今日も魔女は軟膏を練る
牛☆大権現
第1話
時代遅れ、なのかもしれない。
聖書の時代はとうに過ぎ、科学技術がこの世を動かす現代において、その指摘は正しいように思われる。
それでも、私たちは、この生き方を変えることはできない。
信じがたいかもしれないが、魔術は実在する。
歴とした学問として、あるいは技術としてだ。
何もない場所に火を起こすことも、水をワインに変えるような芸当だって可能だ。
でも、それには事前の準備と時間のかかる儀式が不可欠だ。
例えば、火を起こすには狼の牙を月の光に三年当てて、それを砕いた粉末を混ぜた膏薬を、手の甲に塗りこむ必要がある。
たかが暖を取る程度の火に三年だ、ライターを使えば一瞬で事足りるし、100円ぽっちで済む。
時間と費用の効率が、達人級の魔術師でようやく科学技術に匹敵する、これでは骨董品と呼ばれても仕方が無いという他ない。
それでも、私たちは魔術を学び、次代に繋ぐ。
それを必要とする、ほんの僅かな人の為に。
「ごめんくださーい!」
今日も、依頼人がやってくる。
「はい、いらっしゃいませ!」
営業スマイルで挨拶、現代の魔女には愛想も大事だ。
「肩が重くて、病院行っても治らなくて、ここに来てみました」
私は、依頼人の肩に水晶を翳してみる。
達人なら、裸眼でも可能だけれど、ひよっこにはこういう道具が不可欠だ。
水晶越しに見る依頼人の肩の上に、黒い靄のようなものが見える。
「確かに、悪霊に憑かれちゃってるみたいですねえ」
水晶を床において、棚を漁る。
えーと、確かこのあたりに……
ああ、作り置きが残ってて助かった、この軟膏だ。
乾きかけた軟膏を一掬い取って、強引に掌に広げる。
「ちょっと失礼しますね」
肩の靄があったあたりに手を伸ばし、掴むような動作を行うと、確かに何かを掴んだような手ごたえが返ってくる。
それを引き抜くように動かして、両手で握りつぶすようにすると、手ごたえは消えた。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとうございます……今、握りつぶしたように見えましたけど、いいんですか?こういうのって、天国へ送るように儀式とかするもんじゃないの?」
「ああ、それなら心配いりません。そういうのは、宗教家の領分で、私たちには関係ないですから」
「そういうもんなんですね?確かに、肩は大分軽くなりました。ありがとうございます」
私達は死後の安寧を語らず、神の在・不在ですら語らず、ただ現世の人の為に、軟膏を練り続ける。
今日も魔女は軟膏を練る 牛☆大権現 @gyustar1997
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