case7. 会えない理由(12)

 最後までつき合うのが、この取材の私なりのルールだ。

「何かほかに、思い出しました?」と振ると、「いや、どうして離婚したのかな? って。今さらですけど」と返ってきた。私も思いを巡らせてみる。


「想像ですけど、一般的には、妻側が子供にかかり切りで夫が不満を抱くとか、子供の問題で意見が食い違うとか、そういうパターンが思い浮かびますね」

「ん〜、それってひどくないですか? 二人の子供なのに。おじさんが、そのことで別れたいと思ったんだとしたら、なんか、そんなおじさんにも会いたくないなぁ」


「ちょっと待ってください。あくまで私の憶測っていうか、いや、一般論を言っただけですから」

 慌てて言い添えると、早苗さんは笑って言った。

「わかってます、大丈夫です、村下さんのせいにしませんから。ただ、おばさんが美雪ちゃんのことしか見えてない感じでちょっとヘンだったのは確かだし、おじさんもさびしかったのかな」

「それか、おじさんが最初から美雪ちゃんのことで、おばさんが期待するようなスタンスを取ってくれてなかったとしたら、おばさんもずっと心細くてさびしかったのかもしれませんよ。さっき、代理ミュンヒハウゼン症候群の話が出た時、ちょっとそんなことを思いました」


「というと?」と、早苗さんが身を乗り出した。

「私は専門家じゃないので、百パーセント鵜呑みにしないでほしいんですけど、あれって、関心を引きたい、自分を認めてほしいってのが根底にあるんじゃないかと。おばさんの場合も、無意識だったかもしれないけど、『自分のことを見てほしい』っていうアピールだったんじゃないかって思ったんです。わざわざそうするってことは、やっぱり美雪ちゃんのことでがんばってる自分を周りがわかってくれてないって、おばさんも心のどこかで感じてたってことでもあるんじゃないですかね?」


「なるほどね。みんな、何かしら人に認めてほしいって思ってる部分があるってことですかね。結局、私もそういう気持ちがあったんだろうなって思ったし」


 私は心を込めてうなずいた。早苗さんがにっこりしたところで取材は終了となった。

 私たちは席を立って会計へ向かった。


***


 ずいぶん、いろんな要素が出た取材だった。

 親戚付き合いの話かと思えば、思春期へと向かう女の子の悩み、女同士の見栄、病気の子と家族、夫婦関係、そして、そこに絡む心の闇。


 そして根底には、認めてほしい、認められたいという、誰もが持つ欲求がいろんな形で横たわっていたということなのか。


 早苗さんがしきりに強調していた「今、会いたくない」というのも、美雪さんに比べてその時の自分が幸せになっていないと思っているからで、裏返せば「幸せになってる自分」として相手に認められたい気持ちがあるからなのかもしれない。だから、まだそうなってない自分を見せたくない、つまり、会いたくないのだ。


 この取材からけっこう時間が経ったが、二人が会ったのかどうか、私は知らない。


 早苗さんがもうひとつ気にしていた、体を見られた件。

 確かに、早苗さんがそれを思い出して恥ずかしく感じる気持ちはわからなくはないが、美雪さんの方は覚えているだろうか。

 覚えていたとしても、悪い記憶としてではないだろう。だから、そのあとも手紙を寄越していたのだろうし、大人になっても早苗さんと会いたいと思っているのだから、なおさらだ。

さらには、文通が途切れたことを恨むなどの、悪い感情も持ってないのだろう。


 あのあと、早苗さんが会うことを断ったとしたら、それは過去に対する小さな反抗、自己主張による反撃、というところかもしれない。

 が、いつか早苗さんも自分の幸せを見つけたと思えた時、二人が会ってざっくばらんにすべてを話す機会があれば、それが一番いいように思う。



 私は取材ノートと、うちの作家先生に見せたレポートのプリントアウトをもう一度眺めた。


 タイトルはもちろん、「会えない理由」だ。

 取材中、何度も「会えない、会いたくない」と本人に強調され、私もそのたびに「なるほど」と思いながら、何重にも丸で囲んだことを覚えている。


 女の子も、女も、母親も、なかなか込み入った生き物だ——。


 自分自身の来し方にも思いを馳せて、苦笑しながら私は保存のボタンを押した。

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村下春子の「あなたのネタ、買い取ります」 たまきみさえ @mita27

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