すけべな二度ベルを鳴らす

新巻へもん

おいこら。マジでAIの開発者出てこいよ

 それは瞬間のことだった。母船から離れてジルスタ星系第2番惑星の衛星軌道上から地上を観測していた俺の『くそったれ号』は、不意に現れたグリストリ人の戦闘艇の攻撃を受けた。俺はアンドロイドのアイリスに指示を出しながら、反撃を試みる。

「母船に救難信号を」


 周囲にウォータシールドを射出し、敵のビームを減殺しつつ、緊急用エンジンを点火して勢いよく飛び出したくそったれ号。俺はシートに押し付けられながら、自分の不幸を罵った。

「くそったれ」


 救難信号の発信を終えたアイリスが火器管制を始める。

「イーノ。後部ミサイル5番まで準備よし。目標捕捉完了」

「よし、ぶちかませ」

「ラジャ」


 軽い振動と共に次々とミサイルが発射される。くそったれ号を追尾していた戦闘艇は次々と爆発四散した。

「ざまあみろ」

 勝利の声をあげる俺にアイリスが警告する。


「敵ミサイル接近!」

「くそったれ」

 俺はデコイを発射すると同時にコントロールレバーを思い切り左に倒す。姿勢制御用の補助エンジンが火を噴き、殆ど直角にくそったれ号は転進した。


 ミサイルがデコイを追いかけていき爆発する。俺は完ぺきに空調がされているはずのコクピットで噴き出た汗をぬぐう。左舷後方から接近する攻撃をかわすには完璧な機動だったが危ないところだった。そして、俺は大事な1点を忘れていた。ここが惑星の衛星軌道上であるということを。


 アイリスの警告の声が響く。

「イーノ、重力圏に捕らわれるわ。双曲線コースで離脱を……」

 くそったれ号がぐっと傾く。もう手遅れだった。機体の表面の温度センサーが高温を示し始める。摩擦熱が生じ始めていた。俺は生き延びるための必死の努力を始める。


 ***


 あれから3週間が経った。幸いなことにくそったれ号は最新の探査船なので、自力で大気圏を突破できるだけの性能を持っている。小さいながらも可変式の三角翼を備えており飛行もできた。アイリスの補助もあり、雪と氷に覆われた広い空き地に胴体着陸することに成功する。


 ただ、残念なことに自力で宇宙に飛び出す能力は持っていない。ということで、俺にできることは、ひたすら母船からの救援を待つことだけだった。外を探検してみようかと思ったが、船外カメラで遠方に体長5メートルほどの狂暴そうな大型生物の姿を見つけてやめた。白いふさふさの毛が生えた小型のティラノサウルスといった風情の奴だった。


 エネルギー供給は問題なく、食料も潤沢。機体が雪に埋もれてしまわないように、船外活動用のスーツを着て時々雪かきをする以外にしなければならないことはない。とはいえ、確実に救援が来る当てもない状況で、だらけている訳にもいかず、俺は規則正しい生活を維持することにした。


 機内の整備点検、シミュレーターでの戦闘訓練、雪かき、トレーニング、日誌の記録……、そして、週2日の休日。もっとも、この星の自転は地球時間で22時間ちょっとと少々短い。160時間を1週間としてスケジュールを組み、普段と変わらない生活を送るように努める。


 一人だったら、精神的におかしくなっていたかもしれないが、俺には信頼できるアイリスが居た。緊急モードに移行し、くそったれ号のメインコンピュータをも組み込んだアイリスは、ともすれば悲観的になりがちな俺を励まし、正気を保ってくれる。


 唯一不満があるとすれば、緊急モードに余計な機能を追加してあったことだろうか。閉鎖空間に閉じ込められたパイロットが退屈することが無いように気づかったのか、アイリスは日によって人格を変えた。ある時は、威圧的なオネーサマ、またある時は学級委員長タイプ、そして、ドジっ子。


 どう考えても戦闘任務にも従事するアンドロイドとしては不適切としか思えないが、きっと設計者にそういう趣味の奴がいたのだろう。さらに面倒なのは、人格の変容と選択がどういうことをきっかけに行われるのか、殆ど分からないことだった。分かっているのは船外の気温が影響していることぐらい。


 薄暗いプライベートルームで一旦目を覚ました俺は今日が休日だったことを思い出して再び枕に頭を預ける。ジルスタはK型の恒星で輝度も熱量も太陽より少ない。もう日が上った時間ではあるはずだが、船外の様子を映し出すモニターの映像は薄暗かった。2度寝を決め込み、うとうとし始める。


 そこへジリジリジリというけたたましいベルの音が鳴り響いた。はっと目を覚ました俺が感じた最初の違和感はプライベートルームの室温が異常に低い事だった。モニターに表示された室内温度は50度。システムに異常でも起きたかと一気に頭が冴えた。ちなみに船外温度を見ると華氏2度。バナナで釘を打つにはやや高いが人体が凍傷を起すには十分な温度だ。


 それを見た途端、俺は事態を理解して緊張感を解く。今日のアイリスの人格はファーレンハイト・ツヴァイ《2度》。体が弛緩すると同時にプライベートルームの扉が開いて、何かかがベッドに向かって突進してくるとブランケットの下に潜り込んでくる。適度な温もりの手が俺の肌をまさぐり、甘えた声が聞こえてきた。


「ハーイ。イーノ。やっとお目覚め? いつまでも寝てるから目覚ましのベル鳴らしちゃった」

 返事をしようとした俺の口を強烈で情熱的なキスが塞ぐ。その間もアイリスの手指は俺の体の上を這いまわる。


 まずい。前回、アイリスがこの人格になった日の翌日は俺はベッドから。焦る俺だが常人の5倍のパワーを持つアンドロイドに適うはずは無い。

「ねえ。イーノ。私寂しいの。いーっぱい慰めてね」


「くそったれ」

 俺は口の中で呟き、AIの開発者を呪いながら、アイリスのケイ素樹脂製の皮膚を抱きしめた。

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