担も大きかった。


 だからしっかりと身体に血を馴染ませて、こうして白夜と訓練を行うことで感覚も磨いている。


「今日はこれくらいにしておこう。僕もこれからやることがあるし」


「何があるんだ?」


 夜人は落ちた魔道武装マギアデバイスを腕輪の状態に戻しながら、そう尋ねた。


「うん、ちょっと学園に」


「学園……?」


 そういえば、明日から学園は運営を再開すると連絡を受けたが、それと何か関係があるのだろうか。

 ヘレティクスとしての任務で、それまでに調べることがあるだとか。


 陽の下でもほぼ問題なく活動できる半吸血鬼ダンピールは貴重かつ故に多忙で、白夜はこうしてよく出かけることが多い。

 経験は少ないが同じく半吸血鬼ダンピールである夜人も同じ立場であり、白夜ほどではないが、既にこの二週間で何度か仕事を頼まれていた。



「それじゃあまたね。夜人」


 淡々とした調子で白夜は片手を上げ、訓練場から出て行った。


「あいつも大変そうだな」


「お兄ちゃーんっ、もう訓練は終わりっ?」


 訓練場の端っこで夜人の訓練が終わるのを待っていたティーナが、跳ねるように寄って来て、ひしっと夜人に抱き着く。


「あぁ、終わりだよ」


「やった! じゃあおうち帰る? ティーナと遊ぶっ?」


「あー、えっと。ごめんティーナ。俺もこの後すぐって訳じゃないんだけど。約束があってさ」


「……だれと?」


 ティーナの笑顔が一瞬にして冷め、疑うようなもの変わる。


「こ、小夏と会う約束があって」


 一変した妹の雰囲気に少し戸惑いながらも夜人はハッキリとそう答える。

 するとティーナは一瞬ムッとした表情を浮かべた後、また花が咲いたような満面の笑みでこう言った。


「じゃあ、ティーナも一緒に行くねっ?」





 学園の近くにある最近学生に人気と噂のお洒落なカフェテリアの前で、夜人は小夏と落ち合っていた。

ティーナと一緒に。


「ひ、久しぶりだね、ティーナちゃん」


「はい、おひさしぶりですっ」


 夜人の腕にしがみつくように抱き着いたティーナは、眩しい笑顔をと共に小夏を見上げる。

 その作ったように明るい笑顔を見て、小夏は「あはは……」と控えめに苦笑いをこぼした。


「すまん小夏。着いてくるって聞かなくて。あ、でも、今日はちゃんと俺が奢るから」


「うん、じゃあ遠慮なく奢ってもらうね」


 小夏は気を取り直したように、夜人に笑いかけた。


「じゃあ、入るか」


 そんなやり取りを経て、夜人はティーナと小夏と一緒にカフェの中に入る。




「――それで凛ってね、ちゃんと話してみるとすごく楽しいんだよ。そりゃ、ちょっと不器用なこともあるけど、みんなも誤解してる所が多いと思うの。ま、まぁ、わたしも少し前までは、そうだったんだけど……」


「そっか。小夏は春風さんと仲良くなれてよかったな」


 フルーツが盛られ、シロップがたっぷりかけられたパンケーキを前にして、楽しそうに凜のことを話す小夏。夜人の隣では、特大のパフェにスプーンを突っ込みながらティーナが面白くないという顔をしていた。


 凛と仲良くなれたことで嬉しそうな小夏を見ていると、夜人は何だか自分も嬉しくなってくる。


 だが、凜との距離を縮めたらしい小夏に対して、夜人は学園襲撃事件があった当日以降、一度も凜とは会っていなかった。

 まぁ元々大した交流も持っていなかったのだから、何もおかしくはない。


 が、しかし、夜人が魔道騎士団の団員に、事件についての事情徴収を受けた後のこと。治療を受けた痛々しい跡の目立つ凛と、自然と目を合わせる機会があったのだ。

 その時、凜が夜人を見る鋭い視線に、言い知れない不穏さを感じた。


 心当たりはある。

 決闘場で、化け物が放ったエネルギーの塊を夜人が相殺した時。

 あの時、その場に居た人々の視線は化け物そのものに注目しており、夜人が秒未満で行った事など誰も気づかなかったはずだが……。

 凜が、夜人のやったことを見ていた可能性は否定できない。


 夜人が半吸血鬼ダンピールであることは露見してはいけない。闇に潜む吸血鬼ヴァンパイアの仲間として、これから生きていくことになったのだから。


 だから近いうちに、凛には何かしらの確認を取っておくほうがいい。


 明日から学園も再開する。そうなれば嫌でも同じクラスの凜とは顔を合わせる。詳しい事は、その時に決めるとしよう。





 二週間ぶりの学園へ向かうため、夜人は支度を整えて家を出る。学園へと続く道の途中で小夏と出会って、一緒に登校した。

 

 教室に入ると、意外にも皆の様子はいつも通りだった。流石、魔道戦士ブレイバーの卵と言うべきか、それなりに気丈であるようだ。

 

 自席に向かう途中で、夜人は鈴川と目が合った。いつだったか、夜人といざこざを起こした一人の生徒である。

 彼は気まずそうな表情を浮かべ、夜人から視線を逸らした。

 夜人もまた鈴川から視線を外して自席に着く。先生がやって来るまでは、もう少し時間があるだろう。


 その時、コツコツと床を靴で鳴らしながら誰かが近づいて来る音がした。


「ん?」


 夜人が顔を上げると、そこには意外な顔があった。


「春風さん……」


 春風凛。できれば今日中にでも、夜人が自ら接触しようと思っていた少女である。まさか、こうして向こうから来てくれるとは。

 手間が省けたというべきか、それとも――。


「衆印夜人」


「何か用か?」


 夜人はあくまでも落ち着いて対応する。彼女に疑われる要素は出来る限り無くしたい。


「今日の放課後、第三決闘場の前に来なさい。絶対よ。もし来なかったから、斬るわ」


「……わかったよ」


 詳しいことは何も聞かずただそう返答する。それを聞くと、凜は鼻を鳴らしながら自分の席に戻っていった。


(なんというか、流石女王様だな……)


 夜人は小さく苦笑しながら、遠ざかって行く凜の背中を見送る。凜もまた、あの事件で大きな傷を負ったようだったが、何ともないようでよかった。


 しかし、あのように言われた以上、やはり何かしらの点で疑われていると考えて間違いないだろう。


「はぁ……」


 少し気が重い。何と言って誤魔化すべきだろうか。場合によっては、ベートに直接相談しなければならないだろう。

 まさか口封じのために凜を殺すと言うことにはなり得ないだろうが……。何せ、ヘレティクスはヒトとの共存を望む組織だ。



 と、夜人があれこれ凜への対策を考えていると、カラリと音を立て教室の戸が開かれた。


 担任教諭の桜子が普段と変わらない様子で入って来て、教壇の前に立つと、小さく息を整えてから皆の姿を見渡した。



「はい。みんなも二週間前に起こった事件についてはもちろん知ってると思うけど、全員無事でほんとうによかったわ」


 しみじみと、心からそう思っている様子で桜子が言った。


「それで、あんなことがあって、学園が再開したばかりで、突然のことだけれどみんなに知らせたいことがあるの。このクラスに編入生が入ってきます」


 そう前置きしてから、桜子は戸の先に向けて「じゃあ、入って来て」と声をかける。


 ざわりと教室内が騒めき立ち、皆の視線が戸の方向へ集中する。


「……はぁっ?」


 夜人は思わずそんな声を上げた。その光景は、完全に予想外だった。


 マイペースな足取りで教室に入って来るのは、表情の変化が少ない純白の髪を持つ少年。

 白磁の肌と、華奢な身体付き。中性的に整った顔立ちと、どこか儚げな淡い雰囲気。


 夜人と同じ学園の制服に身を包んだ半吸血鬼ダンピールの少年――白夜だった。


「今日からこの学園に通うことになった白夜、です。……よろしく」


 ――こうして、夜人の新たな学園生活が幕を開けた。




 夜人たちの戦いは、これからだ。





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半吸血鬼《ダンピール》は闇に潜む 青井かいか @aoshitake

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