第2話 嘘と愛しさと

朝目覚めた私の隣はもぬけの殻だった。

昨晩はあんなに私を激しく求めてきたアイツがいない。その事実を受け止められなくて、ホテルのシャワールームやトイレなどにもいないことを確認までした。やっぱりいない。意味がわからなくて混乱する。


スマホで発信してからいつまでたっても出ないアイツには本当に腹が立ってくる。

好きだって言ったし、結婚だって辞めたのにこの仕打ちはなに?どついたろか?と関西人でもないのに関西弁まで考えてしまうほどには腹が立つ。


やっと出たと思ったら無言だし、余計に腹が立って怒鳴り気味に強く言ってしまった気がする。


「え?結婚するから思い出づくりだと思ってたんだよ」

「思い出作りで抱かせるか!」


とんでもないことを言い出すアイツには呆れてものが言えないわ。とりあえず、すぐさま戻って来いと伝えたのでアイツはきっと青い顔して?じゃないか。嬉しそうにそれで慌てて走ってくるんだろうと思う。


それも、まぁいいかとアイツの性格をこれまで見て来て手に取るようにわかる私はさっきの腹立ちはいつしかなくなっていた。


それにしても、今回の掛けというのは本当に大変なことだった。

実を言うと、結婚というのは真っ赤なウソだったのである。それは、こうでもしないとアイツが告白できないと思ったから。

結婚1週間前に言うとかどういう神経しているんだと思うけれど、本当にアイツときたらヘタレにもほどがあるでしょ。


アイツというのも同僚の明日香のことである。こいつにはこれほど手を焼かされるとは思ってもみなかった。明日香が私を好きだと分かったのは2年ほど前からである。私は彼氏がいたから明日香の気持ちはわかっていたけれど私には答えられないと思っていた。


でも、明日香の人柄とかヘタレだけど、ケジメだけはきちんとつけることだとかいうところが好きになった理由だ。尊敬できることも多い。そして話しやすくて気も合う。

ヘタレだけどケジメをつける性格だから結婚するとわかったら告白するのではないか?と思った。


そこで、今回仕掛けたこの作戦だったのだ。6か月ほど前に別れた彼氏との結婚式に呼ぶという作戦。用意は周到に行った。会社の人は呼ばずに地元の友達と親と親友だけ。つまり、明日香の周りでは知ってる人がいない状態を作り出す。上司にも冷やかされたくないからという理由で明日香には口止めしていた。そう、この準備には6か月もの月日をかけたのである。


ここまでした理由は、明日香から言って欲しかったということだった。それとヘタレのままだと付き合った時にちゃんと気持ちを伝えてくれないのではないかという不安もあった。ああ見えて明日香はモテるのだ。明日香はまさかと笑って冗談くらいにしか思っていないみたいだけど、こっちははらはらしてしまうくらい不安だ。明日香が好きだと言ってくれればこっちだって安心できるのではないかと思ったから、こんなことをすることにしたんだ。


そういった経緯で彼氏と別れてすぐに決行した作戦は見事に成功したと言える。しかし、肝心な明日香は勘違いしたまま初夜を迎えることになってしまったのである。


コンコンというノックの後に「はいどうぞ」と答えればやっぱりにやけた明日香が肩で息をして立っていた。


「すみませんでした」


と土下座した明日香を立ち上がらせる。そして私は今までの経緯を話しだしたのだ。たぶん明日香は怒ることだろう。そう思っていた。けれど反応は予想とは違ってへなへなと座り込む明日香に驚く。


「だってよかったって思って。結婚する彼氏から取っちゃうんだって罪悪感あって、あと、ご両親もがっかりされるだろうなとか色々考えちゃって」


他の人のことばかり心配している明日香に、本当にこの子はダメだと思わず抱きしめる。私は、明日香が本当に好きだ。この子なしではいられないくらいには依存している。明日香の優しいところ、ヘタレなとこ実は芯があって強いとこ全部愛しい。


「明日香、大好き」


精一杯伝えた言葉に明日香が答えてくれる。「うん。あたしも大好き」と。

私たちの恋はまだスタートしたばかり。明日香と二人で生きていく。


「ねぇ菜保子」

「うん?」

「あの時なんで言ってくれなかったの?飲み行こうって」


あの時とはいつのことだろう。しばらく考えた後にわかったのは明日香が告白してくれた次の日のことだろう。


「あれは・・・臨場感を出したくて?」

「じゃあ、怒ったのも演技?」

「いやぁそれは・・・」


怒ったことに関してはやっぱり待たせすぎだという意味だったのだけど、今更とかは言う必要はなかったのかな?とか思うとしまったと思うことでもあり、最近明日香にウソをつきすぎていたためか演技力が増した?


「菜保子・・・おしおき」


やっぱり怒るよねと思った時には私は朝と同じベッドに押し倒されていた。幸いにもまだホテルであって、準備万端なシチュエーションである。それから、私たちは、それはもう甘々な時を過ごした。こんなに幸せに感じたことは生きてきた中で感じた事が無い。それくらい幸せで時が止まってしまえばいいのにとさえ思う。本当にこの人と結ばれた時、それは最高の出来事でこれからも最高の時間を過ごせることがとても嬉しくて仕方がない。


「菜保子、大好き」


明日香が言ってくれる言葉に反応して私も明日香を感じて愛の言葉を伝えたらまた明日香が愛の言葉を返してくれる。ちゃんとヘタレは克服したみたい。


おわり

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