第78話
龍介がパタパタ竹刀を開いたと同時に、男はカレーのトレーを投げ捨て、白衣のポケットに手を入れた。
瞬間的になんらかの武器を出すと思った龍介は、目の前のパソコンや本がうず高く載っているスチール製の頑丈なテーブルを横倒しにして盾にし、それを背中にして瑠璃を抱え込んだ。
男が出したのはやはり銃だった。
机越しに撃って来ている。
「龍!?」
「大丈夫。ベスト着てるから。」
男が撃つ銃にはサイレンサーも無く、弾も自動装填では無いのが音と間で分かった。
「多分ニューナンブM60だな…。今ので2発撃ってるから、残りは3発だ…。」
男は何か叫びながら撃っている。
「返せ!幸恵は私の妻だ!」
「こいつは幸恵って人じゃねえ!」
「煩い!間男め!幸恵!許してあげるから戻っておいで!」
事情が分からない龍介達にも、男が過去の記憶と現在をごちゃ混ぜにしているのと、瑠璃を自分の妻だと思い込んでいるというのは、なんとなく想像がついた。
「彼女を返せ!私の妻だ!」
男の銃が5発撃ち切った。
龍介はパタパタ竹刀を構えた状態でテーブルの陰から飛び出しながら怒鳴った。
「うるせえ!こいつは俺の嫁になるんだ!誰がお前なんかにやるかあ!」
ーえ!?ええ!?
衝撃を受けて呆然となっている瑠璃を置いて、ガチャガチャと弾が空になった銃の引き金をまだ引いている男に、鬼神の様な迫力で駆け寄り、首筋に思いっきりパタパタ竹刀で打ち込んだ。
「うっ…。」
男は苦しげな声を出し、その場に倒れ込み、そして、倒れる時に棚にぶつかり、棚に並べられていた瓶が落ちて来た。
我に返った瑠璃は、龍介の分の防護服を持って龍介に向かって走り、なんとか頭部分だけ被せた。
龍介は必死に落ちて来る瓶を受け止めていたが、最後の2つを取り損なった。
瑠璃が受け取ろうとしたが、手が届かない。
床まであと10センチ足らず。
全てがスローモーションの様だった。
その時、この部屋の隅からオレンジ色の塊が2つ、凄まじい速さで滑って来て、その瓶2つを無事に受け止めた。
よくよくみると、そのオレンジ色の塊は、防護服を着た人間の男性だった。
「あああー!無茶するなあ、龍介君!。」
「かっ、柏木さん!?」
もう一人の男性も柏木と2人で特殊な容器に龍介の回収した分の瓶を入れながらぼやいている。
「本当にもう…。大体顧問も突入させるタイミングが遅すぎだよ…。ああ、生きた心地がしなかった…。」
「ほんとだよ、もう。ニューナンブM60じゃなかったらどうする気だったんだよ。ニューナンブM57Bだったらどうすんの?最大9発だぜ?」
「音がM60でしたんで…。」
柏木ともう一人の男性は顔を見合わせ、笑いだした。
「聞きしにまさるだな、柏木。」
「そうなんすよ。凄い子でしょ?」
龍介は戸惑いながらも頭を下げた。
「助けて頂いて有難うございます…でも、あの…、一体どういう事ですか…。そちら様、お名前は…。」
知らない顔の男性は人の良さそうな顔で笑って、ぺこりと頭を下げた。
「図書館で顧問補佐をしております。風間と申します。」
「あ、爺ちゃんがいつも…。」
お世話になってるというセリフが来るとばかり思っていた風間は、その後の龍介のセリフで真っ青になってしまった。
「怒鳴りつけている風間さん…。」
「ーどっ、どおいう位置付けなんですか!それ!」
「す、すみません。失礼しました。いつもお世話になっております…。」
今更遅い。
柏木が大受けしていると、笑い声と共に竜朗が入って来た。
他の部下達も入って来て、うんうん唸っている男を連行し、他の機材や薬品を一斉に撤去し始めた。
「お疲れ。風間、柏木、悪かったな。我儘に付き合わせて。」
「確かに顧問の仰る通り、やり遂げてくれちゃいましたけどねえ。側で見聞きしてたこっちは気が気じゃなかったですよ。」
柏木がぼやくと、竜朗はまた笑った。
「でも、お前らM60って確認出来てたろ?」
「まあ、そうですけどね。」
竜朗は龍介に向き直った。
「ごめんな。行って来いって言ったけど、万が一って事があるから、裏口から風間と柏木に入って貰って、音聞かせて貰ってた。」
「結局すみません…。」
竜朗は真顔になり、龍介を見据えた。
「全くだ。なんでてめえは防護服着てねえんだよ。
自分の身を守る術があんのに、それしねえで、人だけ助けりゃいいなんて、自己満足以外の何者でも無えんだ。
助けられた方の身にもなってみろ。」
「ーはい…。すみませんでした…。」
竜朗はクスっと笑うと、防護服越しに龍介の頭を小突いた。
「でもよくやった。初めての突入にしちゃあ上出来だ。特に風間が俺にいっつも怒鳴られてる奴ってえのは最高だな。」
風間が竜朗を横目で睨む。
「顧問!」
「はっはっは。」
今度は瑠璃の顔を優しい笑顔で覗き込んだ。
「大丈夫かい?本当に悪かったな、怖い思いさせちまって。」
「大丈夫です。」
「うん。でも、龍にコレ被せてくれて助かったぜ。ありがとな。」
そして再び龍介に向き直る。
「じゃあな、龍。今日はちょいと遅くなるぜ。」
「はい。」
竜朗は風間達が入った別の出入り口から出て、瑠璃のマンションとは反対側の細菌工場の建物前の道路に停めてあった、図書館の車に乗り込むと、深いため息をつきながら倒れ込んだ。
「はああああ~!腰が抜けた!寿命縮まった!」
運転席に居た、別の部下が吹き出した。
平気な顔をして、風間達がやきもきする程、なるべく龍介にやらせようとしていた竜朗だったが、内心は心配で死にそうだったらしい。
「龍介さんのお爺ちゃんは大変ですね。」
「ほんとだよ。んじゃ後始末さっさと済ませようぜ。車出せ。」
「はい。」
龍介は一応、瑠璃の家の前まで送って行っていた。
「助けに来てくれて、本当に有難う。」
「いや…。結局半分だから…。」
「ううん。そんな事無い。嬉しかった。」
「ーごめんな…。」
「何が?」
龍介の顔を見上げると、酷く浮かない顔をしていた。
「守ってやれなかった…。」
瑠璃は驚いた顔で笑うと、首を横に振った。
「そんな事無い。ちゃんと守って貰ったよ。」
まだ暗い顔の龍介の手を取って続ける。
「本当よ。私が龍の言いつけ守らないで、外で待ってたから起きた事だもん。
それなのに、あんな早く助けに来てくれて、銃弾からも、細菌兵器からも守ってくれたわ。
本当に嬉しかったし、守られてるって、ものすごく安心したの。
本当に有難う。」
龍介はやっと少し笑った。
「なんで外で待ってたんだ。」
瑠璃は正直に言おうかどうか迷ったが、この際だから素直に言う事にした。
「龍に早く会いたかったから。」
龍介は照れ臭そうに笑った。
ーところで、さっきのアレ…。聞いてみようかしら…。
もう瑠璃の家の玄関の前に着いてしまっている。
「あの…、龍、さっきのあの…。」
「ん?」
「私をお嫁さんにって…。」
その瞬間、龍介は見た事が無い程真っ赤になり、耳まで赤くして、目を見開き、瑠璃を見つめたと思ったら、物も言わずに玄関をガッと開け、
「おばさん!瑠璃連れ帰った!」
と、怒鳴るように叫んで、瑠璃をまさしく放り込み、ドアをバタンと閉め、瑠璃がドアを開けた時にはもう姿が見えない程の猛ダッシュで帰ってしまっていた。
「な…、なんだ…?」
セイラと母に飛びつかれながら、瑠璃は首がおかしくなる程、首を捻りまくってしまった。
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