第4話親父

今日は土曜日。『コンコン』病室に入って来たのは加藤さんと橘だった。2人は俺が眠っている間に仲良くなったらしい。

「おはよう、楓君。はい、お母さんお手製のクッキー。おいしいよ。」

「おはよう、調子はどう?楓君。はい、頼まれてた楓君の病室に来た人のリスト。」

2人から物を受けとり、まずリストを見た。・・・やっぱりない、か。

「ありがとうございます。」

「また探してるの?お父さんの名前。」

僕は微笑んだだけで何も言わなかった。本当に来るとは1mmたりとも思っていない。でも、来てほしいと思っている自分が少し顔を出している。橘が僕の家族について知る必要はないので、気を取り直して、橘のお母さん特製のクッキーを食べた。うまい。素直にうまいと思う。

「上の上の中。」

「も~、ほんっとに無神経だよね、楓君って。」

「君に言われる筋合いはないんだけど。君のお母さんが作った時点では上の上の上でも君が渡すということで上の上の中に格下げされるってわけ。わかった?」

「ほらー!!真由さんどう思います?」

加藤さんはにっこりとほほ笑んだまま「そうね」とだけ言った・・・。

「楓君!!お父さんから電話よ。今から病院に行くから病室の番号を教えろって。一応保留にしてあるけど、どうする?」

まじかよ。母さんがいなくなってから僕に10歳までの生活費だけ置いて行った(そのあとすぐに理解あってお金を払うのを免除してくれるこの病院に入院したのでお金はあまり使ってないが)親父が今からここに来るってか。・・・でも、初めてきちんと真面目に話せるチャンスかもしれない。

「はい。大丈夫です。」

「そう。話すときにトラブルがあるかもしれないから私がいると思うけどそれでも大丈夫?」

「はい。」

この時、まさかあんなことになるとは思いもいなかったな。

親父って・・・何してた人だっけ。どんな顔だっけ。どんな声だっけ。今何してるんだろ。なんで今連絡してきたんだろ。今更僕らに何がある?関係を戻そうとしてるのか?

親父が来るまでの間僕は色々考えた。いろいろ考えても答えは出なかった。

「訳わっかんない・・・。」

『コンコン』

「はい」

わからないものはわからない、仕方ない。考えを諦めたとき、加藤さんが病室に入ってきた。

「楓君、準備はいい?」

ついに来たのか。つい数秒前に考えを放棄したばかりだを言うのにいざとなると色んな感情が混ざり合う。

「はい、大丈夫です。」

大丈夫だと言いながらも自分では何が大丈夫なのかわからなかった。もしかしたら大丈夫だと自分の心に言い聞かせたかったのかも知れない。

加藤さんは一度心配そうにほほえみ、一度外に出た。少ししてからまたノックされた。

「はい、どうぞ」

「入るぞ。」

硬くて低い声だった。その言葉には感情なんてないように感じた。でもこのときの僕はまだ期待をしていたんだろうな。いや、きっと期待なんてきれいなもんじゃなかった。ただ、願っていたんだ。「会いたかった。」と泣いてくれること、「愛している」と笑いかけてくれることを。でも親父の言葉はそんなんじゃなかった。

「親父、久しぶr・・・」

「何故、まだ生きてる?」

一瞬、完全に思考が止まった。時が止まっているのか?心臓が止まっているのか?今、なんて言われた?とにかくパニックだった。

「えっと・・・」

でも、人間って不思議だな。どんな強いショックを受けても思考は再起動する。ショックの次に来たのは「納得」だった。だって、そうだろう?俺を置いて家を出ていった人間だ。当分の生活費を置いて行けるんだから金に困ったわけじゃないだろうし、施設に保護するように連絡を入れたわけではない。が僕を愛してるわけがなかった。そう気づいたら僕の思考は何倍もこの男に対して冷たくなった。

「それで、何の用ですか?」

「様子を見に来た」

何だ、そういうことか。

「お金に困ってるんですか?」

「いや、そうではないが、そろそろ死んだかと思ってな。保険金を受け取ろうと保険会社に行ったらまだ生きてますって言われたもんだから。」

こいつはとことんオープンだな。愛しているフリも出来ないのか。

「死にませんよ、僕は。」

「何を言っている」

僕が鼻で笑うと男は眉間にシワを寄せた。

「貴方、最初に聞きましたよね?何故生きているのかって。ほんの最近までの僕だったらきっと答えられなかったと思います。でも、今は違う。今は、会いたい人がいます。好きな人が・・・います。だから、僕はその人を幸せにするまで絶対に死にません」

何故生きているのかと聞かれたとき、一番に思い浮かんだのは橘だった。橘の笑顔が一番に思い浮かんだんだ。僕の言葉を聞いた男は少しつまらなそうな顔をした。

「時間などそのうち消える。お前の命なんてあっという間だ。精々頑張って泣かせないように死ぬんだな。」

男はそれだけを言い残して出ていった。


今日は、疲れた。ただ、疲れた。

橘とはいつ会えるんだろう。明日・・・来るかな。

この日僕は何故か気分が悪くなかった。むしろ、少し清々しい気持ちだった。


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よく晴れた朝だった 上高地 日時 @ni10

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