第79話 エピローグ
3ヶ月後に行われたダカールラリーでは、GJ450は全車完走し、そのポテンシャルの高さを証明した。
欧米や日本からも代理店契約の話があったようで、夏には市販車仕様のGJ450が日本各地の林道やイベントでみられるようになるかもしれない。
僕は窓のカウンターの上に置かれた、砂の入った小瓶を手に取り、冬の夕暮れの日差しに透かしてみる。
3つの小瓶には、モンゴルラリーのゴビ砂漠、アフリカエコレースのサハラ砂漠、そして、みずきが持ってきた、南米のアタカマ砂漠の砂が入っている。
その隣には、様々な言語が書かれた手越さんが、ヘルメットを持って微笑む、くしゃくしゃになった写真パネルと、蒼いラックローズをバックに並んで笑う、僕とみずきの写真。
「なあ、はると君よ、人生で、いくつ砂漠に行けると思う・・・。」
ゾーモットで、手越さんが言った言葉を、僕は思い出す。
アタカマ砂漠には行ってないなあ。とのんびりと考える。
「あ!いた!なあにサボってんのよ!」
テレビ番組のロケから帰って来たみずきが、いつものように騒々しく、オフィスに飛び込んできた。
「まだ、時間あるだろう?」
「なに言ってんのよ!ラリーは先読みしてタイムスケジュールをこなしていくのが大事!きみが教えてくれたことだよ!」
僕は、苦笑いして、1階に降りていく。
復活した株式会社ダカールは、手越さんの店舗を買い取り、2階をオフィス、1階をガレージ兼イベントブースにしている。
ガレージには、ダカールから持ち帰った、僕が乗ったGJ450のほか、数台のマシンが展示されている。
「ハルト!ドリンク持ってきたヨ!そこに置いといたかラ!あとはよろしク!」
1階イベントブースの来客用に置いてあるドリンクを、あかりさんの店から配達してきたシェリルが風のように去っていった。
彼女は来シーズンも正史とアメリカを転戦し、オフシーズン夏には、再び、モンゴルラリーに挑戦する。
その先にあるのはもちろん、アフリカ・エコ・レースだ。
今日は来期、株式会社ダカールが行うラリーの参戦サポートの説明会が、イベントブースで行われる。
アフリカエコレースはもちろん、来年から復活予定のモンゴルラリー、国内ラリーのサポートも、今年から始める予定だ。
長かったコロナ禍もようやく落ち着きを見せ始めたせいか、参加予約は満員だ。
「はるとさん!あとで、画像のチェックしてもらえますか?GJ450プロジェクトのサポート内容が一部変更になったので、修正かけたんで。」
ちょっとおめかししたリンシンさんが、1階に降りてきた僕に声をかける。
モンゴルラリーでは、ラリー参戦のマシンのレンタルサービスも請け負う。
マシンはもちろん、GJ450だ。
現地の窓口はバット氏が行う。
GJ450販売の日本法人の責任者となったリンシンさんは、本国とモンゴル、日本を飛び回って大忙しだ。
「あの!まだ時間は早いんですけど、いいですか!」
ソプラノの声に振り向くと、赤いリボンをつけたブレザーの制服の、小さな女の子が店の入り口に立っていた。
「説明会に来たヒト?」
みずきが答えると
「は、はい!あの、田辺みずきさんですね!わああ、テレビでみるより細くてスタイルいい!それに綺麗だあ!」
誉め言葉に、気持ちよくなったらしいみずきが、彼女に聞く
「そう、あなたもラリーに出たいのね。何に出たいの?バイクは持ってるの?」
みずきの矢継ぎ早の質問に焦りつつ、彼女は答える。
「は、はい!セローに乗ってます!まだまだ、林道走るのも大変なんですけど・・・。」
小さな彼女は、いつかのみずきのように、歌うように言った
「あたし、ダカールに行きたいんです!!」
「アフリカエコレースに出たいんです!!」
前のめりにそういうと、最近の女の子達よりも、長めな制服のスカートと、ポニーテールが揺れた。
かつて見た光景に、僕とみずきは、顔を見合わせ、笑いあう。
「え?わたし、おかしなこと言いました?そりゃ、あたしはバイクに乗り始めたばっかりだし、みずきさんみたいに、モトクロスもやってませんし、クラスの男子にも、バイク屋さんにも、お前みたいにちっこいのが出られるわけないだろう?って、いつも言われるけど、ダカールに行きたいんです!本気です!」
彼女はちょっとムッとして、一気に思いの丈を語る。
「ごめんね。バカにしたわけでもないし、あなたがダカールに行けないとも思ってない。あなたはきっとダカールに行ける。」
そう言って、みずきは彼女の傍らに立つ。
「でもね、彼にそれを頼むときには、最初に言わなきゃいけない言葉があるの。」
みずきはいたずらっぽく微笑むと、身をかがめて、小さな彼女の耳元でささやく。
彼女は驚いたような表情になったあと、意を決したように言った。
「・・・・あたしをダカールに連れてって!」
彼女の冒険が今、始まる。
〈完〉
あたしをダカールにつれてって! 高杢匠 @kanyu11
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