「蒼鱗の竜と灰銀の天使」

 

 オリガとリリエルの時間から暫しの時が流れ

 場所は再び『アリア・クリスタリュウム工房』へと。

 

 工房主であるアリアは落ち着かない時間を過ごしていた

 先刻、はす向かいの知人から山で何か一大事が起きたと知らされたからだ。

 昼に作ったパーツを組み合わせる作業に集中していたアリアは気付かなかったが

 山の中腹付近で眩い光が輝き、その後に地鳴りが響いたとかなんとか。

 

 街人達は、女神の怒りあるいは災厄の予兆だと大騒ぎしているが

 アリアにだけは思い当たる事があった、昼に出会った二人の少女だ。

 子猫の様に人懐こい灰銀の少女、そして頭に角を抱いた物静かな蒼黒の少女。

 どちらもアリアと同じ学園で学んだ卒業生で、アリアにとっては後輩。

 

 アリアの事情を知った二人が件の山へと向かうと出て行ってから、かなりの時間が経っている。

 徒歩でも、魔法使いらしく『魔女の箒ウィッチブルーム』を使ったとしても、山へは確実に到着しているはず。

 このタイミングで起きた怪現象、二人が無関係であるとはとても思えない。

 そうで無くても、『あの山』は混沌が満ちて危険な状態。

 無理にでも止めるべきだったか?そんな事を考えるとアリアの心はざわつき

 何をしていても落ち着く事が出来ないでいた。

  

「やっぱり二人を探しに行こう」アリアは工具を置くと立ち上がった。

 学園時代に学んだ事を生かすのならば行動するべきだ。

 集中出来ず無駄な時間を過ごすよりも、心と足に身を任せ二人を探しに行こう。

 その方が前向きだし、二人が危機に陥ってるのなら先輩として手を貸すべき。

 アリアがそう決意した直後。音が聞こえた。

 

 トントン。工房の扉を高く音、それは来訪者を知らせる音。

 大きな決意をした直後の来訪者。膝裏を蹴飛ばされた様な気分になってしまう。

 しかしここは工房、仕事の依頼の可能性もあり無視する事は出来ない。

 なによりこんな遅い時間の来訪者なら、急ぎの依頼かもしれない。


 トントン。再び扉を叩く音が聞こえた、しかし今度は違う。

「アリアさん?もしかして寝てますかー?」覚えのある声が聞こえた。

 昼に聞いた二つの声の一方、子猫の様な愛らしい声。

 しかも元気そうだ。これはつまり彼女達が無事であると言う事。

 急ぎの依頼では無いが、アリアにとっては急ぐべき案件。

 

「はいはい、今開けるから」先程までの気持ちを切り替えにこやかに返事。

 山へ行って戻るには早すぎる時間だけど、そこは察しよう。

 二人が無事であるのなら、まずは由としなくては。

 それに、自分のために動いてくれたというのがアリアには嬉しかったから

 気持ちだけでも受け取らないと、一緒に夕餉を楽しむのも良いかもしれない。

 そんな事を思い工房の扉を開けば、そこには予想もしなかった驚きが待っていた。

 

「アリアさん見て!採って来たよ♪」

 自分は夢を見ているのだろうか?アリアは灰銀の少女が開いた袋の中身を見て

 二度瞬きをして、少女の顔を見てから三度瞬きをした。

『蒼』だ、アリアが愛してやまない『蒼』がある。

 正しくは『蒼』の材料となる『フェルメブル鉱石』なのだが

 彼女にとってはどちらも同じ事。

 しかも、それが両腕で抱える袋に満杯に入っている。

 

「私、夢を見ているのかしら?」アリアは自分の両の頬を手でパンッと叩いてみた。

 痛い。夢ではない、確かにそこにある。

「ふふん♪夢じゃないよ、これでまた素敵な作品を作る事ができるよね?」

 言って、灰銀の少女リリエルは満面の笑みを浮かべた。

 彼女の言う様にこれだけの量の蒼があれば、まだ作品作りを続ける事が出来る。

 それだけでは無い、これまでに作った事の無い大作に挑む事だって。

 

「ありがとう…いくらで買い取れば…?」素材を前にアリアの夢は膨らむが、蒼の原料となる『フェルメブル鉱石』はそれなりの価値がある。しかもこれだけの量。

 少女達を労う意味でも相応以上の額を支払いたい。

「お金?いいのいいの!次に来た時にまた素敵な作品を見せてくれるのなら、ね?」

 灰銀の少女は笑いながら言うと、アリアに鉱石の詰まった袋を押し付けてきた。

 

「それにさ…ちょっと大騒ぎになっちゃったみたい、だから……」

 ボク達は行くね?と灰銀の少女が言うと同時、蒼風が駆け抜けた。

 そして、羽搏く音に夜空を見上げれば。

「竜…蒼い竜……」そこには月を十字に切り裂き舞い上がる姿があった。

 雄々しくも優美なその姿。召喚された使い魔とは違う自由な翼。

 

「あははっ、あの子のあの角はそう言う事だったのね……」

 アリアは笑った。驚きを通り越しもう笑いしか出ない。

 蒼い竜、大量の蒼。

 

「ならば作るしかないじゃない!」

 

 彼女の中にもうイメージはある、自分史上で最高の作品を作ろう。

 そして二人が再びやって来た時に驚かせてやるんだ。

 アリアはもう一度大きく笑うと、作業場へと戻っていた。

 

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 ・

 

 夜雲の上を蒼鱗の竜が飛翔する、月と星でその身を輝かせ竜は飛翔する。

 飛翔する竜の背には灰銀の少女の姿。

 少女はクリスタリュウム細工のコップを片手で掲げ上げ寝転がっていた。

 

「もう大丈夫なのかな?」七色に煌めくコップ見詰め、少女はぼんやりと呟いた。

 空からでもわかる程の大騒ぎを見て逃げる様に街を出てしまったが

 自分達の行動の結果起きた事がこの後どうなるのか、やはり気になってしまう。

 

「あの山の事?」振り向かぬまま竜神…蒼黒の少女オリガが問い返した。

 気になるのは彼女も同じ、それに少し話したい気分でもあった。

 だから、自分の背でもぞりと動いたのを灰銀の少女の頷きと捉えると

「大丈夫だと思うよ?」竜神は答え、言葉を紡ぎ出す。

 

「私の推測なんだけどさ……」

 まず、あの山に混沌が溜まってしまったのは、地層の崩壊が原因ではないかと。

 長年に渡る採掘作業の中、効率化を図った大規模破壊魔法の使用。

 それが大地にダメージを与え、結果龍脈レイラインの破壊に繋がったのでは?と

 

 地下深くの出来事では、普通の魔法使いにはどうする事も出来ない。

 仮に大規模な龍脈レイライン修復するにも、大勢の魔法使いの協力の元に行う大規模儀式の必要がある。

 だからあの状況での街の判断は正当だし、やもえない事だった。

 

 しかし、温泉が出た事で山には新たな流れが生まれた。

 流れは新たな魔雫マナの循環を作り、やがて混沌を浄化して行くだろう。

 循環によって新たな龍脈レイラインが形成される可能性もある。

 

「…まぁ、この先どうなるかは街の人次第だけどね?」

 新しい循環も何かの切欠で途切れてしまう事だってありうる

 そうなれば山は再び混沌に満ちる。山を資源と見る街の人々がどうするか……

 ここから先は竜である自分にはどうしようもない話。

 街の未来を憂えた所でどうにもならない。

 竜神はそんな事を想い溜め息するのだが……

 

「そっかぁ…次に街に来た時にどうなっているか…楽しみだね?」

 話をちゃんと聞いていたのいないのか、リリエルはにこやかに言う。

 少なくとも彼女は街の未来は明ると思っている様だ。

 

 そうだ、一人くらいは信じる者がいてもいいのかもしれない

 今回の一件も、彼女の行動が生んだ流れの結果。

 ふと竜神は聞いてみた、今回の一件の切っ掛けについて。

 

「リリエルは…何が気に入ったの?」

 彼女がなぜここまでアリアの作品に拘ったのか気になってしまったから。

 決して嫉妬では無い。竜は執着が強いと言うが決してそういう事は無いが。が…

 竜神がぶつぶつと呟いていると、リリエルはこんな言葉を返してきた。

 

「だって、この蒼の色…オリガの鱗の色みたいで綺麗だから……」

 そう言って、灰銀の少女は蒼鱗の背中に指を這わせた。

 

 竜神は口から炎を吐いた。

 

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 さて、あの山の事だが

 後に温泉で有名となるのだが、それはまだ先の時間の話

 ちなみにこの山、街の者達は『イルミナティ山』と呼ぶそうな。

 

 それと、もし街へ行く事あったのなら

 レリーフについて尋ねる事をお勧めする

 クリスタリュウム芸術最高峰と呼ばれるレリーフ……

 その名は……

 

 

 

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灰銀少女と蒼黒少女のゆるゆる二人旅 月羽 @tukiha

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