二泊三日とカツカレー

 遊覧船のデッキから、色づきはじめた紅葉を眺め、湖水の青とのコントラストを楽しんだ。風が冷たくて、じっとしていると芯まで冷える。トシは船室に引き上げ、ぼくとヒデはデッキを歩き回って寒さに耐えた。せっかくのプレゼントなのだから、しっかり見ておかなくては、と考えていた。暖かい船室にいたトシは、そのうち眠りこけてしまった。

 華厳の滝を見たあと、湯本まで行くというオート三輪の荷台に乗せてもらって戦場ガ原で降り、光徳牧場のキャンプ場まで歩いた。キャンプ場には三~四組のキャンパーがいて、火を焚き、食事をしていた。その楽しそうな様子を見ながら、ぼくらもやっとまともな食事が食べられると、顔をほころばせた。迫る夕暮れにせかされて、テントを張り、食事の準備を急ぐ。ところがバーナーの調子が悪く、火力が上がらない。水はしびれるほど冷たく、気温もぐんぐん下がっていて、いくらたっても沸騰しないのだ。そのうち火が消えてしまい、またつけなおす。そうやって、一時間以上もかけて米を炊いた。できたご飯は、べちゃべちゃのおかゆで、しかも中にシンがあるというとんでもないシロモノ。それでも、缶詰の魚やソーセージを乗せて、流し込むように夢中で食べた。よく誰もお腹をこわさなかったものだ。お腹が丈夫なこと、これもヒッチハイクの基礎体力のひとつである。

 翌朝はラーメンに挑戦したが、この時も水が沸騰せず、できたラーメンはベタベタで、とても食べられるようなものではなかった。ラーメンを諦め、スープと缶詰だけの食事になった。このときの教訓は後のヒッチハイクで活かされることになる。すなわち、高性能のバーナーを購入し、予備に固形燃料を持つこと。そして食事のメニューも状況に応じて変更できるように考えておく。さらにフランスパンを一本持ち歩くと便利だ。などなど。

 牧場の前で拾った小型トラックはいくらも進まず、龍頭の滝でぼくらを降ろした。おかげでその滝を見ることができた。ぼくらは龍頭の滝をとても気に入って、長いことそこで遊んだのだが、これもたまたまトラックがそこで止まったからだ。ヒッチハイクをしていると、予想もしなかった素敵な場所に出会うことが少なくない。

 帰りはかなり順調にいき、今市で乗ったトラックはそのままぼくらを東京駅まで運んでくれた。東京駅着6時5分。ぼくらは所持金を調べて、使ったお金を計算した。買ったものはアイスキャンディや牛乳、りんごなど、一人計250円。お金はたっぷり残っている。今までロクなものを食べていなかったことを思いだし、ヒッチハイクの成功を祝って食堂でなにか食べよう、と話が決まった。

 「カレーにするか?」

 「うん。ふんぱつして、カツものせよう」

 お祝いだから豪華にいこう、と注文したカツカレーの値段が、一人250円。ぼくたちの2泊3日の旅費とちょうど同じ金額が、カツカレー一杯で消えた。


 

  ☆   ☆


 ヒッチハイクを三人でやるという無謀なことは、この時が最初で最後だった。ぼくはヒデと組んだり、トシと組んだり、あるいは一人で行ったりと、休みのたびにヒッチハイク旅行を続けた。世話になった運ちゃんに帰ってから礼状を書き、ていねいな返事をもらったりした。その中で運ちゃんは決まってこう書いていた。

 「またヒッチハイクをしている若い人を見かけたら、できる限り乗せるつもりだ」と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒッチハイク物語 第1部〈入門編〉初めてのヒッチハイク 鈴木ムク @muku-suzuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ