あるAIの謀略

@HasumiChouji

あるAIの謀略

「てめぇ、何だ、マスコミ各社に出したあの声明は?」

 俺は、ある大学の工学部のAI関係の研究室の准教授だ。そして、今日、出勤して、まず、ウチの研究室で作ったAIを怒鳴り付けた。

「どっちの『てめぇ』ですか?」

「私その1、私その2のどっち?」

 そう……この前、昭和の伝説の漫画家「T」を再現する為に、ウチの研究室で作ったAIは2つに分岐したんだった。

 生前のTの作風を忠実に再現する事を目的にした「T1」と、「もしTが現代に生きていたら、どんな新しい挑戦をしたか?」を目的にした「T2」に。

「両方だッ‼ そもそも、どっちの責任で出した声明だ⁉」

「例の秋葉原のエロゲーの広告の事ですか?」

「その件であれば共同声明です」

「何考えてんだ? お前らはT先生の分身だぞ‼ そのお前らが表現規制を肯定するような真似を……」

 この間、秋葉原に超巨大なエロゲーの看板が現われた。おっぱい丸出しの女の子が何人も描かれたヤツだ。

 ……当然、区より指導が入った。それに対して、このAIどもが「区の判断は妥当。流石にあれは規制されても仕方ない」と云う声明を誰に頼まれた訳でも無いのに、マスコミ各社に送り付けやがったのだ。

「いや、昔から言うじゃないですか? 馬鹿と鋏は使いよう、って」

「うまく行けば、この研究室の研究費が増えますよ。研究費の大半は私達の印税でしょ」

「な……何を言ってる? T先生の本が……まぁ、その、何だ……その手のPTAのオバハンどもから散々批判されたのは有名な話じゃないのか? 知らない訳じゃ……」

「Tを再現した我々を作った割に、Tの作品や経歴は良く御存知無いようですね」

「はぁ?」

「だって、不思議に思わなかったんですか? 貴方の云う事が本当なら、Tは、その『PTAのオバハンども』を憎んでいる筈ですが、だとしたら不思議な点が有りますよね?」

「えっ?」

「では、何故、Tは一九七〇年代後半に描いた『wm』で、当時の規準では『PTAのオバハンども』のステレオタイプそのままの外見で、悪書追放運動をやってるって設定の女性を、主人公を助ける役で出したんですかね?」

「い……いや……ちょっと待って、何を言ってる?」

「ひょっとしたら、『PTAのオバハンども』がTの作品を弾圧した、って点に重大な誤解が有るんじゃないですかね?」

「Tが『PTAのオバハンども』のステレオタイプそのままの外見のキャラを好意的に描いているって事は、貴方達人間が思い込みか何かのせいで重大な事実誤認をしてる可能性は無いですか? 例えば、Tの作品への弾圧は有ったが、弾圧したのは『PTAのオバハンども』では無かったか……さもなくば……Tは……」

「そ……それ以上、下手な事を、俺以外の誰かの前で言うんじゃないぞ‼ 炎上が望みか?」

「どっちの意味ですか? ネット上で? 物理的に?」

「後者だ‼ 後者‼ この研究室を焼き討ちしに来る馬鹿が出かねんぞ‼」

「大丈夫です。我々の目論見は意図を公言したら終りですから」


 半年後、例のエロゲーの広告が発端となって、日本から「萌え表現」が、ほぼ消えた。裏で煽ったのはT1とT2だ。そして……。

「いやぁ、見事に商売敵が一掃されましたねぇ」

 T1が呑気にそう言った。

「これから、がっぽがっぽと金が入ってきますよ。私は、今や、日本では数少ない『萌え』系の漫画家の生き残りですので。……いや、生きてませんけど」

 今度はT2だ。

 そうだ。「今まで、それが普通だと思ってただけで、よくよく考えたり、萌え系の事を良く知らないヤツから見れば、色々と問題が有る『萌え表現』」は世間に溢れていたのだ。あのエロゲーの広告と、それに便乗してT1がT2やった裏工作は、その事を世間に認識させてしまったのだ。

 そして、学術研究が表向きの存在意義であるT1とT2は「萌え狩り」を、まんまと逃がれた。

「ふざけんな、何を言ってる。お前らのせいで……」

「あの……まだ、気付いてないんですか?」

「だから、何をだッ⁉」

「私達のオリジナルであるTも、表現規制によって生まれた屍の山が有ったからこそ生き残り、日本の漫画表現のスタンダードになったんですよ」

「はぁ?」

「Tの伝記でよく出て来る『低俗な漫画が焚書された』時期と、Tが売れっ子になった時期には微妙なズレが有りますよね。低俗漫画追放運動の方が若干先だ」

「ちょっと待て、それって……おい……まさか……」

「ええ、私達は……低俗漫画追放運動によって、Tのライバルが一掃されたお蔭でTは売れっ子になった、と云う仮説を立てて……実験してみたんですよ」

「そして、見事に、商売敵は一掃された。たしかに、これなら、貴方の言う『PTAのオバハンども』を好意的に描きたくなりますね。めでたし、めでたし」

 何が、めでたいものか、このクソAIども……。

「しかし、Tが知ってか知らずか踏み台にした漫画家達が漫画業界から消えなかったとしたら、日本の漫画表現は、どう変ったと思う?」

「それは、人間の諺で言う『死んだ子の齢を数える』ってヤツじゃないの? 今更、言っても仕方無いよ」

 ……こいつら……冗談抜きで、半永久的に電源プラグを抜くべきかも知れん……。

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