第参話


 私はある大手の電気メーカーに勤めている。立場は社長の秘書という立ち位置だ。

 自分でいうのもあれだが、25歳という若さでこの地位まで上り詰めたのはとても凄い事だと自負している。

 待遇はもちろん環境や給料も最上位なものだ。

 お金に困るなんて事とは縁を切った生活をしていると言っても過言ではない。

 だけど。そんないい仕事だけど。


 私は今この会社を、物凄く辞めたい。


「いつもありがたいねぇ。川上くぅん」


 その原因はこの男。この会社のCEOである金成 春夫だ。

 好きなものを好きなだけ食い散らかし、ブクブクと肥りきった体型に高そうな装飾品。

 一目見れば自分は偉く、金を持っていると主張しているのがよくわかる。

 だが、私がこの男を嫌っているのは外見の他に一つ。


「いやぁ。いつ触っても触り心地のいい、素晴らしいものだ」


 なにもない、いつも通りのセクハラだ。

 豚のような男の脂ぎった手がスーツ越しに私のお尻に触れる。

 圧倒的な不快感に襲われるが、私には何も言えない。この男には圧倒的な権力と金がある。それで大抵の事は解決できてしまう。

 こいつの嫌な所はそういう所だ。自分が不正してもそれを揉み消すだけの力があり、それを悪用している。

 例えセクハラでこの男を訴えても、なんとかして揉み消されてしまう。これは過去に、私のいくつか前の秘書の時に実際にあったのだ。


 それに先日、この男の身代わりに幹部の男が辞めさせられた。やってない事をやったことにされてしまった。男に掛かれば事実をねじ曲げることも容易よういだ。

 そして私は辞めようにも辞めれない。この男に気に入られたら最後、辞めることもできないのだ。

 だから、私はただただ耐えるしかできないのだ。私にはこの男を敵に回す度胸も、勇気も、覚悟もないのだから。


「この後は会議があります。準備の方をお願いします」


「ああ。わかっているさ」


 今日はこれから大きい会議がある。一応仕事なのでそのことを伝えると、私はお尻を撫でられながらもこの男と共に会議室に向かった。



 会議中。私は常にこの男のすぐそばに立っていた。

 男の手は私のお尻に伸びている。私は会議の最中、ずっとセクハラを受けているのだ。もちろん周りの人間もその事に気づいている。だが、何もいわない。当たり前の事だと言わんばかりに気にも留めていない様子だ。


 いや、むしろ笑っているように見える。

 今の私には、私がセクハラを耐えている事を笑っているように思える。

 人が嫌な思いをしているのをこいつらは面白おかしく楽しんでいるのだ。


(なんで、こんな会社に入っちゃったんだろ・・・)

 

 今、私が考えている事は後悔。こんな思いをするなら中小企業にでも勤めた方がよかった。

 給料や環境や待遇が悪くても、そっちの方がよかった。今になって、普通の会社でOLをやっている友人のことが心底うらやましい。


(こいつら、全員死ねばいいのに・・・)


 私はどこか諦めたように、笑っている男達に対して心の中で呟いた。


 その時。


 ―――ガシャァァァァン!!


 突然窓ガラスが割れ、刃物を持った男が入ってきた。

 私はその男を―――


「ギィィルティィィィ!!!!」


 ―――知っていた。







「いっ、嫌だ!まだ死にたくない!!」


「た、助けてくれ!!」


「やめ、やめろ!やめっ!」


「バラ・・・バラ・・バラ、バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ!!GYAAAAAAAAA!HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!」


 先ほどまで私を笑っていた男達の悲鳴や助けを求む声が聞こえる。私は目の前で突如として行われた残虐な行為に腰を抜かしてしまい、その場に座り込んでいた。

 まず最初に、あの男。金成 春夫の首が飛んだ。

 そのあと侵入してきた男はいつの間にか会議室の唯一の出入口に立っており、逃げ場をなくした会議室にいる人達を次々に殺していった。

 男の後ろには『共有』と『偏執』の二文字が浮かび上がっており、その男が言霊使いである事を示している。


 なぜ?

 そんな言葉が私の頭中を駆け回っていた。

 まず、ここビルの30階で周りに同じような高さのビルはない。それなのにどうやって外から窓ガラス割って侵入してきたのか?

 それにこの窓ガラスは厚さ19mmの強化ガラスだ。刃物を持っただけの人間が一撃で、割るなんて事が可能なのだろうか?

 そして何故、この男がこんな所にいるのか。これが一番の謎だ。

 この男はいま色々と話題になっている殺し屋『テロスティア』その三人の内の一人であり、"世界最悪の殺人鬼"だ。


 それは8年ほど前。日本で最悪の事件が起きた。

 それはの人間による大量無差別殺人とされている。

 死者の数はなんと、151人。世界最多、及び歴史史上最多の殺人数だ。

 その男は悪魔だ、神だ、化け物だ、現代の切り裂きジャックだ、なんて言われまたたく間に指名手配をされた。だが結局その男が逮捕される事はなくその事件以降、その男が姿を現す事はなくなった。そのため死亡説や、本当は捕まえたが国が何らかの理由で捕まえてない事にしているなどの説が唱えられた。

 しかし最近になってその男が現れたとニュースになり、現実でもネット上でも大騒ぎだ。


 ニュースや手配書で見たことのある男が目の前で虐殺を繰り広げている。

 部屋の一角が真っ赤に染まり、その場所からグロテスクな音だけがしている。

 いつの間にか人の声はしなくなっていた。

 聞こえるのは血肉を切り裂く不快な音と、男が上げる人間とは思えない化け物のような笑い声だけだ。


「Fooo!グレイト!・・・んー?」


 放心していた私に、その男が気がついた。

 私は腰を抜かしており、恐怖で指一本すら動かす事ができなかった。

 返り血で全身真っ赤に染まった殺人鬼が私に向かってゆっくりと迫ってきている。

 生臭いツンとした匂いが強くなり、鼻の奥を刺激すると私は漏らしてしまった。


「ぁ、ぁ、ぃぇ・・・」


 なんとか助けを、命乞いをしようとするが上手く声がでない。頭の中を死の恐怖と死にたくないという思いで満たされる。

 そして、目の前の死は私のすぐそこまでやって来た。見上げると死がこちらを見ている。

 私は再度、声を出そうとしたが結果は同じだった。


(ああ、終わってしまう)


 私は絶望し、そう思った。

 だがその死は私に刃物ではなく、何故か"手"を差し出してきたのだ。


「ぇ?」


 唐突に差し出された手。刃物を持っていない方の手が私の目の前に差し出されている。

 その手は帰り血で真っ赤に染まり、今もなお誰かの血がしたたり落ちている。

 私はその手をどうしたら良いのかわからず混乱してしまった。


「おっと」


 どうしていいかわからず、何をしたらいいかわからず、私が止まっていると男が動いた。

 私はその男の期待に添えた行動をしなかったのだと思った。もしかしたら死なずにすんだかもしれない。差し出された手の意味を読み取っていればまだ死なずにすんだかもしれない。

 そんな確信もない考えが浮かび、なにもしなかった事を後悔する。


 だがそんな私の2度の絶望を他所に、男はテーブルに置いてある、会議用に用意されていたおしぼりを手に取ると手を血をキレイに拭き取り始めた。

 そして、キレイになった手をまた私の前に差し出したのだ。


「ぇ、あ、ぁぅ」


「・・・」


 再び差し出された手を今度こそなんとかしようと思ったが声はでないし、体は全く動かない。

 また何もできないでいると、男は私の手を掴み私を引っ張り上げた。

 引っ張られた反動で座り込んでいた私は立ち上がる。

 そして男は立ち上がった私の肩をポンと優しく叩いたのだった。


「おーい、J。終わったか?」


「イェア」


「じゃあ、今リオンが足止めしてるから回収しにいくぞ」


 私が男の行動に驚いていると、会議室の扉を誰かが開けた。

 その男も私は見たことがあった。確か一度捕まったが脱走に成功した殺人犯・・・だったハズだ。

 その男の後ろにも青く発光している『共有』という文字が浮かんでいる。

 男はこの殺人鬼を呼びに来たようで、すぐにこの部屋から出ていく。それに続いて目の前の殺人鬼もこの部屋から出ていった。


「え・・・」


 そしてこの部屋に残されたのは、何がなんだかわからない私と、ぐちゃぐちゃになった肉塊。そしていつの間にか会議用のテーブルに並べられた13個の頭部だった。


「はは・・・」


 私はもう一度その場に座り込む。

 何故自分だけ殺されなかったのか、実は少しだけ心辺りがあったのだ。

 5年前の大量無差別殺人事件。その151人の死者は全員、男だったのだ。女の死者は一人としていない。その殺人鬼のこだわりなのか、男だけが151人も殺されたのだ。


 だからなのか自分は殺されない、自分だけは殺されなかった。

 男である金成達は無惨にも殺され、女であった自分はだけが生き残る。

 そんな状況を、私は少しだけ笑ってしまった。

 もしかしたら私が、女の私が「全員死ねばいいのに」なんて思ってしまったから奇跡でも起きてあの男を呼び出してしまったのだろうか?

 あり得ないとわかっているが、私この狂った状況の中でそんな事を考えてしまうのだった。







「あ、アキラ!」


 大体2ヶ月ぶりにコードネームではなく俺の名前を呼んだその声で目を開けた。

 目の前には丁度思い出していた彼女。凛花が立っていた。

 他には誰も見当たらないが、言霊を使って確認したところ一人は隠れているようだ。立花 静は指揮を取るため外で待機してるだろうから、この隠れてる人物に該当するのは残り二人。

 そしてその内の一人は隠れるなんて事はしない性格のため、その隠れている人物が五十嵐 刀馬だと断定する。


「どうしてっ・・・どうして!!」


「・・・どうして、か」


 凛花が聞きたい事はわかっている。

 だが、俺はその答えを言う事はできない。

 いや、違うか。俺は言う気がない。言う勇気がないのだ。何故なら俺は彼女に期待してしまっているからだ。


 凛花は俺が答えを言ってくれるかもしれないと待っている。じっとこちらを見て、必死に俺を理解しようとしていた。

 隠れてる刀馬もまだ動く気配がない。こちらの出方を見ているのか、それとも―――


「っ!」


 その時、俺の背後に高速で近付く存在に気がついた。十中八九あの男だ。

 俺は直ぐに言霊を発言し、自分の身体は切る事ができない身体だと思い込み、その効果を発動させた。

 次の瞬間、木刀を持った男がその木刀で俺を切りつける。俺はとっさに腕でその攻撃を防いだ。


「なに防いでんだ!裏切り野郎!!」


「防がないと死ぬ攻撃だからな」


 俺を切りつけた男は勝呂 優刀。乱暴な言動が特徴的な男だ。こいつの言霊は『切断せつだん』。

 接触切換型の言霊で、能力は自分が手で触れている"物"を何でも切る事ができるようにする、という能力だ。

 もし俺が言霊を使ってなかったらこのまま真っ二つになっていただろう。つまりこいつは俺を本気で殺す気だったというわけだ。


「てめぇには殺害許可すら降りてんだ。諦めて俺に殺されろ!!」


「・・・なるほど。殺害許可が降りたのか」


 少し意外だと思ったがよくよく自分のやった事を思い返してみれば、その判断は間違ってないと言える。

 もっとも俺は自分のした事を悪だとは思っていないので、こいつら基準で自分の行動の悪さを見ると随分悪い事をしていると思う。


 レジデンスは凶悪な犯罪者を対応するため、場合によっては殺害許可が出ることがある。それは国から殺しても構わないと言われているようなものだ。

 殺害許可は滅多に出るものではなく、非常に凶悪な犯罪者や、確保が難しい犯罪者などに出ることがある。

 まぁ俺の場合は最近までレジデンス側にいたので、情報の漏洩ろうえいを防ぐための口封じも兼ねているのだろうな。


「だが、俺を殺すならまだ足りないな」


「オイオイ!随分とおしゃべりになったじゃねぇか!!裏切ってからしゃべる練習でもしてたのかぁっー?」


 勝呂は持っている木刀に力を込めて、力押しで俺を切ろうとしている。

 近付いてきた時の高速移動といい、この力といい勝呂は既に強化済みだ。このビルに入って来る前に五十嵐の言霊『強化』で身体能力を上げてきている。

 この状態の勝呂とやり合うのは少々部が悪い。

 俺の言霊『偏執』は応用力が抜群だが一度に一つの効果しか発動できないというデメリットもある。

 今は切られないように思い込んで五十嵐の『切断』に耐えているが、ここで再度『偏執』を発言して身体能力の強化をした瞬間に真っ二つに切られてしまう。


「ねぇ亮!今ならまた戻れるから!おとなしく捕まってよ!」


 どうするか考えていると、俺達から少し離れた所にいる凛花が叫んだ。彼女の『無効』は無差別だ。下手に近付くと味方の言霊まで無効化してしまう。


 凛花はまた今までのように戻りたいと思っているのだろう。恐らく彼女は俺を殺す事に反対のハズだ。だからこそ、俺が殺されそうなこの状況でそんな事をいったのだ。

 だが、俺にそんな所に戻ろうなんて気持ちは全くない。あんな狭い場所じゃあ俺達の正義を執行する事はできない。


「お断りだ」


「はっ!そうだろうな!」


 勝呂がさらに力を込める。

 まずはこの状況をなんとかしなければならない、と思っていると勝呂の口角が少しだけ上がった。


 するといつの間にか俺の背後に五十嵐が現れる。

 先ほどから隠れていた人物が五十嵐だ。元々こうやって挟み撃ちをする作戦だったのだろう。直ぐに出てこなかったのは、凛花の呼び掛けに俺が応じる気があるかどうかを判断するため、といったところか。


 俺はまんまと作戦通りに勝呂と五十嵐に挟み撃ちにされている。

 だが、この状況は俺の思った通りだ。俺は五十嵐が出てくる時を待っていたのだ。


「悪く思うなよ!」


 五十嵐が俺に向かって殴り掛かってきた。五十嵐は当然のように自分自身を強化しているだろう。つまりこちらが身体能力の強化をしていない状況で、あの拳をくらったら死なないにしても重症になるほどの一撃だ。

 まぁ、食らったらの話だがな。


 五十嵐が攻撃する瞬間。勝呂の力が一瞬弱まる。

 こいつらの本命はあくまで五十嵐の攻撃。勝呂は俺を抑える事が目的だ。だからこそ、勝呂は五十嵐の攻撃したほんの一瞬の間だけ力を弱めた。

 だが、その瞬間を俺は狙っていた。

 俺は勝呂の力が弱まった瞬間に足払いをした。


「なっ!?」


 勝呂の体制が崩れる。その瞬間に一回目の言霊を発言。全体的な身体能力強化を行い、背後にいた五十嵐を蹴り飛ばす。

 体制が崩れながらも身体能力が強化された勝呂はなんとか持ち直し、五十嵐を蹴り飛ばした俺を攻撃してくる。

 だが、既に俺は二回目の発言していた。

 二回目に思い込んだ効果は反射神経の強化。これにより勝呂の攻撃を躱した後、3回目の発言をする。再び身体能力の強化し、勝呂を殴り飛ばした。


「ぐあっ!!」


「ぐおぉぉ!」


 すると、一瞬で二人がぶっ飛ぶ状態が完成する。

 勝呂は壁に激突し、五十嵐は床を数メートル転がっていった。勝呂の方は気を失ったのか動かなくなったが、五十嵐の方は俺を見ながら起き上がろうとしていた。


「あ、あいつの言霊っ!再発言時間リマークタイムがないのか!!」


 再発言時間リマークタイムとは、一度発言した言霊がもう一度発言できるようになるまでの時間の事だ。

 言霊には一部の例外を除いて、再発言時間リマークタイムが存在する。

 その時間はそれぞれの言霊によって異なり、長いものあれば短いものがある。

 そして俺の言霊『偏執』はその一部の例外に該当がいとうする。何故なら『偏執』にはその再発言時間リマークタイムが"存在しない"のだ。つまり0.1秒たりとも言霊が使えなくなる時間が存在しない。

 俺の言霊の一番の強みは、応用力の高さではなく再発言時間リマークタイムがない事だ。


「くそっ、作戦失敗だ。凛花、お前は知っていたか?」


「い、いえ。私は、知らなかったわ・・・」


 五十嵐がいつも俺と一緒にいた凛花なら知っていた可能性があると思い、凛花に訪ねるが彼女は知らない。

 今まで人前で言霊の連続使用をしてきた場面はいくつもあるが、ここまでの速度での連続使用は初めてだ。そしてその事を以外に話した事はない。


「おーい、リオン。帰るぞー」


「ん、ああ。終わったのか」


 そんな事を考えているとレシオンとJがやって来た。

 どうやらやることやったようだ。返り血で全身が真っ赤に染まったJを見て俺はそう思った。

 チラリと凛花達を見る。勝呂がダウンしているのに、レシオンとJが合流して数的にも不利になっているというのに、二人はまだやる気だった。

 そして、何故か凛花がレシオンに向けて凄く睨んでいた。


「久しぶりだな。亮」


 ふと、その二人のものではない声が聞こえた。

 凛とした女性の声だ。心辺りがある俺はその声の方を向く。

 そこには俺の元上司である立花 静が立っていた。


「戻ってくる気はないんだな?」


「ああ。恩を仇で返すようだが、俺はそっちに戻るつもりはない」


「・・・そうか」


 戻る気はないとハッキリ伝えた俺を彼女は残念そうに見ていた。彼女には世話になったが、こればっかりは譲れない。


「あいつが起きたら伝えといてくれ。あいつは何か企んでる時は口角が少し上がる癖がある。それと足下にも気を配れってな」


 俺はこの場にいる全員に聞こえるように言った。

 あいつはとは気を失っている勝呂の事だ。俺が五十嵐の奇襲に気付けたのは勝呂の悪い癖のおかげだ。あいつは昔から分かりやすい癖がいくつもある。


「・・・ああ、言っておくさ」


「じゃあな」


 そう言うと俺は窓ガラスを破壊し、俺達はそこから外に飛び出した。

 俺達全員が俺の『偏執』で身体能力を強化してこの場を離れる。拠点を知られる訳には行かないので、のんびり歩いて帰る訳には行かない。俺達は建物の上を飛びながら拠点を目指す。

 離れる瞬間。凛花の「待って!」という声が聞こえたが、俺はそれを無視した。


「・・・いいのか?彼女のこと」


「・・・」


 レシオンが変な気遣いをして聞いてくる。

 だが、彼女の事については俺自信の考えもまだまとまっていない。俺はレシオンの質問に無言で答えてしまった。






「待って!」


「凛花、追うな」


 追いかけようとした凛花に立花が制止の声がかかる。上司からの命令により、凛花は飛び出そうとした身体を寸前で止めた。


「そんなっ、静さん!どうしてですか!?」


「あいつがこっちに戻ってくる気がない事はお前もわかっだろ?」


「っ!!それはっ!なんとか私が説得して見せます!だから!」


「それにあの男・・・"ブラック・ジョーカー"は危険だ。亮が抜けてあいつが別の任務中である今の戦力ではあいつらを相手にするのは危険すぎる。だが・・・まさか本当にブラック・ジョーカーと組んでいるとは」


「・・・でもっ!」


「凛花、気持ちはわかるが今は立花さんの言うとおりだ。亮だけを相手に俺達二人は事実上負けたんだ。あいつらを相手にするのは戦力が足りない」


「・・・」


「今日の所は撤退だ。五十嵐、勝呂を起こしてやれ」

 

「はい」


 五十嵐は気を失っている勝呂を担ぎ上げると、勝呂を背負いながら出口に向かってあるいていく。その後に立花も続いて外に出ていった。


「亮・・・」


 最後に残った凛花はすっかり日が暮れている空を見上げながら、何を考えているわからない想い人の名前を虚しく呟くのだった。


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