case7. 会えない理由(11)
「『バカにされた』って言ったのは——」
早苗さんの声は落ち着いていた。
「やっぱり、あとから結婚も出産もしたと聞いて、今までのは何だったんだろう? って思ったところからかな。これまでずっと感じていたわけじゃなくて、今回、いろいろ過去のことを思い出して、それで湧いてきた感情っていうか。だからもう、全部です。この美雪ちゃんとのこと全部が、バカみたいって感じ」
「『バカにされた』んじゃなくて、『バカみたい』ってことですか?」と、一応、確認する。
「どっちも、かな。『バカみたい』ってのは文字通りだし、彼女のことでは私はずっといいように扱われたみたいな感じで、それって、私の気持ちとかほとんど蔑ろにされてたってことでしょう? さっきは感情が高ぶって、『バカにされた』なんて激しい言葉になったけど、尊重してもらえなかったってことかなぁ」
「確かに、早苗さんにしたら、そうかもしれませんね」と、ここは同意した。
「それに——」と、ひと呼吸置いて早苗さんは言った。
「私だって、お姉ちゃんがほしかったのに。お姉ちゃん役なんてやりたくなかったのに」
まるで少女のように、早苗さんは口を尖らせた。
「あ、あとね」
早苗さんの中から、堰を切ったようにさらに言葉が溢れ出す。
「若子おばさんが私のことをいろいろ訊いて、美雪ちゃんと比べてたみたいじゃないですか。それもちょっとね。たぶん、私のことを美雪ちゃんの下に見ようとしてたんじゃないかと思うんです。それで、成績だの、胸の大きさだの、なんか母親同士の話で勝手に私が丸裸にされてたような気がして、それも気分悪いです。これだって、人をバカにした話ですよね? かわいそうな美雪ちゃんを持ち上げるために、私がその道具にされたっていうか」
「なるほど、よくわかります。たぶん、私でも同じように感じるだろうなと思います。みんなが美雪さん中心にものを考えているわけで……お話を伺ってると、不承不承だったかもしれないけど、早苗さんは期待に応えようとよくがんばったと思いますよ」
私がそう言うと、「そうかな」と早苗さんは今日一番の柔らかい表情を見せて、軽く会釈した。
「ありがとうございます。今まで私、誰にも言ったことなかったから、誰からもわかってもらえなかったんですよね。なんか、小さな下らないことかもしれないけど、認めてもらえてうれしいです」
そうだ。誰しも、心に小さなトゲが刺さったまま生きている。気づいている人もいるし、気づいていない人もいる。気づいても、そこにあるのが当たり前になっていて、抜こうとも思わず、抜く術を探ろうともしない、否、抜いていいのだということにすら思い至らない。そして、そのトゲは触るたびに鈍く小さな痛みを発し続けるのだ。
「残り、『腹立たしい、憎らしい、恥ずかしい』については……だいたい想像はできますけど、どうですか?」
「そうですね、文字通り、今までの話でわかっていただけてると思います。まあ、憎らしいは言い過ぎかもしれないけど」
そう言って、早苗さんは笑った。
「断るんですか?」
最後に私は訊いた。
「えぇ、今回は断ろうかな。何か理由を見つけて」
意地悪なのを承知で、さらに訊く。
「もし、今回会えないなら、早苗さんの都合のいい日を教えてほしいって言われたらどうします?」
「あー。それ、ありえますね……。どうしようかなぁ。いっそ、会いたくないんだってはっきり言っちゃおうかな」
そう答えた早苗さんからは、余裕が感じられた。自分が決めていいのだということに気づいたからだろうか。
「若子おばさん、離婚して、そのあと亡くなってたんですよね……驚いたな」
ノートを閉じ、ペンを片付け始めると、その私の手元をじっと見ながら、早苗さんがぽつりとそう言った。
手を止めて早苗さんをうかがうと、まだ何か言いたそうだ。
「お気の毒でしたね」と私が応じると、「おばさんも大変だったんですよね、きっと」と呟くように言った。
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