「蒼の飛翔」

 

 月と星の輝きを受け蒼い蒼麟の翼が空を舞う

 夜風と共に蒼い翼は飛翔する。

 夜空より見降ろす大地に人の姿は無く。

 翼の姿を知るのは、星と風と大地を駆ける獣達だけ。

 いや、もう一つある、それは翼の主の腕の中。

 

 

「ねぇ?」翼の主がぼやきの混じる声で呟いた。

「なんで、私はリリエルを抱っこして飛んでいるのかな?」

 呟く彼女の腕の中には灰銀の少女リリエルの姿。所謂、お姫様だっこの体勢で抱き支えられている。

 

「え?だってボク、オリガより飛ぶの遅いし……」

 リリエルは言って小さく首を傾げると、お願いの表情を浮かべる。

 こんな愛らしい表情をされては、オリガも強くは言えない。

 さらにリリエルは止めとばかりに

「これだと、ボクの顔が見やすいでしょ?」

 言って、リリエルは頬を擦り寄せてきました。ここまでされてはもうオリガに勝ち目はありません。

 彼女に出来る事は、リリエルの体重と柔らかさを感じながら、飛ぶ事になった経緯を思い返す事だけなのでした。

 二人が夜の空を飛ぶ事になった理由、それは数刻前に遡る……

 ・

 ・

 ・

「ダメだよ!こんな素敵な物をタダでもらうなんて!」

 工房の奥から少女のどなり声が響いた。

 怒鳴ったのはリリエル。手の中には七色のコップ、彼女が心惹かれ工房の外からずっと眺めていた物。

 欲しかった煌めきが自分の手の中にある。でも、リリエルは素直に喜ぶ事が出来なかった。

 だって、アリアが諦めてしまった理由と訳を知ってしまったから。 

 

 しかしアリアは言う、「いいの」口元だけを笑顔にして。

「素晴らしいと思ってくれた子の記憶に残るのなら。もう、悔いは無いわ……」

 さらに彼女は言った。これまで自分の作品が多くの好事家の貴族の手へと渡った。

 しかし、こ大きな喜びからくる熱をずっと忘れていたと。

 初めて自分の作品が売れた時の喜びと熱を思い出させてくれたと。

 

「…だから、最高の機会をくれてありが……」

「まって!」リリエルの叫びがアリアの言葉を阻んだ。

 そして、凛とした声で宣言する様に言う。

「ボク『達』がとってくるよ、その『フェルメブル鉱石』」

 リリエルはアリアが諦める事になってしまった理由と訳を

 自分達がなんとかしてみせると言うのです。

 

 一方で、面食らった顔になってしまった者がここに一人。

「え?」オリガは口を大きく空けたままリリエルを見ると「『達』?」と自分の顔を指差しました。当然の様に頷くリリエルさん。

「大丈夫!大丈夫!」リリエルは自分の胸をぽふんっと叩くと。

「オリガ行こう!」と蒼黒の少女の手を引っ張り店の外へと飛び出して行きました。

 

「待って!?」とアリアは呼び止めようとするも、二人は飛び出した後。

「本当に大丈夫かしら、あそこには……」呟く声は届かず。

 仕方無いと彼女が作業に戻ろうとした、その直後。

 工房の扉が静かに開き、項垂れた子猫の様な顔が小さく覗かせました。

 どうしたの?とアリアが首を傾げ問い尋ねると。

 

「…あの、それでさ…鉱石ってどこで取れるの…かな、かな?」

 これまた濡れた子猫の様に言うのでした。

 ・

 ・

 ・

「まぁ、いつものことだけどねぇ」回想を終えるとオリガは小さく溜息をした。

 その顔を見てリリエルは不思議そうに首を傾げたが。

 彼女は「なんでもないさ、さて…そろそろ目的地付近かな?」と、話題を逸らすのでした。

 

 そんな風に飛び続けるうち、二人は目的地となる『山』の麓に来ていました。

 夜の中で見上げるも、影でのみ形を見せる『山』。

 どんなに目を凝らして、表面の姿を窺い知る事は出来ません。

 例え、そこに『危険な存在』が待ち潜んでいたとしてもです。

 

「んー、じゃあ灯を落してみるね?」

 言ってリリエルが指を弾くと、宙に拳程の光球が生まれた。

 この世界の女性ならば誰もが使える灯の魔法『指弾きの灯クリック・ライト』です。

「行っておいで」光球はリリエルの指の動きに従い

 明るさを増しながら緩やかに静かに落下していきます。

 最初は山を飾る木々達が照らされ、さらに深くへ落ちれば山の真の姿が明らかに。

 

 木と木の間に何かが蠢いている。黒とも赤とも見える『何か』

 液体の様にどろどろと、気体の様に漂う『何か』

「混沌がこんなに……」呟いたのはオリガ、その表情は厳しく険しい。

 それは当然の事、『何か』の正体は『混沌』。この世界の誰もが忌むべき存在。

 

 

『混沌』それは澱んだ魔力。そして世界の魔力循環の滞りを示す澱み。 

 人や生き物が長く触れ続ければ体調を崩し、心身に変調さえ起こす事さえある。

 混沌がさらに濃くなれば、大地は穢れ周辺の生態系に狂いが生ずる。

 これこそが、アリアの欲する『フェルメブル鉱石』の採掘が出来なくなった理由。

 

 

『フェルメブル鉱石』だけでは無い。この山で採掘できる多彩な鉱石類は町にとっても大きな収入源。

 だから、町は専門の魔法使いを雇い、何度も混沌を祓い何度も山を清めた。しかし、時間が経てば混沌は湧き出てしまう。

 当然、魔法使いを雇う費用もただでは無い。それに今の町には街道の中継地点としての収入もある。採掘を担っていた者達も、宿屋や商店の働き手として新たな仕事を得る事も出来た。

 結果、町は山を放棄する事を決めたのだった……

 

 

「酷いね」。愛らしい顔を嫌悪に歪めリリエルは呟く「上にある採石場はもっと酷い事になっていそうだね」と。

 学園で魔法を学ぶと同時に『混沌』についても学んだ彼女達にはわかる、この場所が如何に危険であるかを。

 

「オリガ、原因はわかりそう?」この山がこうなってしまった事には、必ず理由があるはず。この山が澱み混沌が溢れる原因となった事が。

「うーん」問いに対しオリガは唸った後。「ここではなんとも言えないかな?」と、首を左右に振りました。

 

「そもそもさ、専門家に分からない事が私にわかると思う?」。無理無理と首を左右に振るう彼女ですが、確かに言う通りだ。

 混沌を祓う魔法使い達がやって来たのならば、真っ先に原因を調べるはずです。

「んー…オリガなら、こう……」。それでもと、リリエルはオリガにキラキラとした瞳を向けます。

 

「過信しすぎ。それよりも鉱石を取って早く戻ろう?」

 オリガの言葉を聞けば。「うん……」納得は行かないも、リリエルもこれ以上は言えない様です。

 一応オリガとしては、リリエルの期待に答えたい気持ちもある様です。

 でも、世の中にはどうにもならない事もある。

 しかし、どうにもならない事がある一方で、どうにか出来る事もある。

 そのために二人はここへ来たのだ。

 それを成すため、竜麟の翼は羽ばたきを強くしました。

 ・

 ・

 ・

「リリエル、ここが採石場?」

 翼の主は宙に滞空したまま、腕の中の少女に問い尋ねた。

「うん、アリアさんの説明の通りだよ」リリエルはこくりと頷くと、その地形にじっと目を凝らしました。

 月と星の僅かな灯でも、その特徴的な地形ははっきりとわかる。この場所こそが、目的地となる採石場。

 二人が辿りついたのは山の中腹付近に位置する岩壁。山の一部が階段状に落ち、その正面には木々の無い更地が広がっています。

 

 そこへ先程と同じ様に、リリエルは指弾きの灯クリック・ライトの光球を落してみると。

「うん、あ、やっぱりと言うか……」

 これまた先程と同じ様に、いや先程よりもさらに濃い『混沌』が蠢いていた。どろどろと漂う赤黒い汚泥状の中に、時折赤い斑点が浮かんでは消える。

 このまま地上へと降りれば、その中へ頭の天辺までずっぷり混沌に浸かってしまう事になる。

 

「で、どうするの?」嫌悪で眉を寄せたオリガが問い尋ねました。

「そだねー、吹き飛ばしてもいいけれど……」彼女達は魔法学園の卒業生、適切な攻撃魔法で形の無い混沌を吹き飛ばす事など、造作も無い事でしょう。しかし。

「多分、直ぐに集まって来るよね…だから……」

 これだけの量の混沌を吹き飛ばしても、それは一時的な物。なにより、彼女達の目的を考えるのならば、ある程度の時間混沌を寄せ付けない方法が必要となります。

 

「ここはボクの出番だよね?」

 言うが早いか、リリエルはオリガの腕から夜空へと飛び出した。

 そんな彼女にオリガは「ああ、もう…せっかちなんだから」と

 空になった腕を持て余し気味にしながら言った。

 

「大丈夫だって、ん……」

 笑みを一つ投げると、吐息と共にリリエルの背に銀の翼が大きく広がった。

 月と星の灯に煌めく銀の翼は、夜の中でも光を放っている様に見えて。

 彼女を知らぬ者が遠くから見たのなら

 神話を紡ぐ伝承絵画の一場面を思い浮かべるかもしれない。

 

「やっぱり綺麗だな……」

 舞飛んで来た銀の羽を指で摘まむと、オリガの口からは溜息混じりの言葉が零れ落ちた。

 普段は子兎の様に跳ねて、子猫の様にきまぐれで。そんな灰銀の少女が見せる一時の姿と別の顔。見惚れてしまったとして、誰が咎める事が出来るでしょうか?

 少なくともこの場にはいない、月と星だって見惚れているはずだから。

 

 

「この付近でいいかな……」ある程度地上に近付いた辺りでリリエルは呟いた

 いよいよ彼女の仕事です。気合いは十分、何よりここまでオリガに抱いて貰った分、頑張らないといけませんから。

 

「じゃあ行くよ…『開けよ聖なる領域クリエイト・サンクチュアリ

 呟きリリエルが両腕を交差し広げると、彼女の胸から光球が生まれました。

 先程の『指弾きの灯クリック・ライト』よりも強く、それでいて清らかな輝きを放つ光球。

「もっと大きく大きく……」彼女の言葉に呼応する様に、光球は彼女を包み込みながら膨らんでゆき。

 やがて、馬三頭よりも大きな巨角獣ベヘモスでも包めるほどの大きさとなりました。

 そしてそれは、地上に蠢く混沌を押し退ける様にしながら降下し。

 光の円蓋を作り上げました。

 

「これでいいかな?」リリエルは円蓋の中心で頷くと満足の笑みを浮かべました。

 周囲には未だ混沌が蠢いているが、円蓋を成す光に阻まれ近付く事は出来ません。正に彼女だけの聖域サンクチュアリ

 そこへ光を擦り抜け、降りて来る翼の姿が。

 

「リリエルおつかれさま」蒼黒の少女オリガです。彼女は蒼鱗の翼を広げたままリリエルの隣に降り立つと、灰銀の髪を撫でました。

「ふふん、もっとボクの事を褒めていいよ♪」撫でられリリエルは子猫の様に目を細めます。もし彼女に尻尾か猫耳があったのなら、盛大に振っていた事でしょう。

 

「うーん、そうしてあげたいのはやまやまだけど…ね…?」遊んでる時間は無いよね?とオリガは手を止め肩を竦めた。

 今二人がいるのは障壁の中、維持出来る時間は限られている。ならばサクサクと事を進めた方がいいはず。

 

「むぅ…残念、じゃあ始めよっか?」手が離れリリエルは少しだけ拗ねた表情を見せたけれど、やるべき事を放置するほど彼女は愚かではありません。なによりこれは彼女の発案。

 

 

 彼女達が見上げるのは夜の空からでもはっきり形の見えた、階段状の岩壁。

 それは障壁の輝きを受ける事で、さらに鮮明な姿を明らかにした。

 壁面に刻まれた幾何学的な段差は岩を切り出す事で作り上げられた物。

『蒼』の原料となる『フェルメブル鉱石』はこの岩壁を成す岩の中に、他の鉱石達と共に眠っている。

 つまり、この岩を砕き鉱石を取り出さなくてはいけない。

 

 

「袋いっぱいにするのなら、大きく崩した方がいいよね…どうする?」

 言ってオリガが取り出したのは、干した植物の繊維を編んで作ったずた袋。

 アリアから借り受けた物だが、満杯にすれば背に担ぐ程の量の鉱石を詰める事が出来る。

 しかし、満杯にするには、岩を多く削り鉱石を確保しなくてはいけない。

 

「とりあえず…攻撃魔法で崩してみようかな?」段差を見上げリリエルは言う。

 彼女達が使えるのは灯や障壁の様な穏やかな魔法だけではありません。

 魔法の学園で学び磨き上げた技、今こそ見せんと彼女は構えの姿勢を取った。

 

「せーの…雷光球ライトニング・クラスター!」

 振りかぶって手を突き出すと、リリエルの手から輝く光の球が放たれました。

 光属性の攻撃魔法『雷光球ライトニング・クラスター』です。凝縮した光の魔雫マナをぶつける事で、物体に破壊的な衝撃を与える魔法。

 

 輝き放つ光の球は岩壁に当たれば、爆音と共に周囲に眩いを光を撒き散らす。

 確かな手応え。爆音に混じり聞こえる、ガラガラと岩の崩れる音。

 しかし……

 

「んー…予想以上に硬いみたい…だね?」とオリガが唸りながら言った。

 光球が命中した岩壁には、お盆ほどの大きさの穴が穿たれのみ。

 魔法によって削り取れた岩から採取出来るであろう鉱石は

 彼女達が持ってきたずた袋を満杯にするに遠すぎた……

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る