プレイヤーキラーの小休暇

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パッチ5.0

 外套のような装束に身を包んだ二人組である。装束はただただ黒いばかりで一切の模様もない。冗長とも言えるほど長く伸びた襟の奥には月明かりに照らされて白い仮面が滲むように浮び、仄暗く沈んで彼らの顔をひた隠しにしている。宵闇にぼんやりと浮かぶ二つシルエットは大と小である。──つまり、この二人が男と女あるいは子供であることを示すばかりだ。

 彼らの足元には死体が四つ転がっている。今まさにこの二人に殺されたのだ。ただし、彼らの手に握られた武器が濡れるように赤黒く光っているのは、血に濡れていたからではない。もとからそのような色合いの得物なのである。

 赤黒い武器を手にした黒づくめの怪しい人間二人と、四つの死体。これ以上ないというほど不穏な光景である。しかし、何も心配する必要はない。何故なら、ここはゲームの世界だからである。


 「休業だな」


 大きいほうの──要するに仮面の男は、自分の画面に映し出されたログを見てそういった。彼の声はゲーム内ボイスチャットを通じて周囲10mほどに発信されたが、彼らの足元に転がるプレイヤーたちには届かない。彼の声を聴けたのは、もう一人の仮面のプレイヤーのみである。


 「休業? 廃業じゃなくて?」


 その物騒な見た目とは対照的な澄んだ声で──もう一人の仮面は答えた。女性の声である。彼女の少しうんざりしたような声色に仮面の男は顔をしかめながら、もう一度チャット欄に残っているログを眺めた。

 たしかに廃業やむなしといった結果が映し出されている。


 チャット欄に残っているのは、先ほど起きた戦闘の結果である。いうまでもなく彼ら二人とその足元に転がる四人のプレイヤーの間で起きた衝突だ。ことのなりゆきは至極単純である。なんの罪もない四人のプレイヤーがフィールドで資金稼ぎに狩りを行っていたところを、この仮面の二人組が急襲したのだ。二人は、善良な四人のプレイヤーを一方的に惨殺し、彼らが狩りで稼いだ金の一部を奪った。問題はその額である。


 「5025ベラを獲得しました」

 

 チャット欄の最後の行に残る一文を見て、仮面の男は力なくため息をついた。一人当たり約5000、それが今回のPKによって齎された報酬である。

 四人は間違いなくもっとベラを所有しているはずだった。何故なら彼らが二時間にわたってこの地で狩りをしているところを、二人は代わる代わる見守っていたのだ。彼らが一人当たり稼いだ額はおおよそ五万ベラといったところだろう。他プレイヤーを殺せば相手が所持しているベラを全て奪うことが出来る、それがこのゲームの仕様である。──昨日までの話だが。


 [全体]x刃x:ばーかw


 不意に死体の一つがそう言った。チャットである。死亡すると一時的にボイスチャットからは切断されてしまうが、チャットのほうは使用可能なのだ。

 仮面の男たちがじろりとにらむと同時に、四つの死体は一瞬まばゆく光ったと思うと、次の瞬間には跡形もなく姿を消した。街へリポップしたらしい。


 「廃業だな」


 彼らの捨て台詞を見て仮面の男がそうつぶやき、仮面の女は呆れたように短く笑った。


 外套のような装束に身を包んだ二人組である。装束はただただ黒いばかりで一切の模様もない。冗長とも言えるほど長く伸びた襟の奥には月明かりに照らされて白い仮面が滲むように浮び、仄暗く沈んで彼らの顔をひた隠しにしている。

 相変わらず不気味な姿だが、何も怖がる必要はない。何故なら、ここはゲームの世界な上に──この二人はこの世界で職を失い路頭に迷いつつある哀れな子羊二頭だからである。



 人気国産オンラインゲーム「Rord of Empire」(通称RoE)は、五周年を迎えると同時に新パッチ「5.0」があてられた。

 新マップの解放、高難易度IDの追加、フロンティアシステム、結婚システムの実装、選挙システムの改善、戦争の大型アップグレード、えとせとらえとせとら。ゲームの根幹にかかわる大きなアップグレードがいくつも実装される今パッチの到来にRoEの住民たちが大きく沸き立ったことは言うまでもない。新パッチの到来とともに接続数は大きく跳ね、世界中に点在するサーバーほぼ全てにおいて、同時接続数がここ数年で最大を記録したという。新パッチの評判はほぼ絶賛である。

 誰もが新しくなったRoEの世界を拍手をもって迎え入れた──ただし、極一部ではこのパッチを望んでいない者たちもいた。彼らはPK──要するにプレイヤーキラーたちである。彼らが、新パッチを渋い顔で見ていたのは、アップデートに先立って掲載された告知に、こんな一文が添えられていたことが原因だった。


 「マップフィールドにおいて、他のプレイヤーをキルした際の報酬に変更を加える予定です」


 RoEは元々対人コンテンツがメインのMMORPGである。他のプレイヤーをキルする行為も本来は推奨されるはずだが、大多数のプレイヤーはPKを迷惑で身勝手なプレイングスタイルと考えていた。闘技場や戦争をスポーツ感覚で対人を嗜むプレイヤーが多い一方で、フィールドで一方的に相手に襲い掛かるPKは非道とみなす風潮が強く、その常習犯はすぐにその名を晒され、大々的に拡散されるのが常である。半ば村八分状態に近い。PKをするのであれば、ROEにおいて穏やかな生活を送ることは不可能に等しいといえる。

 それでもPKが絶滅しなかったのは、単純に莫大な利益をあげられるからである。他のプレイヤーをキルすれば、手持ちのベラ全てを奪うことが出来る。それがRoE始まって以来の仕様だった。プレイヤーたちはPK対策として基本的に金庫にベラを預けているが、MAPフィールドにでて狩りをする際は小まめに街へ戻るわけにもいかない。PKたちはそこを狙うのだ。時間をかけて得た報酬を全て横からかっさらわれるのだから被害者からしてみればたまったものではない。PKはこの世界の嫌われ者であり、そして同時に、全てのベラを奪われるという公式の仕様を快く思っていないプレイヤーも実に多かった。

 そこに、新パッチの告知でこの文言である。PKたちは一同に嫌な予感を覚えた。そして、その嫌な予感は見事に的中した。


 「他のプレイヤーをキルした際の報酬:所持ベラの100%→所持ベラの10%」


 5.0実装と同時に、公開されたパッチノート5.0。そのシステム関連の欄に、PKたちを絶望される一文がひっそりと添えられていた。



 [wis]相川:なんだお前、その名前は

 [wis]火垂る:いいでしょ可愛くて

 [wis]相川:似合わんな、似合わん

 [wis]火垂る:うるさい・x・ そっちこそ何なの? 本名?

 [wis]相川:むろん違う、これからは相川くんと呼びたまえ

 [wis]火垂る:えー調子くるうんだけど


 ところ変わってここは街の酒場である。首都の中心街にほど近いところに建つ酒場「マクベス」。大型商業ギルド「マクベス」が経営するこの酒場は、人海戦術によって手の込んだ料理を大量に用意している人気店であり、今日も数多くのプレイヤーが肩を並べて食事をとっている。このゲームにおいて食事はいわゆるバフ効果をもたらす。そのバフが思いのほか強力なため食事は非常に重要なことなのだが、料理スキルをきちんと上げていなければろくなものが作れない。そして、料理スキルをあげていくのは存外面倒である。料理を自前で作ることを放棄した生活力のないプレイヤーは、こういった他プレイヤーが運営している店舗で提供された食事をとるしかないのだ。

 ここにいる二人──要するに、先ほどまで仮面をつけていたPK二人組も、いわゆる生活力のないプレイヤーである。彼らはここの行きつけだった。酒場だけではない。装備づくり、料理、裁縫、掃除、採掘、採集、錬金、狩猟、動物調教、etcetc。RoE生活を支えるスキルを一切上げてこなかった彼らは、それらのことを全てどこかのお店や他人にお金を出して任せてきた。彼らは基本的に能無しだった。──他プレイヤーを殺すこと以外は。


 [wis]火垂る:ところで何で急にウェルフェンなの? ケモナーなの・x・?

 [wis]相川:かっこいいからだ。それ以外に理由がいるかね

 [wis]火垂る:狼ね~。ふうん・x・

 [wis]相川:お前こそ何でロリになったんだ

 [wis]火垂る:可愛いからね。それ以外に理由がいるかね


 彼らが角の目立たない席に腰かけ、他のプレイヤーに聞かれないよう1対1のwisチャットでひっそりと話しているのは変身したばかりだからである。要するに、キャラクターの見た目と名前を変えたのだ。今ここにいるのは、黒の外套でマスクを光らせている怪しげな二人組ではない。どこにでもいるような見た目の二人組である。


 片方は、小さな女の子である。現実世界で当てはめると中学生くらいといったところだろう。肩まで垂れる光を梳き流した絹糸のようなクリーム色の髪の毛と、ビー玉のようにぱっちりとした藍色の瞳が印象的。完璧な美少女ではある。だが、ゲームの中では皆が完璧な美少女になれるのだ。

 一方で男の見た目は少々特徴的である。一言でいうならば、巨躯な狼男だ。いわゆる獣人というタイプで、RoEの世界ではウェルフェンと名付けられている。顔が獣で、体つきは人間の種族だ。獣の顔については様々な種類があるが、この男は狼を選んだらしい。一度も撫でつけられたことのなさそうな灰色の体毛が服の間からはみ出ていてワイルドではあるが、この姿かたちもRoEの世界ではそれほど珍しいものではない。ウェルフェンを選ぶプレイヤーは多いわけではないが、需要も供給も確かに存在するのだ。ケモナーという人種がこの世にいる限り、こういったキャラクターは不滅である。

 先ほどまでの不審者っぷりはどこへやら。マスクと外套を装備から外し、改名もした彼らは実に普通なプレイヤーだった。


 一時間前。彼らは一応実験としてPKを行い、パッチノートに書かれていた変更内容が何一つ間違っていないことを確認した。たしかに奪える金額は今までの十分の一である。もはやPKだけで生計を立てていくのは不可能だと悟った彼らは、廃業を決意せざるをえなかった。とはいえ、廃業したといっても、PKを忌み嫌うプレイヤーや実際に被害にあった者たちから許されるわけではない。すでにこの世界に轟いた彼らの悪名は、ほうっておけばずっと彼らを追ってくる。

 それを帳消しにするために彼らは別人になったのである。現実世界で、3000円課金することによって。


 [wis]相川:俺たちこの世界で生きていけるのかね

 [wis]火垂る:さあね・x・


 二頭の子羊は、今確かに自分たちが路頭へ迷いこんでしまったことを実感しながら、自嘲気味に画面の前で笑った。

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