第79話
翌朝の稽古の後、竜朗は龍介に今回の事を説明してくれた。
「あそこは戦中からあったところでさ。
アメリカ側の希望もあって、残しておいたんだ。
ところが、龍も入って分かったろうけど、窓も無い閉鎖空間だろ?
研究者が、軒並み精神や神経やられちまって、誰も居なくなっちまったのが、今から10年前の事だ。
でも、龍が打ち据えたあの男は、どうしても研究続けてえって聞かなくてさ。
まあ、結果も出してたし、研究に没頭する余り、女房にも逃げられた様な奴だから、真行寺顧問も可哀想に思ったんだろうな。
1人だが、そのまま続けさせてたんだ。
ところが、ここ数年、どうも様子がおかしくなってきた。
研究成果も全く出せねえし、言動も意味不明だわ、風呂にも入らねえわ。
こりゃ、あそこ閉鎖して、こいつ隔離しねえとって話になったんだが、それだけは止めてくれって泣くんだよ。
外には絶対出ない。もう下界は懲り懲りだ。ここで1人で研究してひっそり暮らして、誰にも迷惑はかけねえってさ。
だから研究は実際に薬品作るのは禁止。机上だけで済ませるって約束させて、薬品も入手出来ねえようにして、尚且つこっちで監視するようにしたんだ。
狂っちまってはいるが、かなりの成果上げた功労者だからな。
初めは細菌兵器工場だったが、アイツが所長になってからは、中和剤の研究もやってさ。
そっちが凄かったんだ。
アイツのお陰で被害が食い止められた事もかなりあってよ。
そんな訳で、あんまり無下にも出来なくてな。」
「ふーん…。元はマトモな人間だったのか…。」
「そうなのよ。
しかし、あんな風に出てきて、瑠璃ちゃん脅かすし、アイツの逃げた女房は、美化すると、瑠璃ちゃんに似てっから、嫌な予感もしてよ。
隔離してたんだが、逃げられちまった。
行方追っ掛けてたら、中の監視カメラが壊されて、瑠璃ちゃんが連れ込まれたって龍から連絡が入った訳だ。
中和剤の研究って事は、結局、細菌兵器は必要だ。
撤去した筈だが、まだ残ってる可能性があったから、龍の事、一度は止めたって訳よ。」
「そっか…。じゃあ、風間さん達がスライディングして受け止めてくれたのは、細菌兵器だったの?」
「いや、あれは調べたら中和剤だった。結局あそこはきれいサッパリ片付けたが、細菌兵器はもう無かったよ。」
「ああ、良かった。でも、あんな住宅街になんで?」
「戦中にあそこにあったから、土壌まで汚染されてる可能性もあるからって、動かせなかったんだよ。
その当時は、あの辺りは何も無かったしよ。
そしたら、マンションとか家とかバンバン建つようになっちまったからもう…。
いくら中でなんかあっても漏れねえとはいえ、正直こっちも気が気じゃなかったぜ。」
「でも、中の人が逃げるために出てきちゃったら?細菌も一緒に出ちまうだろ?」
「そこは酷えんだ。事故が起きたら、中からは開かねえ仕組みになってんだよ。だから窓も無え訳。」
「死ねって事!?」
「そういう事。だからみんな神経病んじまったんだ。残酷なトコだったよ。だから今は陸自の研究所で安全極めた設備でやってる。寅次郎のトコな。」
「ああ、なる程…。それで、アイツはどうなったの?」
「ーうん…。可哀想だが、ああなっちゃ危険な上、知り過ぎてる。薬漬けにして廃人同然にして、政治犯専用の特別刑務所の地下の奥深くに隔離してるよ。」
「ん。」
「ん?」
「え?何?」
「いや、龍なら可哀想だなって言いそうなのになと思ってよ。」
「ちっとも可哀想には思えねえよ。瑠璃にあんな事した奴だぜ?ぜってー許さねえ。」
ーふむふむ…。やはりこれは脈アリと考えていいのかね…。
そして竜朗は、竜朗にとっての本題に入る事にした。
「龍、あのよ…。」
しかし言いづらいので、後が続かない。
「何?ごめんね、爺ちゃん。今日は朝から写真部の打ち合わせで呼ばれてるんだ。差し支え無かったら、手短かにお願いします。」
「手…短かには…、ちょっと出来ねえからまた帰って来てからでいいや…。」
「ごめん。帰って来たら、瑠璃とコンサートなんだよ…。あ、いい。写真部の方は休むって連絡する。」
「ああ!いや!それには及ばねえよ!行ってきな!爺ちゃんの用はいつでもいいんだ!ごめんな!」
竜朗はバタバタと自分の部屋に入って行ってしまった。
その後ろ姿を見て、首を傾げる龍介。
「変な爺ちゃん…。」
竜朗は図書館に浮かない顔で行ったが、真行寺がXファイルのデータ整理に来ていると聞いて、一目散にXファイル部屋へ行った。
「どうした。」
「あのですね!」
竜朗は老眼鏡をかけ、パソコンに向かっている真行寺の前に座ると、勢い込んで昨日の事を話し始めた。
「そうかあ!やったな、龍介は!流石だ!お前もよくやらせてやってくれた!気が気じゃ無かったろうに!有難う!」
素直に龍介の活躍を喜び、労ってくれる真行寺に、竜朗の顔も綻ぶ。
「それでですね!そん時に、龍の奴、瑠璃ちゃんの事、『こいつは俺の嫁になるんだ、誰がお前なんかにやるか!』って言ったんですよ!」
真行寺の目も輝いた。
「それはアレか!つまり失われた煩悩が戻ったって事か!龍介の真意は聞いたんだろうな!?」
途端に萎れる竜朗に、怪訝な表情になる真行寺。
「まさか…、聞いてないのか。」
「だって…。」
「竜朗!だってもあさってもひあさっても無いだろう!何考えてんだ、てめえは!龍介の煩悩が戻ったかどうかの重要な確認だろうが!図書館の掟その2を言ってみろ!」
「ー確認は常に怠らず…。」
「顧問のくせに実践しないでどうすんだ!この馬鹿たれがあ!」
「だって、怖くて聞けなかったんですよお!またお子様みてえな事言ったら、もう俺、責任感じてこの先どうしたらいいのかああ!」
「てめえの行く末なんぞ知るかあ!さっさと聞けえ!」
「顧問聞いて下さいよお!俺、無理ですう!」
「何を甘ったれとるんだ、この男はあ!そもそもお前の責任だろうが!最後までやり遂げろお!」
竜朗は机に突っ伏した。
「うわあああ~!怖えよおー!出来ねえよおー!」
そこへ竜朗に用事があって、ドアの外に立った風間は固まった。
ーあの顧問が、元顧問に泣きついて弱音吐いてる…。そんな重大案件あっただろうか…。
主に加納家内だけの重大案件なら確かに存在している。
ー何故私に相談して下さらないんだろう…。どうして差し上げたらいいんだろうか…。
風間まで全くもって無駄な苦悩に突き落としている事など、このお祖父さん2人は知る由も無かった。
龍介くんの日常 桐生 初 @uikiryu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。龍介くんの日常の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます