39.そのあとⅠ





 吸血鬼ヴァンパイアのサンと血に染まる激戦を繰り広げ、止む無く痛み分けの結果になったその後。

 夜人と白夜はヒトの目に留まらないように何事もなく学園の外に移動した。途中で何度か魔道人形化け物の姿を見かけたが、首謀者であるサンが退いたせいなのか、生きてはいるものの、完全に動きを停止していた。

 放っておけば、魔道騎士団が見つけて調査してくれるだろうとそのままにしてきた。


 これでこの学園を襲った脅威は、完全に消えたということになる。



 そして、学園の外。街中の路地裏にあるひと気がない所にて、夜人は白夜に傷の治療を受けていた。


「すげぇ、こんなに綺麗に治るもんなんだな……」


 切断された左腕が見事にくっついたのを見て、夜人は素直に感心する。たった今繋ぎ合わせたばかりなのに、感覚が通っており、問題なく動かすこともできる。


紅血技ブラッドクラフトと治癒魔法を組み合わせたら、そんなに難しいことじゃない。あと、切断面が綺麗だったというのも大きい。でもまだあまり動かさない方がいい」


 そう言って、夜人の腕を血で造った包帯で固定する白夜。


「うん、これでいい。二、三日は安静にして」


「白夜は、治療しなくていいのか?」


「うん。僕は大した傷を負ったわけじゃないから。結構疲れたけど。さて夜人、応急処置も終わったし、行こっか」


「は? どこに?」


 脈絡のない白夜の発言に、夜人は首を傾げる。


「“ヘレティクス”の秘密基地だよ」


「……え?」





「うえぇぇ……っ、うえぇ……ぇえ、ぁぁ……ぁっぁん、おにいちゃぁああ、ああんっっ。うぇええ……」


 学園から程近い大通りの端にある何気ない喫茶店。店内に入り、スタッフオンリーと書かれた関係者以外立ち入り禁止の扉を抜け、その先にある地下へと続く階段を下りた先にその空間はあった。

 全体的に薄暗く、明かりは最低限。広々とした空間で、ソファやテーブル、本棚などがあり、一見すればただのくつろぎスペースである。シンプルな木製の扉がいくつかがあった。

 

 夜人が白夜に連れられて、その場に辿り着いた途端、涙で顔を濡らしたティーナが泣き喚きながら飛びついてきた。

 夜人はそれを受け止めて、ぐりぐりと腹に顔をこすりつけてくるティーナの頭を撫でつつも、頭に疑問符を躍らせた。


「なんでティーナがここにいるんだ?」


 ティーナは夜人の家で眠っていたはずである。


「――私たちがここに連れて来たんだよ」


 コツコツとブーツで木製の床を叩きながら一人の人物が近づいて来る。

 背が高く、細身だがガッシリとした身体付き。精悍な面立ちをした中年の男性だった。身に着けている服装はカジュアルだが、まるで上層階級の一紳士のような雰囲気がある。


 彼は大人びた笑みを湛えながら、静かに夜人にそう告げた。


「……えーっと。どういうことですか?」


(というか誰だ……?)


「そうだね。こうなってしまった以上、君に説明するべきことは多い。せっかくだから落ち着いて話そうか。――リーベ」


「はい、ベート様」


 一体今までどこに居たのか。音も気配もなく男性の隣に一人の少女が現れる。少なくとも見た目的には夜人と同じくらいの年齢で、薄い赤色の髪を二つ結びにした大人しそうな少女だった。

 白と黒を基調としたメイド服を着て、頭には白い花弁をあしらったヘッドドレスを付けている。


「お茶の用意を頼むよ」


「はい、かしこまりました」


 メイド服は恭しく頭を下げると、いくつかある木製の扉の一つの向こうへと姿を消す。


「さて、夜人。どうぞ座ってくれ」


 その男性は手近のソファを手で示す。


「あ、でも、俺今血まみれで……」


「気にしなくていい。君も早く知りたいことは多いだろう」


「では……、はい」


 促されるまま、夜人は手近にあった革張りのソファに腰掛ける。腰を沈めて時点で、夜人の家にある安物ソファよりもずっと高価なものだということが分かった。

 なお、その間もティーナは夜人の腹に顔をうずめており、ずっと泣きじゃくっていた。


「白夜はこちらに」


「うん」


 白夜は男性と一緒に、ローテーブルを挟んで反対側に設置されているソファに並んで腰かけた。


「では、先に自己紹介をしておこうか。私はベート。吸血鬼ヴァンパイアだよ。それでこっちが白夜。夜人、君と同じ半吸血鬼ダンピールだ」


「うん」


 ベートに視線を向けられた白夜が、感情の起伏が少ない表情で頷く。


 夜人が半吸血鬼ダンピールであるという前提で話すベートに、夜人は違和感を覚えずにいられなかった。

 というよりも、彼の喋り方は、まるで以前から夜人を知っているようである。


「……俺のこと、いつから知ってるんですか?」


 夜人は半ば確信を持ちながら、そう問いかけた。

 すると、ベートは少し逡巡してから口を開いた。


「君が生まれた時からだよ」


「っ……!」


 動揺せずにはいられない。

 今のベートの発言は、そう簡単に聞き流せない。


 夜人は膝の上に置いた拳を握りしめて、ベートを見つめる。彼は澄ました表情でその視線に応えた。


「失礼します」


 その時、メイド服の少女――リーベがトレイを片手に戻って来て、夜人と白夜、ベートの前にそれぞれ香り立つ紅茶が注がれたカップを並べ、テーブルの中央にティーフードを置いた。

 それが終わると丁寧に頭を上げ、ソファに座るベートの隣に控えた。

 ベートは「ありがとう」と礼を口にすると、慣れた手付きでカップを持ち上げる。


「俺のことを生まれた時から知ってるって……、どういうことですか」


 夜人は手前に置かれたカップには目もくれず、ベートから視線を外さなかった。


「そのままの意味だよ。私は君が生まれた瞬間から君のことを知っている。何せ私も立ち会った」


「……」


「君の父親とは古くからの縁でね、君のことを任されたんだよ。半吸血鬼ダンピールである君が“人間”として生きる上で、何も問題が起きないようにこの十七年間監視していた」


 冗談だと思いたかった。今までにそんな気配感じたこともないし、あり得ないと思った。

 だが目の前のこの男性に嘘を吐く理由などないし、意味もない。何より夜人が今置かれているこの状況が、それは十分あり得る話だと肯定していた。


「なんでそんなことしたんですか……」


「今言った通りだよ。君の父親に頼まれた」



「――んなこと俺は知らねえッ!!」



 夜人が声を張り上げる。握りしめる掌に爪が喰い込んで、ポタポタと血が床に垂れる。夜人に密着していたティーナがビクリと震え、泣き声が止まった。

己の内から突如としてあふれ出したその激情に、夜人は自分でも驚いた。

 自分の中では落ち着いているつもりだった。

 目の前にいるベートという男は、恐らく、あのサンという人間に復讐を誓っていた少年に対抗する勢力の一人。

 そして自分と同じ半吸血鬼ダンピールの少年――白夜の仲間だ。


 だとすれば、夜人にとっては味方である可能性が高い。


 だから落ち着いて対応するつもりだった。なのに……。

 

「俺の父親っ? 誰だよソイツ。俺の親父は一人で、そんなことは頼んでねぇッ」


 夜人の脳裏に、今まで捨て子の夜人を大切に育ててくれた父親の姿が浮かぶ。


「どんな事情があったかは知らねぇけどよ。少なくとも俺は、手前勝手に判断して、俺のことを放置したソイツのことを父親とは思わねぇよ!」


 ティーナと出会ってからずっと抑えてきた思いが、夜人の口から吐き出される。止めようと思っても、一度流れ出したその感情は止まらなかった。

 自分でも理解していたはずだ。自分は特別な存在で、だからこそ何も知らされていなかったのだろうと。それが恐らく夜人のためを思って行われたことであると。


 だが、それを理解していることと、感情とはまた別の話らしい。


「自分のことを半吸血鬼ダンピールだと知らない俺が、今までどんな風に生きて来たか知ってるか!? 日を浴びれば身体がまともに動かなくて、血も飲まねぇから常に怠い。魔法の素質を持ってるくせにそれをまともに扱えない俺は、ずっと惨めだったよ! 本当に生き辛かった。人間として劣ってるみたいで、そんな自分が堪らなく嫌だったよ!!」


 今でこそ諦めの付いた話だが、それまではずっと身を切られるような思いに耐えてきた。


「だが半吸血鬼ダンピールとして生きていれば、君はヒトとして普通の暮らしはできていなかった」


「普通……? 何が普通だよふざけんな。俺の今までの人生は普通以下だった! それにな、その普通以下の暮らしも結局崩れてんじゃねえか! 俺はもう自分が普通じゃないって知っちまってる!」


 ピクリとティーナの身体がまた震えた。


「こんな中途半端な状況になるなら、初めっから半吸血鬼ダンピールでいた方がマシだったよ」


「本当にそうかい?」


「……っ」


 あくまでも落ち着いた呈で、ベートは夜人に声を向ける。


「君が人間として暮らしたからこそ、得られた関係もあったはずだ。が、そのことについて綺麗事と一蹴するのなら、私でよければ甘んじて文句は受け付ける。どんなになじられても仕方ないことを、我々は君に強いたのだから。……済まない」


 そこでベートは目を伏せる。

 彼の姿を見て、熱くなった夜人の頭は少し冷えた。


「……っ。……卑怯、……ですよ」


 いつの間にか立ち上がってベートを見下ろしていた夜人は、大きく息を吐き出して、絞り出すようにそう言うと、再びソファに腰掛ける。

 気が付くとティーナは夜人から遠く離れた場所に移動して、何かを怖れるように夜人を見ていた。

 それを見て、夜人は自分が口にした台詞を少し後悔する。


「……続けてください」


 だが今は、一先ずベートとの話だ。


「いや、いいんだ。それで、重ねて恐縮になるが、私はもう一つ君に謝らないといけない」


「なんですか?」


 夜人はもう一度深呼吸して、そう言った。


「君が“陽の目を望む者等ディフレンテス”の一員に襲われる形になってしまったことだ」


「サンのこと……ですよね」


「あぁ、そうだ。その“サン”という人物が今学園を襲撃する前に、私たちが抑えるべきだった。既にヤツらがこの街にいることは分かっていたんだ。なのに結局こんな事になるまで、奴らの居場所を特定することができなかった」


「……」


「純粋に、単純に私たちが不甲斐ないせいだ。いくらヤツらにディフレンターが多いとは言え……」


「その、ディフレンターって何なんですか?」


 サンとの会話で何度か出て来たその言葉。

 サン、そして最後に現れたルージュという女性は、自身のことを吸血鬼ヴァンパイアであり“ディフレンター”であると言っていたが。


「……“陽の目を見る者ディフレンター”は、吸血鬼ヴァンパイアにおける禁忌の存在だ。陽の光を浴びても害を受けないヒトの血を、定期的に魂ごと吸いつくして殺すことで、吸血鬼ヴァンパイアはそのように呼ばれる存在に昇華する。ディフレンターは、吸血鬼ヴァンパイアであるにも関わらず陽の光を浴びても害を受けないようになる」


「……っ。ヒトを殺して……?」


「あぁそうだ。それも並みの数じゃない。月に数百を越えるヒトを殺して血を取り入れる必要がある」


「す、数百って……」


「そんなことをすれば、吸血鬼ヴァンパイアは他のヒトの種族から大きな恨みを受ける。当たり前の話だ。だから禁忌なんだよ」


「そんなこと、できるんですか……? だって、そんなにヒトを殺して、バレない訳が」


「いや、そう難しい話でもない。例えばこのニホンという小さな島国に置いても、年間における行方不明者の数は約十万人。ディフレンターが実際に殺しているヒトの数はその内の極わずかだ」


「……」


 信じられなかった。自分の知らない所で、そんなことが行われているなんて。


「……ディフレンターが何なのかは分かりました。でも、じゃあ半吸血鬼ダンピールは? アイツは、サンは言ってました。半吸血鬼ダンピールはディフレンター以上の禁忌だって。半吸血鬼ダンピールが、昔に起こった人間と吸血鬼ヴァンパイアの戦争を引き起こすキッカケになったっていうのは、本当なんですか?」


「あぁ、本当の話だ」

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