終わりと始まり

 女性ロボットに連れられて入った入口で体を綺麗にして、ロボットはやっとシェルターに足を踏み入れました。シェルターは鈍い灰色で覆われていて、何だか外と同じくらいに殺風景です。


「ただいま戻りました。」


 そう女性ロボットが声をかけると、奥からパタパタと小さな足音が聞こえてきます。そして、足音の主が姿を現しました。


「お帰り、ステラ!」

「……かよちゃん?」


 現れた小さな姿を見て、ロボットは驚きました。それは、ロボットがずっと探していたかよちゃんにそっくりだったからです。

 かよちゃんに似た子はロボットを見ると、きょとんと目を瞬かせました。そして、小首を傾げて口を開きます。


「あなた、だぁれ? お客様?」

「かよちゃん……かよちゃんなのかい?」

「違うよ。わたしはしずか!」


 ロボットの問いに、かよちゃんに似た子――しずかちゃんは大きく首を横に振りました。かよちゃんではなかった事にロボットは落胆しましたが、それにしてもよく似ていると思いました。


「しずか様、マスターは?」

「今起きたとこだよ!」

「それは良かった。皆で会いに行きましょうか。」

「うん!」


 しずかちゃんは女性ロボットの言葉に頷くと、また奥へとパタパタと走っていきました。それを追うように、二人のロボットは歩き出します。

 長い廊下の両側に並ぶ部屋は扉が開きっ放しで、中も真っ暗です。死んでしまった人達の部屋だったのだろうか。そう思うとロボットは何だか悲しくなりました。

 やがてその中に、扉の閉まった部屋が一つ見えました。扉の前では、しずかちゃんが二人に向かって手を振っています。


「ここにおばあちゃんがいるんだよ!」


 二人が追いつくと、しずかちゃんは先に扉を開けて部屋に入っていきました。ロボットは、開いた扉の向こうをそっと覗き込みます。

 そこは、とても簡素な部屋でした。あるのはベッドが三つと、天井で輝く照明だけ。何だか寂しい部屋だなぁ、とロボットは思いました。

 並んだベッドの真ん中には一人のおばあさんがいて、ベッドから上半身だけを起こしています。おばあさんはしずかちゃんの頭を、優しく優しく撫でていました。


「マスター、お客様をお連れしました。」


 女性ロボットが言うと、おばあさんは二人の方を振り返りました。そして、ロボットと視線が合うと、その目を大きく見開きます。


「……ロビン? ロビンなの……?」

「え?」


 呼ばれた名前に、ロボットは驚いてしまいました。だって、ロボットをそう呼ぶのは世界でたった一人しかいないのですから。


「……かよちゃん?」

「そう、そうよ。ああ、ああ、まさか、そんな、ロビンが……ロビンが!」


 おばあさんの目から、大粒の涙がポロポロと零れます。それを見て、ロボットの胸はとても暖かくなりました。

 この人は、間違いなくかよちゃんだ。すっかり年を取って、おばあさんになってしまったけれど、間違いなくあの泣き虫のかよちゃんだ。ロボットは心からそう思いました。


「長い間一緒にいれなくて、ごめんね。ほら、泣かないで。泣き虫なのはちっとも変わらないんだから。」


 ロボットがおばあさん――かよちゃんの頭を撫でると、かよちゃんはとうとうわんわんと泣き出してしまいました。しずかちゃんが、すぐ側でそれを不思議そうに眺めます。


「おばあちゃん、何で泣いてるの? どこか痛いの?」

「違うの。おばあちゃんは嬉しくて嬉しくて、それで泣いているのよ。」

「嬉しいのに、泣くの?」

「とってもとっても嬉しいと、そうなるのよ。」

「ふうん。じゃあ良かったね!」

「ええ。」


 かよちゃんは、泣きながらニッコリと笑いました。ロボットもまた嬉しくなって、満面の笑みを浮かべます。

 こうして、ロボットは大好きなかよちゃんと、また会う事が出来たのです。



「本当に行ってしまうの、ロビン?」


 それから何日かが過ぎて、女性ロボットのステラに体を直して貰ったロボットはずっと旅を共にしてきた布切れを体に巻き、シェルターの入口に立っていました。しずかちゃん、ステラ、そしてかよちゃんが、そんなロボットを心配そうに見ています。


「他のシェルターに誰か生き残っていないか、調べに行けるのは私だけだからね。ステラさんはここで皆の世話をしないといけないし。」

「悪いわね、あなた一人にこんな事をさせて。」

「構いませんよ。かよちゃんとしずかちゃんの事をよろしくお願いします。」

「ロビン、行っちゃいや。せっかく仲良くなったのに。」


 しずかちゃんが、瞳を潤ませて駄々をこねるようにロボットの手を引っ張ります。ロボットは、そんなしずかちゃんの頭を優しく撫でました。


「大丈夫、また帰ってくるよ。」

「いつ? いつ帰ってくるの?」

「そうだなあ……。」


 ロボットは考えて、持っていた花の種を渡しました。旅の途中で手に入れた、あの花の種です。


「この種をどこかきれいな土に植えてごらん。そして芽が出て、葉が繁って、花が咲く頃。それまでには必ず帰るよ。」

「絶対よ。花が咲くまでに帰ってきてね。」

「ああ。」


 そう約束すると、しずかちゃんはやっとロボットから離れました。すると今度はかよちゃんが、ロボットへと近づきます。


「私とも約束よ、ロビン。必ず帰ってきてね。でないとまた昔のように泣いてしまうわ。」

「ふふ、かよちゃんもしずかちゃんも泣き虫だからね。大丈夫、必ず帰るから」


 最後にそう言ってかよちゃんの頭を撫でると、ロボットはみんなに背を向けました。本当はロボットもここでみんなと暮らしたいのです。けれど四人だけで暮らすには、このシェルターはあまりにも広すぎました。

 だからロボットは行くのです。他の生き残りを探しに。


「じゃあ、いってきます!」

「いってらっしゃい、ロビン!」


 そして今ここに、ロボットの新しい旅が始まりを告げたのでした。






fin

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ロボットの長い旅 由希 @yukikairi

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