「蒼の咆哮」

 

「ボクの得意魔法なのにぅぅぅ!」

 

 輝く天蓋の中に嘆きが響き、灰銀の少女リリエルはぺたりと座りこんでしまった。

 彼女にとって『雷光球ライトニング・スフィア』は、魔法学園在学中に何度も練習を重ね、威力と精度を磨き上げ続けた自慢の魔法。

 それが望んだ成果を出せなかったのだ、彼女がショックを受けるのは当然な事。

 

 そもそも『雷光球ライトニング・スフィア』の威力は極めて高い。

 直撃したのなら、硬い外殻や鱗を持った大型の魔物や魔獣にでも、多大なダメージを与える事が出来る。

 なのに、彼女の魔法は岩壁にお盆程度の穴を穿つだけに止まってしまった。

 

「うーん?」これは何かおかしいと。オリガはリリエルの隣に屈むと欠片の一つを拾い上げ、すぐに理由を察した。

「あ!わかったよ。岩が硬いだけでなく、魔力が拡散されたみたいだね?」

「そうなの?」と顔を上げると、リリエルも欠片の一つを拾い上げてみる。

 見ただけではわからないが、この世界にある鉱物の中には

 魔力との相性の悪い物も存在する。

 恐らくこの岩壁にも、それらの鉱物が含まれているのだろう。

 

 

 オリガは別の欠片のいくつかを拾い上げると。見比べた後、リリエルに声をかけた

「あったよ、多分これが『フェルメブル鉱石』だ」

 大きめの欠片の中に、貨幣程の大きさの藍色を見つけた。工房で見た蒼よりも深く暗い色だが、これを精製する事であの鮮やかな蒼の原料となるらしい。

 

「…むぅ…あるにはあったけれど。かなり崩さないと駄目だよね……」

 リリエルはそう言うと岩壁を見上げ、長く虚しさ混じる溜息をした。

 今の結果を考えるのなら、必要な量の鉱石を集めるためには

 魔法を連続してぶつける必要がある。

 

 本来なら、専用の工具を持った職人が強化された腕力で岩盤を切り出すのだろう

 しかし、周囲を見渡しても工具の類は見つからない。

 そもそもこの世界の魔法法則において、女性の魔法使いは肉体強化等の自身の内側に作用する魔法は使えない。男性はその逆。

 固有魔法で類する魔法を使える者もいるが、生憎とリリエルは持っていない。

 

 それとは別に、もう一つ手段はあるが。それは当人の了承を得なくてならない。

 となると、やはり強引な手段で行くしかない?彼女がそんな事を考えていると。

 その当人からの声がやってきた。

 

「まって、私がやるよ……」こうなるよねと。オリガは背負い袋を降ろすと、身に付けていた衣服を脱ぎ始めた。

「え…いいの…?」驚き顔を上げるリリエルの視線の先には、既に下着姿となったオリガの姿。もはやそれがオリガの答えなのでしょう。

 

「まあ、奥の手はこう言う時に使ってこそだからね?」

 こうまで言ってくれるのだから、ここは彼女に頼るしか無い。

 さらにニコッと笑みまで見せれば

「(もう!こんな顔見せるんだからずるいよ!)」リリエルは陥落です。

 お互いがお互い、相手を素敵と思える関係。それがこの二人。

 

 さて、そうこうするうちにオリガは下着も全て脱ぎ終えて

 両腕で胸を隠しながら、リリエルの方へと振り向いた。

 障壁の光を浴びる裸身は仄かに燐光を纏っている様にも見えて。

 神秘的な姿は光の精霊の様にも見える。

 だからこんな言葉が出てしまうのも仕方の無い事。

「綺麗過ぎて溜息でちゃうよ」

 リリエルの口からほぉっと溜め息がこぼれた。

 

「あ、ありがとう……」どもりながら短く言うオリガだが。彼女的にリリエルの言葉を受ける事はこの上も無く嬉しい。しかし褒められすぎると、晒した肌はきっと朱に染まってしまう。それは恥ずかしすぎる。

 だから彼女は羞恥を胸の奥に抑え込み、毅然とした表情を被り直すとリリエルをじっと見つめ。そして身を寄せた。

「あ……」そんなオリガに、リリエルは顔を朱に染めてしまう。普段は呑気なオリガが不意にこんな表情見せたのなら、もう流れに乗り身を任せるしかない。

 

 朱に染まるリリエルの表情を見れば、オリガは彼女が落ち着くのを待って

「じゃあ、お願いするね?」柔らかく優しく抱き寄せた。

 特別な抱擁。灰銀の少女はこくりと小さく頷くと足の踵を僅かに上げる。

 身長差のある二人にとって『この行為』をするには必要な動作。

 それでもオリガの視線よりも低い位置にリリエルの双眸があり鼻があり。

 さらにその下に果実色の小さな唇がある。

 リリエルからはその逆。

 彼女の視線とほぼ同じ位置に唇がありその上に鼻があり双眸がある。

 確かめ合ううち視線が重なり、お互いに見詰め合うだけの時間が続き

 先に口を開いたのはリリエル。

「行くよ…えっと…封じられし貴女を今、解き放たんオープンユアハート

 詠唱の囁きを合図に二人の唇が重なった。

 

 重なった唇と唇の間を熱と魔力が行き来する

 オリガからは熱が、リリエルからは魔力が

 熱と魔力は二人の中で混ざりあい、鼓動は加速し

 昂ぶりはやがて頂点を迎え、真なる姿へと至る

 

 蒼白い炎が燃えている。燃えているのはオリガの四肢。

 炎は広がる、四肢から体へとそして蒼黒の髪を炎で染め上げ。

 彼女の身は完全に蒼白い炎に包まれてしまう。

 これはどう見ても惨劇。突然に人が燃えてしまうなんて恐ろしい出来事。

 しかし、リリエルはその光景を驚くどころか見惚れている

 燃えている当人は叫び声どころか呻き声すらも発しない。

 

 動きがあった。オリガを包む炎がどんどん膨れ上がり始めた。

 リリエルが身を離すとそれは火災旋風の如く、蒼く渦巻く炎をとなった。

「おおおおおっ!」炎の中から咆哮が響く、地面を揺らすほどの咆哮。

 炎の奥から蒼鱗の巨腕が突き出し、横薙ぎに炎を払う。

 蒼の炎が吹き飛べば、そこに現れるのは蒼鱗を纏った巨躯。

 

 巨躯の面に蒼黒の少女の面影は無く、頭部から延びる枝分かれした角のみが

 それが蒼黒の少女オリガである事告げていた。

 背には大きく広がる蒼鱗の翼、腰から丸太の如く太い尻尾がしなやかに揺れる

 もし、それに似た姿を少しでも知る者がここにいたのならば

 彼あるいは彼女はこう叫んだ事だろう

偉大なる竜神グロウリアスドラゴン』と。

 蒼き竜神がここに降臨した。

 

 そんな竜神に恐れなくも接する者がここに一人いたりする訳で。

「はぁ……」リリエルは艶のある吐息すると「やっぱりオリガの鱗は綺麗だなぁ……」と、蒼き竜神の逞しくもしなやかな脚に頬を摺り寄せた。

 

「…まったく」頭に直接響く声。見上げれば竜の双眸が見下ろしていた。

「リリエルくらいだよ…この姿の私にそんな風に接する子なんて……」

 蒼き竜神は爪の指で自分の頬をカリカリ掻くと、照れた表情を浮かべた。

 …竜の顔には表情の変化が少ないのだが。

 

「だって」そんな竜神に灰銀の少女は。

「…鱗、綺麗だし、オリガが望むのなら……」

 望むのなら?オリガ的には共にある事以上にリリエルに望む事は無いのだが…

 灰銀の少女はにっこり微笑み、こんな事を言うのだからたまらない。

「その姿で抱かれてもいいよ…?」

「ぶほっ!?」咽た蒼鱗の竜神は竜の吐息ドラゴンブレスをしました。

 

 

「…こほん、時間も無いし…そろそろ崩すよ?」

 竜神の姿となったオリガは咳払い一つすると、事を進める事にした。

 この流れのままでは、リリエルのペースに乗せられっぱなしになってしまうし

 なにより遊んでばかりもいられない、それはリリエルも理解している。

「うん、わかった」リリエルはにこにこしながら頷くと竜神の背後へ

 竜の姿となったオリガの背は、この世界で最も安全な場所の一つ。

 

 竜神はリリエルの安全を確保すると大きく頷き

「この辺で良いかな?」爪の指で岩壁を突くと、大きく息を吸った。

竜の吐息ドラゴンブレスするのかな?かな?」

 リリエルは瞳をキラキラと輝かせるが、竜は首を左右に振る事でそれを否定。

 代わりに竜神は、右の拳を大きく後ろへと引く事を答えとした。

 この後に起きる出来事を理解しリリエルは慌てて耳を抑え身を屈めた。

 それを合図に竜神の筋肉が躍動し、次の瞬間……

 

 グンッと言う衝撃音が風を裂き、竜神の拳が岩壁を打った。

 地鳴りと共に台地が揺れ。「わ?」屈んでいたリリエルは地上から跳ね上がる。

 上がれば落ちる、落ちれば痛い。バランスを崩した状態で落ちればなおの事。

 しかし、リリエルが痛い思いをする事はありませんでした。

「リリエル…大丈夫?」大きな蒼鱗の手が彼女を受け止めたからです。 

「ありがとう♪ボクは大丈夫だよ」手の中でにっこり微笑む灰銀の少女。

 

「うん、とりあえずこれだけ砕けばいい?」

 竜神はリリエルを降ろすと、砕いた破片を爪の先で摘み上げた。

 やはり竜の力は巨大にして偉大。

 その一撃は岩壁にリリエルが立ったままで入れる程の穴を穿っていた。

「十分!十分!後はもう少し小さく砕いてくれたら完璧かな?」

 竜の爪では摘み上げるほど大きさの破片でも

 リリエルにとっては両手で包み抱えるほどの大きさなのでした。

 

 

「えいさ」「ほいさ」小気味の良い掛け声が聞こえる。

 竜神の指が破片を細かく砕き

 リリエルが蒼の原石を探しズタ袋へと放り込む

 そんな地道な繰り返し作業が暫しの時間続く。

 選別作業中、何かの原石と思われる鉱物も見つかり。

 それは今後の旅費として確保する事にしました。

 

 

「大量大量!これでアリアさんも喜ぶよ♪」

 大きく膨らんだズタ袋を叩き、灰銀の少女は満面の笑みを浮かべた。

 白い指先は砂と土に塗れ痛くもあるが、この達成感の前には勲章の様な物

 なにより工房の主がこれを見てどれほどの喜びを得るのか。

 それを想像すれば顔は自然と笑みになってしまう。

 

 しかし、竜神の方は何やら浮かない表情で何事かを考え込んでいる。

 竜の表情に変化は少ないのだけど。 

 どうしたの?と、リリエルが首を傾げ問い尋ねると。

「この山は流れが変だ」竜神は同じ様に首を傾げながら返事し

 爪で地面を突き始めた。

「それって…龍脈レイラインって奴かな?」

 

龍脈レイライン』とは大地を走る魔雫マナの流れ。人にとっての血管の様な存在。

 魔雫マナが健やかに大地を巡り流れれば、その土地には命と自然が育まれ豊かな物へと成長して行く。

 逆に流れが滞れば大地は枯渇、あるいは混沌の停滞した澱んだ地となってしまう。

 

 

「わからない、わからないけど…確かめてみる」

 リリエルが何を?と聞くよりも先に。竜神はリリエルとズタ袋を竜の腕で掬い上げ、その背中に乗せる。

 そして竜爪の右手を拳に固めると、気合と共に振り上げ。

「はぁ!」掛け声と共に杭打槌の如く振り下ろした!

 竜の一撃が、山を揺らしその衝撃は周囲の空気をビリビリと震わせ。

 周囲の木々からは、混沌を逃れ眠っていたであろう蝙蝠や鳥が一斉に逃げ出す。 

 

「…ちょっと、やりすぎたかな?」

 言って、竜の首が背の少女に困った顔を向けた。表情は分かり辛いのだけど

「はは、ボクもびっくりしたよ…う、うん?」

 笑い合う二人の耳にどこからか音が聞こえてきた。

 ごうごうと言う激しくも荒々しい音。

 音の出所を求め、二人は耳をあちこちに向け。やがて気付いた。

「これは…地面から?リリエルしがみついて!」

「あ、うん?」竜神はリリエルが抱き着くのを確認しすると

 蒼鱗の翼を大きく羽ばたき、障壁を突き抜け一気に夜空へと。

 

 直後。二人が居た場所、竜神が殴りつけた場所から何かが噴き出した。

 高く高く、そしてもくもくと白い湯気を伴うそれは……

 

 

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