灰銀少女と蒼黒少女のゆるゆる二人旅
月羽
「蒼の邂逅」
この世界には魔法がある、それは誰もが使える便利な力。
火を起こし、風を呼び、そして光をもたらす。
人々はそれらを使い
この世界を生き、この世界を行く
でも、それだけでは満足出来なかった少女達がいる
魔法の真理を学べば、もっともっと遠くに行けるから
これは、遠くを目指した二人の少女達の物語
………
……
…
とある街の大通り、多数の商店の並ぶ道を大勢の人々が行き交っている。
御影石で舗装された道は歩くに最適で、店に並ぶ品々を眺めながら行けば
飽きる事無く、延々と楽しみ歩き続ける事が出来るはず。
そんな素敵な大通りに
通り過ぎる人々が不思議そうな顔をする一点が。
人々の視線の先にあるのは、灰銀の髪の少女。…の背中。
少女は時折吹き抜ける風に髪を揺らしながら、じっと動かず屈みこんでいる。
体調が悪いのかと、親切な者が声を掛けようとするのだけど
背中越しに聞こえる唸り声を聞くと、そそくさと離れ歩き去ってしまう。
そんな状況が長く続けば、やがて声を掛ける者はいなくなり
少女は大通りの風景の一部となり始めていた
そこへ灰銀の少女を呼ぶ者が現れた
「リリエルまだ見ていたの?」
果実やパンがたっぷり詰まった大きな紙袋を抱えた蒼黒の髪の少女。
ほんのり眠そうな瞳に肩ほどで雑に整えた髪、左右のこめかみ付近には枝の様な多枝の角が二本
この世界において角や牙の有無は珍しくは無いが。その中でも彼女のそれは、目を引く特徴である事は間違いない。
呼び掛けから間を空け、灰銀の少女が反応した。
「…?、ボク呼ばれてた?…あ、オリガがいる」ぼんやりとした声と共に振り返れば、少女の愛らしい顔が明らかとなった。
凛とした顔立ちは中性的で、ボクと言う一人称と共に少年の様に見えてしまうが
胸の膨らみと子猫の様な声を聞けば、やはり少女なのだと思い直すはず。
呼ばれてなお屈んだままで呑気な反応を返すリリエル。「はぁ」蒼黒の少女は溜息一つすると言った。
「いる?じゃないよ、まだ見ていたの?」
オリガと呼ばれた蒼黒の少女の反応から察すると。紙袋が一杯になるまでの時間、灰銀の少女はここに張り付いていたのでしょう。
「だってだって、見ていて飽きないんだもの」
リリエルは抗議と共に頬を膨らませた。しかしそれは、少女の愛らしさを引き立てるばかりで迫力等欠片も無い。
ならばとオリガ言います「せめて中に入ったら?」と。
ここは大通り、人の目を引き続けるよりはよほど良い提案です。
しかしリリエルはもう一個「だって」と言うと、立ち上がり店内を指差した。
「ボクの財布じゃ無理かな…って」
二人でガラス向こうを覗き見れば。並ぶ品々はどれも彩り鮮やかで、見る者の目を楽しませてくれるけれど。
初めて見たとしてもその価値の高さを理解する事が出来るでしょう。
それは同時に。二人の財布を合わせても、一つを買えるかどうか怪しい事も教えてくれる。
ガラス向こうの店内に並ぶのは七色に輝く器や調度品達。
七色の輝きは塗りで表現された物ではありません。
良く見れば、屋外から差し込んだ光は器を通り抜けて、陳列台に色を落している。
品々はどれも水晶とも硝子とも見える色付き透明の部品達を、緻密な立体のモザイクとして組み上げた物なのです。
「いいよね…特にあの色……」その一つに見惚れたのか、リリエルがうっとり呟こうとした丁度その時。
「はぁ」
二人の耳にオリガとは別の溜息が聞こえた。二人とは別の初めて聞く声。
『誰?』と、二人が顔を上げれば、そこには厚手の作業衣に眼鏡をかけた女性の姿。
女性は眼鏡の瞳で二人をじっと見ながら言います。
「工房内で見てもいいよ?私まで恥ずかしくなるから」
言うと、彼女は通りすがる人々の視線に苦笑を浮かべるのでした。
・
・
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「ようこそ!」挨拶の言葉と共に眼鏡の女性は両手を広げると言います。
「アリア・クリスタリュウム工房へ!」
そして、ご覧よ!と、女性が踊る様に手を巡らせれば工房内の灯が次々と点灯し、展示された品々が七色に輝き始めた。
「すごい…虹の生まれる場所だ」リリエルは夢見る様な瞳で呟くと、見るだけであった器の一つを手に取ってみた。
外からでは一方しか見る事の出来なかった器のモザイク絵。
それを反対側から、さらに上や下から見れば、別の表情も見せてくれる。その事に気付けば、灰銀の少女の瞳はさらに輝き増して行きます。
一方で、喜ぶリリエルとは対照的なのがオリガ。
「落して壊さないでよ?」と、リリエルの危なっかしい様子に落ち着かない。
なのに、リリエルから返ってくるのは「あ、うん」とか「そうだねー」とか、こんな生返事ばかり。
夢中になっている今の彼女には、何を言っても無駄なのかもしれない。
「はぁ」本日何度目かの溜息するオリガの耳に、リリエルとは別の声が聞こえた。
「そう簡単には壊れないわよ?」工房の主である女性の声です。
オリガが頭を下げながら声の方へ振り向くと。
女性は大きな笑顔と共に言った。
「素晴らしいと思ってくれるのなら、私はそれで満足だからさ?」
彼女はリリエルの反応を心底楽しんでいる様です。
「それにさ」女性はさらに言葉を続ける。
「クリスタリュウムは、竜が踏んでも壊れないくらい丈夫なの!」
彼女の言葉が真実か冗談なのかは不明としても、丈夫である事は確かな様だ。
女性の言葉で安心したのかわりきったのか開き直ったのか、オリガは自分も楽しむべきと「ここは貴女の工房なのですか?」女性に質問をぶつけてみました。
すると女性は頷き両手を広げ言います。「そう!ここは私の工房」
「だから私の名をとってアリア・クリスタリュウム工房!」
・
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・
「これがクリスタリュウムの原板」
アリアと名乗った女性が取り出したのは、まな板二枚分程の大きさの透明の板。
二人に笑みを向けると、アリアは工具置きから鋼銀に輝く小刀を手に取った。
「それで、これは専用の切り出し刀」
彼女が言うに純度の高い
ここは工房奥の作業場。リリエルとオリガはアリアの作業風景を見学中。
よくよく話を聞けば、アリアは二人と同じ学園で学び卒業した先輩だった。
驚く二人に彼女は、後輩にいい所を見せるのは先輩の役目!と。
そんな流れがあって今に至る訳なのです。
さて続きです。アリアは原版の下に敷かれた原画を元に、小刀でパーツを切り出す作業の最中。
原画にインクペンの線で描かれているのは空を舞う小鳥の姿。それを嘴、目、羽…と、分割したパーツとして、巧みな小刀捌きで切り出している。
小指の爪よりも小さなパーツまであり。作業風景をじっと見ていたリリエルは、目を擦ると「ボク、見ているだけで眩暈がしそうだよ」と小さく呟いた。
普段はリリエルにツッコミや小言するオリガも今回ばかりは同意なのか。
横で頷きながら「うん、本当、細かすぎて私までくらくらしてきた」と。
そんな二人をよそに、アリアは集中を途切らす事なく作業を進めます。
リリエルとオリガも邪魔をしてはいけないと無言に。
声の消えた作業場に、刃の走る音と呼吸音の聞こえ続ける。
シュッ、シュッ、縦に横に刃が走り続け。
コンッと音でパーツが分割される。
シュッ、シュッ、コン、シュッ、シュッ、コン……
小気味の良い音は二人を眠りへと誘っていく。
しかし、二人が眠りに入りかける直前、不意に音が止まりました。
「よし」。得心の声で眠気から戻った二人がアリアの手元を覗き込めば。
「硝子の鳥だ!」リリエルが驚喜の声を上げました。
透明な小鳥が舞っている。アリアの手元には、今にも飛び立ちそうな活き活きとした小鳥の姿があった。
一枚の原板から小刀一本で切り出された透明な小鳥。しかし、素晴らしい物なのに何か物足りない気もしてしまう。
「あ、そっか」最初に気付いたのはオリガ。「色が無いんだ」
そう、店内に並ぶ品々はどれも七色の光と輝きを放っていた。
「ふふっ、ここからが本番だよ?」
二人の反応を見て、アリアが悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。
彼女は作業台の引き出しから小瓶を取り出すと蓋を空け、その中身を小鳥に振りかけ始めた。ぱらぱらと小鳥へと降り注ぐ粉末、その色は……
「蒼だ…でも?」リリエルが呟く様に粉の色は『蒼』。
しかし、粉はキラキラと光沢を放つけれど、透明感は全く無く。
極々普通の顔料、あるいは染め粉の様に見える。
それに、粉を溶いて塗っても、あの七色の透明を出せる気がしない。
首を傾げる二人に、アリアはにっと子供の様な笑みを見せた。
どうやら、ここから何か素敵な出来事が始まる様です。
アリアは指をぴっと立てるとその指を小鳥の翼に触れ。撫でる様にしながら、蒼い粉を擦り込み始めた。
スリスリ、スリスリと……。細かなパーツを潰さない様に丁寧に丁寧に……
すると仄かな燐光が灯り、驚くべき変化が起こった。
「蒼になった…?」リリエルが再び驚きの声を上げました。
リリエルとオリガが注目する前で、透明だったパーツが蒼に染まっていく。
水の中に蒼のインクを垂らした様に、透明の中に蒼が染み込み広がっている。
「これは……」オリガが何かに気付いた様だ。
「もしかして…『
オリガの問いにアリアは親指を立てると。
「正解!流石は私の後輩ね」言ってにこりと微笑んでみせた。
『
「こうやって色を付けていたんだね」
リリエルはほぉっと溜息すると、完成品の並ぶ棚を見詰めました。
ただ美しいだけでなく、そこには作業した物の心が入っている。それを知る事が出来たのは、リリエルとオリガにとって最高の経験となった。
しかし、その喜びは長くは続かなかった。
「ふふっ、最後のお客さんが貴女達みたいな子で良かった」
こんなアリアの声が聞こえたからだ。
彼女は二人に言った後、蒼に染まった小鳥の翼を光に翳し目を細めた。
その瞳には愛おしさと同時に、寂しさも混じっている様にも見えて。
「…最後の?」「それってどう言う事ですか?」
リリエルとオリガが同時に驚きの言葉を口にしました。
二人が驚くのも当然の事。アリアの素晴らしい技術とそこから生み出される作品を見た直後、『最後』なんて言葉が出てしまう事を信じられないからだ。
なにより、アリアの声に混じる物にただならぬ物を感じたから……
「私も続けたいんだけど、ね?」
アリアは言うと、立ち上がり棚から木箱を取り出しました。
ありふれた物入れ用の木箱。刻まれた傷と艶で長い事使われた事を教える。
木箱を見詰める彼女の瞳に愛おしさの様な物が見えて。
木箱が彼女にとって大切な物であるとわかる。
「もう無いのよ」
アリアは木箱を二人の前に置くと、その中身を二人の前に晒しました。
「無いのよ、蒼が」
嘆き投げる様に言葉を吐き、彼女が見せた木箱の中には
小さな小さな石の欠片が一つ、転がるのみなのでした。
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