第27話 可愛いけれどとってもつらい

 てくてくてくと歩く街はいつもと違って見える。


 それは人間の姿をした乙女が隣にいるからで、猫編集部の仕事で出かけているとわかっていても心が弾む。手を繋いで歩いているからちょっと恥ずかしいけれど、乙女が楽しそうだからそれも良いかと思えてくる。


「リナ、すごいっ! 犬が吠えてる。あと、自転車が走ってる!」


 わんわんわんと鳴いている犬を見て、乙女が笑う。

 どれも初めて見たわけではないのに、初めて見たようなはしゃぎっぷりだ。


「ご機嫌だね」


 猫の国にいるときも楽しそうだったけれど、今日は特別機嫌が良く見える。


「すっごく機嫌良いよ! だって、リナと一緒に歩いてるんだもん」

「お出かけなら、何度も一緒にしてるよ」

「一緒にしてるけど、今日は違うの。いつもはリナより小さいけど、今日は私の方が背が高いもん。同じものでも違って見えるし、リナと手も繋げる」

「確かに。今日は乙女の方が大きいし、猫のときはここで手を繋げないもんね」


 そう答えると、乙女が繋いだ手をぶんっと振った。


 並んで見なければわからないけれど、身長は乙女の方が高い。髪がふわふわしている分、実際の身長差以上に高く見えているんじゃないかと思う。


「ね、ねっ。リナ、次はどこ曲がるの?」

「んっとね、そこ」


 目的地は沙羅の家の近くにある公園で、乙女を連れて行ったことのない場所だ。


「そしたら着く?」

「もう少し歩かないと着かないかな」

「良かった。もっとリナと歩きたいから」


 にこにこと笑いながら乙女が言う。


 うーん、やっぱり私の乙女は可愛い。

 ずっと眺めていたいくらい可愛い。

 でも、ちょっとテンションが高すぎるかな。


 知らない場所へ行くというのは楽しいことだし、人間の姿で出歩けることが楽しいこともわかる。自分の足でこの街を歩く機会なんてそうそうないから、乙女がはしゃぐのも無理はないと思う。


 だけどね、暑いんだ。

 今日、気温が高いの。

 天気予報は曇りだったけれど、晴れてるんだ。


 桜の季節が終わった街は、暖かいというよりは暑くて額に汗が浮かぶ。梅雨がくれば肌寒くなるかもしれないが、今は制服が重苦しい。


 風もないし、体にまとわりつく空気が熱を持っている。

 そんな無駄に暑い街の中、走り出しそうな勢いで突き進む乙女と手を繋いで歩くのはつらい。


 うん、とってもつらい。


 乙女は可愛いけれど、可愛ければ涼しくなるというわけじゃないのだ。


 嗚呼、猫の国が恋しい。

 あそこは常春だった。

 暑すぎず、寒すぎず。

 猫もいっぱいいる。

 できれば、猫の国で聞き込み調査をしたかった。


 だが、運命はままならない。

 今日は、人間界で猫がいる公園を目指して歩かねばならないのだ。


「うーん、人生って厳しい」


 頭上に輝く太陽に向かって呟くと、乙女に腕を引っ張られる。


「リナ、楽しくないの?」

「楽しい。楽しいよ。でも、ちょっと暑い」

「じゃあ、早く公園に行って休もうよ」


 そう言うと、乙女が断りもなく走り出す。

 それも、結構な勢いで。


「え? ちょ、ちょっと乙女。走っちゃダメだって」


 唐突なダッシュに巻き込まれることは予想していなかったから、体がついていかない。私は前を行く乙女に引きずられるように走る。


 バタバタと走る。

 そりゃーもう息が切れまくりながら走る。

 その結果、思っていたよりも早く公園に着いた。


「乙女。休憩、休憩しよう」


 私はよろよろとベンチに座る。


「ええー、遊びたい」

「じゃあ、乙女だけ遊んでおいで。私はここで休んでるから」


 繋いだ手を離して乙女の背中をぽんと叩くと、しょんぼりとした声が聞こえてくる。


「……わたしも休む。リナ、ごめんね」


 どうやら、汗にまみれてぐったりしている私に気づいたらしい。


「少し休めば大丈夫だから」


 私はベンチの背もたれに寄りかかり、辺りを見る。

 でも、猫はいない。

 この公園は、猫好きの間では猫が集まることで有名だ。だから、いつ来てもどこかに猫がいる。一匹もいないなんてことは今までなかった。


 まさか、私が来ただけで猫が逃げたとか?

 いやいや、そんなことはないと思う。

 私は、遊具の下や草むらをじっと見る。


 あれ、ちょっと待って。

 なんか制服姿の人、こっち見てない?

 たぶん、同じ学校だよね。

 知り合いじゃないし、なんだろう。


 と、考えてはっと気がつく。


「あー、そっか」


 嬉しくなって制服のままここまで来てしまったが、これはとても目立つ格好だ。――私ではなく乙女が。


 お揃いの制服を着ている乙女はお姫様みたいに綺麗な女の子で、学校にいたら美人がいると噂になるような容姿をしている。そんな女の子が同じ制服を着ていたら、学校にあんな子いたっけと気になってもおかしくはない。


「制服、やめとけば良かった」

「え? なんで? わたし、制服好きだよ」


 乙女が私の前でくるりと回る。

 スカートがふわりと揺れて、ふわふわの髪も一緒に揺れる。

 絵になるっていうのは、こういうことを言うんだと思う。


「似合ってるんだけど、目立つ」

「誰が目立ってるの?」

「乙女が」

「駄目なの?」

「駄目じゃないけど、駄目かな」


 ため息交じりに告げると、意味がわからなかったのか乙女が眉根を寄せる。そして、うーん、と小さく唸りだしたから話を変える。


「そう言えば、その制服。どこで手に入れたの?」

「ミヨルメントで作ってもらった」

「ミヨルメントで?」

「うん。楓さんとかが作ってくれたの」

「そんなこともできるんだ」


 取り寄せたのか、卒業生から譲ってもらったのかと思っていたけれど、まさか手作りだったとは。

 恐るべし、ミヨルメント。


「ねえ、リナ。猫、どこにいるの? 気配しないけど」


 人間になっても猫の能力を使える乙女が、きょろきょろとしながら言う。


「いつもならすぐに見つかるんだけどな」


 私も立ち上がり、猫を探して辺りを見回す。

 でも、やっぱり猫がいない。

 公園にいるのは人間だけだ。


 私たちは、それなりに広い公園を歩いて猫を探す。

 ただ、猫がいたとしても大きな不安がある。


 ――猫に秘密、聞けるのかなあ。


 私は滑り台の下を覗きながら過去の自分を振り返るが、猫好き好きオーラを隠せない私と猫の追いかけっこしか思い浮かばない。


 そもそも、猫って秘密を抱えて生きているものなのだろうか。


 タロウ編集長には悪いけれど、言われた仕事を問題なく終えられる気がしなかった。

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