第28話 我が愛猫はやっぱり可愛くて可愛い

 まあ、何にせよ。

 猫がいないと始まらない。

 でも、公園の中をもう一度探してみても猫はいなかった。


「ねー、リナ。どうするの? 猫来るまで待つ?」

「うーん。待っても来るとは限らないし、一度帰った方がいいかなあ」

「えー、まだ帰りたくない」


 もっとお散歩したいだとか、リナと一緒に歩きたいだとか。

 乙女がそんなことを言いながら、私の腕にべったりとくっついてくる。


 不満そうな顔も可愛いし、じゃれつくみたいに腕に張り付いているのも可愛い。砂糖まみれのドーナツみたいにベタベタに甘やかしたくなる。だけど、甘やかしてばかりじゃ仕事が進まない。ついでに言えば、目立っている。


「じゃあ、もう一周公園回ってみよう。それでいなかったら帰ろうね」


 お互いの意見の真ん中辺りを取って乙女に尋ねると、渋々といった表情で「わかった」と頷く。


「そのかわり、ゆっくり探してね」


 そう言って、乙女がのんびりと歩き出す。

 慌てて帰る理由はないから、私もゆっくりと足を進める。


 猫、猫、猫さん。

 どこにいるの。


 きょろきょろと辺りを見回しながら、疑問を一つ口にする。


「そうだ、乙女。一つ聞いてもいい?」

「なに?」

「乙女って、何か秘密ある?」

「ない」


 よく切れる包丁で切ったときのように、すっぱりと乙女が答えた。


「だよねえ」

「大事なことは全部リナに話してるもん。たくさんお話したいし」

「そうなんだ。乙女は可愛いねえ」


 いや、本当に。

 乙女は可愛いことしか言わない。


 秘密があってもいいけれど、全部話してくれていると思うと嬉しい。こたつに入ってうたた寝しているようなじんわりとした幸せを感じる。


 できることなら、今すぐ抱きしめて、髪を撫でて、美味しい物をたくさん食べさせたい。

 でも、これ以上目立つわけにはいかないからぐっと我慢する。

 残念だ。


「リナ、なんかにやにやしてる。気持ち悪いよ」


 そういうストレートな物言いも、乙女らしくてとてもいい。

 けれど、乙女が気持ち悪いと言うってことは、他人から見たらもっと気持ちが悪いということで。

 私は、緩んだ口元を引き締める。


「それにしても、猫に秘密ってあるのかなあ」

「他の子のことはわかんないから、聞いてみたら? っていうか、聞くのが仕事なんでしょ?」

「まあ、そうだね。……猫、いないけど」


 どこか違う場所で猫集会が開かれているのか、ぐるりともう一周回ってもやっぱり猫はいなかった。


 出直すしかないかな。


 私は、来た道を戻るつもりで乙女に「帰ろう」と声をかける。

 でも、帰れない。

 何故なら、肩を掴まれたからだ。


「やっぱりいた」


 声がした方を見ると、学校で別れたばかりの沙羅が私服姿で立っていた。


「瀬利奈、いるんじゃないかなーって思って来てみたんだけど……。この美少女は友だち?」


 沙羅が乙女をちらりと見る。


 ヤバい。

 すごくヤバい。

 制服じゃないものを着せてくるべきだった。


 ここで友だちだと答えたら、学年だとかクラスだとかを聞かれる。いや、友だちじゃなくても同じ制服を着てるんだから聞かれるに違いない。親戚と言いたいところだけれど、話が余計にややこしくなりそうな気がする。


 だからといって、沙羅も会ったことがある飼い猫の乙女だよ、なんて答えられるわけもないし、友だちで押し通すしかない。


「あー、うん。友だち」

「うちの高校みたいだけど、何年生? 瀬利奈の友だちにこんな子がいたら、覚えてると思うんだけど」


 だよね。

 そこ、気になるよね。

 私でも同じこと聞くもん。


「学年は違うっていうか。ええっと――」


 なんと答えるべきか。

 中途半端なところで言葉を句切ったまま考える。


 何歳設定にすればいいんだ。

 違う。そういう問題じゃない。


 適当に年齢を設定して学年を答えても、乙女が同じ高校じゃないことはすぐにばれてしまうはずだ。だったら、制服を着ている理由を考えるべきだろう。


 良いアイデアを出すべく動きの悪い脳みそに鞭を打ちながら隣を見ると、それまで黙っていた乙女に腕を引っ張られた。


「リナ。この人、うちに遊びに来たことがある沙羅でしょ?」

「え?」


 私よりも先に沙羅が驚いた顔をする。


 わかる。

 その気持ち、すごくわかる。

 でも、私の方が驚いているから。


「あのね、乙女。沙羅は人間の乙女を見たことないから、乙女も沙羅のこと知らないふりして欲しいかな」


 乙女の耳元で囁く。


「そっか。初めましてだ」

「そうそう」


 ごにょごにょと。

 雑な打ち合わせをしていると、沙羅に名前を呼ばれる。


「瀬利奈?」

「あ、ごめん」


 私はとりあえず沙羅に謝って、乙女に自己紹介をするように言う。


「初めまして、乙女です」

「乙女? 瀬利奈の飼ってる猫と同じ名前じゃない? あの子も乙女ちゃんって名前だよね」

「偶然、偶然同じなの」


 苦しい言い訳だと思う。

 でも、脳みそがポンコツすぎて他の言い訳が浮かばない。

 私は強い気持ちで、無理のある言い訳を押し通すことに決める。


「……乙女さんって、何年生?」


 心優しい沙羅は名前についてそれ以上触れずにいてくれる。


 で、もう一度繰り返される年齢問題なんだけれども。

 ――やっぱり厳しい。


「あー、学校違うから。制服、たまたま貸してるだけで」

「貸してるってなんで?」

「え、なんでって。着たら似合うかなって。コスプレみたいな?」


 歌ってみたとか踊ってみたとか、ネットでよくあるじゃん。

 あれのコスプレバージョンだから。

 という雰囲気で言ってみる。


「コスプレ? ここで撮影するみたいな?」

「うん、まあ、そういうようなそうじゃないような」


 私は言葉を濁しつつ、次の台詞を探す。

 沙羅の気をそらしたい。

 ポンコツな頭をひねって考えて、出てきた言葉は“猫”だった。


「ねえ、沙羅。猫! 公園に猫いないんだけど」

「それ、あたしも思った。今日、猫いないんだよね。どうしたんだろ?」

「わかんないんだよね。猫に会いにきたんだけどいないから心配でさ」

「そうだ。どんな猫でもいいならうち寄ってく?」


 沙羅がぽんっと手を叩いて、私を見た。


「リナ、麦に会いたい」


 初対面という設定を忘れたらしい乙女が、沙羅の飼い猫の名前を口にする。


「え?」

「あ、ほら。沙羅のこと乙女に話したことがあって、そのときに麦のことも話したから」


 怪訝な顔をしている沙羅にもっともらしい言い訳をぺらぺらと述べて、「私も久しぶりに麦に会いたいな」と付け加える。


 彼女の愛猫である麦はヒョウ柄によく似たぶち模様が特徴的な猫さんで、まったく私に懐いていない。猫の国の猫同様、近寄ると逃げていく。

 ちっとも触らせてくれないけれど、会いたいという気持ちは嘘じゃない。


「じゃあ、行こうか」


 気になることはあるようだが追求するのも面倒なのか、沙羅が歩き出す。


 不安だ。

 ものすっごく不安だ。

 何か問題が起きそうな気しかしない。


 それでも、私は乙女とともに沙羅の家へと向かった。

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モフ愛強めの女子高生が獣使いになったら最強だった ~猫とまったりもふもふライフを目指します~ 羽田宇佐 @hanedausa

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