40.そのあとⅡ





半吸血鬼ダンピールが戦争のキッカケになって、そのせいで禁忌という扱いになっているのは事実だ」


「……」


「だが何も、半吸血鬼ダンピール自体が悪という訳ではない。そういった事情がある故に、吸血鬼ヴァンパイアの中でよく思われていないのは事実だが、アレは少し特殊な事例だった。白夜や夜人は半吸血鬼ダンピールだが、むしろ君たちこそ吸血鬼ヴァンパイアとヒトを再び結びつけるために必要な存在だよ」


「……」


 いまいち納得できない話だった。なにせ、夜人には知らないことが多すぎる。

 ふとベートの隣に座る白夜に目を向けると、白夜はティーフードとして置かれたスコーンを黙々と食べており、特に今の話を気にしていない様子であった。


「じゃあ、ヘレティクスと、さっき言っていたディフレンテスについて聞いてもいいですか?」


 サンから聞いた話も併せて、何となく予想はできるが、ここでしっかりと知っておきたい。


「あぁ。俗に“陽と闇を混ぜるヘレティ異端者等クス”と呼ばれているのが私たちの勢力だ」


異端者等ヘレティクス……ですか」


「あぁそうだ。私たちが望んでいるのはヒトと再び共存すること。だが、今生き残っている吸血鬼ヴァンパイアのほとんどはそのことを良く思っていないし、あり得ないだと思っている。だから異端者だ」


「じゃあ、ディフレンテスは」


「一方で“陽の目を望む者等ディフレンテス”は、人間への復讐を誓う吸血鬼(ヴァンパイア)たちの集まりだ。人間をヒトごと支配して、表のセカイをチカラで押さえつけるつもりだ。正直な話、吸血鬼ヴァンパイアたち全体の思想としては、私たちヘレティクスよりも、ヤツらディフレンテスに傾いている」


「ヘレティクスとディフレンテスは敵対してるんですよね」


「あぁ、掲げていることが真逆だからね。ぶつかりもする。そして、戦力的に言って私たちはヤツらに大きく劣るのが現状だ。何より苦しい点として、ヤツらの半数近くは既に陽の目を見る者ディフレンターだ。ヤツらが昼にも問題なく動けるのに対して、私たちはそういう訳にもいかない」


「だから……、半吸血鬼ダンピールなんですか?」


「そういうことだね。夜人と白夜。キミたちこそが、ディフレンターにまともに対抗できる希望でもある」


「夜人」


 その時、急に白夜が顔を上げて夜人に視線を向けた。


「一緒に戦おう」


「本来、君に人間として生きることを強いて、それを勝手に見守っていた身としては、本当に虫のいい話だと思う」


 そう話すベートの表情は複雑だった。不甲斐ない自分を恥じているようでもある。


「だが、こうなってしまった以上。そういう選択をせざるを得ない。もう夜人の存在はディフレンテスに伝わってしまっただろうし、君のチカラは何より貴重だ。

 もちろん。どうするか判断するのは夜人だが、私としてはヘレティクスに加わってくれることを勧めたい。そうすれば、君は君の手で君の周りを守ることだってできる」


「……はぁ」


 ベートのその言葉を聞いた時、夜人は思わずため息を漏らした。

 白夜が不思議がるように首を傾げる。


「ベートさん。あなたって、本当に卑怯ですね」


 呆れたような、諦めたような笑みをこぼす夜人。


「それに関しては否定できないね」


 ベートもまた、小さな苦笑を湛える。


「いいですよ。まだヘレティクスがどういうことをしているのか知りませんけど、なるべくあなた達のチカラになりたいと思います。だけど、あなた達を完全に信用できるまでは、俺は俺のやりたいようにやらせてもらいますから」


「あぁ、それでいい。本当に助かるよ」


 ベートが安堵したように笑う。


「それと、まだいくつか気になることがあります」


 夜人が部屋の隅で縮こまっているティーナの方に視線を向ける。ティーナは夜人と目が合うと、ピクリと震えた。


「ティーナと、俺のことです。おかしくありませんか? 今の話だと、ティーナが俺の所に来たのは、想定外の事態ということになります。なのに、ずっと俺のことを監視していたというあなたが今日までそれに気づかなかったのは不自然じゃないですか?」


「確かにそうだね。だけど別に、監視と言っても四六時中ずっと見ていた訳じゃない。さきほど、ディフレンテスがこの街にいることには既に気付いていたと言ったが、だからヤツらのことを探っていたんだ。人手が不足していてね。かなり立て込んでいた。ティーナが君と接触したのはちょうどその間の話だ。

 ティーナが行方不明になったという連絡を受け取るのも、手違いがあって少し遅れてしまったんだよ。ティーナが元居た場所から白夜が到着するまで、私はそのことを知らなかった。そしてそれが今日の話。よりにもよってそのタイミングで……」


「サンが学園を襲撃したんですか?」


「そういうことだ。それが分かった段階で、危険と考え、私たちはティーナをここに連れて来て、白夜を君の元へ向かわせたんだよ」


「なるほど……」


(だからここにティーナがここにいるのか)


「あー、それで、じゃあなんでティーナは泣いてたんですか?」


 ここに入った瞬間、ティーナは大泣きしながら夜人に飛びついてきた。


「……いや、それに関しては私もよく分からないんだ。ティーナを実際にここに連れて来たのは私ではなくて、リーベだからね。その間、私はまた別のことをしていた。ここに戻ってきたのは君とほぼ同じタイミングだよ」


 夜人の視線が、自然とベートの隣に控えているメイド服の少女リーベに向けられる。


「はい。出過ぎた真似ながら、一体自分が何をしでかしたかを分からせるために少し説教しました」


 リーベが部屋の隅にいるティーナを見やる。するとティーナがビクリと大きく身体を震わせて、無言で夜人の方へ駆け寄って来る。そしてまた先のように夜人の腹にしがみついた。


「あー……。はい、何となく何があったかは理解しました」


「もう聞きたいことはないかい?」


「そう、ですね……。とりあえず気になってたことは解決しました。また聞きたいことがあったら聞きに来ます。ここに来ればいいんですよね?」


「あぁ、ここに来れば、私に繋がる誰かが一人はいるはずだ」


「わかりました」


 そう言って、夜人は立ち上がる。


「ひとまず、俺は他にも行かないといけない所があるのでここで失礼します。いいですよね?」


「あぁ、問題ないよ」


「では」


 夜人は立ち上がり、そのまま表の出口に繋がる扉へ向かう。そんな夜人の腰には、ぐすぐすと鼻を鳴らすティーナがピトリと張り付いていた。


「ベートさん」


 扉に手を掛け、夜人は振り返る。

 夜人の視界に、再びスコーンを口に入れる作業に戻っている白夜、澄ました顔のリーベ、そして観察するような視線を夜人に向けるベートが入る。


「なにかな?」


「さっきは怒鳴ってすみませんでした。あなたに何も思う所がないと言ったらウソになりますけど、何もさっきの言葉はあなた一人に向けたものではないので。……これから、よろしくお願いします」


「あぁ、こちらこそお願いする」


「失礼しました」


 夜人は軽く頭を下げて、扉を開けた。





 外に出ると、既に日は暮れ始めていて、薄闇色の空には点々と星が浮かんでいた。


「なぁ、ティーナ」


 外に出て、学園がある方向に歩き始めてしばらく、夜人は自分の腰にしがみついているティーナに声をかけた。


 ティーナは肩を震わせて、恐る恐ると涙の溜まった瞳で夜人を見上げる。


「俺の所に来てくれて、ありがとな」


「……え、えっ?」


 何を言われているのか分からない様子のティーナ。ぽかんとした顔で、夜人を見つめる。


「ティーナが来てくれたから。俺はチカラを手に入れて、そのお陰で小夏を助けられた」


 夜人が自分の正体を知る知らないに関係なく。あの森での、魔物凶暴化事件は起こっていただろう。今思えばアレは、きっとサンたちの仕業だったのだ。

 あの時魔物から感じた気配と、今日魔道人形化け物から感じた気配はとてもよく似ていた。


「それに、俺はずっと気になってた自分の正体も知れたんだ。全部ティーナのお陰だよ」


「……おにい、ちゃん」


「これから苦労することも多い気はするけど……、まぁ、その時はティーナも手伝ってくれ」


 「どうだ?」と、夜人はティーナに視線をやって、笑いかける。


 それを受け、ティーナはしばらく茫然としていたが、不意にハッとしてコクコクと何度も頷く。


「う、うん! ティーナっ、お兄ちゃんのこと手伝う! なんでもする!」


「あぁ、その時は頼んだぞ」


 夜人はティーナの頭をグリグリと強めに撫でつける。ティーナは気持ちよさそうに目を細めていた。



「……とりあえず家に帰って着替えるか」


 ここから学園に向かう途中に自宅があるので、そこで身体を洗って着替えることにしよう。こんな血塗れの状態で皆の元に戻る訳にはいかない。


「さて、どう言い訳するかな」


 皆――特に小夏と対面した時に、急に姿を消したことをどう誤魔化すか考えながら、夜人はティーナと共に家に帰るのだった。

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