赤刀救人・紅陽楽

ムネミツ

赤刀救人・紅陽楽

 我が吐息は業火、我が血は溶岩、世の悪を焼き尽くし

 灰すらも消し去ろう。


 青空の下は寂れた街道、見渡せば荒野と道のみ。

 燃える炎の如く赤い紅毛、碧玉の如く青い瞳をした赤い装束の貴公子。

 赤刀救人せきとうきゅうじんの二つ名を持つ男、紅陽楽こう・ようがく

 彼は武術修行と人助けの旅の道中で難儀していた。

 自分を次の街まで乗せてくれている馬車が、運悪く野盗に囲まれたのだ。

 「命が惜しくば、積み荷ごと馬車を置いて行け!」

 賊が安い刀をちらつかせ、お決まりの口上を述べる。

 

 殺さぬと言いつつ殺すのが野盗どもだ、男は殺し女は辱めてから売るか殺すか

 であろうこの馬車に乗るのは自分以外は幼い少女だそんなことはさせん。

 馬車の中で陽学は微笑んで、少女の頭を撫でて落ち着かせてから

 「断るっ!」

 と馬車から軽功で飛び出し、颯爽と賊の一人の首を赤い刀で切り落とした。

 「ひ、ひぃ~~~っ!」

 自分達が殺される側になるとは思いもしなかった賊達が、慌てだした。

 「外道ども、赤刀救人に出会ったのが運の尽きと知れっ!」

 陽楽の赤き刀から炎が燃え上がり、横薙ぎの一振りと共に炎の波が

 賊達を飲み込んだ。

 愛刀を鞘に納めた陽楽、それと同時に炎が消え去り再び静寂が戻る。

 「さて、賊は片づけたので馬車を走らせてくれ♪」

 御者を安心させようと微笑む陽楽、御者は首を縦に振り陽楽を乗せて走り出した。

 

 馬車は荒野を抜けて、壁に囲われた城下町へとたどり着く。

 街の入り口には衛兵が見張っていた。

 衛兵が馬車にやってきて陽楽を見つける。

 「何者だ、見かけない顔だな?」

 衛兵の問いに陽楽は明るく穏やかに答える。

 「握り飯で雇われた用心棒だ、その仕事も終わる」

 陽楽の明るさに衛兵は呆気にとられたが、手配書等がないことから

 「そうか、この守都城しゅとじょうで騒動は起こすなよ?」

 と衛兵は下がり陽楽達を通した。

 「それでは、世話になったな達者で暮らせよ」

 

 馬車が街に入った所で陽楽は降りて、持ち主の御者親子に別れを告げる。

 「ありがとうございました、このご恩は忘れません」

 陽楽に礼を言って御者は馬車を走らせた。

 「さて、まずは宿探しに次は銭稼ぎか」

 とつぶやいたところで腹が鳴る。

 

 「ああ、その前に飯だ」

 腹が減っては何とやら、陽楽は夕飯時でにぎわう通りを歩き出した。

 通りを歩いていると、甘い餡の香りが漂ってくる。

 香りに引かれて目を向ければ、飯屋で娘が饅頭を売っていた。

 「すまない、餡の饅頭を3つくれ」

 娘に銭を払い、饅頭が三つ入った袋を手にし飯屋に入る陽楽。

 饅頭は食後の別腹と言う奴だ。

 中に入ると饅頭を売っていた娘とそっくり同じ顔の娘が出迎える。

 「いらっしゃい♪ ご注文は?」

 娘の注文に羊肉の湯麺を頼む陽楽、しばらくすると醤油の香りが湯気とともに漂う

 丼が差し出された。

 「いただきます♪」

 箸を取り、香りを楽しみながら麺をすする陽楽。

 羊肉以外のメンマや煮卵の具も堪能した陽楽。

 「ごちそうさま、勘定を頼む♪」

 笑顔で感情を済ませる陽楽に店の娘も微笑む。

 「ありがとうございます、良い食べっぷりでしたねお客さん♪」

 娘の言葉ににっこりと微笑む陽楽、周りの客達も良い食いっぷりだと

彼を褒め讃え自分もお代わりをと頼む者が出だす。

 至福のひと時を過ごし店を出た陽楽の前に、余韻を壊す事態が起きていた。

 「小僧、それは俺が買おうとしていた饅頭だ寄越せ!」

 毛皮を身に纏い、斧を腰にぶら下げた禿頭の巨漢が年端も行かない少年から

 饅頭を奪おうと拳を振り上げていた。

 「止めろ、馬鹿者!」

 陽楽は、気力を爆発させて跳び蹴りを巨漢に叩き込んだ!

 「はぶっ!!」

 陽楽に蹴倒され、地に倒れ伏す巨漢。

 「無事か少年?」

 襲われかけた少年に微笑む陽楽。

 「ありがとう、赤毛の兄ちゃん」

 少年は安堵したのか饅頭の袋を抱えてへたり込む。

 「そこのお嬢さん、衛兵を呼んで来てくれ!」

 陽楽の言葉に饅頭売りの娘は頷き駆け出して行く。

 「少年、店の中に入って匿ってもらいなさい♪」

 優しく少年に語れば、少年も素直に飯屋へと駆け出す。

 衛兵はまだ来ない、倒れた巨漢を見張っていると意識を取り戻したのか

立ち上がる。

 「手前、俺を暴れ虎のドン様と知ってるのか!」

 この巨漢、二つ名を持つらしい。

 「知らんな、弱い者いじめなど二つ名が泣くぞ!」

 二つ名とは英雄好漢やそれを目指す者、または悪漢に付くものだがどうにも

このドンと言う男のは自称の気がする陽楽だった。

 

 非道な悪漢でも二つ名がつけば、名誉を重んじる心が生まれ落ち着きが出て

無益な悪さをするのは減る傾向にあるのがこの世のならいのはず。

 「うるせえ! 俺の斧をくらえ!」

 ドンと言う巨漢が腰の斧を取って力任せに振り下ろす、これは心得のない

只人なら死ぬ技とは言えぬ凶行。

 

 だが、陽楽は只人ではなかった。

 振り下ろされた刃を陽楽は素手で受け止めた、彼の手からは血の一滴も出ていない!

 「ば、馬鹿な! 俺の一撃を素手で受け止めただと!」

 ドンが驚く。

 「気力を用いれば肉体も鉄と化す! そして我が血が生み出す技を見よ!」

 陽楽が掴んだ斧の刃が、炉で熱せられたかのように赤熱化して飴の如く溶けた!

 「お、俺の斧が溶けちまったっ!」

 ドンはもう叫ぶしかなかった、もはや斧であった棒しかない。

 「我が溶鉄掌ようてつしょうは鉄をも溶かす、殺しはせぬが仕置きを受けよ!」

 ドンへ最後の通告をする、これに抗うなら殺害も辞さないとドンを睨む。

 「こ、降参だ! 命だけは勘弁してくれ!」

 ドンが地に伏せ頭を下げると、陽楽は溶かした斧を握り球にした。

 「ならやって来た衛兵の縛に付くのだな、悔い改めろ」

 陽楽がやって来た衛兵を顎を指すと、ドンは大急ぎで衛兵に向かって行った。

 これには衛兵も驚くが、ドンが泣きながら自分を捕まえてくれと言うので捕縛した。

 

 騒動に決着がつくと、見物人達が一斉に陽楽を讃えた。

 「すげえ、あの赤毛の兄ちゃん飛んでもねえ腕だ!」

 誰かが陽楽の腕を讃える。

 「溶鉄掌っ♪ 溶鉄掌っ♪」

 見物人達が囃し立てる、これにより陽楽は自分の二つ名を名乗る機会を失った。

 そして思い出す、自分の二つ名を名乗るなら愛刀を振るうべきだったと。

 使うまでもないと素手で挑んだ自分の愚かさを、陽楽は呪った。

 赤刀救人こと紅陽楽、己の二つ名を溶鉄掌と技の名で誤認される事から

新たな街での暮らしが始まる事となった。

 彼が本来の二つ名で呼ばれる日が来るのかは、定かではない。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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赤刀救人・紅陽楽 ムネミツ @yukinosita

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