完全炭素系男子は最後まで絶望しない

ちびまるフォイ

エネルギー問題も大解決

最初は手に黒いシミができたのかと思った。

爪で何度こすっても黒いかけらが落ちるばかり。


ちょうど予防接種もあり病院に行くので

そのついでに医者に聞いてみることにした。


「あの先生、この黒いのってなんですかね」


「こっ、これは……!!」


医者は目を見開いて俺の腕を取る。


「炭素病……!!」


「炭素病?」


「人間の体がだんだんと石油と石炭になっていく病気です!

 こんなところにいたら伝染ってしまう! はやく帰ってください!!」


「まだお金を……」

「そんなものはいい!!」


追い出される形で病院を出たとき、道には炭素化した人間が立っていた。

最初は黒い銅像かなにかかと思ったが近づいてみて人間だと確信した。

こんなにも絶望した表情で衣服をまとった銅像なんて聞いたこともない。


「見てよ、あそこ。炭素人間だわ」

「邪魔だなぁ、早く撤去してほしいもんだ」


俺は慌てて自分の手をポケットにつっこみ、炭素化部分を隠した。

道路に突っ立っていた炭素人間は回収業者に運ばれていった。


それからしばらくすると、炭素病が広まっていった。


『国民のみなさん、炭素病は人生に絶望するほど感染しやすく

 また発病後の進行も早くなります。人生を楽しんで病気を遠ざけてください!』


「絶望って……」


思えば、最近は会社をクビになり再就職もままならず

絶望の入り口に立っていた頃に炭素化が始まった気がする。


一度炭素化してしまったら治療は難しく、

完全炭素化した人間はせめてもの活用として燃料に使われた。


「お願いです! 息子を連れて行かないでください!」


「勝手なことを言うな! こんな場所に置いていたら感染拡大する!

 あなたの息子は国のためのエネルギーとして寿命をまっとうするんだ!」


今日も道端では炭素化した肉親と回収業者が揉めていた。


「またやってるよ、炭素化した人間なんてただの石炭。

 マジ害悪だよな。さっさと燃料になっちまえばいいのに」


「そ、そうだよな……ハハハ」


「そういえばさ、なんでいっつも手袋してるんだ?

 それじゃスマホ操作できなくね?」


「いやぁ、なんていうか……ほら! 最近寒いから!!」


「……そうかなぁ?」


潔癖症キャラが付いたとしても手袋は手放せなかった。

自分が炭素罹患者だと感づかれたらどうなるか。


『国民のみなさんに朗報です。

 もう原子力エネルギーに頼る必要がなくなりました!

 炭素病のおかげで無尽蔵なエネルギー源を手に入れました!』


人間は増えてその一部分が炭素となって燃料になる。

皮肉というかうまい具合に循環してますます生活は豊かになった。


ガス代も電気代も炭素病が広まるまでは、今の倍以上高かったし。


「……悪いことばかりじゃないのかもな」


ある意味で国のために貢献しているのかもしれない。

そんな風に考え始めたころだった。


「キャアアアアアア!!」


ガス代を払いコンビニに入ると店員が叫んだ。


「ど、どうしたんですか!? 強盗!?」


「炭素人間ーー!!」


店員は感染を恐れてバックヤードに逃げ込んだ。

俺は慌てて自分の手を確認したがしっかり手袋をしている。

バレないはずなのに。


ガラスに映った自分を見てがくぜんとした。


「うそだろ……」


自分の顔のほおに黒い炭素が広がっていた。

自覚していなかったがじわじわと自分は現実に絶望して症状を進行させていた。


「動くな! この炭素人間!!」


店員の通報でまもなくガスマスクをつけた特殊部隊がやってきた。

乱暴に車に載せられるとどこかへ運ばれる。


「俺は……このまま燃料になるんでしょうか」


「いや違う。貴様は完全炭素化されていない。

 燃料として使えるのは完全に炭素になった人間だけだ。

 貴様は"まだ"人間として扱わねばならない」


「ではどこに……」


「ここだ」


白い建物は研究所を彷彿とさせた。


中には他にも部分炭素化した人間が隔離されている。

にぶい俺にもこの施設の意味がわかった。


「まさか、ここで完全炭素化させられるんですか……!?」


「黙って入れ」


ひとりだけの部屋に押し込められた。

効率的に絶望するためにぴったりの場所だった。


「ただ食って糞を吐き出すだけの貴様ら下等国民が

 こうして他の人間のために貢献できることといえば燃料になることだ」


「そんな……、こんな場所にいたら絶望する前に死にますよ!」


「それは許さない、死んでしまえば炭素進行は止まってしまうからな。

 貴様はここで寿命をキープしつつ、死なないようにしっかり管理されるから安心しろ」


両手両足を拘束されると老化を止める薬を打たれた。

体に繋がれたチューブで定期的に栄養が補給されて餓死を防止。

口にはマウスピースを噛まされて舌を噛まないようにさせられた。


俺はもう完全炭素化するための人間でしかなくなってしまった。


(ふざけるな……俺は……俺はけしてあきらめないぞ……!)


俺は涙を流して必死に絶望して炭素進行を進まないようにした。

このまま生きながらえて何が残るかなんて考えなかった。


ただ昔の楽しかったころの思い出をひたすらに脳内で繰り返し、

現実逃避を続けることで待っている絶望から心を遠ざけた。


 ・

 ・

 ・


どれだけ日がたったのかもわからなくなった。


繰り返す現実逃避の末に常に夢見心地で毎日生きていた。


ガチャン。


拘束が自動で解かれるとついに外に出ることができた。


「解放された……?」


あんまりにも完全炭素化されないから見切りをつけられたのだろうか。

他の部屋を見ていると、繋がれたままで完全炭素化された人たちもいる。


完全炭素化されたのに燃料として出荷されていない。


ぺたぺたと施設を歩いていても誰とも会わなかった。

施設の外に出たとき、そこはもう別世界だった。



空にはどす黒い雲が覆い、鉄板の上にいるほどの熱さ。

水は失われあまりの熱さにすべての機械が壊れて機能していない。


廃墟となった街にはそこらにミイラ化した人間が転がっていた。

俺は開放されたわけじゃなかった。


単に施設を管理していた人間すべてが死んでしまっただけだった。


「これが無尽蔵のエネルギーの末路かよ……」



絶望して体のすべてが完全炭素となった。

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