第40話 切れない縁
「え? え?」
僕の部屋にアムちゃん――にそっくりだけど髪色の違うアムちゃんがいる。
ここは、アムちゃんがいた世界じゃない――はずだ。
「もしかしてまだ寝不足なんですか? なら、ちゃんとお布団で寝てください。机では身体が痛くなるだけで、疲れが取れませんよ」
手を引かれ、万年床に連行された。
繋いだその手は温かい。どうやら幻想では無さそうだ。
思考が整理できないのでどう対応していいのか判断できず、とりあえず言われるまま布団へ横になる。
すると躊躇のない動きで黒髪のアムちゃんも隣り合って横になった。
お互いの体温が感じられる距離。軽く触れ合い、身体の柔らかさが伝わってくる。
「この時間に熟睡してしまうと今晩眠れなくなってしまうでしょうから、一時間程度の昼寝にしますよ。いいですね?」
「はい」
反射で答えるが、成り行きに任せるままとなってしまう。
一体何が起こっているんだ、現実の、僕の生活に。
どこから考えようか、と思っているうちに寝息が聞こえてきた。
わずか数十センチの距離に、無防備にも穏やかな寝顔を晒している少女の姿がある。その顔は、記憶にあるアムちゃんの寝顔そのものだった。
ふと、胸元に名札が掛けられているのに気付く。
書かれている文字を見て可能性に思い当たった。
【上里派遣サービス 実習生
布団から起き上がり、そそくさと外出の準備をして、既に熟睡モードに移行しているらしい黒アムちゃんを寝かせたまま部屋の鍵を締めた。
*+*+*
「
「いえ、そうではなくて、僕にはこの二週間くらい別の人格が独り歩きしていたみたいなんで、記憶に無いんです」
どう言ったものかと思っていたものの、保護者同然である聖侍さん以上に頼れる人はいないから、洗いざらい自分の身に起こった事を白状することにした。
懺悔を聞くのは神父の
ただ、あちらの世界に
「信じがたいことだけど、言われてみたらいつもの錬冶君にしては常識外れな物言いをするなとは思ったよ。でも、まだ紹介したこともない亜夢のことを知っていたのには驚いたなあ。亜夢の方も夢に見ていた通りだとはしゃいで、二つ返事で承諾してしまったし」
そう、僕は知らなかった。
聖侍さんが聖薇ちゃんを失ってから養子を受け入れていたのを。
教会では安定した資金が確保できないからと派遣サービスをしているのは聞いていたけれど、身寄りのない人の受け入れ先を相談されたのが契機だったとは。
孤児院や児童養護施設ではなく寮として経営されているので、そのような立場の人達がいるなんて印象は欠片もなかった。
上里教会は身近な存在だと思っていたけれど、僕はその実態をまるで理解していなかったのだ。
「この仕事に興味があると言ってくれていたから、僕は期待してしまったんだけど、それはどうなのかな……あの時の錬冶君が今の錬冶君と別の人だと言うのであれば、改めて気持ちを確認させてもらいたいんだけど」
「この仕事って、派遣サービスについてですよね」
「うん、錬冶君にもこの事業を手伝ってもらえたら助かるなって以前から思っていて、いつか提案しようとは思っていたんだけど、学生として自分がやりたい仕事を目指しているうちは余計な迷いを生みかねないから言わないでおくつもりだったんだ。でも、錬冶君が望んでいるのなら大歓迎だよ」
聖侍さんには穏やかな笑顔が浮かんでいる。
本心からの言葉なのは間違いなさそうだ。
「それでどうなんだい、就職活動の状況は。仕事は見つかりそうかい? 学校は今年で卒業のはずだよね」
「厳しいですね。正直、在学中に就職先は見つけられないんじゃないかって思っていたところなので」
いや本当は、未だに自分がしたい仕事を見つけられていないのだ。候補は出てくるものの、どれもピンとこないまま本気で就職に向けて動けていない。
曖昧なまま活動をするものだから、曖昧なまま機会が流れてしまう。
コンピュータ系の専門学校で技能を身に着ければ固まっていくだろうと思い通っていたものの、確たる目的がないのでは中途半端な技能しか習得できず、中途半端な人物像が形成されただけだった。こんなではどこも雇おうなんて気が起きないはずだ。
なるべくしてなっていた。
なので、例えコネだろうと、聖侍さんの提案に乗せさせてもらうのが妥当な判断に思えた。僕のような半端者でも、雇う価値があると思ってくれるのであれば。
「じゃあ改めて言わせてもらうけど、ぜひ上里派遣サービスの職員になるのを考えてもらえないかな。希望の条件があるのなら相談にも乗るからね」
「そんなに……僕に期待してくれるんですか?」
「うん、この仕事は人間性と信頼関係が何よりも大切だからね。今の僕が一番信頼できるの、錬冶君なんだからさ」
よもやの厚い信頼を向けられ、退路は絶たれた気分がした。
後は頷きを返すだけで、僕の就職活動は惨敗から一発逆転の成果を得られそうな雲行きだった。
「そうですね……考えさせてください」
「うん、前向きに考えてもらえると嬉しいよ。ああ、これが仕事内容の書いてあるパンフレットだから読んでみてね。不明なことがあったらいつでも聞いてくれて構わないからさ」
ありがたい申し出は、一旦保留させてもらう事にした。
何しろ想定外の流れに流されたまま決めてしまうのは、あまりにも自分の人生に無責任すぎると思ったから。
いや、言い訳はよそう。実のところ今の僕は、この世界に現れたアムちゃんで思考の多くを占められているのだ。
もう、問いただしたくてたまらない。
「不明なこと、なんですが」
「ん、なんだい?」
「僕の家にやって来たアムさんが、僕が寝ている布団に添い寝してきたんですけど、いつもああなんですか?」
「ああ、それね……」
聖侍さんは困惑の色を見せるのを隠さなかった。
「あの子、人懐っこすぎるんだよね。世間知らずなのは僕にも責任があるんだけど、それにしたって男性に対する羞恥心や嫌悪感をまるで感じていないみたいで、自分から進んで潜り込んでくるんだよね。まるで猫みたいな子だよ本当に」
「ええ、猫みたいだなって思いました」
「そう、だから錬冶君にしか預けられないと思ったんだ」
「はい?」
「錬冶君なら、きっといいパートナーになってくれるはずだから」
「パートナーって?」
「二人が相思相愛なのであれば、僕はいつだって挙式を行う準備があるからね」
仕事の話どころか、アムちゃんとの婚約っぽい話までトントン拍子で進んでいるのはどういった超展開で?
「ええと、どうしてそんな話になっているのでしょうか?」
「だって、逢って早々に僕の目の前で誓いのキスをしてくれたじゃないか」
「はああっ!?」
僕のいない間に、僕の恋愛に真摯なキャラクター性が崩壊しているんですがー?
「だからもう、同じ布団で寝るくらい気にせずしてくれていいからね。父さんはその先だって許すよ」
「今回はここまでで結構です。改めさせてください」
逃げた。一目散にこの場から立ち去った。
完全に思考がオーバーヒートしていた。
僕の人生はどうなってしまうのか。
この世界の神様は、僕をどこまで弄びたいのか。
せめてこれが、夢オチだったら良かったのに。
真冬の渓谷に飛び込みながら、この世界かあの世界かわからない朦朧とした意識に逃避行をしていったのだった。
―― BAD END ――
父様はメードマスター サダめいと @sadameito
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