聖女と守護龍のお茶会 ①

 聖女が守護龍の手を取った直後、守護龍は詠唱することなく転移魔法を発動したので地下神殿から守護龍の私室へと瞬間転移したのだが──移動方法を伝えられていなかった聖女は転移先で驚きの表情で固まっていた。


「……ヒナコ?」


 繋いだ手から聖女の動揺を感じ取ったので、どうしたのかと思い聖女を仰ぎ見た守護龍は、彼女が目を白黒させていることにようやく気付いた。


「びっっっくりした……!」


 聖女が思わず漏らした小さな呟きに、守護龍は異世界から来た聖女への配慮が足りなかったと自覚する。守護龍の部屋でお茶をしながら話の続きをする、という名目ではあったものの、予告も無く魔法で転移させられれば誰しも驚くだろう。


「ごめんなさい。ヒナコには僕の部屋へ魔法で転移するって先に告げるべきだったね」


 守護龍が謝ると、聖女は目をパチパチと瞬かせた後、苦笑した。


「……次はそうしてくれると助かる」

「うん」

「あたしにとって魔法があるこの世界は未知そのものだから、建物の案内がてら徒歩で移動するものだと思っていたんだが──まさかちょくで移動するとは思わなくてね」


 魔法の無い世界に居たと言外に聖女は告げる。召喚魔法は勿論のこと、移動時間を短縮する為だったとはいえ転移魔法を用いた空間移動は相当驚いた様だ。


「地下からの移動だと人の足ではここまで来るのに時間かかるし、ヒナコのお腹が最優先だったから、徒歩で案内するのは頭になかったよ」


 地下神殿からこの部屋までの物理的な距離がそれなりにあることを守護龍は仄めかすも、傍らの聖女は無言で守護龍の私室を眺めていた。

 聖女の視線の先には、巨大なオペラハウスのような内装の守護龍の部屋が広がっている。

 先程まで居た地下神殿は石造りの構造だったが、守護龍の私室は守護龍が本来の姿に戻っても天井を壊す恐れが全くない高さの吹き抜けの建物だ。ヴァイオリンに塗られたニスが年月を経たような飴色の壁が、点々と散らばる暖色の柔らかな照明で照らされていて美しい。

 その飴色の壁と融合しながら高い天井を支えるかのように、千年以上の樹齢がありそうな幹が太く巨大な樹が等間隔で何本も柱のように天井まで伸びていた。少し離れた処から鳥が囀る声も聞こえてくるので、樹木の柱のどこかには鳥の巣もあるのだろう。

 深い森の奥にある隠れ家のような、樹木と緑の香りのする落ち着く空間だった。


「ヒナコ?」


 急に黙り込んでしまった聖女。思わず心配になってしまい、守護龍は呼びかける。


「ここが魔法のある世界なのだと実感しているところだよ」

「ヒナコが生まれ育った世界は魔法が存在しない所だった?」


 守護龍が確認するように問うと、聖女は肯定するように頷いた。


「魔法は無いが、魔法のようなものはあったよ。魔法が存在する世界を描いた架空の物語は数多くあったから、娯楽として楽しむ想像力は皆持っているという感じだね」


 その時、ぐう、とまた聖女のお腹が鳴った。


「ごめん、立ち話をしすぎたね。すぐ用意するから!」


 そう言うと守護龍は空いている方の手をすいと掲げ、指揮者のようにその手を振るう。 

 目の端に置かれていたアンティーク調のティーテーブルとイスのセットが魔法で引き寄せられ──隅に置かれていたアンティークのサイドボードの中に仕舞われていた白磁に黒いラインが入ったシンプルなティーカップが二客、ティーカップと揃いのティーポットとシュガーポットと茶溢し、ティースプーン二本、茶葉が入った缶がテーブルの上へ瞬時に移動した。

 不可視の手が茶葉の入った缶の蓋を開けてティーポットへ必要な分の茶葉を投入すると、何処からともなく出てきた白いやかんから沸騰したてのお湯を注ぐ。残ったお湯を、空のティーカップに注いでカップを温めるのも忘れない。

 白いやかんは役割を終えたせいか何処へと消えてしまったが、ティーポットの横に淡い水色の砂を閉じ込めた小ぶりな砂時計が音もなく現れると、蒸らし時間を測る為にくるりと反転して時を刻み始めた。


「すごいな。魔法みたいだ。──あぁ、魔法なのか」


 自動お茶製造機のようなそれを目にした聖女が思わず呟く声を尻目に、守護龍はニコニコしながら椅子を引いた。


「ヒナコ座って」


 勧められるままに聖女は椅子に腰掛ける。守護龍ももう片方の椅子に腰掛けると、「あ。お菓子も出さなきゃ」と呟きまた指先を振るう。

 木製のシンプルなケーキスタンドがテーブルに現れたかと思えば、ぽぽぽぽんと音を立てて数種類の焼き菓子がケーキスタンドを覆った。それに前後して、お菓子を載せる為の取り皿プレート数枚と、デザート用のカトラリーが収納されたシンプルな木製のカトラリーケースが音もなく現れ、ヒナコの前にティーマットが敷かれた。


「お口に合うといいんだけど……」


 茶葉の蒸らしが完了したのか、不可視の手がティーカップのお湯を茶溢しに捨て、ティーポットを持ち上げてカップにお茶を注ぐとティースプーンがセットされたソーサーに載せて聖女の前に置いた。


「頂くよ」


 そう言って聖女はソーサーを手前に引き寄せ、ティーカップのハンドルに手を添えて香り高いそれを口元へ運ぼうとするも、何かに驚いたかのようにビクッとしてそのまま固まった。


「……ヒナコ?」


 急に動きを止めた聖女を不思議そうに見る守護龍。聖女は固まった状態で目線だけを守護龍へ向けた。


「仕組みはよくわからないが、お茶を飲もうとしたらビービーと警告音が鳴りだした」

「え? 警告音?」


 守護龍には聴こえない警告音が聖女の耳には聴こえているらしく、酷くうるさそうな表情をしている。


「ああ。今も鳴っているし、あたしの国の言葉で警告を意味する文字が目の前にでかでかと出現している」


 聖女は口元へ寄せていたティーカップを少し遠ざけ、言を継いだ。


「あんたにはこれが聴こえていないようだね」


 心底うんざりした表情でそう言うと、聖女は宙に掲げたままのティーカップを見て何かに気付いたかのように目元へそれを引き寄せ──目の前にある何かを読むかのように目を走らせた。


「このお茶の葉の銘柄と産地の説明が文章になって目の前に出ているんだが、『これは毒なので飲むのは推奨しません』と書いてある。産地はアルティールで合ってるかい?」

「合ってる。でも、そんな……」


 お腹を空かせている聖女の晩餐が用意出来るまでの間、持て成そうとお茶とお菓子を用意したというのに、それに毒があると言われれてしまった守護龍は愕然とする。


「最後にただし書きで『《浄化》か《祝福》をすれば飲食可能』と出ている。《浄化》と《祝福》のやり方がわからんから何とも言えないが、他の物もそういう但し書きがあるね」

守護者ガーディアンの術式がちゃんと機能しているようで安心しました』


 突如響いた第三者の声に、聖女と守護龍は声の発生源へと視線を向ける。そこには、黒地にカーディナルレッドを差し色にしたアカデミックドレスに似たマントを纏う、銀髪の壮年男性が立っていた。


『私の名はヘルメス・ヘンリクス。今回あなたを召喚した魔法陣を創ったものだ。遙か遠き世界からお呼び立てしてしまい、申し訳ない』


 魔法陣の製作者だと説明したヘルメスは、聖女へ向けて恭しく頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女がババアでなぜ悪い 和泉 沙環(いずみ さわ) @akira_izumi_kayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ