丘の墓守

 いくつもの山を越え、街を越え、朝を越え、夜を越えて、ロボットは小高い丘に辿り着きました。ずっとずっと歩いてきたロボットの体は少しずつガタが来始めていて、今では拾った鉄骨を杖代わりにして歩いています。

 長い間南へ南へと歩き続けてきましたが、シェルターにはいまだ辿り着きません。ロボットの心には、次第に焦りが生まれ始めていました。

 自分はかよちゃんと本当に会えるのだろうか。かよちゃんは、今も生きていてくれているのだろうか。

 外で生き物が生きていけなくなっている事には、もうロボットも気が付いていました。あれから何人かの人に出会いましたが、それは皆同じロボットでした。

 そしてみんな口々に言うのです。この雪が降ってきてから外に生き物がいなくなったと。

 この雪は一体何なんだろう。何度もロボットは考えましたが、結局何も解りませんでした。


 丘の上は、今までの雪ばかりの殺風景な雰囲気とは少しだけ違っていました。そこら中に鉄くずで作った十字架が立ち並び、その下の地面はこんもりと盛り上がっています。


「これは何だろう。」


 ロボットは首をひねりましたが、考えてもよく解りませんでした。

 ちょっと触ってみようか。そう思って十字架の一つに手を伸ばした時です。


「それに触らないで。」


 突然、背後から声がしました。ロボットが振り返ると、そこには女性型のロボットが佇んでいました。


「やあ、こんにちは。」

「……こんにちは。」


 女性ロボットはちらりとロボットを一瞥すると、隣の十字架に近づきました。そして、傾きかけていたその十字架をきれいに立て直します。


「これは何なのですか?」

「これはね、お墓よ。」

「こんなにたくさん誰の?」

「シェルターの人間達のお墓。」


 それを聞いて、ロボットは驚いてしまいました。いつの間にかシェルターの近くに辿り着いていた事と、そこの人間達がこんなにも死んでいるという事。二つがロボットを驚かせました。


「あなたはシェルターから来たのですか?」

「そうよ。」

「シェルターには今、何人の人がいるのですか?」

「二人。それ以外は皆死んだわ。」


 ロボットの目の前が、真っ暗になります。二人。たくさんの人がシェルターに移動したと聞いたのに、そのうちのもう二人しか生きていないと言うのです。

 その中に、果たしてかよちゃんはいるのでしょうか。大勢の中のたった二人。


「……この雪のせいで、みんなは死んだのですか。」


 もしロボットが人間だったなら、その声は酷く震えていた事でしょう。ずっと降り止まない、冷たくないおかしな雪。それがみんなを死なせてしまったのかと、ロボットの心は引き裂かれんばかりになりました。


「これは雪じゃないのよ。死の灰というものなの。」

「死の灰?」

「少し前、人間達が大きな戦争を起こしたの。そこら中に、たくさんの兵器が撃ち込まれたわ。そして、その兵器がこの死の灰を生んだ。生き物を残さず殺してしまう死の灰を。」


 戦争。その言葉にまたロボットは驚きました。自分が眠っている間に、そんな事が起こっていたなんて。


「……もう、他には誰も生き残っていないのですか。」


 うなだれながら、ロボットは女性ロボットに問い掛けました。自分の旅は無駄だったのかと、そんな思いがよぎります。


「解らないわ。」


 けれど、女性ロボットから返ってきたのはそんな言葉でした。女性ロボットは更に続けます。


「シェルターはここにあるものだけじゃない。いくつもあるの。連絡をする機能がすぐに壊れてしまったから、それぞれがどうなっているかまでは解らないけど。」


 ロボットの心に、活力が蘇ります。ここにかよちゃんがいなければ、他のシェルターを探しにいけばいい。

 いつ完全に壊れるか解らない体だけれど、かよちゃんの為なら頑張れる。ロボットはそう思いました。


「……生き残った人達に、会わせてもらって構いませんか?」

「どうして?」

「探している子がいるんです。大好きな子なんです。もう子供ではないかもしれないけれど、泣き虫ではなくなったかもしれないけれど、それでも会いたいんです。」


 ロボットは、真摯に今の思いを伝えます。そこにいるのがかよちゃんかもしれないならば、どうしても会いたい。ロボットはそう強く願いました。


「……あなたの探している人では、ないかもしれないわよ。」

「それでも、会ってみたいんです。」

「……解ったわ。ついてきて。」


 少し悩んだ様子の後、女性ロボットは小さく頷きました。そして、ロボットを先導するように歩き始めます。

 ロボットは、もし人間であったならばきっと胸をドキドキと高鳴らせて、その後に続くのでした。

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