酒場での救済活動~同人戦記~

低迷アクション

第1話 序章

序章…



 「どうやら世界はイカれちまったらしい!」“今夜はご機嫌です。”って感じの明るい星空が瞬く空の下、二人の武装した兵士、つまりは俺達が、小高い丘の頂上を目指して走る。


「急げ!伍長。もう間に合わねぇぞ!」


「ですが、軍曹。良いんですか?重要なのはそっちじゃない気が…」

 

「構わん。そんなもんは後でどうとでもなる。とにかく問題なのはそっちじゃねぇ。」


叫ぶ兵士の前方に終点が見えてくる。そこには黒いマントを羽織った一人の少女が立っていた。何か呪文のような言葉を呟く彼女の前方には、丘よりも更にでかい巨人が佇む。少女が歓喜を示すように両手を上げていく。怪物も応えるように咆哮を上げる。それによって起きた風が、彼女のマントを大きくなびかせた。


 「お嬢さぁん、どうでもいいけど!服着て!何呼んでもいいから。エロイムじゃなくて

エロいからぁぁ!!」


兵士達が絶叫する。夜空に白い裸身が映えた…



 「実際、素晴らしい事だと思うよ…」


春先だというのに、外の夜風はまだ冷たい…


 (こんな事なら室内で飲めば良かったかな…)


手狭な自宅のベランダに卓を構え、友人(いや、戦友と呼ぶべきか)とささやかな酒宴を開いた。コップに新たな酒を満たし、相手の反応を見た。普段は饒舌な彼だが、今夜は黙々と杯を重ねている。気分が悪いのというのはこの男に当てはまらないだろう。私は構わず、

言葉を続ける事にする。


 「あらゆる思想や、生き方を様々な手段、媒体で表現し、一つの空間で共有しあう。そこから生まれる出会い、新しい物語が無限の可能性、価値観を創生していく。皆で

一緒に協力して、一つの事を成す。それができるんだ。本当にすごいよ。同人というものは…」


学のない私が可能な限りの言語を用いて表現してみたが、要は今日参加してきた

“同人誌即売会”にサークル参加をしてきて、買いにきたお客さんや周りのサークルさんと楽しく過ごしてきたという内容を話したかったのである。正直、今、世界中で起きている

“現象”を考えれば…更に言えば、その最前線に身を置く友人には、とるに足らない話かもしれない。だが、だからこそ、この話を聞いてもらいたかった。明日には無くなっているかもしれない、今のご時世では…


 夜風と共にかすかだが、轟音のようなざわめきが聞こえてくる。砲声に銃声、それか

光線銃(もしくは魔力を用いた光弾)最早、耳に聞き慣れた音だ。今夜も何処かで

“世界の命運”を賭けた戦いが繰り広げられるのだろう。友人のポケットが振動する。

どうやら出撃の合図だ。立ち上がる彼に声をかけた。


 「また行くのかい?」


黙って頷く彼の口元に笑みが広がる。くたびれた軍帽を被り、サメのように尖った歯と右目を走る2本の切り傷が凄みを増す。今日の笑いは少し違う。いつもは諦めた苦笑い、苦しみのような表情を浮かべる友人である。だが、今日は…疑問は口に出さず、静かに

見送る事に決める。


 「ドアの鍵は…いや、君の場合、ここから飛び降りるか?ふふっ、余計なお世話だね。

幸運を。またこうやって酒を飲める明日のために一つ頼むよ。」


友人は頷き、ベランダの欄干に足をかける。そのまま飛び降りる所を、思い出したように

動きを止め、こちらを振り返り、今夜初めての言葉を発した。


 「さっきの話は良かったぜ?戦友。“同人”といったか?参考にさせてもらう。」


低くとても楽しそうに笑い、彼の姿は一瞬で闇に消える。一人残された私は、

彼の“活動”と自身の“同人活動”を照らし合わせ、「本当に話を聞いていたのか?」と

一人夜に呟いた…



第2話 酒場での救済活動


 鈍い激痛と途切れ途切れの意識の覚醒…開いたままの口に転がりこむ砂利と

ゴミ屑の味を噛みしめた辺りでようやく自分が、地面を引きずられている事に気づく。

引きずっている奴等は荒々しくも規則正しい靴音を響かせていく。訓練された人間…

恐らく軍人だな…


検討違いではないだろう。自身がお世話になる理由にも心当たりがないとは言えない。

その足音に今度は別種類の音が混ざり始めた。弾むようなステップは世の中よっぽど

楽しんでる証拠だ。それに兵隊連中とはだいぶ違う匂いもする。甘い、良い匂い、

堪らない気分になってきた。


薄目を開ける。大当たり。両足掴んでる迷彩柄と騎士甲冑の

兵隊達の先に、一際映える巫女さん風の少女が映る。なるほどだいたいの事情は掴めた。

その前にまず、うす汚れた路地裏に何故?中世風の騎士と巫女さん風(兵隊はそんなに

違和感ない。)な連中が一緒くたになってるかの理由を説明するとしよう…


 兆候はだいぶ前からあった。原発のメルトダウン、ハイテク兵器を持ってしてでも

終わらせる事の出来ない地域紛争。まるで絵に描いたような悪役ばりの男が

国家主席になったり、人口知能が人間の職を奪う、奪うと喚きたて、それら全ての出来事をメディアが煽りに煽りまくっていた。


誰もが予想しなかった、あり得ない出来事、結果(そう言うと大抵の人は「いや、随分と前からみんな知っていたよ。」と起きる前とは反対の意見を訳知り顔でほざいていたもんだ。)が頻発し、


加えて貧富の格差はどうしようもないほど目に見える形で拡大した。それを上塗りするように、人々は新しい出来事、斬新な“ぱっと見一瞬の刺激”を求め、手元の長方形端末を

指で弄り回していた。


世界がヤバくなっていくのをコップ一杯の水で例えるなら、

正に溢れる寸前。「そろそろ何かが起きるんじゃねぇか?」と誰もが予想し、それでも目を背けてきた“終わり”はもっと意外(いや、当然の流れと言うべきか…)な形で現れた…

 

簡単に言えば“クールジャパン”と呼ばれた言葉が現実のものとなった。実際の世界では起こりえないものが起きるこの現象は特殊能力者、怪獣、魔法使いに魔法少女が 

当たり前のように存在している。文明が発達しすぎたのか?


それとも人間の精神構造がトップギアにインしたのか?理由は不明。わかっている事は、あらゆる漫画的要素が日のあたる世界を闊歩しはじめた。この非現実勢力現実化現象(長いし、いいにくい)に対し、世界は日本の漫画文化に類似点が多い事から“狂うJAPAN”なんて名前がつける始末。


役人や軍のお偉いさんはこの現象を認めないと言いつつ、否定もせずで、暗に慣れる事が得意な(増税とか)この国の国民性に目下期待します的な現状・・・


そんな既存的価値観が一気に壊された世界では、毎日のように世界存亡の危機をどっかのヒーローが救い、異世界からの恋人とか、空から女の子が降ってくるような非現実的ラブコメは日常茶飯事というオールジャンルの同人誌即売会みたいな状況になっている。


人々の感覚はこの現象を“素晴らしい事”と受け止めたようだ。だが、それは最初の方だけ…彼等と共にやってきた“素晴らしい文化”と“非現実的な技術(魔法とか)”更に言えば、倍以上に膨れ上がった民族(種族?)問題(宇宙人、ファンタジー要素の種族(エルフとかオークとか)知能を持ったロボット達、彼等に人間の法を当てはめるべきかなど)


そして、これが一番の脅威として考えられる問題、テロリストに負けないくらいの強力な力を持った敵(異能者、怪人、巨大怪獣など)それらに対抗するために、力ある様々な勢力をいかにしてまとめあげ、統合戦力として運用するのか?最後に言えば、


この現象により、膨れ上がった人口(全ての種族、勢力を人口にいれるとすればだが)の

生活を誰が面倒を見るのか?


変容した世界は、今まで以上の混乱と戦いを強いられる予想が明白となった。

だが、こうなる前から多様な問題を抱え、それを引きのばしにしていた事を考えれば、

心配は杞憂だったのかもしれない。


ゆっくりとだが、この現象は社会に溶け込み、馴染んでいった。確かに毎夜のように何処かで世界存亡の危機が起きる訳だが、何だかんだ言いつつも、いつもと変わらない朝を迎えられれば、それも感覚が麻痺してくる。危ういとわかっている世界でも無事生きていけるのなら…


そんな目先ギリギリで突き止められる(阻止される)危険を、人々は肌で感じながらも無視する事で社会を維持していた…



そこで漸く登場するのが俺達のような存在“同人野郎”の出番だ。空を飛行機と一緒に

竜も飛ぶような、イカレタ時代の到来に頭を抱えたのは、ちんけな小悪党達。


今まで映画や漫画の歌い文句だった勧善懲悪が現実になるって時がきたって具合。中には連中の力や技術を利用、悪用しようって商売っ気を出す奴もいたが、そんな事が出来るのは

大企業の皮被った大悪党や政府に潜む超悪党ぐらいのもの。


こちらと言えば町一つを仕切る事が自慢の小人さん勢力じゃ、タップリ蹂躙された後に

上から目線の共存っていう形になるのが、目に見えている。窮地に立たされた悪党共は

連中と戦った事のある“実戦経験を持った傭兵”を利用する事を思いつく…


 この現象が始まった当初は、各地で漫画勢力と(とても単純な表現だが、世界で起きている現状に対し「まるで漫画のようだ。」と発言した政府関係者の言葉が元となっている。)

現実の勢力の局地戦が勃発していた。


僅か一週間で勝敗が決まった戦いは、当然の事ながら現実側の大敗に終わり、世界に彼等の実力と脅威を思い知らせる結果となる。だが、この戦役で生き残った者達はただ彼等の力に圧倒されただけではなかった。


そうした彼等の技術を学び、いつかは自身達も同様の力を持とうと考える者達は一つの集団となり、戦争終結後も盛んに漫画勢力との戦いを繰り広げていく。


彼等の戦闘行為は現象以前の同人(冊子作製やグッズ販売といった通常の活動)の現実戦闘版として評され(この表現はわかりにくいかもしれないが、商業や自身の作品理解を目指すメディア媒体の同人活動と、現実化した異能勢力と戦う事によって彼等と同等、それ以上の存在になろうとする戦闘行為が、媒体違えど類似点が多くある事からこの名がついた。というより、自ら名乗り始めた。)


その由来から“同人部隊”、“同人の兵士”として一勢力を築き、世間からは厄介な悩みの種の一つとして見られていく。当然の事ながら、活動資金や武器といった援助は一切無く、


全て自前で賄う必要性があった。高い実力に加え、異能者との交戦経験を持つが資金はない“実戦経験を持った傭兵”=同人部隊と悪党共が結びつくのは当然の成り行きと言えた…


 だいぶ長い話になったが、それがここまでの成り行きだ。今度は何故?俺が路地の地面をずるずると引きずられる事となったのか?理由を説明しなければいけない。

流れ的にもこれを読んでくれている諸君は察してくれるだろうが、俺は同人部隊の一兵士だ。


今じゃ、この世界を掌握しているんじゃねぇかってくらいに幅聞かせている漫画勢力と対面した最初の目撃者って事になっている。いきなり自分達を“同人”と名付けたイカレタ指揮官の下(それを命名した夜の戦いでは奴さんの目と口は楽しそうにギラギラと輝いていやがった)


撤退と転戦を重ね、こんな辺境の極地まで戦い続けてきた。日の本の言葉はすぐに覚えたし、潜伏先も決まり、顔も東洋系に近いとあっちゃぁ馴染むのも簡単だったが、問題は自身にあった、根っからの美少女ジャンルオタク症だった俺にとって(今では、このオタクと呼ばれていた奴等が世界と彼等を繋ぐ仲介人として、注目されているご時世だ。)


この現象は“狂気”ではなく“歓喜”としてしか映らなかった事だ。お目目のでっかい女の子達が戦士として鎧、銃で武装し、あるいは戦車や飛行機に乗り込み、時には竜に跨って、こっちに向かってくる。


堪らないねぇ。以前の自分の敵は大国が産み落とした利益優先政策摩擦の、残りカスみたいなテロリストに代理兵士と言った殺しがいのない相手ばっかりだったが、今の敵は“萌え”を振り撒いて、進んできやがるもんだから、


銃口が震えるのも仕方ねぇ。問題はそいつらが大好きだけど、相手に重症もしくは殺害しなければ、こちらがやられるっていう複雑な状況が常に付きまとうっていう事だけど、それはウチの指揮官も似たようなもんだったから、勝てそうな戦線でも良いところでワザと負けちまうっていう上手な方法を使った。


勿論、出資者側も失望させないよう、達成目標はきちんと果たしていたし、連中の中にも彼女、彼等をリスペクトしているって奴も多くいたし、本当に勝つ気があるのか?なんてツッコミはいつもの事、結局は皆オタクって事で上手く行ってた。だけどあの日、そう、

2日前の夜…あれはやり過ぎだったと今更ながらに思う…


 その日、俺は一息ついた潜伏先から黒傘町(くろかさちょう)市街に繰り出し、馴染みの飲み屋でクダを蒔いていた。指揮官や部隊の同僚は以前から、俺が酒に酔った時にする悪行を知っていたし、注意してくれていたが、たまたま、あの時は一人で飲んでいた。どの世界、どこの勢力でも酒場ってのは、変わらないらしく、現象後も多様な顔触れが増えただけで、いつもの雰囲気を漂わせている。カウンターで肩肘をついた俺は御多分に漏れず、相当に酔っていた。店の中は一般の客もいれば、耳が異様に長い娘っ子や、体中がゴツゴツ岩みたいな岩石男、店員に「オイルないですか?」と質問する美人アンドロねーちゃんなどといった混沌空間が展開されている。


ふいに入口の方で起きた軽いざわめきが波のように、自分の所まで届いてきた。視線を辿れば、分厚い鎧に身を固めながらも、胸とか尻はしっかりと露出している、俺ドストライクの女騎士団長とその御一考、半分は彼女と同じ騎士甲冑の兵士だったが、残り半分は迷彩服の統合軍兵士(現象以降、世界各国の軍隊は協定を結び“統合軍”と呼称を統一している。)が8名、店に入ってきたようだった。


 「流行りの統合政策か…」


呟く俺の頭は妙に冴えていく始末。面白くない展開が起きようとしている。

“狂うJAPAN”と呼ばれる凶変がようやく収まってきた昨今、政府は早急的な“統合軍構想”を立ち上げていた。通常の警察組織や軍事組織に漫画勢力を参入させ、異能者や怪獣との戦いに投入する考えだ。


勿論、その構想の中には、目的や存在理念が今一不明瞭な(わかるやつにしかわからんよと言いたいところだが)同人部隊も仮想敵勢力として加えられている。兵士達の腰のホルスターにはこの国の正式採用であるP220自動拳銃がしっかり収められていたし、


騎士ねーちゃんの剣だって、ギラギラ光っていた。ざわめく客達を一括するように騎士団長が可愛さに少し大人の女性を含んだ、とても俺好みな声量と口調を張り上げる。


 「楽しんでいる所をすまない。店の者にも迷惑をかける。要件は単刀直入に。この店で

“滞在許可証”を持ってない人物がいるとの報告がありました。心当たりのある者は前に出てきて下さい。」


手続き、書類整理、そういう所はとってもキッチリ管理しているこの国の政府は、新しくこの世界にやってきた勢力に対し“滞在許可証”を発行していた。


ちなみに俺は許可証云々の以前に、お尋ね者だから、前に出るべきかもしれない。

だが、可笑しい。今時代において漫画勢力の連中はよっぽど悪い事を考えている訳じゃない限り、優先、優遇される存在である筈だ。勿論、許可証なんてもんは政府に確認しなくても、下手すれば、向こうから届いてくるって次第だし、持ってない奴なんているっこない。周りの連中も同じ意見のようで、皆一様に首を傾げている。いや、例外が一人いた。それに気づいたのも、俺の頭に熱々のソース焼きそばが、カツラよろしくスッポリと被さったからだ。


カッとなる熱さと不快感、それと怒りの感情がほぼ同時期に沸騰した鍋みたいに沸き立つ。普段なら怒号を上げて落とした奴の前歯をへし折ってやるところだが、顔を上げた先に

100万ドルの値打ちはあるであろう“申し訳顔”を作ってくれている落とし主を見て、

一瞬で冷めた。


 「ゴメンなさい。ヘイタイさん、大丈夫デスか?」


一生懸命謝る彼女の頭が上下するたびに巨大な獣耳が心地よい風を巻き起こしてくれる。匂いも良い。昔飼ってた猫の懐かしい匂いを思い出す。だが、そんな事をおくびに出す訳にもいかない。本職を言う訳には行かないため、兵隊のようなものだと説明した所“ヘイタイさん”と命名され、席につくたびに可愛い声を聞かせてくれる。


頭にかかったそばを一口食べ、ニッコリ(赤ん坊殺しの異名のひどい笑顔だが)

笑ってみせる。

 

「美味いな、これ。金払うよ。顔色が悪いな、耳ねーちゃん?大丈夫かな?」


正しい名前は忘れたが、彼女はこの店の看板娘であり、漫画勢力出身の獣耳少女だ。何の動物の耳っ子か知らないけど、巨大な耳が動くたびに心地よい風と料理の熱冷ましにもなる特技が定評のかわい子ちゃん。ちょっと言葉がたどたどしい所も、萌えポイントの一つだ。


こっちのジョークに少し、彼女が微笑む。やった、今日は良い日だぜ。心の中でガッツポーズを決める俺に横槍が飛んでくる。


 「そこのあなた、ここの店員と聞いていますが、見たところ、私達と同じ世界の出身者かと思います。許可証の提出をお願いします。」


俺達の騒ぎを聞きつけた騎士団長がいつの間にやら、カウンター近くにやってきていた。まるで、最初から耳っ子ちゃん目当てに此処にきたみたいに…耳っ子ちゃんが困ったように応対する。


 「ソノ、キョカショーは持ってイルですが、おうちにあったものが無くなってしまいました。」

 「無くなった?可笑しいですね。許可証はこういった時に使うものと説明を受けていますよね?それを持っていない上に無くなったとは…貴方を疑う訳ではありませんが、少しご同行願います。」


騎士団長の突き出した胸が耳っ子ちゃんの胸に合致するくらい二人の距離が縮まる。よく見れば騎士ねーちゃんの目に猫が獲物を嬲る時特有の残酷さを楽しむ感じが出ている。「普通は逆だろ?」と突っ込みを入れたいが、耳をフルフルさせながら弁解する彼女を一瞬、可愛いと思ってしまった自分を否めない。だが、だいたいの事情は呑み込めた…


この世界になって色んな事が変わったと言われるが、結局のところ、本質は何も変わっていないと俺は思う。確かに彼等、彼女達の能力、もたらした技術や見たことない文化などは目を見張るものがある。だが、そんなもんは理系の技術屋や国の偉いもんが注目すればいい話である。


一般の人達、これには俺も同意見だが、最も注目したのは“漫画勢力の女性達”の魅力である。耳っ娘に始まるモンスターっ娘に加えて、エルフは美少女、美少年揃い。まだまだ言い足りないが、特徴のない一般ジャンルの女の子に至るまでが“基本カワイイ”というステータスがあれば、涎が垂れるってもんだ。


だから、彼女達を積極的に妻にしようとする輩はまだ可愛い方で、いわゆる“人外”の娘を積極的に斡旋した風俗サービスは一気に増えたし、何も知らない無垢な娘っ子達をエロ同人よろしく、人身売買なんてこたぁ、ザラにあるって次第、俺達の敵や戦ってきた戦場では、そういう場面を何度も見てきた。


今、俺の目の前にいるスカートで隠しきれてない尻尾を大きく膨らませてる耳っ子ちゃんも御多分に漏れず、彼女目当てでしつこく通いつめている客の話を店長から聞いていた。この店の主人はなかなか太い肝っ玉の持ち主らしく、嫌がる彼女を見かねて、その客を一発で殴りつけ、店から叩き出したようだ。


飲みの席での楽しい肴として、話を聞いていたが、どうやら、いけ好かない客の野郎は政府関係者、少なくとも、この町で市政に関わる職に就いていたに違いない。


恐らく、彼女が連行される先にはそいつが待っていて、下卑た笑いで耳っ子ちゃんを迎えるつもりだ。そいつに同胞を売る騎士団長の精神を疑うが、あらゆる勢力がひしめき合う現状においては、最たる犠牲と考えているのかもしれない。


いや、それよりも震える耳っ子の口元に顔を近づけ、「大人しくあの豚の好意を受け入れておけば良かったですね。お気の毒です。」と妖艶な笑みと共に囁いているところを見ると、案外こーゆう趣向好きか?それはそれで“生真面目さの裏に可愛い娘嬲ったり、嬲られたりするの大好き”的なギャップ萌えも嫌いではない俺だが…


一人妄想に浸っている内に事態はだいぶ動いていたようだ。いつの間にか嫌がる耳っ子ちゃんの周りを男達がしっかり固めている。周りの客を牽制するようにそれぞれの得物、拳銃と剣をしっかりと構えていやがった。


「連れていきなさい。」


先程のサドフェイスとは打って変わって、キリッとした顔に戻った女騎士団長の一言で

甲冑騎士達が嫌がる彼女の両手を持ち、入口に向かっていく。酒屋の旦那にしとくには本当にもったいなさすぎの、勇ましい店長が酒瓶を構え、立ち向かうが、鼻先に拳銃を突き付けられ、動きを止められてしまう。


まるでひと昔前の王政時代だ。以前のこの国ではあり得ない場面かもしれない。だが“狂うJAPAN”の現象以降、あらゆる文化、価値観が混ざり合った結果、力ある者が全てを支配する構図、今の世の中にも勿論あるが、漫画やアニメなんかで、よく描かれるようなものまで現実として現れてしまう始末。良い事ばかりじゃないよな。ホントに…


 「ヘイタイさん…」


こっちを見た耳っ子ちゃんが泣きそうな声を聞かせてくれる。おいおい、ヒーローはどうした?こんな、あからさまな事まで現実化するなら、正義の味方が颯爽と現れ、全てを解決してくれる筈だろう?現に、そーゆう奇跡や正義をいくつも戦場で見てきた俺達、同人野郎だ。


数秒待ってみたが、現れねぇ。くそうっ、今日はお休みか?悪い癖が出てくる。同僚や部隊長からはいつも「止めろ。」と繰り返し言われていた悪癖がチラチラ俺の視界に見え隠れし始める。


自分の行動は必ず部隊を危険に晒す。絶対にやってはいけないと…だが、やっちゃいけない事をやるのが、俺達、同人屋だろう?ためらってちゃぁ、世界は変わらねぇぜ、ご同輩?それに何より、あの顔、夏の有明最終日、東側ホール壁際配置大手サークル顔負けの困り顔でお願いされちゃぁ…堪らないねぇ。


あの耳っ子さんは…笑いながら、立ち上がる俺の異様な風体(頭から焼きそば滴らせた)に兵士達が銃を向ける。構えがまるでなってない。撃った事あんのか?本当に?そのまま走りだす俺に驚いた一人が発砲する。飛んでくる9ミリ弾を軽く躱し、そいつの顔面に強力な一撃をお見舞いした…


 吹っ飛ばされた一人に驚く兵士達が拳銃を構えるより早く、俺が引き抜いた持参の45口径自動拳銃が火を噴く。店の迷惑を考え、急所を外しての射撃だ。あっという間に倒れる3人を飛び越える。着地の瞬間数秒と立たずに騎士達が剣を抜き、飛びかかってきた。こちらは実戦経験が豊富そうだ。


スカウトしたいくらいの良い動きをしやがる。素早く身を引き、頭の焼きそばを先頭の一人に思いっきり投げつける。顔面に熱々のそばを受け転がる騎士を踏み越え、続いてきた輩に蹴りを一発叩き込んで終了。


これで残りは女騎士団長ともう一人。耳っ子ちゃんを見れば、他の客が気を利かせてくれたらしく、店の裏へ上手く連れ出してくれる姿が目に入った。

一安心する俺に剣を突き付ける女騎士団長が油断ない表情でこちらを見た。


 「この世界の人間はもっと保守的と聞いていましたが、例外もいらっしゃるようですね。それともまさか、噂に聞く“同人の兵士”ですか?」


 「ご名答だぜ?ねーちゃん。部隊長達には駄目って言われてるんだが、どーにもこーにも関わらんといけないシチュエーションと見た。いけなかったかぃ?」


 「軽率な判断です。ようやく落ち着いてきた統合世界を更に混乱させるなど、許せる話ではありません。あの子を求めている輩の力や世界に及ぼせる影響をまるで考えてない。もっと先を見て下さい。皆が手を取り合える平和な世界を考えれば…活か仕方ない事だと思いませんか?」


 「紙媒体を折角抜けてきたと思ったら、すっかり現実世界の人間になっちまったな?共存のためにはある程度の妥協?冗談じゃないぞ?そんなもんをぶち壊す事のできる力を持った、夢や希望を与えてくれるのが、あんたらだろ?一人の獣っ子を救えねぇ、騎士ちゃんがほざくんじゃねぇや。」


 「黙りなさい。」


鋭い剣撃が俺の頬を切り裂く。拳銃を構える隙を与えずに、もう一人の騎士が切り掛かってくる。振り下ろされた剣を両手で抑えつつ、そのままカウンターに飛び上がった俺は並べられた酒瓶に素早く目を走らせた。


度数40℃の高級酒…ツケてもらえる事を祈ろう。腕で抑えた剣をそのまま引っ張り、酒瓶をぶった切る。溢れた中身は俺と騎士の体にいい感じに降り注ぐ。とりあえず誰もいないカウンターに一声かける。


 「マスター、曲のリクエストを、題名は“FIRE WAR”でヨロシク。」


スナップを利かせた足は親指の爪を鋭く尖らせてある。身だしなみをキチンとしてない自分に感謝だ。靴を突き破る爪でカウンターを素早く引っ掻き、小さな火花を上げた。


 「バーベキューはお国柄かい?ホーリーテンプル?」


燃え上がった炎が俺達を包み込む。視界は真っ赤に染まり、全身に走る痛みは快楽と歓喜、そして次の戦闘意欲を促す。熱さにのたうつ騎士を押しのけ、お目当ての騎士団長殿に飛び突き咆哮を上げた。


だが、敵も一筋縄ではいかない。抜き退った大剣に俺の体はぶつかり、その横から小振りの剣が突き出される。体を刺す剣は激痛だが、致死量じゃない。最も体が燃えている時点でとっくに致死量だが…当然の疑問を女騎士団長の方が言葉にしてくれる。


 「体が燃えていても、剣で刺しても死なない。むしろそっちが非現実的ですね。同人の

兵士は皆、そんな感じですか?」

 

「こんな感じだな。オイ、転戦を繰り返している内にこうなった。何度死んでもよ、よ、よよ蘇るずぇい。痛ってぇなぁ、この野郎。」


カッコ良く決めようとする俺の腹に小剣がグイグイと着実に刺されていく。話を聞いてくれる気はないようだ。だが、それはこちらも同じ。ここを長居する気もない。刺さった剣をそのままに飛び下がる。


足元に転がった敵のP220と自身の45口径を拾い上げると同時に両手に構え、弾丸を発射していく。自身の拳銃は4発、P220は恐らく9発。飲み客共が素早く下がってくれた事に感謝だ。発射される弾丸は焼け焦げた手のせいで、照準もまともにおぼつかないが、女騎士団長の注意をずらす役目は果たしてくれる。弾丸をぶち込み、撃ち込み、距離を詰めていく。こちらの弾が尽きる瞬間、相手の大剣が横薙ぎに襲い掛かってきた。


こちらはその瞬間を待っていたぜ、この野郎。小剣は俺の腹、得物は一つ。今、その得物は大きくこちらに向かっている。ちと痛みを気にしなければいけないが、背に腹はなんとやらだ。鈍い衝撃と視界の半分が塞がれ、刀が俺の頭を切っている最中だという事がわかる。


横から迫る剣が頭をスライスする前に女騎士団長目がけて、体を進めていく。顔面が縦から切れていく様を見せつけているおかげか相手の表情に怯えが見える。堪らないねぇ、そいつがこっちの源になるってもんだ。引き抜いた腹の剣を逆手に構え、鋭い一撃を放つ。確かな手ごたえを感じる暇もなく、崩れ落ちる相手をそのまま抱きしめる形になった。


 「ば、化け物…」

 

「いい答えだ。一緒に宣伝させてくれ。“同人鬼”ってんだ。用法等はWEBで検索してくれよ。俺達みたいのは同人連中の中でも、そう呼ばれている。お願いだから、あの耳っ子ちゃんは見逃そうぜ。その辺はちょいちょいと弄ってもらってさ。おたく等の仲間は誰も死んでねぇ訳だし。なぁ頼むよ。いいだろ?」


彼女の耳元に囁くように言葉を発してみるが、こりゃ駄目だ。相手は完全に伸びているし、口以外の感覚が殆ど切り潰されているせいで、色々やりたい事も出来ねぇし、見えるもんも見えやしねぇ。


だが、女騎士団長の体の柔らかい部分が俺の再生スピードを促していく。もう少しだ。初めに嗅覚が戻り、甘い匂いと肌触りが伝わってくる。その興奮が手や足、体全体にエネルギーを送り、細胞創生を促していく。良いぞ、もう少しでちぎれた目が戻って、輪郭が、そう、ふさふさお耳の可愛いお顔が…うん?コイツは?


 「ヘイタイさん?」


訝し表情MAXで俺を覗き込む耳っ子ちゃんに慌てて、騎士団長を突き飛ばし(床にぶつかった際にゴツンと鈍い音がしたけど、気にしない。)笑顔で応じる。


 「良かった。元気そうで。大丈夫。全部片付いた。後は俺が何とかすっから。当分、店来れないかもだけど。もう大丈夫。だから安心してお耳を揺らしてくれよ?むっお・お・お。」


今度は耳っ子ちゃんが俺の頭を抱きしめ、口が塞がれる。ふさふさ毛布(何処の部分だ?)に、意外と、意外と胸があるよ?この娘。不味い、こんなに良い日は必ずしっぺ返しがある。そう思い、とりあえず、体を離そうとする頭に再びの激痛。コイツは不味い。崩れる体と同時進行で飛んでいく意識に、頭を打った衝撃で目を覚ました女騎士団長の言葉が響く。


 「騎士足る者、一度負け、命を助けられたからには、相手の願いを聞くと存じます。貴殿の願いはしかと聞き受けましょう。あの娘を助ける願いだけは…」


最後の言い淀みは気になるが、それならば問題ない。可愛い耳っ子たんが無事ならば、にこやかに微笑んだまま、地面に突っ伏す俺の意識はそこで途絶えた…(続)





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