6-19 望む望まないに関わらず、私達の物語は続けられるわけで

「報奨内容は、この世界ウルクの大杯の真実の開示だ」


 …………は?



 今まで多々の窮地を救ってくれた私の勘が最大級の警告を鳴らす。


 これは絶対に聞いたらまずい奴だって!


 この世界の秘密なんて、私は知りたくないです!!


「ああ、そんな顔しても、もう引き返す事は出来ないぞ」


”遅すぎるわよ……”


 二人の突っ込みは容赦なく刺さり、愕然としている私を前にギルガメッシュ様は先を紡いでいく。


この世界ウルクの大杯ってのはな、その実、神の餌場なんだ。

 神はこの世界では魔力と呼ばれている力を食って生きている。そして、この世界にある魔力は、人間が神に祈りを捧げる事で、神への栄養として運ばれるんだ」


 この説明はそんなに問題が無かった。神へ祈りを捧げて対価として奇跡を起こしてもらうんだし、その行為が栄養と言われても理解は出来る。

 それ以上はもういらないですと拒否する姿勢をしようとも、私には続きを聞く選択しか選べない。


「ただな? ずっと人間が祈りを捧げ続けるとこの世界ウルクの大杯の魔力が足りなくなるんだ。

 この世界にある魔力は、無限なようでいて実の所有限だからな。

 そして、減った魔力はどうしたら補給が出来ると思う?」

「……魔力って……もしかして、ティアマト……ですか?」

「正解だ。幸か不幸か、死んだティアマトの肉片ってのはイギギの間神の世界にはまだ大量にあってな。

 この世界に魔力と呼ばれる栄養が足りなくなったら、適宜ティアマトの肉片が落とされる。

 俺達の様な処理係の神がそれを解体して、魔力をこの世界にばら撒いてるって寸法だ」


 想像がついたけれど、案の定、最悪の話だった。


「そんなに肉片があるなら、ここで処理しないで神の世界イギギの間で処理したらいいじゃないですか!」


 渾身の返しには肩をすくめられて、爆弾は投げ続けられる。


「それが出来なかったんだ。ティアマトの肉片は、それがどんなに小さくても神をも吸収しようとするし、危険すぎてそのままでは神の栄養になりえなかったんだ。

 だからこそ、マルドゥクお父様は、ティアマトの肉片を処理して神の栄養に変換するためのシステムを作り上げた。

 この世界で活動する人間を介する事で、ばら撒いたティアマトの肉片から神が栄養に出来る魔力だけを集める。

 それがこの世界ウルクの大杯の真実だってことさ」


 頭の中がぐらぐらしてきた。

 神の方からしたら単なる餌場か調理場かも知れない。でも、私達人間からしたら酷い話だった。

 マッチポンプだっけ、事件を解決する人は事件の首謀者でもあるみたいなやつ。

 そんな言葉が思い出しながら、私はしたくもない確認をする。


「もしかして、過去にティアマトが復活した件って、全てマルドゥク様とかギルガメッシュ様の手によるものなのですか?」

「ああ、理解が早いな。そういうことだ。もっとも、俺以外の神が処理する場合もあったがな。

 そうそう、ティアマトと戦う前のハタナカの推理。あれはかなりいい線いっていたが、ここまでは理解が及んでなかったな。当たり前の話だが」


 ああ、田中さん、ティアマトは今までに復活していたのはやっぱり事実でした。でも、真実はもっと酷かったですよ。


「田中さんとか、お父さんはどこまで知っているのですか?」

「今の話に関しては全くだな。ハタナカは大分近づいたがそれ以上行くことはないだろうさ。

 それと、少し脱線するが、爺とハタナカだけは死ぬまでの記憶をしっかり持っているぞ。他の連中のように記憶を消す事は簡単だったんだがな、俺が止めた」

「どうしてですか?」

「簡単だ。俺の手で二人とも潰すためにだよ」


 ……?


 一転して彼の顔に悪い笑みが浮かんだ。


”ちゃんと言ってあげなさい”


 けれどそれは一瞬だけで、イナンナ様に諭されすぐに戻る。


「何てことはないさ。酒で潰すってだけだ。今夜は男三人で慰労会だよ、わかってくれ。

 爺にも今日は容赦しないが、ハタナカは絶対に潰すぞ。魔法で二日酔いを直す事も絶対にさせない。

 俺の知らぬ所であそこ迄大それた計画立てやがって。大した奴だから俺の手自ら酒を振舞わないと気が済まんのよ」


 それを聞いた私はこめかみを押さえて下を向いた。

 なんだかだんだんと調子を取り戻すと言うか、理解が追いついてくる気がする。

 ああ、そう言えばこの人こんな感じだったなって。


 世界を変えるような酷い話と一緒に、かなり個人的な話を同じように話してしまうギルガメッシュ様。

 この人は何も変わっていない。

 でも、あの戦いを覚えている。

 戦いの全部を覚えているのに、何も変わっていない。


 唐突に頭をよぎる、何も変わっていないんだという実感。


 戦いは終わった。けれど、世界は、みんなは何も変わらない。

 私がこの世界ウルクの大杯の真実を知ってしまった事だって、最初からそうだったんだし、世界が何か変わったわけでは無いんだって。


 ああ、変わらない日常に戻ったんだって実感が私の中にどんどんと広がる。


 お父さんと霧峰さんの酒の話でこんな事に気づく私もどうかしていると思うけれど、そんな私も変わらないんだって思った所で一気に気分が楽になった。

 私はジュースの瓶に手を伸ばして自分のグラスに注ぎ、ぐっと飲み干す。

 全部呑み込めたって気持ちと一緒に。


「少し、すっきりしたみたいだな」

「ええ、少しだけ。酷い話ばかりでしたけれど」

「まぁそう言うな。奈苗ちゃんも二十歳を超えたら酒飲みに付き合わせるから、それまで楽しみにして待っていてくれ」

「そっちはどうでもいいです」


 見慣れた気がするけれど、ちょっと癇に障るギルガメッシュ様のしたり顔を見た後、私は少し力を抜いて椅子に深く腰掛けた。


「ああ、と言う事で、今晩爺を借りるぞ。明日の朝ぐったりさせて返すから後の介抱は任せるわ」


 任せないで下さいと私が拒否するも、流されてしばし無言の時間が過ぎる。

 私に何か心残りが無いかと、彼が気にしている事はすぐに理解出来た。


 ちょっとだけ考えて、それから私は疑問をぶつける。


「一つ質問なんですけれど、どうしてマルドゥク様は私にこの世界ウルクの大杯の真実を教えてくれたんですか?」

「ん? 最初に言った通りの報奨だよ。どうかしたか?」

「本当にそれだけですか?」


 そんな情報、私には報奨にならない。とは言えなかった。

 ただ、逆に気になった。どうしてそんな事を教えてくれたのか。


「ああ、そうだな。まぁ、今後の為に知っておけって話だな」


 くっくっくっと笑う彼の笑い方から伝わるのは、何か別の事を考えているって事。それも、悪い方向の。

 また少し考えを巡らせてから私は聞いた。


「今後の為って……もしかして、ティアマトの肉片がこの世に落とされてまたティアマトが復活することがあると?」

「今回ので十分ばら撒いたし、近い内には無いだろうな。ただ、長い目で見るとそうなるな」


 ああ……


 げっそりとなってうなだれる私に彼は止めを刺しにかかる。


「ああ、そうそう、奈苗ちゃん。マルドゥク様がイナンナに言った事覚えているかい?」


 ……? イナンナ様が私と一緒に居てくれると言う事しか記憶にない。


「あれはな? 端的に言うと、有事の際になったら次もイナンナが対応しろって事なんだ。

 ついでに、イナンナからは引き続き、降臨体として奈苗ちゃんがご指名もされているわけだ。

 まぁ、つまりそういう事だな」


 ……頭の中が白くなってくる。


 話が終わる際にギルガメッシュ様からかけられた、「今後もよろしく」はほとんど私の耳に入っていなかった。



* * * * * * * * * *



 良い話と悪い話と最悪な話が終わった後で、田中さんのエスコートを断った私は一人自宅への帰路を歩いていた。


(イナンナ様?)


”何?”


(どうしてずっと黙っていたんですか?)


”さっきも言った通り、覚悟を決めるのに時間が必要だったのよ”


 それは、久しぶりの二人だけの脳内会話だった。

 二月も終わりが近い。夕暮れ過ぎだと、外は十分に寒かった。


(神様も怒られるのに覚悟が居るんですね)


 クスっと笑いながら返した答えに、全く違う温度の声が戻される。


”何言ってるの? 違うわよ”


(えっ? じゃあ、何の覚悟だったんですか?)


”……この後もナナエを巻き込む事に関してよ”


 寒風が吹き抜ける。


”選択肢は幾つかあったわ。

 私がこのままイギギの間神の世界に戻るとか、別の降臨体を見つけるとかね。

 でも、私はナナエと一緒に居る選択を選ぶ事にしたわ”


(……どうしてですか?)


”難しい理由なんてないわ。ただ私がそうしたいと思っただけよ。

 あとは、最初に、私がナナエの面倒を見ると言ったからね。自分から約束を違えるのは主義に反すると思っただけの事よ”


 なんとなく自動販売機で缶コーヒーを買いたい気分になってくる。

 空気は寒くて、でもどこか暖かかった。


(優しいんですね、イナンナ様)


”ええ。私は神ですからね”


 変な会話。お互いそんな事知っているのに。


(……でも、私を巻き込まない選択肢の方が私に優しくないですか?

 この後、もしかしたらまた私はティアマトとの戦いに巻き込まれるかもしれないんですよ?)


”そうね。その可能性は否定しないわ。

 でもね、最後の決定権はナナエにあったのよ。

 私は忠告もしたわ、よく考えてって”


(……マルドゥク様からの報奨の話ですか?)


”ええ。あそこが最後の分水嶺だったのよ。もしあそこでナナエが辞退していたなら、巻き込まない選択肢が出来たかもしれない。

 どちらを選ぶかの想像はついていたんだけれどね。

 結果からすると、貴方は受け取る事を選んだ。こっちの世界に足を入れる事を選んだのよ”


(……そんなの、わからないですよ。あの聞き方でそこまでの事を考えられなかったですよ)


 非難をしつつも、歩みの速度はずっと同じ。


”……逆に聞くわ、もし私が詳しく話をした所で、そうね。

 マルドゥクお父様からの報奨を受け取って私達の側につくか、全てを忘れて平穏な日常に戻るかの選択を迫ったなら、ナナエはどちらを選ぶかしら?”


 私は立ち止った。

 上を向いて、道を照らす街灯を視界に収める。



(……私は、イナンナ様と一緒に居たいです)



”そう言うと思った。何をした所でこうなるだろうと予測していたわ。

 だから、私は先に覚悟を決めたのよ”


 一人頷く。


”遅かれ早かれ、ナナエは私達の側に巻き込まれると思ったわ。

 ずっとね、その時が来たら、私が何をしてあげれるかを考えていたの。

 その答えがこれよ。ナナエと一緒に居続ける事。

 単純に守るだけではなくて、きっと私達の都合で振り回す事も多いと思うわ。ただ、それはきっと私が居なくても巻き込まれる事なのよ”


(だから、私と一緒に居る覚悟を決めたんですね?)


”そう”


 街灯がちらついて、夜空の先には月が見えた。

 私は前に視線を戻して帰路の歩みを戻す。


(イナンナ様って、やっぱり優しいですね)


”ええ、そうよ”


(でも、酷いですよね)


”ええ、そうよ”


(優しくて酷いイナンナ様。こんな不肖の身ですけれど、これからもよろしくお願いしますね)


”ええ、死ぬまで付き合ってあげるわ”


 気分と同じで、足取りは軽くなる。

 一度は薄氷に足を滑らせて転びそうになったけれど、慣れ親しんだ我が家につくのには時間が掛らなかった。


「ただいまー」


「ななえ、おかえり!」

「おかえり、奈苗」


 迎えに出てくれたのは私のおさがりを喜んで着ているりるちゃんと、コートを羽織って出る気満々のお父さん。

 二人とも、変わらない。私の家族。


 私はもう一度ただいまと言って家の中に入った。



 ◇



 これが私とイナンナ様との馴れ初めで、これ以上の事は無いと思っていた頃のお話。

 この後、私はもっともっと過酷な状況に投げ込まれるだなんて、思いもよらなかったのでした。


”これは私とナナエの馴れ初めで、長い命の少しぐらいならば人間と付き合うのもいいかもしれないと思っていた頃の話。

 この時、私の運命は既に決められていたなんて、思いもつかない事だったわ”


(一部完)

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私は落ちこぼれの女子高生ですけど、降臨された女神様は優しくて酷いです! 綾村 実草 @Kuma_Kangaroo

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