第19話 温泉
「やっぱり温泉はいいものね。そう思わない? みいちゃん」
「はい。思います」
私とシロ先輩のふたりで温泉旅行にやってきた。
名目はシロ先輩の卒業旅行。そう、とうとうシロ先輩が高校を卒業してしまったのだ。
卒業式の日。私は笑顔でシロ先輩を見送ろうと思ってたのに、本人を目の前にして人目もはばからず号泣してしまった。
今思い返すとめっちゃ恥ずいな。まあその後もっと恥ずかしい思いをすることになったわけだけど、それについてはまた別の機会に語ろうと思う。
その日を境にシロ先輩はちょっと、いやかなり変わった。具体的にはシロ先輩は自分の想い――私に対する想いを隠さなくなった。
そういや今日の温泉旅行に私を誘うときも全然下心隠そうとしてなかったな。まあそれをわかっていながらホイホイとシロ先輩の誘いに乗った私は、つまりそういうことなのだろう。
「これは覚悟を決めた方がいいかな……?」
「みいちゃん何か言った?」
「すみません、何でもないです」
その会話を最後にしばらく沈黙が続く。
沈黙に耐えられなくなった私はシロ先輩の方をチラリと横目で見て、シロ先輩に気づかれないようそっとため息をついた。
ハァ。今さらながら、どうしてシロ先輩は私のことを好きになってくれたのだろうか。シロ先輩には私なんかよりもっと相応しい人がいるだろうに。私みたいなチンチクリンじゃシロ先輩には釣り合っていないんじゃないか。
そんなことをつらつら頭の中で考えていると、シロ先輩は自分の手を私の手にゆっくりと重ねた。
「みいちゃん。私あなたの自分を卑下する癖、正直言って嫌いだわ」
「ご、ごめんなさい!」
「謝らなくていいの。みいちゃんは私の大好きな女の子なのだから、みいちゃんにはもっと自分に自信をもってほしい。みいちゃんが最高の女の子だということは私が保証する。誰にも文句は言わせない」
「でも……」
「でもじゃない。そうね。言葉で信じられないのであれば――」
シロ先輩が私を抱き寄せる。私はなすがままにシロ先輩と正面から抱き合う格好となった。
そしてシロ先輩は私の耳元でささやく。
「改めて言わせてもらうわね。私はみいちゃんのことが好き。恋愛的な意味で好き。私にはみいちゃん以外考えられない」
「…私で本当にいいんですか?」
「いいの。みいちゃんはどうなの? 私のこと…好き?」
この場合の好きはもちろん恋愛的な意味でだろう。だけど――
「ごめんなさい。シロ先輩のことは好きです。でもこの好きはシロ先輩が抱いてる気持ちと同じなのかは正直わかりません」
むっちゃんのときもそうだった。あの当時、私は確かにむっちゃんのことは好きだったけど、それが恋愛的な意味でなのかがわからなかった。だから心苦しかったけどむっちゃんの告白を断った。そのときの状況と今の状況はほとんど変わらない。
はは、私全然成長してないや。
「みいちゃん……」
シロ先輩の白魚のような指が私の目尻を拭う。どうやらいつの間にか私は泣いていたらしい。
「すみません。シロ先輩の告白が嫌なわけじゃないんです。むしろうれしかったんです。だからこそシロ先輩の想いにはっきりと応えられない自分が不甲斐なく――」
て、と言いかけたところでシロ先輩が手のひらで私の口をふさいだ。
「それ以上は言ってはダメ。でもそうね。その答えが聞けただけでも行幸だったわ。つまりはみいちゃんは私のことを嫌っていない。むしろ好き。でもそれが恋愛感情かどうかはわからない。そういうことよね?」
こくりと私はうなずく。
「なら話は簡単。少なくともマイナススタートではないもの。どれだけ時間がかかろうとも、私は絶対にみいちゃんに私のことが恋愛的な意味で好きだと言わせてみせるわ」
ああ。本当にこの人は、私にはもったいなさすぎる。
それから私たちは温泉から上がっておいしい料理に舌鼓を打ち、部屋でたわいもないおしゃべりをしたあと何もすることなく翌日を迎えた。
今思えばこのときのシロ先輩との裸の付き合いを通して、私はようやく恋愛に前向きになれたのだろうと思う。本当にシロ先輩には頭が上がらないな。
シロ先輩は私をただただ甘やかす ユリシーズ @kakumatsu
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