スプロール都市の石焼き芋屋

星野谷 月光

第1話 石焼き芋

積層都市(スプロール)の外、未だかつての世界の面影が残る住宅街。

夜道はとっぷりと暗い。駅からも少し離れている。

ここより先は夜の住民の世界。今では日本でも護身用に銃は必須となってしまった。


「なあ」

「何だ。いやいい解ってるよアレだろ」


道の先、遠くでは男の声がメガホンで拡張され、世界の終わりでも告げるかのような声を放っている。


「なんだあの車。何か売ってるみたいだが。何売ってるんだろうな?」

「きっと食品販売だぜ、ぬくもりを売ってるのさ」

「なるほど詩的だ。俺でも食える物かな?」


二人の男が歩いている。一人は全身鎧めいたサイボーグ、一人は狼男だ。

世界の裏側にあった超科学や魔法、異種族はすべてバラされた。

しかしそれでも、世界は続いていた。


「その鼻でわからないか?肉系なら解るだろう?」

「いや、甘い匂いだ。肉じゃないな。お菓子かな?」


狼男が鼻をひくつかせて先にある赤い光とトラックを見る。


「残念だな、こんな寒い日にはケバブでも食べたいんだが。

しかしお菓子か……何だろうな。そっちはなんか見えないか?サイボーグだろ」

「ああ、赤いランプ?ジャパニーズチョーチンだったか。

あれに何か書いてある。YAKI IMO?

ベイクドスイートポテト……らしい」

「さすが自動翻訳。しかしスイートポテトか……味気なさそうだぜ」


メガホンで響く男の声が近づいてくる。赤い灯りが意味のある物として見えてくる。


「そうでもなさそうだ。良い香りが俺にもわかるぞ。安そうだし一つ買ってみるか」

「マジかよ……」


サイボーグの男が運転席の店主に声をかけた。


「ヘイ、おじさん。これ何売ってるの?」


声をかけられた相手もまたサイボーグだった。老齢なのだろう、錆びた声だ。


「焼き芋だよ。今じゃあめっきり少ないからわかんないか。おいしいよ、一本300円」

「そんなにすんのか……!」

「どうすんだ?買うんだろ?」


狼男が笑いながらたずねる。


「クソッ足下見た商売だな……だが俺も男だ。ここまで来たからには買うさ。電子マネーは?」

「気っ風がいいね外人のサイボーグさん。はいよ、電子マネーね。使えるよ。熱いからゆっくりくいな。バターもあるよ。1コ100円」


店主とサイボーグがスマホを出し合って電子マネーが決済される。

この時代ではアプリで万事が済むのだ。


「本当に足下見た商売だなオイ……まあいいさ。どれ……」


紫の芋を割ると、ほかほかと香り豊かな湯気が立ち、とろりと熱くとろける黄金色の身が見える。


「フゥーッ、フゥーッ、どれ……こりゃうめえ!いけるな!なるほどバターがあれば尚うまい味だ」


サイボーグの口元の鎧がガバッと開き、プラスチック歯でかみ砕き、人工舌が身を味わう。


「いやこれは300円の価値はあるな。うまいもんだ」


店主はへっへっ、と笑う。


「そうだろそうだろ。昔ながらのってやつさ。馬鹿にしたもんじゃないだろジャパニーズとらでぃっしょなるフードだ」


狼男はその様をじっと見ていた。


「おいなあ、そんなにウマいのか?試しに一口くれよ」


ここでサイボーグは考える。さっき金を出さなかったヤツにタダで渡すのはいかんと。


「バター代出すなら考えてもいい」

「しっかりしてやがるな!その代わり半分よこせ」

「いやだね、これはウマいんだ。3分の一だね」

「それよかあんたも買えばどうだね狼男の兄ちゃん」


狼男はふーむとうなった。


「解った。バター代出すから三分の一寄越してくれ」

「取引成立だな」

「はい電子決済」


狼男はズボンからスマホを取り出すと店主のスマホとつきあわせた。


「どれ……うめえなこれ!甘いじゃねえか」

「だろう?日本にこんな物があったなんてな」


店主が電子タバコを自分の吸気口に据える。

スパァ、と煙が冬の夜空に舞った。


「昔からあるよ。あれから何もかも変わっちまったけど、それでも変わらない物はあるもんだ。

良い物も、悪い物もね……」


店主は、毎年ここで焼き芋を売っていた。雨の日も風の日も、戦争があっても、世界が滅びかけても。

それでも、人の営みは変わらずここにあった。

満天の夜空の下、しばし暖かな時間が流れた。

空の向こうを、ぬるりとダイオウイカのような影が泳いだ。宇宙人か、それとも邪神か。


世界は変わった。


だがそれでも、皆それぞれの家に帰り、そして日常は続いてくのだろう。

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スプロール都市の石焼き芋屋 星野谷 月光 @amnesia939

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