第四話
「依頼・・・来ないな」
レシオンが思った事をそのまま口に出す。
だが、誰もその言葉に返す者はいない。リオンは完全に寝ており、Jは窓際でボーっと外を眺めている。
別に誰かから返事を期待して発した言葉ではないが、誰れからも返ってこない事に対してため息を吐いてしまう。
「金額下げるか・・・」
あまりにも依頼がないので前金500万、成功報酬500万、計1000万円という料金設定を変えようかどうか真剣に悩んだ。正直いうとこの料金設定は適当だ。なんとなく切りがいいからという理由で、決めた1000万なのだ。
彼らが人を殺すのはお金の為ではない。活動するための資金としてお金があった方がいいというだけだ。
そのため別に金額を下げてしまってもあまり問題はない。男三人が暮らすのに1000万は有り余る。
「計500万に値下げしようか」
レシオンは値下げ案の具体的な金額を口にすると電卓を取り出し、生活費の計算を始めた。
見てわかる様にこの三人の中でお金の管理をしているのは彼だ。
彼がこの役割を
リオンは面倒くさがりで、普段から財布すら持ち歩かず現金を直でポケットに突っ込んでいる。
Jは普段は何を考えているか全くわからないので、お金の管理を行うのは危険すぎる。
消去法でレシオンがお金の管理をしているのだ。
「うん、全然余裕だな。というか依頼人によっては前金だけの500万だし、あんまり変わらないな」
計算が終わり、依頼料が500万でも問題ないことを確認する。その過程で別に計算するまでもなかった事に気がついた。
彼らに依頼をした人間は前金で500万を持ってくる。そして前回のように依頼が悪人だった場合はその場で殺してしまうので、依頼完了後の報酬金を貰わない事がある。というかその場合の方が多いぐらいだ。
「ならやっぱり、噂か・・・」
レシオンがもう一つ心辺りのある、依頼が来ない理由を考えながらメールを送る。
彼らのテロスティアがどうやって他の人間に知られているか。それは噂を流すという原始的な方法だった。
彼らは普通の殺し屋達とは違い、基本的に別組織との繋がりを持たない。普通の殺し屋は情報屋やら取引屋、他の殺し屋などの他の組織と繋がりを持ち、主にそこから依頼をもらう。
だが、彼らはそんな組織とは繋がりを持たない。いや持てないのだ。
何故ならそいつらは悪人。彼らからみても悪人ばかりの集団だからだ。
テロスティアとしてを始めた時、Jの噂もあり色んな組織が彼らと繋がりを持とうとして接触してきた。だが目の前の悪人を彼らが放っておく訳はなく、彼らに接触してきた組織は壊滅。
組織にいた人間はもれなく全員殺された。
そんな出来事があり、彼らに接触する組織は壊滅するという噂が流れた。その噂を聞いた人間は普通の反応としてテロスティアに接触することはなくなり、噂を聞いてあえて接触してくる組織は例外なく壊滅した。
そんなこんながあり、彼らは別組織と組むことはない。だが、例外の組織がある。
その組織は彼らと組んでいるというよりはテロスティアの傘下という言い方の方が正しいだろう。その組織の分類は情報屋だ。レシオンがリオンと出会う前からの知り合い、"レイド"の組織だ。
レイドは元々裏の世界の情報屋をしていたが、一度足を洗っている。
その後レシオンと出会い、彼専属の情報屋になった過去がある。昔からの知り合いという事でレイドは信頼されており、Jの
そのレイドが彼らテロスティアの噂を色んな所にバラ撒いている。
その噂を聞いた人間がレイドの部下と接触し、この場所の話をする。というシステムだ。
今回の料金変更の事もレイドに頼み、噂を撒いてもらうつもりだ。
「でも、どうすっかな・・・」
「なんのご用ですか?」
レシオンが色々考えていると、彼の側の床からレイドが現れる。先ほどレシオンが送ったメールはこの建物の下にいるレイド宛のもので、『ちょっと来て貰えます?』という内容のものだったのだ。
「んー、ちょっとな」
レシオンは依頼が来ないという悩みをレイドに相談し、先ほど決めた料金変更の事を伝えた。そして例の噂をどうしたら良いのか相談し始める。
「"テロスティアに依頼した人間はその場で殺される"。こんな噂がかなり出回ってるんじゃ、そりゃ依頼なんて来ませんよ」
「だよなぁ。で、どうすれば良いとおもう?」
「この噂を消すのはほぼ不可能ですね。なんせ事実なんですから」
その通りだ。この噂が真っ赤な嘘ならば、しばらくすればこの噂は消えてなくなるだろう。だがこの噂の事は事実だ。実際に依頼人を殺す事がある。しかも、その真偽は調べればすぐに分かってしまう。
「いやぁ、そうなんだけどさ」
「まぁこっちの方で上手く情報操作してみます。さっきの料金変更の情報と合わせれば多少は良くなるとは思いますよ」
「・・・いつも悪いな、レイド」
「いえいえ、これが俺の仕事ですから。それでは」
そう言うとレイドは『同化』を使い、出てきた時とは逆に床に沈んでいった。
なんとか改善はすると聞いたレシオンは安堵のため息を吐き、チラリと他の二人を見る。
二人は最初の状況から一切変わっておらず、リオンは寝ており、Jはボーっとしている。
(こっちが色々と悩んでいるのにこいつらは・・・)
そんな思いが怒りとして込み上げてくるが、二人に怒った所で変わらないという結論に至る。
そして本日三度目の大きいため息を吐いた。
「あ、そうそう。言い忘れてました」
「ん?なんかあるのか?」
三度目のため息を吐いた所で再びレイドが現れた。
レイドがいきなり壁や床から出てくるのは、最早だれも驚かない。この組織では当たり前の事になっている。
「ある殺し屋の情報を手にいれました」
「ほう」
「それと、もう一つ。面白い情報も」
レイドが言った事を聞いたレシオンはニヤリと笑った。
「おい!起きろリオン!!」
せっかくぐっすりと寝ていたリオンはレシオンの大きい声で目を覚ます。
依頼でもあったのか、と思い意識を覚醒させるとそこには気持ち悪く口角を上げてニヤけているレシオンがいた。
「どうした、気持ち悪いぞ」
「う、うるせぇ!Jも早くこっちに来い!」
「オーケー、オーケー。HAHAHAHAHA!!」
「おいJ!お前まで笑うな!」
ニヤケ顔をメンバー達に笑われたが、話を進める為にここはぐっと堪える。本当なら―――出来るかどうかは別として―――一発ずつ小突いてやりたいところだ。レシオンは二人を集合させると先ほどレイドから聞いた情報、テロスティアではない本物の殺し屋の情報を話し始めた。
「さっきレイドからある殺し屋の情報を手にいれた」
「イエス!」
「ほう」
レシオンの発言を聞いて先ほどまでダルそうにしていたリオンとレシオンを笑っていたJが顔色を変えた。特にJの表情はまるでこれから遊園地に連れていってもらえると聞かされた子供のような、ワクワクしているような表情だ。
レシオンも顔を変えた二人を見て、再びニヤリと口角を上げた。
「じゃあ話していくぞ」
殺し屋の名前は"アレス・ウェポン"。
メンバーは3人で、それぞれのコードネームは"シルク"、"ボマー"、"ウェイブ"だ。
全員が男で、言霊使い。噂ではボマーの言霊は強い爆発を起こせるかなり強力な言霊らしい。
だがアレス・ウェポンの中で一番厄介なのはボマーではなく、恐らくだがシルクだ。
シルクは主に偵察などを担当しており、なんでもシルクの言霊は防御系の言霊らしくこちらのありとあらゆる攻撃が一切当たらないという噂がある。
言霊のタイプまでの情報は流石になかったが、もしその噂が本当なら一番厄介だと思われる。
ウェイブに関してはあまり情報は無かったが、攻撃系の言霊という噂が少しだけあるそうだ。
これらの情報とアレス・ウェポンが活動している拠点の場所の情報を二人に話すとレシオンは一旦、話すのを止めた。
「と、まぁレイドが教えてくれたアレス・ウェポンについての情報はこれぐらいだな」
「なるほどな」
「ほー」
アレス・ウェポンについての情報はなんとなく頭にいれた二人。リオンは既に頭の中でアレス・ウェポンへの対策を考えている。自分の思い込みで効果が変わる言霊の『偏執』は
「それと、もう一つ」
レシオンはそんな前置きをして、レイドから聞いたあるとって置きの情報を話す。
「このアレス・ウェポンは二日前にある依頼を受けたそうだ」
「・・・ある依頼?」
「それは・・・俺達、テロスティアを殺す依頼だ」
「っ!なるほど、向こうから来るのか」
「GYAAA!HAHAHA!」
「ああ、向こうは既に殺る気だ」
その事を聞いて彼らの
高笑いをしているJは、軽く興奮状態だ。
二人のやる気が高まった事を確認したレシオンは、次に担当を決める為に話し合いを始める。
「やる気は高まったな。なら、誰が誰を相手するか決めるぞ」
「とりあえず、シルクって奴を相手にするのはJの方がいいだろ」
「HAHAHA!!」
「まぁそうだな。俺は防御系の言霊と相性が悪いし、リオンは相性が悪いとまでは行かなくてもやりづらい事には変わらないしな。万が一を考えるとシルクはJに殺ってもらうのが一番だな」
「オーケー!」
「じゃあ残りはボマーとウェイブだな」
5分ほどどちらがどちらを相手するか話し合った結果ボマーをリオンが、ウェイブをレシオンが相手する事に決まった。
続けて作戦についての話し合いが始まったが、僅か数十秒ほどで話しが終わる。もちろんたった数十秒で作戦と呼べる上等なものは出来るハズもなく、最初にどうするかだけ決めて後は各自がなんとかする、というなんとも雑なものが出来上がった。
そして色々と決まった彼らは早速その作戦の実行に向かう。
「じゃあ、いくぞ。俺達の正義を執行する」
「前から思っていたんだが・・・それダサくないか?」
「・・・え、マジで?」
「HAHAHAHAHA!!!!HAーHAHAHAHA!!」
「お、おいJ!いくらなんでも笑いすぎだろ!?」
「これは、Jもダサいって思ってたって事だな」
「嘘だろ!?」
親しい友人同士のような会話をしながら、彼らは夜の闇に消えていく。
彼らの関係はきっと、一言でも表せるものだが同時に一言では表せない。複雑であり、単純でもある。そんな関係。
今から2日ほど前ある人間の殺しの依頼があり、殺し屋がその人間を殺害した。
「な、何故!?なぜこんなことをっ!?」
「・・・仕事だ」
時刻はちょうど午前0時を回った所で、辺りは夜という暗闇で満たされている。
周囲に街灯はなく、月明かりが入り込む古びた建物の中で二人の男が話をしていた。
だが、次の瞬間には巨大な爆発が起こる。大きな爆音に高熱の爆炎が建物を内部から破壊する。天井や壁はぶっ飛び、建物の中身が飛び出す。
爆発の中心に居た二人は当然のように爆発に巻き込まれた。
しばらくすると爆煙が晴れる。巻き込まれた二人が居たところには一人だけが立っていた。
「任務完了だ」
その男の背後には文字が浮かんでおり、その男が言霊使いであることを証明している。彼の背後に浮かんでいる文字は『爆発』。爆発という文字が赤く発光して浮かんでいる。
男は無線で任務の完了報告を済ませると、その場から立ち去った。
残されたのは所々に火がついている瓦礫だけ。もう一人の男は死体すら残っていなかった。
「ご苦労だボマー」
「・・・ウェイブだけか?シルクはどうした」
ボマーが拠点に戻ると一人の男、ウェイブがソファーでくつろいでいた。
ここは殺し屋、アレス・ウェポンの拠点。この男達はそのメンバーであるボマーと、ウェイブ本人だ。
ボマーがシルクだけがいない事に疑問を持つ。これから報酬の話をするというのに、シルクがいないのは珍しい事だ。
「そろそろ戻ってくると思うぞ」
「よぉ、いま戻ったぜ」
そうウェイブが言うと、言い終わったタイミングで誰が部屋に入ってきた。ずいぶんとラフな服装をしている男はそのままどかどかと部屋の中を進み、L字型のソファーに腰を降ろした。
「シルク・・・どこにいっていた」
「おお、ボマー。戻ってたのか」
少しわざとらしく、ボマーが居たことに今気付いたようなアピールをする。
その対応に
怒りを抑えると、ボマーも同じソファーに座りシルクがどこに行っていたのかの話を聞くことにする。
「それで・・・どこにいっていた」
「まぁそう焦るなよボマー。俺は単に仕事を貰いにいっていただけだって」
「仕事だと?」
疑問に思ったボマーにシルクではなく、ウェイブが答える。
「ああ、上から直接の依頼が来た」
上とは自分達より立場が上の、裏の組織の事だ。
今、裏の世界を仕切っているのはある2つの組織。
その二つ組織が現在はトップであり、それ以外の組織は一部の例外を除いてその2つの組織のどちらかの傘下である。
普段は傘下の組織には不干渉のトップだが、稀にそのトップの組織から傘下の組織に依頼がくる。それも正式なもので、しっかりと莫大な報酬金が貰える。
「それで、どんな依頼だ」
「だからそんな
「・・・後処理って訳か」
ウェイブは同じ裏の組織の人間を殺すと聞いて真っ先に裏切り者の、別組織の後始末を任されたのだと思った。
裏の世界では裏切り者や脱退者を許さない。これは自分達の組織の情報が他に漏れないようにするためだ。
裏の組織を抜けるには、少なくともそれ相応の対価が必要になるのだ。
だが、ウェイブの発言を聞いたシルクはそれを否定した。
「いや、そうじゃねぇ」
「どういうことだ?」
「その組織はトップのどちら側にも属していない。だが、新参者って訳でもなく、そこそこの大物だ」
「勿体ぶってないで、さっさと教えろ」
肝心な事をなかなか言わないシルクに、ボマーが腹を立てる。ボマーはこういうシルクの悪い正確には、うんざりしている。だが、仕事仲間ということでなんとか殺してはいない。
「だから焦ん・・・まぁいいか。簡潔に言うとだなぁ。無所属殺し屋グループ"テロスティア"のメンバー、リオン、レシオンそしてJの殺しを依頼された」
「なっ!」
「っ!」
シルクの口から出た意外な依頼内容に二人が驚く。
実はテロスティアの噂は表より、裏の方が広まっている。中でも接触しようとした組織はもれなく壊滅するという噂が大きい。しかもこの噂が事実である事からトップの2つの組織もあまりかかわりたくないと思ってるほどだ。
そしてなんといってもテロスティアの中で一番の噂がある男、Jの存在が一番大きい。
「で、どうする。いまならこの依頼を受けないって選択があるぜ?」
「馬鹿言え、上からの直接の依頼を蹴れるか。逆にこれはチャンスだ。テロスティアを壊滅さることが出来れば俺達は一気に上に上がれる」
上が手を焼いているテロスティアを、自分達アレス・ウェポンが対処できれば上から注目される事は間違いない。
なんせ上が対処しきれないからこうして依頼が彼らに回ってきたのだ。ここで自分達が上に出来ない事をしたとしたら、一目置かれるのは当然。
もしかしたらトップの組織にはいれるかもしれない。
そんな考えがウェイブの頭に浮かんだ。
「だよな。こんなチャンス逃せねぇよな。ウェイブならそう言うと思ったぜ!ボマーてめぇはどうする?」
「俺も答えは同じだ。それに誰であろうと、仕事として貰ったら実行するまでだ」
「ひゅーっ!流石ボマーだ」
「だが、今回は今までのようには行かないだろう・・・。シルク、直ぐにテロスティアの情報を集めろ!ちょっとした細かいものも全てだ」
「了解だ」
シルクはソファーから立ち上がり、部屋を出ていった。
シルクはその言霊の能力から、誰かに捕まったり殺られる事はない。そのため、情報収集や偵察などの役割は全てシルクが行っている。彼なら安心して危険な場所にも赴いて情報を集める事ができる。
シルクの言霊は数の少ない特殊なタイプのものだ。そのため対策される事はほとんどない。
もし、例外があるとしたらレジデンスにいる『無効』の言霊ぐらいだろう。
「さて、ボマー。俺達は俺達で準備を始めるぞ」
「ああ」
シルクが出ていく所を見送った二人は、情報収集とは違う対テロスティア対策を始める。
そして、次の日。シルクがテロスティアの情報を持って戻ってきた。
3つの正義は表に賭ける ミネラル・ウィンター @Mineral-Winter
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