抱腹亭爆笑の弟子
田中紀峰
1話完結
あるところに噺家がいた。まだ前座から二枚目に上がったばかりの頃だった。急にみぞおちの辺りに激痛が走り救急車で運ばれた。レントゲンを撮ってみると胆石が出来ていたので、そのまま入院して開腹手術を受けた。手術は無事成功して石は摘出された。
同門の友人が見舞いに来た。
「師匠が見舞いに行ってこいっていうから来てやった。」
「そうか。」
「どんな石だった?」
「これだよ。医者が記念にくれた。」
「ほう。」
差し出した小瓶に一センチ角くらいの黄ばんだ粒が二、三個入れてある。
「痛かったかい。」
「そりゃもう。」
「具合はどうだい。」
「もう痛みはどうってことはないが、退屈だ。お前が来てくれて気がまぎれる。」
「実は師匠に用事を頼まれた。」
「なんだい。」
「「おい、
荒州加とは見舞いに来たほうの名。目利志古は入院した患者のほうの名だ。
「そりゃひどい。まだ抜糸もしてねえのに、笑ったら傷口が開いちまう。やめてくれ。」
「でもな、「目利志古は必死で笑うまいとする。それを笑わせてこそほんとの噺家だ。そのくらいのこともできないようじゃこの先、人を笑わせて食っていくなんてできやしない。必ず笑わせてこい。できなきゃおまえは破門だ。できたら真打にしてやる。手加減するなよ。」なんて言ってね。」
「ひでえな。」
「というわけだから覚悟しろ。」
「荒州加、悪いが、おまえが破門になろうと俺は笑うわけにゃいかねえ。おまえみたいなヘボなやつに笑わされて傷が開いたとあっちゃあ、恥ずかしくて俺もこの稼業を続けるわけにゃいかねえ。笑わせられるもんなら笑わしてみろってんだ。」
「よしきた。
とっておきのネタがある。あるところに、盲腸になった噺家がいた。」
「ふんふん。」
「噺家の名は抱腹亭爆笑といった。」
「そりゃ、俺たちの師匠の名じゃないか。」
「漫才じゃないんだからいちいちつっこまんでいい。黙って聞いてろ。
爆笑は医者に聞いた、「先生、俺の病気はなんです。まさか癌じゃないでしょうね。本当のことを教えてください。」
医者は答えた、「ただの盲腸だ。腹を割って話せばな、盲腸だけに。」
爆笑は言った、「なあんだ、もうちょうがないなあ、盲腸だけに。」終わりだ。」
「終わり?」
「ああ。」
「そのネタはもしかすると爆笑師匠にもらったのかい?」
「よくわかったな。その通りだ。」
「ああ。俺はひどい師匠についたものだ。破門になったほうがましだ。」
「俺もそんな気がしてきた。ネタが悪すぎる。いくら俺が天才でもこのネタで人を笑わすのは無理だ。」
荒州加は目利志古を笑わせられなかったので、その日のうちに破門になった。
目利志古も、退院したきり師匠のもとへは戻らなかった。
今は二人とも別の師匠のもとで懲りもせず落語家をやっていると言う。
抱腹亭爆笑の弟子 田中紀峰 @tanaka0903
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