強すぎる仲間を追放したら、今度は俺が追放される事になったんだが?

式崎識也

追放されました。



 今日、パーティーから1人の男を追放する。


 そいつには才能があって、力があって、努力していて、おまけにいい奴だ。だからそいつは、俺たちみたいなのと腐っているべきじゃない。あいつはもっと凄い奴らと、上を目指すべきだ。


 けどあいつにこれを直接言うと、そんな事ないって否定するだろう。僕の方が皆んなに助けられてますって、人懐っこい顔で笑うのだろう。


 でも俺だって、馬鹿じゃない。俺たちがいくら努力しても、お前に追いつけない事くらい分かってる。今まではそれでもと、必死に努力してきたけど……そろそろ限界だ。


 お前がA級の冒険者に声を掛けられているのを、知っている。でもお前はそれを、断った。……弱い俺たちを、放っておけないから。


 だから俺がお前にしてやれることなんて、もうこんなことしかない。


「……ごめんな」


 きっとこの言葉も、言うべきではないのだろう。


「何か言ったか?」


「いいや。それよりそろそろ、あいつが来る頃だろう? 大切な話があるから、他の奴らも集めといてくれ」


「へいへい。相変わらず我らがボスは、人使いが荒いぜ」


「いいから行けっての」


 仲間の1人が去っていく。俺はそんな仲間から視線をそらし、遠い空へと視線を向ける。……皮肉なくらい、綺麗な青空だ。雨でも降ってくれれば、少しは気も楽だったのに。


 ため息を吐いて、視線を正面に戻す。するとちょうど、あいつがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。


「何ですか? 大切な話って。あ、もしかしてまた、新しい人でも入って来るんですか?」


 いつも通りの人懐っこい笑みに、胸が痛む。……こいつはほんと、昔から何も変わらない。だから俺は思わず、言葉を飲み込んでしまいそうになる。



 ……けど、それでも俺は言った。



「お前、俺らのパーティーから抜けてくれねーか」



 そこから先のことは、あんまり覚えてない。できるだけ三下みたいな笑顔を貼り付けるので手一杯で、他の事まで気が回らなかった。


 まあでも、あいつはパーティーから、抜ける事になった。強いから迷惑なんて暴論に、仲間の何人かが納得したのはショックだったが、それもまあ仕方ない事だ。


 あいつにここは、似合わない。だから俺たちみたいな三流は、結局こういう事しかできないんだ。


「……まっずい煙草。辞めようかな、もう」


 吹き出す煙が、夜空へと消える。不意にあいつの泣きそうな顔が、脳裏をよぎる。結局俺はあいつの強さばかり見て、あいつの顔を見ていなかったのかもしれない。


 でも、これが正しい筈だ。あいつはこんな所で燻ってていい奴じゃない。



 今日、パーティーから1人の男を追放した。しかしその背を追う者は、誰も居ない。



 ◇



 あいつをパーティーから追放してから、2年の時が流れた。


 あいつは優秀な冒険者たちと数々のダンジョンを踏破し、今や最高峰の冒険者として名を馳せていた。


「おいおい、見ろよ? ボス。あいつまた、新聞に載ってるぜ?」


 仲間の1人が、なんだか含みのある笑みでこっちに近づいて来る。


「あー、確かにな。頑張ってるよな、あいつ」


 俺はできるだけ、興味なさげにそう返す。


「そうだよ! 本当に頑張ってる。すげーじゃねーか。今やあいつの名を知らない冒険者はいねぇ! なぁ、おいボス? お前が急にあいつを追放するなんて言い出さなけりゃ、俺らも今頃、こんな風に新聞に載ったりできたんじゃねーの? なぁ、おい!」


「……何言ってんだ、馬鹿馬鹿しい。これはあいつの力だ。それに俺らの器じゃねーよ、こういうのは」


「そりゃ、あんたの見解だろ? ボス」


 いつのまにか俺の周りには、仲間たち全員が集まっていた。そしてそいつら全員が、仲間には決して向けないような冷たい目で、俺を睨んでいる。


「お前ら、何が言いたい?」


「簡単な話だよ、ボス。あいつをここに連れ戻してくれよ? あんたはあいつの、恩人なんだろう? ならあんたが頭を下げりゃ、あいつもきっと戻ってきてくれる」


「お前、誰に向かって言ってるか分かってんのか? する訳ねーだろ? 馬鹿が」


「おいおいおい、ボス。それゃないぜ。あんたの所為で、俺たちゃいつまで経っても、こんな所にいる始末だ。あんたの所為でこうなったんだから、あんたが、責任を取るべきだ。違うか? ボス」


 全員の目が俺を射抜く。刀にまで、手を伸ばしてる奴もいやがる。どいつもこいつも考えなしで、己を知らな過ぎる。己の力で成せない事は、誰に頼ったって無理だっていうのに。


「……断る。俺は俺の選択を間違えているとは思わない。気に入らない奴が居るなら、俺のパーティーから出て行け」


「はっ、ははははははははっ! おいボス、俺のパーティー? 周りを見て見ろよ? 今のあんたに、一体誰が付いて行くと思うよ? あんたに選択権はねーんだよ」


 全員が同じような笑みを俺に向ける。そこでふと、思った。こんなくだらないことを、俺はあいつにしてしまったのだと。半端な敵意に、薄っぺらい蔑み。多勢に無勢の卑劣な行為。


 ああ、そうか。あいつもこんな気持ちだったのか。


「俺の答えは変わらない。俺の答えに従えないなら、お前ら全員出て行け。それでもどうしてもって言うのなら、お前ら全員と戦ってやる。……どうするよ?」


 俺は本気の殺意をこいつらに向ける。それも、仲間に向けるようなものでは無い。だからもう、それが答えだった。


「……ちっ。くそめんどくせぇ奴め。もういい、あんたは出て行け! あんたのやり方にはもう、誰もついて行きゃしないんだよ!」


 こうして、巡り巡って俺もあいつと同じ目にあった。


 自業自得。因果応報。自分のやり方にこだわり続けた俺は、皆の気持ちを疎かにしていた。結局はそれだけの事で、だから後悔は無い。だって結局は、俺の所為なんだから。


 ……でも、少しだけ悪いと思う。


「ごめんな、皆んな。俺の所為で……」


 言い訳がましい言葉は誰にも伝えず、俺は粛々とパーティーを後にした。



 ◇



 それから半年。もう誰かとパーティーを組む気になれなかった俺は、独りでぶらぶらと生きていた。たった独りでダンジョンに潜る訳にもいかず、かといって戦う事以外にできる事も無い。


 少ない金で安い宿を転々とし、どうしようもない時は用心棒や傭兵の真似事をして日銭を稼いだ。立派な大人とは言えないが、これもまた俺らしいと、そう思って生きてきた。


 そんな時ふと、あいつが現れた。


「お久しぶりですね、ボス。いや……元ボス」


「お、お前は……」


「やだなぁ、そんな驚いた顔して。僕の事、忘れちゃいました? 2年程前に貴方が追放した男ですよ」


 随分と背が伸びていて、一瞬誰か分からなかった。でもこいつは、今や生きる伝説として語られる男。俺が俺の都合で追いやった男だ。


「……そういえば、居たな。お前みたいな奴」


 俺は目を逸らして、そう答える。


「……はっ。でしょうね。貴方は僕の事が、気に入らなかったんだ。自分よりずっと強くなった僕が気に入らなくて、だから僕を追放した!」


「もう昔の話だ。覚えてねーよ」


「貴方は──。……はっ、そう言えば聴きましたよ。貴方、パーティーを追放させられたそうじゃないですか。ざまぁないですね。人にそんな事をするから、自業自得です!」


 こいつは酷く高揚している。弱い自分を必死に隠して、自分を強く見せようとするように。


 そんな事をしなくても、お前はもうヒーローで、俺なんかに構う必要はないんだ。こんな所まで来て、俺なんかと話す価値は無い。


「ああ、そうだよ。俺はそういう奴なんだよ。結局はその程度でしか無かった。……それよりお前、いいのか? 今やヒーローなんだろう? 俺なんかに構ってないで、他にやる事があるんじゃないか?」


「貴方に心配される謂れはありませんよ。今の僕には優秀な仲間も居ますし、明日の生活もままならない貴方とは違う」


 思わず笑いそうになって、でも俺はそれを無理やり飲み込む。


「そうだ。俺とお前は違う。だからお前が俺に会いに来る必要なんて、どこにも無いんだよ」


「……そうですか。結局、貴方は……そうなんですね。分かりました。僕はもう行きます。もう2度と、会う事はないでしょうね……!」


 男は去って行く。伝える事も、言いたい事も何も無い。だから俺は、黙ってその背を見送る。今更俺が何をいっても、遅いから。



「…………頑張れよ」



 思わず言葉が、口から溢れた。聞こえるべきでは無い。言うべきでは無いのに、俺は今更、そんな事を言ってしまった。


 でもそんなの、今のあいつに聞こえる訳無い。あいつの眼中に、俺なんて居ないんだ。


 ……なのになんで、立ち止まるんだよ。


「何なんだよ。何なんだよ! 何なんだよ!! 何なんだよ、貴方は! 今更、そんな事を言うなよ!」


「いや、今のは──」


 慌てて取り繕おうとするけど、取り合ってもらえない。


「僕は本当は、ずっと貴方に認めて欲しかった! 僕を助けてくれ、た貴方の力になりたかった! 貴方と世界を、見て回りたかった! なのに貴方は……僕を追い出して……。だから、僕は貴方を恨むしか無かった!」


 言わせるべきでは無いのに、俺にはこいつの言葉を止められない。


 独白が続く。


「本当は、本当は! 気づいてた! 貴方が僕の為を思って、あんなやり方をとったんだって! でも……でも! そんなの、ずるい! 貴方がそんなやり方をするなら、僕は頑張るしかないじゃないか! 僕はただ貴方に認めて欲しくて……なのに貴方は!」


 そうか。こいつはそこまで、俺の事を思ってくれていたのか。つくづく俺は器じゃない。人の心の機微に疎い奴なんかに、ボスが務まるはずがなかった。


「……お前は、その……。アレだよ、うん。俺はとっくに……お前を認めてる。ずっとずっと前から、お前の事は認めてるよ。でも俺には……あんなやり方しかできなかった」


「今更そんなの知らない! もう遅いんだ、何もかも……」


「そうだな。俺は確かに遅いかも知れない。でもお前は、そうじゃないだろう? 俺は大丈夫だからさ、お前はお前の道を生きろよ」


「…………」


 こいつはただ泣きそうな目で俺をみるだけで、何も言葉を返さない。だから俺は、もう一度同じ言葉を言って、終わりにする。


「頑張れよ。お前はさ、俺と違ってすごい奴なんだから」


「貴方……だから、そうじゃ……そうじゃないのに……。……もういい。貴方の事なんて知らない! 勝手にのたれ死ねばいいんだ! バカっ!」


 あいつはそう言って、去って行く。今度こそ俺は、何も言わずにその背を見送った。


 冷たい風が頬を撫でる。なんだか無性に煙草が吸いたくなって、ポケットを弄る。……が、そういえば昨日で切れちまってたんだ。


 買いに行ってもいいが、そういう気分でもない。だからなんとなしに、空を見上げる。あの日と同じ、青空だ。しばらくそうして空を見上げる。それからあいつの姿が完全に見えなくなるのを待って、意味も無く反対の道へと歩く。


「……禁煙するかな」


 何故だかそんな言葉が、口をついた。



 ◇



 次の日。扉を叩く音で目が覚めた。


「誰だよ、こんな時間に」


 そう溢して乱暴に扉を開けると、昨日去って行った男が照れくさそうな表情でそこに立って居た。


「……は? なんでお前が、ここに居るんだよ」


 間抜けな声が溢れる。


「パーティー、抜けてきました」


 男は何一つ憂う事なく、真っ直ぐにそう告げた。


「は? お前バカか、何言ってやがる。そんな冗談を──」


「冗談じゃ無いです。僕は僕の意志で、彼らのパーティから抜けた。貴方にとやかく言われる筋合いは無い」


「何を……何を言ってやがる、馬鹿が! そんな事をしてどうすんだよ? お前、せっかく……これからって時に、何をやってるんだ!」


「うるさい! 僕がどうしようと、僕の勝手だ! 僕は誰かに褒められたくて、戦ってきたんじゃ無い。お金が欲しかった訳でも、ヒーローになりたかった訳でも無い。僕はただ、貴方に認めて欲しいだけなんだ!」


 何を……こいつは一体、何を言ってるんだ?


「お前、そんな理由で……。いやそもそも、俺はとっくに……」


「あんな言い訳みたいな言葉、知るもんか! 昔のあんたは、あんな簡単に人を褒めなかった。何より、あんな自分を卑下する言葉、言わなかった。そんな貴方に認められても、嬉しくなんて無い!」


「何言ってやがるんだ! 俺は昔から、お前を……」


「知らない! そんな事! 僕は貴方のそばに居る。貴方が僕を認めてくれるまで、僕を救ってくれた貴方が貴方自身を認めるまで、僕は貴方の側に居る! 貴方の意見なんて聞く気は無い!」


 思わず、その言葉に圧倒されてしまう。デカくなったと思っていたけど、何も変わってねーじゃねーか。本当に昔のままで、だから……何も言えねーじゃねーか、バカが。


「……はぁ。それで本当に、いいのかよ?」


 ため息が溢れる。


「当たり前ですよ。やっと自分の意志で、決断できたんだ」


 その目は真っ直ぐで、眩しいくらいに真っ直ぐで、そんな目で見つめられると、俺に言える言葉は何も無い。


「分かったよ。その代わり一つだけ、条件がある」


「なんです?」


 俺は大きく息を吐いて、久しぶりに本気で笑いながらその言葉を口にした。



「煙草、買って来てくれ」


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