星の少女とゆきうさぎ

山本アヒコ

星の少女とゆきうさぎ

 遠く、暗い宇宙に、小さな星が浮かんでいた。


 そこに一人、少女がいた。




「これでいいかな」




 少女はそうつぶやくと、両手を組んで目を閉じる。


 少女の前には、少し盛り上がった土と、その上に突き刺された十字架。それが二つある。


 これは少女の両親の墓だった。




「言われたとおりにしたけど、これってどんな意味があるのかな?」




 少女が首をかしげると、十字架の横棒が、それに合わせる様に傾いた。


 十字架はところどころ凹んだり、曲がっている棒を紐で結んで作られている。銀色に光っている棒は金属製だ。


 紐は乱暴に巻かれていて、いかにも子供がやりましたという出来上がり。それは仕方の無いこと。少女はまだ子供なのだ。




「これで一人ぼっちかあ」




 上を見上げる。そこには黒い宇宙に光る幾万もの星。


 美しいが、そこに生命はいない。


 少女は正真正銘、広大な宇宙で一人ぼっちだった。




「いけない。お水をあげなくちゃ」




 しばらく宇宙を見ていた少女は、両親の墓に背中を向けて走り出した。


 すぐ近くに、四角い建物がある。これが少女の家だった。


 高さは少女の身長の二倍ほど。横幅はそれより大きい。窓は小さく、壁は土で汚れていた。




「バケツ、バケツ」




 少女は家の中に入るとバケツを探す。それはすぐに見つかった。




「よいしょ」




 少女は青色のプラスチックでできた四角いバケツに水を入れる。


 ホースが直接壁からのびていて、バルブを回すと水が出るしくみだ。少女が物心ついたときからこうなので気付いていないが、どう見てもバルブは無理やり取り付けられたもので、ホースも壁に空けた穴からでている。


 バケツに半分ぐらい水が貯まると、少女は両手で持ち上げた。




「お花さん、お水だよー」




 少女は花壇の花に水をあげる。


 花壇は両親の墓の横にあった。あまり大きくはない。


 花は赤、黄色、ピンク、紫、青と色とりどりだ。




「おいしく育ってねー」




 花壇の花は食料だった。この星で他に食べるものは無い。




「つまみぐいしちゃお」




 少女はピンクの花を一つ花壇から抜くと、口を大きく開けてかじった。




「おいしーい」




 ピンクの花は甘い。これは少女の大好物だ。


 もう一つ食べようかと思ったが我慢する。




「全部食べたらだめだもんね。種ができるまで育てないと、次から食べれなくなっちゃうもん」




 少女は花が無くなり、葉と茎だけになったそれを家に持って帰る。これも食べるのだ。




「食べ物をそまつにしてはいけませんって、お父さんもお母さんも言ってたし」




   ======




 少女は家の外で遊ぶ。




「えい」




 蹴ったボルトは放物線を描き、地面の向こう、宇宙へと落ちていった。




「あっ、蹴りすぎちゃった」




 少女は駆け寄り、地面の端から宇宙を覗き込む。


 足元には頭上と同じ黒い宇宙に星が光っている。そこに落ちていった小さなボルトは、もうどこにも見えなかった。




「あーあ」




 少女はつまらそうに唇をとがらせると、地面の端に背中を向けた。




「お父さんかお母さんがいたらなあ」




 少女はいつも両親と遊んでいた。


 二人と遊んでいるときは、こうしてボルト蹴りに失敗しても笑いあって楽しめていた。




「つまんないのー」




 少女は家の横にある、たくさんのガラクタの山から新しいボルトを見つけようと思ったが、なかなかいいボルトが見つからなかった。


 少女は頭が六角形のボルトより、丸いボルトのほうが好きなのだ。




「うーん」




 穴が開いた鉄板や千切れたケーブル、よくわからない機械の残骸をひっくり返すが、目当てのボルトは見つからない。




「やーめた」




 少女は家の中に入る。




「まだこんな時間かー」




 少女は時計を見てうんざりした様子だ。


 時計はまだ十二時にもなっていない。今日最初の食事をしてから数時間である。


 この星に朝昼晩という概念は無い。なぜなら遠くにある太陽は常に見えていて明るいからだ。一日のスケジュールは、この時計で決められている。




「たーいーくーつーだー」




 少女は言葉を無駄にのばす。そうでもしないと暇で仕方が無いのだ。


 両親が生きていたときは、遊んでいれば時間がいつの間にか経過していた。


 しかし少女ひとりになったときから、時間が流れるスピードが十分の一になってしまったかのように感じられる。




「むう」




 少女は床に固定されたテーブルにあごを乗せる。


 静かだ。物音が何も聞こえない。


 そしていつの間にか少女は目を閉じ、眠ってしまう。




「お父さん。お母さん」




 眠る少女の目に輝く涙が浮かんだ。




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「キャアッ!」




 少女は大音量に驚いて飛び起きた。




「なに? なに?」




 あまりのうるささに耳を手で押さえる。


 こんなけたたましい音は聞いた事が無かった。しかもなぜか家の中が赤い。


 家の中が赤いのは、壁にあるランプが赤色の光を発していたからだった。これも少女が見たことが無いものだ。




「もう、やめてよ!」




 少女は壁の光るランプを平手で叩く。


 しかし光は消えないし、音もやむことはない。




「ウエーン!」




 どうしていいかわからない少女は、ついに泣きはじめる。家中に鳴り響く甲高い音にまけないぐらいの鳴き声だ。


 その時、突然大きな音と同時に家が揺れた。




「えっ」




 思わず泣くのを中断するほどの衝撃だった。


 そして鳴り響いていた音は止まり、ランプの赤い光も消えている。




「外から音がしたよね?」




 少女はおそるおそる家から出る。




「何これ」




 そこには、少女の身長ほどもある大きな氷の塊が、地面に突き刺さっていた。


 ゆっくりと氷に近づき、指で触れてみる。




「つめたい」




 少女は氷を見たことがなかった。なのでこれが何なのか、全くわからない。


 どうすればいいのかと、ただ少女が立っていると、氷に変化があった。ひとりでに揺れだしたのだ。




「なんだろ?」




 揺れる氷を不思議そうに見る。氷が勝手に動くようなものではないと知らない少女は、不気味に思わず逃げようともしない。




「きゃっ!」




 氷は突然細かく砕けた。


 破片はとても小さく、砕けた氷は白い小山となる。


 それは雪だった。




「白くなった。でも、これなんだろ?」




 雪も見たことが無い少女。


 手で触れようとすると、雪が動いた。


 雪は波打つように一箇所へ集まると丸くなる。そして二本の長いトゲが飛び出した。




「?」




 変化はそれだけでは無かった。白い雪の塊に、違う色が浮かんだ。それは赤色。


 二つの小さな赤い丸。それは目だ。そして二つのトゲは、長い耳。




「わっ」




 雪の塊は高く飛び上がる。すると短い四本の足ができて、すたりと着地した。


 少女と同じぐらい大きなゆきうさぎは、つぶらな赤い瞳で少女を見つめる。




「びっくりしたー」




 少女はゆきうさぎと目を合わせる。


 首を傾けると、同じ方向にゆきうさぎも首を傾けた。反対にすると、また同じ方向へ首を傾ける。


 何度かそれを繰り返した少女とゆきうさぎ。やがて少女は笑顔を浮かべた。




「ワーイ!」




 少女はゆきうさぎに抱きついた。


 言葉を交わしたわけではないが、通じ合うことができたのだろう。




「わたし知ってるよ。家族いがいのなかよしさんを、ともだちって言うんだよね! 今日からともだちだよ!」




 少女は嬉しそうにゆきうさぎへ頬を擦り付ける。


 ゆきうさぎの体はもちろん雪なので冷たいが、少女は全く気にしていない。


 ゆきうさぎは赤い目をパチパチと瞬かせた。




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 それから少女はゆきうさぎと毎日遊んだ。




「えい!」




 少女が蹴ったボルトは放物線を描き、地面に転がった。




「次はともだちの番だよ」




 少女はゆきうさぎを、ともだちと呼んでいた。ともだちが名前だと思っているのだ。


 ゆきうさぎは地面にあるボルトを、鼻先で弾いた。ボルトは飛んでいく。




「わたしの番だね」




 ボルト蹴りとは、交互にボルトを蹴飛ばし、地面の端まで転がして、そこから折り返して先に家までたどり着いた方が勝ち、という遊びだった。


 少女はこの遊びが大好きで、一日中遊んでも飽きない。




「わたしの勝ち! これで同点だね」




 もう一回ボルト蹴りをしようとしたが、ゆきうさぎが少女のスカートを引っ張った。




「え? もう三度目の食事の時間?」




 少女が聞くと、ゆきうさぎは頷いた。




「ちぇっ」




 唇を尖らせながらも、少女は素直に家に入る。ゆきうさぎも続く。




「どれを食べようかな?」




 少女は家の中にある、白い箱の扉を開ける。


 縦長の箱の中は、網棚で三段に分けられていた。


 一番上と真ん中の棚に、色とりどりの花がある。この花は以前抜いて保存していたものだ。この箱に入れると、花が枯れる時間がとても長くなる。


 一番下の棚には水が入った浅い皿が入っていて、そこに花の種がいくつもあった。種からは芽が出ている。


 芽の成長具合を見て少女はつぶやく。




「もう花壇に植えてもいいかなー?」




 少女はいくつかの花を手にとって箱を閉じた。




「いただきまーず」




 食卓に乗っているのは、花とコップの水だけ。これが少女の食事だった。


 他にこの星で食べられる物は無い。花壇の花以外の植物は、雑草一つ存在していなかった。




「はい」




 少女はゆきうさぎの前にある皿に、黄色の花を乗せる。


 ゆきうさぎは器用に椅子に乗り、テーブルの上の花をもしゃもしゃ食べる。




「どうしたの?」




 食事の途中、ゆきうさぎが家の外へ顔を向けているのを少女は気付いた。




「あっ。待って」




 ゆきうさぎは突然椅子から飛び降りると、家の外に飛び出した。


 少女もあわてて後を追う。




「もう、ともだち、どうしたの?」




 ゆきうさぎは遠くの宇宙を見つめていた。


 同じ方向を見て、少女はある事に気付く。




「あれ? なにか変だよ?」




 宇宙で輝く星の光が、ある場所で歪んでいた。


 そこは円形に歪んでいて、まるでそこにガラス球があるかのようだ。


 不思議な光景に見入っていると、少女のスカートをゆきうさぎが引っ張る。




「なに?」




 ゆきうさぎはガラクタの山へ走り寄ると、頭を突っ込んで何かを探し始めた。


 ガラクタをゆきうさぎは軽々と弾き飛ばし、やがて目当ての物を見つけたようだ。




「これって、ヒモ?」




 ゆきうさぎが持ってきたのは、黒いヒモだった。


 ヒモといっても太さは少女の腕ほどもある。




「えっ、これでともだちの体を縛るの?」




 ゆきうさぎは頷く。


 少女は苦労しながら黒いヒモをゆきうさぎの体に何重にも巻きつけた。




「ふう」




 ヒモを体に巻いたゆきうさぎは体を縮め、四本の足に力をためた。




「わっ!」




 少女は驚きの声をあげた。ゆきうさぎが力強く飛び上がったからだ。


 ゆきうさぎは高く高く飛んでいく。宇宙に向かって行く姿は、やがて遠くなって見えなくなる。


 ゆきうさぎの体に巻かれた黒いヒモは、シュルシュルと宇宙に向かって伸ばされていく。


 それが止まる気配は、まだ無かった。




「もう!」




 少女は戻ってこないゆきうさぎに腹が立った。


 ガラクタの山の中から手の平より少し大きい、角の丸い長方形の板を手に取ると、飛んでいったゆきうさぎに向かって投げつける。


 投げた板もすぐに見えなくなった。




「もう知らない!」




 それでも戻ってこないゆきうさぎに少女は背中を向けると、怒りで力を込めて地面を強く踏みしめながら家に入る。


 そして少女はベッドにもぐりこむと、ふて寝をした。




「ううん……」




 少女は目をこすりながら起きた。しかしまだ眠そうだ。




「なに?」




 服の裾が引っ張られるのを感じて視線を向けると、そこにはゆきうさぎがいた。


 少女の眠たげだった目が、ぱっと見開かれる。




「ともだち! 戻ってきたんだ!」




 少女はゆきうさぎを抱きしめた。




「ん? 外になにかあるの」




 少女はゆきうさぎが家の外へ何度も顔を向けるので、行ってみることにした。


 家から出た途端、少女はあぜんとする。




「なにこれ」




 そこには金色の四角い箱があった。少女の体より大きい。


 金色の箱には、二つの大きな板が付いていた。色は青い。




「これ、ともだちが持ってきたの?」




 箱には黒いヒモが巻き付いている。これはゆきうさぎの体に結んだものと同じだった。


 少女は金色の箱を手で触る。固い金属でできているようだ。


 箱には丸い穴が空いているが、それにどういう意味があるのか少女にはわからなかった。


 ゆきうさぎは金色の箱に近づき、その鼻先で何かを示す。




「あっ。ここ開けられるんだ」




 少女は家の中からドライバーを持ってきて、ボルトを外した。そして金色の箱にある小さなカバーを取り外す。


 するとゆきうさぎが中を覗き込み、また少女に指示を出す。




「これを外すんだね」




 少女はゴチャゴチャした機械を、金の箱から取り出した。


 機械は何本かのケーブルが垂れ下がっている。


 ゆきうさぎは少女を家の中に連れて行く。




「えっと、これと、これをつないで……」




 少女はゆきうさぎが指示するとおりに、壁がはがれている所から出ているケーブルに、金色の箱から取り外した機械をつなげた。


 すると突然家の中に音が鳴った。そして壁の一部が光を放つ。




「えっ?」




 壁の一部、縦一メートル、横三メートルほどの範囲が白い光を放ったかと思うと青くなり、そこに白い文字が次々と現れる。


 少女は文字を知らなかったので、それを読むことはできなかった。


 白い文字が途切れると、今度は黒くなる。


 しばらくすると黒に白色の部分ができた。丸が二つと横棒。それは人の顔を記号化したように見えた。


 その記号が動き出す。




『システムを再起動しました。おはようございます。それとも、こんばんはでしょうか?』




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 少年は父親に買ってもらった新しい望遠鏡を使って夜空を見ていた。




「えへへ」




 少年が見ているのは夜空ではなく、その向こうの宇宙だった。




「今どこにいるんだろ?」




 少年は遠く宇宙を航行する探査機を探したが、見つけることが出来ない。


 今はにわかに宇宙ブームが起きていた。なぜなら突然宇宙に歪みができたからだ。


 宇宙研究者たちはそれをワームホールだと発表する。そしてそれを調査するための探査機が、少し前に打ち上げられたのだった。


 探査機を載せたロケットの打ち上げは、大々的にニュースで取り上げられる。それに少年は心を動かされ、今では宇宙飛行士を夢見るようになった。


 少年はワームホールで歪んだ星の光を楽しそうに見ていたが、その表情が少し曇る。




「探査機が故障したって言ってたけど、大丈夫かな?」




 飽きずに望遠鏡を覗いていると、光が横切った。




「流れ星だ!」




 少年は願い事をしようと思った。しかし流れ星が普通と違う事に気付く。


 流れ星が消えないのだ。そして流れ星は家から少し離れた場所にある森へ落ちた。


 少年は遠くから音が聞こえた気がした。




「……よし」




 少年はパジャマの上に服を着込むと、冷えた夜の空気の中へ出て行く。


 森のそばまで自転車で行った。ここからは徒歩で行くしかない。


 懐中電灯の明かりだけでは、暗い夜の森は不気味だ。




「うう……」




 ゴーストがいるかもしれないとおびえながらも、少年は森を進む。


 しばらくすると木が倒れている場所を見つけた。そこにクレーターができている。




「ほんとに落ちてた!」




 少年は隕石を発見できた喜びに、笑顔で駆け寄る。




「あれ? 隕石じゃない?」




 小さなクレーターの中にあったのは、石ではなかった。


 角の丸い、手の平より少し大きい板。


 少年はそれを手に取り、しげしげと観察する。




「もしかして、これ……」




 少年はポケットから何かを取り出すと、それと空から落ちてきた板とを見比べる。それはとても良く似ていた。




「どうしてスマートフォンが流れ星になってるの?」




 空から落ちてきたスマートフォンの画面は真っ暗だ。


 少年は夜空を見上げたが、そこには満天の星空があるだけだった。




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「おい、どうなってる」




「どうなってるって言われましてもねえ」




 博士は技術者の煮え切らない答えに青筋を浮かべる。




「なんだそれは! なんとかできないのか!」




「なんとかできるのなら、もうやってますよ。修理するのは無理だって、博士もわかってますよね?」




 ここは宇宙センター。ワームホールの調査のために打ち上げた探査機の管制室だ。


 博士と技術者の言い争いはいつものこと。探査機が故障してから、ずっとこの調子である。




「ちゃんと信号は届いているのか?」




「ええ。現在位置はわかってますよ。ほら」




 管制室にはいくつものモニターがあり、そこに探査機の位置を表示しているものがあった。それによると探査機はワームホールへ近づいている。




「しかし、エンジンが停止したのだろ。このままではたどり着けないのではないか」




「まだ一基は生きていますから大丈夫ですよ」




 技術者が落ち着いた様子で応えるが、博士の目つきは厳しい。


 思わずため息を技術者がはくと、場違いなほどのん気な声がした。




「私としては、はやくデータが欲しいのですがねえー」




「研究者か」




 研究者は白衣を着て、しまりの無い笑顔を浮かべている。




「データがないとワームホールの研究ができないんですけどー」




「その話し方をやめろ! イライラする!」




 博士が真っ赤な顔で怒鳴るが、研究者はヘラヘラと笑うだけだ。




「待っていろ。すぐに探査機がデータを送ってくる」




「ほんとに大丈夫なんですかねー? 故障したんでしょ。博士の設計が失敗だったんじゃないんですかー?」




「ふざけた事をぬかすな!」




 博士は手元のボールペンを投げる。


 研究者は子供のように笑い声をあげてそれを避けた。


 技術者はため息をつくのも疲れた、という面持ちだ。




「技術者よ。探査機は本当に大丈夫なんだな」




「ええ。定期的に位置を知らせる信号は出てますし、生きているエンジンはちゃんと反応します。太陽電池も問題なし。ワームホールの調査はできるでしょう」




 その時、耳障りな音が鳴り響いた。これは探査機に異常が起こったことを知らせる音だ。


 博士と技術者は血相を変えてモニターにかじりつく。研究者だけは笑っていた。




「何が起こったんだ!」




「探査機が予定のコースを外れています!」




 予定ではワームホールの周囲を旋回するようにして、カメラやセンサーで調査をすることになっていた。これは近づきすぎると何があるかわからないからだ。


 しかし突然そのコースを外れ、一直線にワームホールへと向かっている。




「コースを戻せ!」




「やっていますが、制御不能です。エンジンは動いているのに、ワームホールに向かって引き寄せられています!」




「どういうことだ!」




「センサーでの調査結果は……近くに氷の塊? それにぶつかったのか? でも氷の塊なんて無かったはず……」




「カメラの映像は無いのか!」




「は、はい! こっちのモニターに出します!」




 モニターに映されたのは、白い雪の塊。


 最初にそれを見たときは、博士も技術者もそれが何か理解できなかった。




「何じゃこりゃ?」




「さあ?」




 カメラは数秒間に一回画像を撮影する。


 その画像で見ると、白い塊には上に二つ長い突起が、下側に短い四つの突起があった。




「こんな氷の塊が自然にできるものなのか?」




 博士が首をひねる。


 するといつの間にかモニターを覗き込んでいた研究者が口を開いた。




「なあ。この突起、動いてるように見えないか?」




 そう言われてみると、たしかにそれぞれの突起が動いているように見えた。




「なんだか、走っているように見えます」




 技術者が言った。


 不意に画像の様子が変わる。白い塊が向きを変えているのだ。


 横を向き、完全に反対側を向ける。


 そこで見えたのは、赤い二つの目と、長い二つの耳。




「うさぎ?」




 誰かの口からそんな言葉が漏れ出た。


 どこかの国では月にうさぎがいると言われているらしい。しかし実際に宇宙にうさぎいるなど、誰も信じてはいないはずだ。


 緊急事態を知らせる音が響き、はっと技術者は我に返った。




「探査機がワームホールに接触します!」




 探査機がワームホールに接触すると、画像がそこで途絶えた。カメラが故障したのかもしれなかった。




「ああ……」




 思わず博士が絶望の声を漏らす。




「博士、まだ信号は途絶えていませんよ」




「本当か!」




 技術者の言葉に博士は元気を取り戻す。




「それより、ワームホールのデータはどうー?」




「あ、研究者さん。えっと、データはこっちですね」




「ふっふっふ。これで研究できるぞー」




 研究者はスキップしながら管制室を出て行った。




「あいつは、まったく……」




「でも博士。トラブルはありましたけど、結果的にワームホールに到着できましたよ」




「ああ、そうだな。このまま何も無く探査機が機能してくれればいいんだがな……」




 その心配は的中する。


 探査機の信号はしばらくして、完全に途絶えてしまうのだった。




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 少女とゆきうさぎの他にもう一人、宇宙に浮かぶ小さな星の住人が増えた。




『はじめまして。私はこの宇宙船に搭載されたAIです』




 家の壁に浮かんだ記号だけの顔に、少女は瞬きをしながら見つめた。


 少女にAIはこの星が宇宙船であり、この家は土に埋もれていない宇宙船の一部だと教えた。


 外に転がるガラクタの山も宇宙船の部品や壊れたロボットだと教えるが、少女はそれを理解する事はできなかった。


 AIは落胆しなかった。そこまで高度な人格を有していないからだ。




「ねえ。どうして急に出てきたの? ここに来る前はどこにいたの?」




『私は最初からここにいました。ただ機械が破損していて起動できなかったのです。あなたが新しい機械を接続してくれたので、こうして起動できました』




「さっきのかな?」




 少女はゆきうさぎを見る。


 ゆきうさぎは頷いた。




『じつは、もうひとつやってもらいたい事があるのです』




「なに?」




『外にある太陽電池パネルを接続してもらいたいのです』




 少女とゆきうさぎは家の外に出る。




「これだよね」




 少女はスパナとニッパーを両手に持って、金色の箱へ近づく。そして箱についている大きな青いパネルを見る。


 青いパネルはパイプで金色の箱と繋がっていた。




「うーん」




 少女はパネルとパイプの付け根にあるボルトをスパナで外す。それでカバーが外れた。中にはいくつものコードが見える。




「どれを切るの?」




 少女がそれぞれの色のコードを指差す。


 ゆきうさぎは赤色と青色のコードを指差したとき頷いた。


 少女はそのコードをニッパーで切る。コードの中には鈍色に輝く細い糸のようなものがいくつも入っていた。




「えい」




 少女は切ったコードに、家から引っ張ってきた別のコードを繋いだ。


 それはAIが指示した物で、先がクリップ状になっていて、簡単にコードを繋げることができた。




「これで終わりっと」




 少女が家に戻るとAIは機嫌がよかった。




『ありがとうございます。これで電力に余裕ができました』




「電力って?」




『あなたにとっての食べ物や水みたいなものです。これがないと何もできません』




「お腹がへると動きたくなくなるもんね。あれ? でもAIは動けないよね。何するの?」




『この部屋を明るくしたり水を作ったりしています』




「えっ。これみんなAIがしてくれてたんだ」




 少女が驚くと、AIは目を丸から円弧にして喜びを表す。




『はい。そうです』




「すごいねー。そうだ。ほかにもできることあるの?」




『はい。そのために太陽電池パネルを接続してもらったのです』




 床の下の深い場所から、うなるような音が聞こえた。


 壁に設置されたいくつかのモニターに光が灯る。




「なになに?」




『通信装置起動。現在位置が不明なため、全方向に最高出力て送信します』




 壁一面にあったAIの顔が縮小され、片隅に移動する。


 空いた場所に高速で多数の文字と数字がスクロールしはじめた。


 少女はそれを口を開けて見ている。ゆきうさぎは表情の読めない目で、淡々と変化する文字と数字を見つめていた。




『反応あり。これは、ワームホールの向こう側ですね』




「ワームホール?」




『空間の歪みです。星の光がおかしくなった場所を見たことはありませんか?』




「あっ。あのお星様がぐにゃぐにゃになってるところ?」




『そうです。あれはトンネルになっていて、遠く離れた場所に繋がっています。そこにどうやらこの宇宙船と通信が可能な端末があるようです』




 少女はAIの言っている言葉の意味がわからず、首をかしげるだけだった。




『通信、つなげます』




 黒色になっている壁が、突然変化した。




「わっ」




 壁に映し出されたのは、十歳ぐらいの少年だ。驚いた顔をしている。




「なにこれ? これは誰?」




 少女は父親と母親しか自分以外の人間を知らなかった。大人である父しか知らないため、大人になる前の少年という存在は少女の知識に無い。


 少女は映し出された少年に近づいて手を触れてみる。


 しかし少年に触ることはできなかった。


 少年はその行為に驚いたようで、後ろに倒れる。




「あれ? 壁だ」




『これは映像なので実際に手で触れることはできません』




 少女は至近距離で映像を見る。


 壁いっぱいに少年の上半身が映っているので、少女に比べるとかなり大きい。




「私よりすごく大きい! お父さんよりも!」




『それは拡大しているからです。大きさを等身大にします』




 映像が変化し、少年の全身が映し出された。


 少年はトレーナーにズボンという普通の格好だ。背景にはドアと壁とベッド。壁には大きなポスターが貼ってある。


 少女はそのポスターが気になった。




「これ、外にある金色の箱じゃないかな?」




『そのようですね。どうやらあれは、ワームホールの向こうからやってきたようです』




 少女は顔を近づけてそのポスターをよく見ようとする。


 少年はそれに驚いたように仰け反った。


 少女はその動きが面白くて、笑顔を浮かべる。すると少年は目を見開き、ぽかんと口を開けた。そのまま少女の顔を呆けた様に見ている。


 少女は首をかしげた。




「どうしちゃったんだろ?」




 少女は少年の顔を手でペタペタと触る。が、映像なので実際に触れるわけがない。


 しかしそのおかげで少年が再び動き出した。口をさかんに開け閉めする。どうやら話しかけているようだが、その声は聞こえない。




『音声通信は不可能のようです』




「なにー? 聞こえないよー」




 少女も少年に話しかけるが、それは伝わらない。


 声が聞こえない事に気付いたらしい少年は、両腕を大きく動かし始めた。声が無理なので、体の動きでコミュニケーションをしようとしているのだ。




「えーい。わー」




 少女も両腕を広げたり回したり、さらには飛び跳ねたりその場で回転したりしてみせる。


 それはコミュニケーションのためではなく、そういう遊びだと思っているようだった。


 少女の横でゆきうさぎも同じように動き回っている。




「ん? なにかな」




 少年の姿が一旦消えた。しかしすぐに戻ってくる。その手にはノートとペンがあった。


 少年はノートにペンをはしらせ、それを見せた。




【きみはだれですか?】




 そう書いてある。しかし文字を知らない少女には読むことができない。




「変なもようだねー」




『同一と思われる言語データがありました。およそ三百基準年時間前に使用されていた言語です』




「なにそれ?」




『私たちが話している言葉。それを意味する記号です』




「うーん。よくわからないけど、何か私に話しかけてるってことだよね。返事はどうすればできるのかな?」




『指示してもらえれば、向こうに文字を表示させて見せることは可能です。どうしますか?』




「じゃあ、これは何て言ってるの?」




『あなたは誰かと聞いています』




「私は……むすめ! カワイイ娘だよ」




『可愛い、娘、ですか?』




「うん! お父さんもお母さんもそう言ってたもん!」




『ではそれで』




 少年の胸のあたりに文字が浮かんだ。これが少女の返事らしい。


 文字を知らない少女は、それの意味を理解できない。


 少年もその文字を読んだようだ。すると何ともいえない奇妙な表情となる。




「どうしたんだろ?」




『想像はできますが、詳細を説明しないことにします』




 少年は再びノートへペンをはしらせ、こちらへ見せた。




【ぼくの名前は****です】




 少女はノートの文字を凝視するが、読めるはずも無かった。




『彼は****だそうです』




「ふーん。変なのー」




 聞いた事のない言葉の響きに、少女はそんな感想を漏らす。


 その表情は少女の返事をもらった時の少年と、よく似ていた。




「あっ!」




 突然少年の姿が消え、真っ黒になる。




『余剰電力を使い切りました。通信はこれ以上不可能です』




「ねえ。次はいつできるの」




『およそ、標準時間で三百時間ほどになります』




「それって何回寝て起きたとき?」




『……およそでいいのであれば、三十回ぐらいでしょうか』




「三十回かー」




 少女は真っ黒になった壁を見つめながらつぶやく。


 そこに少年の姿が再び映し出されることはなかった。それでもしばらく見つめ続けていた少女を、ゆきうさぎがじっと見守っていた。




   ======




「なんでスマートフォンが……」




 少年は暇があればあの日見つけたスマートフォンを見ていた。


 隕石が落ちてくればニュースになりそうなものだが、テレビを見てもそんなことは何一つ放送していない。


 そういうわけで、宇宙から落ちてきたスマートフォンは少年の持ち物となっている。




「見た目は普通なんだけどな」




 材質は鈍い銀色。何かの金属でできている。


 不思議なのは充電するためのケーブルを挿すための場所が無い事だ。これでは起動させることができない。


 少年は液晶部分らしい表面を何度も触ってみたが、真っ暗のままだ。


 どうにか分解できないかと思ったが、外せるビスも見当たらない。無理やりカバーを外してみようかとも考えたが、壊れるかもしれないのでできなかった。




「うーん」




 少年は自分の部屋で机の上に置いたスマートフォンを腕組みしながら睨む。


 今日も変化無しかと思われたとき、突然画面が光った。




「うわ!」




 画面の光はスマートフォンから空中に投射され、四角形をつくる。


 それはまるでSF映画でよくある、ホログラムと同じものだった。




「すごい……」




 少年はあまりのことに驚いて絶句してしまう。


 空中に現れたホログラムは最初真っ白だったが、数秒後に変化する。




「えっ」




 そこに映っていたのは、美しい少女だった。


 年齢は少年より少し上ぐらい。髪の毛が肩より長く、大きな目をしている。


 少年の第一印象は、お姫様みたいというものだった。


 ホログラムの中の少女は、不思議そうに少年を見ると、こちらへ手をのばす。




「えっ!」




 宙に浮かんだホログラムから少女の手が飛び出してきそうに思えた少年は、思わず大きく体を後ろへ引く。


 その結果椅子ごと後ろへひっくり返ってしまった。




「イテテ……」




 少年は頭を押さえながら立ち上がる。


 そしてホログラムへ目を戻すと、今度は少女が顔を近づけた。思わずまた体をのけぞらせてしまう。


 それを見た少女が笑顔を浮かべた。それを見た少年はつぶやく。




「キレイだ」




 呆然となる少年。これが初恋だった。


 少年が動けないでいると、少女はなにやら両手を動かし始める。少年を触ろうとしているように見えた。


 そこでやっと少年が我に返る。




「えっと、あの、その……キミは誰なの? どうしてこのスマートフォンは宇宙から落ちてきたの? どこにいるの?」




 混乱していたため、やたら早口で質問を口にしていた。


 しばらく言い続けた後、どうやら声が聞こえていないことに気付く。




「そうだ!」




 少年は机の引き出しを開けると、ノートとペンを取り出す。




「これを使えば……」




 少年は大急ぎでペンを動かす。


 少し汚いが問題なく読める字で、大きくこう書かれている。




【きみはだれですか?】




 両手でノートを広げて見せるが、少女は首をかしげるだけだ。




「もしかして読めないのかな?」




 少年が不安に思っていると、ホログラムの下側に文字が出た。




「えっと……【わたしはカワイイ娘、です】 え……?」




 少年としては名前を聞いたつもりだったのだが、それとは完全に別方向の答えが返ってきた。


 困惑するが、少女は特に変わった様子も無い。




「うまく伝わってないのかな?」




 少年はもう一度ノートに書いて、それを見せた。




【ぼくの名前は****です】




 これならきっと少女も名前を教えてくれるだろう。そう思いワクワクしていると、突然ホログラムが消滅した。




「えっ!」




 慌てて机の上のスマートフォンに駆け寄る。


 そこにはいつもと同じ、真っ暗な画面のスマートフォンがあるだけだった。




「さっきまで動いてたのに」




 少年はスマートフォンを叩いたり振ったりしてみたが、全く反応は無い。


 少年はがっくりと肩を落とす。




「あーあ。でもちゃんと動いたんだから、また動くかもしれない!」




 少年はスマートフォンを見ながら、あの少女との再会を想像する。




「そうだ! 今の内に聞きたい事をノートに書いておこう!」




 少年が少女と再会できたのは、それから一年後だった。




   ======




 博士と技術者が話をしていた。




「博士、資金が底をつきましたよ。どうするんです?」




「くそう! 国も企業も金を出し渋りおってからに!」




 博士は真っ赤な顔で拳をテーブルに叩きつけた。書類が飛び、マグカップが揺れる。




「博士、散らかすのはやめてください。この前も研究室の備品を壊したでしょう」




 たしなめられても博士の怒りはおさまらないようだ。


 技術者はため息をつく。




「まあ、博士の気持ちもわからないではないですけどね。もしかしたら、このプロジェクト自体消滅するのかもしれませんし……」




 探査機の打ち上げから、すでに十年の月日が経過していた。


 当初ワームホールに消えた探査機の反応は無かったが、数日後になってワームホールから信号が届いたのだ。


 ただ、それは探査機から送られて来たものか、判断は難しかった。


 探査機は決められた電波を送信するのだが、ワームホールから届いたそれは、それ以外のものが多数含まれていたからだ。


 おそらく探査機が故障して多くのノイズが混じったのではないか。多くの人間がそう判断した。


 しかし博士はそうは思わなかった。信号に明確な規則性を発見したからだ。


 ただそれがどういったものか、詳細までは判別できなかった。


 探査機の信号はそれから長い時間音沙汰が無かった。


 しかし一年後、信号がワームホールから届く。


 すでに探査機からの信号は絶望的だと思っていた博士達は、それに驚いた。そしてそれ以上に嬉しかった。


 探査機は博士たちが何年もかけて製作した、自分の子供のようなものだったからだ。


 すでに下火になっていたワームホール調査プロジェクトは、これで再び活気付いた、かに思われた。




「そこからが大変だったなあ……」




 技術者は遠い目でつぶやく。


 探査機の信号は、それからまた一年間全く送信される事は無かったのだ。


 打ち上げから十年、一年ごとに探査機は信号を送信している。


 しかしほとんどがノイズで、有用なデータなどありはしなかった。そのため探査機プロジェクトの凍結が検討されはじめる。


 博士たちは懸命にプロジェクトの続行を希望した。


 しかしいくら頼んでも、結果が出ていないため周囲の評価は悪い。


 それでも何とか頭を下げ、人員を減らされ資金がほとんど無くなっても、博士達はこれまで探査機プロジェクトを続けてきた。


 しかし、それも限界に近かった。


 博士と技術者が同時に深いため息をつく。




「なあにしてるんですかー、二人ともー?」




 語尾をのばした雰囲気にそぐわない声でやってきたのは研究者だ。


 博士は目をつり上げながら、技術者は諦めたような顔で振り向く。




「そのふざけた喋り方をやめろと言ってるだろう!」




「すみませんねえー」




「研究者さん、どうしてここへ?」




 技術者は研究者に詰め寄ろうとする博士を抑えながら言った。


 研究者は普段自分の研究室から出てくることはあまり無い。自分の研究にしか興味が無いので、ワームホールの向こうの探査機やプロジェクトのことなど頭に無いのだ。




「忘れたのかなあ? 今日は大学で講演会をやるんだろうー?」




「ああっ! そうだった!」




 博士と技術者は数少ないプロジェクトの出資者である大学で、たまに講演会をしたり独自研究に参加したりしている。これもワームホール探査機プロジェクトの資金を集めるためだ。




「遅刻はまずいぞ! 急げ!」




「待ってください博士!」




 大慌てで走り去る二人に、研究者はひらひらと手を振って見送る。




「がんばってねー」






 大学での講演会が終わったとき、博士と技術者は声をかけられた。




「すいません。博士と技術者さんにお話があるのですが」




 二人が振り向くと、二十歳ぐらいの青年が立っていた。おそらくこの大学の学生だろう。




「何かね。質問なら講演会で受け付けていたが、それでは満足しなかったのかな」




「いえ。そうではなく、ワームホール探査機のことで、ちょっとここでは話せない内容なので……」




 博士と技術者は顔を見合わせた。


 ここでは話せない内容とは何か。学生がそんな事を知っているとは思えないのだが、博士が見たところ嘘を言っているようには見えなかった。


 あごに手をやって数秒考えて頷く。




「わかった。こっちで話そう」




 講演会は大学にある小ホールで行われていた。そこの控え室で学生と博士と技術者はテーブルをはさんで座る。




「これを見てください」




 学生はテーブルにスマートフォンを置いた。


 博士と技術者はそれを手にとって調べたが、何の変哲も無いスマートフォンに見えた。




「このスマートフォンがどうしたのかね? バッテリーが切れているようだが」




「見たことが無い機種のようですね。どこのメーカーですか?」




「実は……これ、空から落ちてきたんです」




 博士と技術者は、口を開けた間抜けな顔になる。




「すまん……ちょっと意味がわからんのだが……」




「信じられないのも無理が無いと思います。でもこれは、誓って嘘なんかじゃないんです」




 青年は十年前流れ星が落ちてくるのを発見し、その落下地点に行くとこのスマートフォンがあったこと、そして急にホログラムが現れ少女が映し出されたことを説明した。


 しかし博士と技術者は信じない。


 なぜならまだスマートフォンのような小さい機械で、ホログラムを出現させるような技術が発明されていないからだ。


 二人は呆れ、無駄な時間を使ったという表情で青年を見る。




「待ってください。まだ続きがあるんです。探査機プロジェクトの中心人物である二人なら、一年に一度ワームホールから信号が送信されていることを知っていますよね?」




「ああ。もちろんだ」




「でも、それがどうしたんですか?」




「このスマートフォンも、一年に一度、少女から着信があるんです。しかもその時間がワームホールからの信号が発せられたときと同じなんです」




 青年は鞄から一枚の紙を取り出した。そこには日時が書かれている。ワームホールから信号が発せられた日時と、スマートフォンに着信があった日時だ。それは確かに同じ時間だった。


 しかしこんなもので二人が信じるはずもない。


 青年はもう一つスマートフォンを取り出した。これは青年自身の持ち物だ。




「これを見てください」




 青年はスマートフォンを操作して動画を再生した。


 少年が映っている。年齢は十二歳ぐらいだろうか。




「子供のころの僕です。その後ろにあるのが見えますか?」




 少年はこちらに手をのばしていて、画像が揺れる。どうやら撮影位置を調整しているようだった。


 画面の揺れが止まる。


 映像は少年の部屋の様子だ。少年が机の前に立っている。そしてその後ろ、机の上に浮かんだ四角いホログラムのなかに少女がいた。


 博士と技術者の表情が変わる。




「これは……」




「ふん。こんなものCG合成だろう」




「じゃあ、これを見てください」




 まだ青年の言葉を信じない博士に、もう一度スマートフォンを操作して違う映像を見せる。今度は動画では無く静止画だった。


 それは何かの機械のようだ。電子部品らしき物も見える。誰かが手に持っているそれを撮影していた。


 その機械を目にした瞬間、二人の目が見開かれた。博士も技術者も驚いている。




「これは、まさか、探査機の部品じゃ?」




「馬鹿な! あの探査機は一台きりで、設計図も全て私が管理している。どこにも流出はしていないはずだ。それに製作は高度な技術と機械が必要で、簡単に作れるようなものじゃないぞ!」




「この映像に映っている少女によると、金色の箱の中にあった部品だそうです」




「金色の箱って……まるっきり探査機の本体ですよね」




「信じるな技術者! これはたちの悪いイタズラだ!」




「では他の物も……」




 青年はさらに何枚もの静止画を見せた。これは少女に頼んで見せてもらい、ホログラムに映ったそれを青年が撮影したものだ。


 頑固だった博士も、自分が設計した探査機と全く同じ部品を何個も見せられ、徐々に言葉を無くしていった。そしてついに、信じざるを得ないものを見てしまう。




「これは……」




「間違いないですよ博士! これは探査機の部品です!」




 それはただの黒い鉄の箱だ。しかしこれこそが探査機の根幹とも言える部分で、中にコンピュータが搭載されているブラックボックスだった。


 その表面に白い文字が書かれている。それは博士や技術者に研究者、その他プロジェクトに関わった人物達の名前だ。全て本人がプロジェクトの成功を祈って書いたものである。


 博士と技術者は呆然とする。




「待ってくれ。探査機はワームホールに飲み込まれたのだったな……」




「はい。つまりこれは……それを抜けた向こう側にあるわけで……」




 二人はゆっくりとスマートフォンの画面から青年へ視線を向ける。


 青年は頷き、これまでの事を語りだす。


 最初にホログラムが現れたときはほとんど何もできなかったこと、音声は聞こえず映像だけの通信だったことを話す。


 それから一年後、またホログラムが現れる。そこで文字によってコミュニケーションしたところ、少女は宇宙のどこかの壊れた宇宙船に住んでいることがわかった。


 また少女のほかに宇宙船の制御AIと、ゆきうさぎが一緒に暮らしていることも知る。




「宇宙船にAI? すごい! まるでSFだ!」




「それもだが、ゆきうさぎとは何だ? つまり、うさぎなのか?」




「いやそれが……その通り、雪でできたうさぎらしいんです……」




 青年は困惑した様子で話す。


 少女によるとある日宇宙船にぶつかった氷から生まれたものだという。体温は無く、体が雪なので冷たい。しかも探査機を拾ってきたのもゆきうさぎだという。




「雪の体のうさぎ? それって、生物なんでしょうか?」




「探査機を拾ってきただと? つまりは、そのゆきうさぎとやらは宇宙空間を自由に移動できるというのか……」




「はい……」




 あまりの事に、三人は言葉を無くす。


 長期間宇宙で生活できる設備の宇宙船に、今でも製作が難しいAI。そして明らかに既存の生物とは全く異質なゆきうさぎ。


 宇宙は広いというが、さすがに想像の限界をさらに超えていた。




「……とりあえず整理しよう。探査機はワームホールの向こう側にある。そういう認識でいいのだな?」




「そうでしょうね……信じられませんが、証拠を見てしまいましたから。そして、その探査機から信号が一年に一度送られてくる……」




「あ、信号は探査機じゃなくて宇宙船のAIが発信しているそうです」




「それはなぜかな?」




「宇宙船の通信装置が故障しているので、そのかわりに探査機の部品を使ってるんです」




「なるほど。で、通信が一年に一回だけなのはどうしてなのかね?」




「えっと、宇宙船のインフラ設備は最低限生活できる程度には生きているのですが、通信するための余剰電力が無いんです。それを探査機の太陽電池パネルで補っています。だけどそれで生産できる電力が少なすぎて、一年分貯めないと通信が不可能なんです。」




「そういえば……あの動画を見る限り、こちらと向こうのタイムラグは無かったように見えたな。どういう通信方式かわからないが、そんな高速通信だと普通の電波通信とは比べ物にならないエネルギーが必要なのかもしれんな……」




 博士が腕を組んでうなる。




「AIに聞いたんですけど、なんでも量子通信らしくて」




「量子通信って、まさか量子テレポーテーション? どれだけ進んだ科学技術なんだ……」




 技術者は驚愕のあまり呆然とする。博士は深呼吸を繰り返した。




「……ふう。驚き疲れたぞ。つまりキミはこの事を私たちに伝えに来たのだな」




「はい。でも、それだけじゃなくて……」




 青年が言葉を続けようとしたとき、青年の物ではないスマートフォンが光る。


 三人は突然のことに驚いた。




「これは……!」




「キミ、どういうことかね?」




「あ、あの、一年ごとって決まっていても、微妙にその期間が違うんです。あの映像を見て気付きませんでしたか?」




「だから、どういうことなんだ!」




 その時、スマートフォンの光が強くなる。そしてその光は空中に四角のホログラムを作り出した。


 そこには、あの少女が映っていた。胸の前でゆきうさぎを抱いている。




「本当に……ホログラムが……」




 博士は言葉が出ない。技術者も同じようにホログラムの少女に目を奪われていたが、違和感に気付き、表情を変えた。




「……通信は一年ごとで、探査機がワームホールに消えてから十年が経過したはず。なのに、どうしてこの子はまだ子供なんだ!」




 最初に通信が行われたとき、少年は十才ぐらいで、少女はそれとほぼ同じぐらいだった。


 それから年月が過ぎ、少年は青年へ成長したが、ホログラムに映る彼女の外見は少女のままだ。




「そうなんです。僕たちの時間と、彼女の時間は大幅にずれているんです!」




「どういう事かね?」




「さっき通信は一年に一回って言いましたよね。でも彼女の感覚では、一月に一回なんです!」




「何だと! 時間の流れが違うのか! 何が原因だ? ワームホールか? いやしかし、相対性理論によれば……」




「それより博士! こっちを見てください!」




 三人はホログラムへ顔を向けた。


 遥か遠く、ワームホールの向こうとこちらの人間が対面する。




   ======




「ねー、まだー?」




 少女は待ちきれないといった様子で足踏みをしている。


 壁に表示されている記号だけの顔、宇宙船の制御AIは感情があまり感じられない声で言う。




『もう少し落ち着いてください』




「だってー」




 少女は頬を膨らませて不満そうだ。胸元のゆきうさぎを抱きしめる。


 抱きしめるといってもゆきうさぎは少女とあまり大きさが変わらない。ゆきうさぎの頭の上に少女のあごが乗っていて、抱きしめる両腕も届いていなかった。




『いつも言っていますが、待つ時間を長くすれば、それだけ長く通信ができるのですよ』




「だって、一月だってこんなに長いのに、もっと長くなんて待てないよ」




 ワームホールの向こう側では一年間である。


 この時間のずれが逆だったなら、少女はどんな反応をしていたのだろうか。




「ねえ、はーやーくー」




『わかりました。通信を繋ぎます』




 AIの顔が端に小さくなり、広くなった場所が白くなる。そして一瞬後、映像が映し出された。




「でたー! あれ? 知らない人がいる?」




 青年の顔は少し雰囲気が変わったかなと少女は思った。こちらとあちらでは時間の速さが違うのだという。最初は少年の顔がみるみる変わっていく事に戸惑ったが、最近はその変化も落ち着いているように思えた。


 元少年の他に、少女の知らない人物が二人いた。




「誰だろー? この人は髪の毛が白くて、お父さんみたいだね!」




 少女が指差したのは博士だ。


 少女の父親は、物心ついたときから真っ白な髪と髭をしていて、それは博士と同じだった。ただし、姿かたちは全く似ていない。髪と髭の色が同じなだけだ。




「この人お父さんかな?」




『あなたの血縁であるという意味のお父さんではありません。ですが、あの方に子供がいれば、お父さんであると言えるでしょう』




「AIはいつも難しいこと言うよね」




 少女は首をひねるが、博士はお父さんということで決定した。


 もう一人、技術者がいるが、少女はまったく興味を惹かれない。




「何してるんだろ?」




 少女は話をしている三人を不思議そうに見ていた。三人はひどく慌てているようだ。




『聞いてみましょうか?』




 AIがホログラムに【何をしていますか?】と表示すると、三人の動きがピタリと停止した。そして再び話し合いをはじめる。


 青年が鞄から急いでノートとペンを取り出すと、博士が奪い取り何かを書き始めた。そしてノートをこちらへ見せる。




「何て書いてあるの?」




 少女は自分で読めるようになるため、文字をAIに教えてもらっていた。


 しかし少女は勉強するのが退屈で、すぐに飽きてしまう。なのでまだまだ文字を自由に読むことはできなかった。




『現在地を教えてほしいそうです。ですが教えることはできませんね。なにしろ現在地がどこなのか不明ですから』




 少女が住む星、もとい宇宙船は広大な宇宙を漂っている。


 AIはこれまで現在地を知ろうと調査しているが、多くのデータが破損し、宇宙船の機能もほとんどが使用不能なため、それを調べることは不可能だった。




「じゃあ、わかりませんって言っておいて」




 その文字が表示されると、博士は真っ赤な顔で歯軋りをする。




「アハハハ! 変な顔」




 少女がそれを見てお腹を抱えて笑う。博士は何で笑っているんだ、といった様子でさらに顔を赤くしていた。それを青年がなだめている。


 今度は技術者がノートに書き、それを見せる。




【ワームホールからどのぐらいの距離の場所にいますか?】




『これはわかります』




 AIが文字を出すと、博士が前のめりになる。その表情は真剣で、先ほどまで癇癪をおこしていたのが嘘のようだ。


 そして技術者からノートを奪い、書きなぐる。




【宇宙船は移動できないのか?】




 宇宙船の推進装置は完全に使用不能だった。そもそも移動が可能ならば、とっくの昔にワームホールを通って向こう側へ行っている。


 博士は腕を組み、何やらブツブツとつぶやきだす。すると青年がノートを博士の手から奪う。




【久しぶり。元気だった?】




「うん!」




 それは通信が繋がったとき、いつもする挨拶だった。この文字なら少女は読める。


 少女が読める文字は、青年がこれまで書いた文字がほとんどだ。少女がAIに教えて欲しいと頼んだからだった。


 青年が少女の返事に微笑む。それを見た少女も満面の笑顔を見せた。




「えへへ」




 胸が温かい。青年の顔を見るとなぜかそうなる。


 少女はそれが両親と遊んでいたときと同じ感覚だと思っていた。


 青年は再びノートへ文字を書こうとするが、それを横から博士が奪おうとする。




「あっ」




 青年と博士がノートの奪い合いをはじめた。技術者はそれを見てオロオロとしている。


 青年が力ずくでノートを手にした。博士は青年に飛びかかろうとするが、それを技術者が体に抱きついて阻止する。


 青年は急いでペンをはしらせた。




【もうすぐ君に会いに行ける】




「えっ?」




『通信時間の限界です』




 そこで通信が途絶える。映像は真っ黒になった。


 それでも少女はじっと黒い壁面を見つめている。そこに青年の顔があるかのように。




「……会いに来るって」




『はい』




 呆然としていた表情が、だんだんと笑顔に変化する。


 少女はゆきうさぎを強く抱きしめた。




「やったー!」




 少女はゆきうさぎを抱きしめたまま回転しはじめた。


 ゆきうさぎはされるがままだ。しかし赤い両目は、少女によかったねと言っているように見えた。




   ======




 数年の月日が流れた。


 それだけの成長をした青年は、ロケットのシートにベルトで体を固定されていた。




「ふう……」




 ヘルメットの中でその呼吸音はやけに大きく聞こえた。




『緊張しているのか?』




「はい。そりゃそうですよ博士。なにしろワームホールの向こうに行きますからね」




『そうか? それより少女と初めて対面するからじゃないのかね?』




 からかうような博士の声。


 それは図星だったが、青年は努めて落ち着いた様子を心がけた。




「まあ、それもありますけど」




『ククク』




『ちょっと二人とも。それは秘密なんですから。誰かに聞かれたらどうするんですか』




 技術者の声が割り込んでくる。




『わかってるとも。だからこうして通常とは違う回線で会話してるのだろうが』




『わかってませんよ博士! この打ち上げが中止になったらどうするんですか!』




 あの日ワームホールの向こうにいる少女との通信を実際に体験した博士と技術者は、寝る間も惜しんで駆け回り、ついに再びワームホールへの探査機打ち上げを実現までこぎつけた。


 しかも、有人探査機だ。それに青年は搭乗している。


 青年は難しい試験と過酷な訓練をくぐり抜け、この探査機の搭乗員の席を手にした。


 その原動力はもちろん、少女に会うためだ。




「……博士。本当に大丈夫なんですね?」




 青年は隠しきれない不安を滲ませた声で言った。




『心配するな。絶対に気付かれる事はない』




 博士は自信にみなぎった声だ。ただ博士は自信が無い様子を見せる事は無い。彼の性格は、傲岸不遜そのものである。




『ククク。データを頼むよー。ワームホールの内部なんて、そう調べられるものではないからねー』




 語尾をのばした言葉づかいは研究者のものだ。彼も秘密の作戦の参加者だった。


 有人探査機の打ち上げは決まったが、ワームホールの向こう側へ行く事は許可されなかった。危険だからだ。


 しかし青年も博士も、ワームホールの向こうへ行く気だった。そこで何と他のプロジェクト参加者には秘密でワームホールを通過する事にしたのだ。


 もしそれが知られてしまうと、最悪プロジェクトの中止もありえる。


 彼らは慎重に事を進め、ついにここまでたどり着いた。あとは打ち上げ成功を祈るのみだ。


 カウントダウンがはじまる。




 『5、4、3、2、1、エンジン点火!』




 すさまじい振動。青年の体がシートに押し付けられる。




「ぐうっ……」




 探査機を搭載したロケットは無事宇宙へたどり着いた。


 青年は探査機の窓から宇宙を見回す。




「ついにここまで来たぞ」




 広大な宇宙に見惚れている暇は無い。


 視線は星の光が歪んだ球形の空間、ワームホールに据えられる。


 目指すはその向こう側、少女がいる場所だ。


 青年は探査機のエンジンを起動させ、向きを調整する。




「これからワームホールへ向かいます」




 博士達は管制センターで遥か宇宙の探査機の様子を見守っていた。




「順調ですね」




「ああ。だが、ここからだ」




「はやくデータ欲しいなー」




 管制センターの人々の雰囲気が変わる。多くの人間が慌しく動き始めた。




『どうした? 予定のルートを外れているぞ?』




 探査機にそう質問するが返事は無い。


 トラブルの発生に打ち上げの成功で浮き立っていた人たちは、顔色を変えてた。


 ただし、博士、技術者、研究者以外の人間だ。


 いや、小心者の技術者だけは青い顔をしている。というより、博士と研究者の性格がおかしいだけかもしれない。


 混乱のるつぼと化した管制センターに探査機からの通信が届いた。




「三十秒後、ワームホールに突入します」




 怒号が飛び交う。探査機に乗る青年に、何度もどういうことなのかと質問するが、その返答は無い。


 博士と研究者はニヤニヤしている。技術者は青い顔だ。


 青年は目の前に迫ったワームホールをじっと見据える。




「ワームホール突入」




 探査機は何の抵抗も無く、ワームホールへ消えていく。




   ======




 ゆきうさぎの耳がピクリと震え、顔の向きを変えた。




「どうしたの?」




 少女はゆきうさぎが見ている方向へ目を向けた。


 それは斜め上、星の光がでたらめに歪んだワームホールのある場所。


 少女が見る限り特に変化があるようには思えなかった。


 しかし、ゆきうさぎは身動きせずその方向を見つめている。




「なにっ?」




 突然大きな音が鳴り響いた。ゆきうさぎに変化した氷が落ちてきたときに聞こえた音と同じだった。




「この音は何? ねえ、AI?」




『付近に移動物体を発見。こちらへ接近しています』




「もしかして!」




 少女は青年との通信を思い出す。


 青年だけでなく、博士と技術者と研究者たちとの通信を何度か行っていた。


 その時のやり取りで、こちらへ来るための準備が完了するのはもうすぐだと知らされていたのだ。


 青年達は打ち上げ前に知らせたかったのだが、その方法が無い。一年に一度の通信は少女側からの一方通行なのだ。


 ゆきうさぎが跳ねた。


 少女も見つける。ワームホールのある方向から、こちらへ向かってくる光を。




「わあ……」




 少女は言葉も無く、着陸する探査機を見ている。


 ハッチが開き、乗っていた人間の姿が見えた。


 青年と少女は、触れ合える距離で見つめあう。




「おっきいね」




「君は小さいね。初めて見たときと変わらないや」




 初めての通信から青年は十数年も経過しているが、少女はまだ二年も経過していない。


 ほぼ同じだった年齢は、すでに十以上も離れている。




「はじめまして……も変かな? 何度も通信越しだけど会ってたからね。でも、あらためて自己紹介するよ。僕は****です。君の名前は……カワイイ娘、でよかったよね」




 青年は笑顔で言う。


 少女はそれに頬をふくらませながら、けれど隠しきれない喜びを浮かべながら言った。




「違うよ。私の名前は***でしょ。あなたがつけてくれたじゃない」




「そうだったね」




 二人は笑いあい、やがてどちらともなく近づくと、お互いを抱きしめた。




「……やっと逢えた」




「うん。長かったよね」




 一方は十数年、もう一方は二年にも満たない時間だ。


 それでも出会える日を待ち望んだ気持ちは同じだった。


 そんな二人を、ゆきうさぎは赤いつぶらな目でいつまでも見ていた。

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星の少女とゆきうさぎ 山本アヒコ @lostoman916

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