第16話 エフト

 コールス地方を語る上で、避けては通れない存在。


 それがエフト族である。


 彼らは自らして滅びたエフタル王国の末裔と称している。


 だがそんな彼らは再び滅亡の危機に瀕していた。


 中つ原と呼ばれる中原にて栄えたエフタル王国が滅びた際に、彼らはコールス地方の山中に逃れた。


 そして今や大っぴらに他勢力と交わることなく、細々と山中に暮らす少数民族となり果てていた。 


 東からガドモア王国、北からノルト王国と二つの国に挟まれたエフト族の未来は、決して明るいものではない。


 そんなエフト族であったが、このコールス盆地に住む人々にとっては、時には良き隣人であり、時には冷酷な略奪者という二面性をもった厄介な存在であった。


 食糧事情が良ければ交易を、食うに貧すれば山賊にもなる恐るべき存在。


 そんな関係に終止符を打ったのは、この地を治めることになったジェラルド・ネヴィルであった。


 彼は領民たちからエフト族のことを聞くと、ほとんど身一つでエフト族の根拠地へと乗り込んだ。


 そして食料に困ったらいつでも言え、出来る限り融通する。その代りに敵・の振りをし続けてくれと。


 また、エフト族が持ち寄る交易品の中にノルト産の物を見つけたジェラルドは、彼らにノルト王国との橋渡し役を頼んだ。


 この二つはある意味で国に対する背信行為とも取れる内容である。


 エフト族に敵の振りをさせ続けることで、領内が荒れており国に対し規定の税が治められず、また出兵の要請に関しても領内に守備の兵を裂かねばならぬので、規定以下の兵力しか出せないとの言い訳に使うのである。


 こうして浮いた金をジェラルドは、領内の発展のために使う積りであった。


 さらには敵国であるノルト王国に、エフト族を一枚噛ませることでの密貿易をも協力者であるロスコの発案により画策していた。


 大国であるガドモア王国を騙し、手玉に取らんとするジェラルドをエフト族の族長であるガジムは大いに気に入った。


 年も近かったこともあり兄弟のように親密な関係となり、盟友として今に至る。


 なのでエフト族は、表向きにはネヴィル家の敵である。


 だが…………




「おう、アデル、大きくなったのぅ。カインもトーヤも元気か?」




 父勝るとも劣らない大男。だがその頭髪は薄くて白い。


 その大男がアデルの頭を遠慮なしに、ガシガシと力を込めて撫でまわす。




「いらっしゃいガジム小父おじちゃん。交易に来たの? 今、父上とお爺様を呼んで来るから待ってて」




 ガジムと呼ばれた男は、勝手知ったる何とやらといった感じで、応接室に向かうとソファにどかりと腰を落とした。


 父と祖父が来るまでの間、ガジムの相手をするのはカインとトーヤ。




「二人とも……いや、三人とも大きくなったなぁ。幾つになった?」




「六歳になったよ」




 と、カインが元気よく答える。


 祖父や父からエフト族のことはよく聞かされている。そしてこのガジムが、そのエフト族の族長であることも三人は知っていた。


 三人にとってガジムは祖父の友達であり、よく遊んでくれる体の大きい気の優しい小父さんであった。




「もうそんなになるのか。月日が経つのは早いもんだ。ふむ、六歳か…………そろそろいいかも知れんな…………お前たち、今度ウチに遊びに来るか?」




「え? いいの? 俺、俺、ヤクに乗ってみたい!」




「ああ、俺も! ヤクに乗りたい!」




 はっはっは、そんなのお安い御用だとガジムは笑った。


 エフト族は山羊、羊の他にヤクを家畜としている。ヤクは毛皮、肉、角、や骨に至るまで全てが有用であり、さらには山地での貴重な駄載獣ださいじゅうとしての役割を担っていた。


 元々この地には生息してはいなかったが、エフタル王国が栄えていた頃に、遥か東方より持ち込まれたとされている。


 このヤクを使役しているのは現在のところ、このエフト族のみであると言われており、毛皮は勿論、角や骨を使った工芸品は珍品として扱われているという。


 そうこうしている内に、ジェラルドとダレンが応接室へと入って来た。




「アデル、カイン、トーヤ、お前たちは外で遊んできなさい」




 はーい、と返事をして三人は応接室から出て行こうとする。




「ヤク見に行こうぜ!」




「賛成!」




「ヤクに乗って見たいんだけど」




 わいのわいのと騒ぎながら遊びに行こうとする三人に、ダレンは危なっかしいものを感じて釘を刺す。




「お前たち、危ない事はするんじゃないぞ! ダグラスの目の届く範囲で遊ぶんだ。いいな?」




「はーい」




 と、若干天テンションを下げながら返事をする三人。


 お目付け役が居ては、ヤクの背に乗るような冒険は許されないだろうなと、肩を落とす。


 三人が出て行ったのを見届けると、ジェラルドとダレンはガジムの対面のソファに腰を下ろした。




「互いに商売は繁盛しとるようじゃな。して、御子息の御容態は?」




 ジェラルドは友を気遣うようにして尋ねた。




「良くは無い……祈祷も部族に伝わる秘薬も効かぬ。見た目は元気にしてはおるが、時折血を吐くようになった……今すぐにどうこうというわけではないが、長生きはせぬだろう……」




「それほどまでに……ダムザ殿…………」




 ダレンは思わず目頭を抑えた。


 ダムザとはエフト族の族長であるガジムの息子で、ダレン、ギルバート共にこれもまた兄弟のように親しかった。




「そこで今日は一つお願いがあって来た」




「どうなされた? 儂らの間柄じゃ、そう畏まらんでも」




 いや、いや、とガジムは頭を横に振り、そして下げた。




「御存じのとおり、儂の後を継ぐのは息子のダムザだ。だが、残念なことにダムザには男児に恵まれなんだ。病に侵されし身だ。今からでは色々と無理だろう。そこでだ、これはダムザの願いだが、娘……つまり儂の孫娘サリーマの婿としてアデル殿を迎えたい」




「いや、それでは…………」




「血は残せる。御存じの通り、この血にはエフタル王家の血が流れておる。滅びたとはいえ、王家の血を絶やすわけにはいかぬ」




「ならば氏族から婿を迎えられてはいかがか?」




「いや、それは出来ぬ……それでは血が濃くなりすぎるのだ。ジェラルド殿がこの地に来られる前に、我らが人攫いをやっていたのもそのせいなのだ。今は、この地の民から平和的に嫁を娶り、婿を迎えられるようになってこういった問題も解決しつつあるが…………族長である我が家には、各氏族の血が何代にもわたって色濃く受け継がれておるでのぅ……」




 ジェラルドとダレンは顔を見合わせた。


 お互いに親しい友人の頼みともあれば、一も二もなく聞き届けてあげたい。


 だがこのガジムの願いには、一つだけ無理があった。




「ガジム殿とダムザ殿の願い、我らとしても叶えるのは吝かではないが、それは無理じゃ」




 なぜ? といった顔をガジムは二人に向けた。




「アデルはこのネヴィル家の嫡男である。嫡男の婚姻は国に届出が必要じゃ。継承の問題があるからの。もしもじゃが、国がこの婚姻に興味を抱いたとしたら…………」




 国に嗅ぎまわれ、密貿易や偽装敵対などがバレるとネヴィル家もエフト族も終わりである。


 ガジムはそれを聞いてがっくりと項垂れた。


 その力を失った肩を、ジェラルドが力強く叩いた。




「そこでじゃ。嫡男のアデルはそういった理由から婿養子に送り出すことは出来ぬが、二男のカインならばどうじゃ? ダレン、お前もよかろう?」




「兄とも慕うダムザ殿の願い。カインを送り出すのに反対する理由が御座らぬ」




 ダレンは即座にジェラルドの案に賛成を示した。




「おお、おお、忝い、忝い…………感謝する!」




「はっはっは、水臭いわ。これで我がネヴィルとエフトは文字通り結ばれた。今まで以上に協力して行きましょうぞ」




 こうしてアデルたち三人の知らぬ間に、カインのエフトへの婿養子入りが決定した。


 ただし、婚儀を上げるのはカインが成人してから。これは用心に用心を重ねた上でのことであり、成人した後、カインは表向きネヴィル家を勘当され行方不明となることが決定した。

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カルディナ戦記 @0343-osashimi

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