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「連絡くると思った!さすが占い師。」

電話口の向こうで、はるかが楽しそうにケラケラと笑った。

その能天気さにたまに気分を逆なでされる時があるけれど、今のあたしにはこの明るさが無性に嬉しかった。

「いや、やっぱりさ、このままだとまずい気がするんだよね」

「そんな葵のために、ちゃんと探しておいたよ。」

「ありがとう!めずらしく準備はやいじゃん。」

「それ、失礼だと思わない?葵が行くって言わないと連れていくけないじゃん?」

話を聞けば、こないだ会った日にすでにはるかはあたしのために知り合いの占い師仲間に声をかけて夢占いを得意とする人をすでに見つけてくれていたようだった。

ただ、そういうスピリチュアルな部分をまったく信じないあたしが自分から行くと言わない限り、連れて行くことは困難だと、今までの経験上わかっていたはるかは、準備が整っても声をかけなかったらしい。

そういう所があたしたちの間の信頼という目に見えない繋がりなんだろうかと柄にもなく心がジンとした。

「その人はさ、私が直接知ってるわけじゃないの。知り合いの知り合い?らしくって、夢占いでは有名な人みたいだから一回そしたら行ってみよう。」

「あたし1人で?」

「え、いい大人なんだから1人でいけるじゃん。」

「ここまで来てあたしだけで行くの?はるかも気にしてたじゃん。」

そこから不毛で生産性のない無駄な押し問答が続いて、結局はるかが折れて2人で一緒に行くことになった。

決まってもブーブー文句を言っていたはるかだったけれど、なんとなくはるかははるかなりにあたしを心配しているんだというのが伝わってきて、口にはもちろん出さなかったけれど、ありがとうと心の中で呟いた。

「なんであんなにこないだは興味ありそうだったのに、一緒に行くのしぶってたわけ?」

「だって、ちょっとめんどくさくなったんだもん。」

はるかはそういう奴だ。

気分屋でめんどくさがりで、適当。

聞こえないようにあたしはため息をついた。

それから少し時間がたてばまったく内容も思い出せないような、空っぽで中身のない話をしばらくしてあたしたちは電話を切った。

電話をきればやってくる静寂が、これからくる夜の時間への不安をあたしに抱かせる。

また目を閉じればあの夢が、あたしを迎えに来てどこかに連れて行く。

それは夢と呼ぶにはリアルで、現実と呼ぶには不確かな儚さを持っている。

ベットに入って布団をかぶってみるけれど、打ち勝てないものは必ずこの世にある。

重くなった瞼の裏があたしに迫り、遠のく意識がダメだと言っているのがわかるのに、あたしはゆっくり目を閉じた。


ぼんやりとした光の中、その不確かで現実とは思えない空間の中で、お祖母様は私の目を射抜いて、いや、私を通り越して私ではないものを見つめて無感情で抑揚のない声で話続けた。

「その昔、浦島家はただの貧しい漁師だったという。そんな時当時の当主が海で1人の人魚と出会った。人魚の肉を食せば不老不死が得られるという伝説に、村は湧きたち、その人魚を生け捕りにした。が、その男はな、そんな伝説よりもその人魚の美貌に目を奪われ心を奪われた。これをものにしたいとそう願ったという。人の欲は恐ろしく、人の執着は海より深い。人魚が捌かれる日、あれほど金に目が眩んで騒ぎ立てた村人たちはいざその時になると姿かたちは異形なれど、人となりをした可憐な人魚に刃物を突き立てるなど到底できなかった。なんとも卑怯なものよ。その時名乗り出たのが我が当主。のろわれてはいけないと誰も覗いてはいけないと釘をさし、そして男はそこで人魚と犬をすり替えた。村人たちはそれが本物なのか区別もつかぬ。いや、本物だろうとまがい物だろうと関係はなかろう。金さえ手に入ればいいのだから。村人たちは競うように人魚の肉と称した犬の肉を奪いあったという。」

お祖母様は私にこんな昔話を聞かせてどうしようというのか。

それでもお祖母様の口は動くのをやめない。

何かにでも取り憑かれたかのようにその口は不気味に言葉を紡ぐ。

「そして男は人魚を手に入れた。が、周りには絶対知られてはいけない。家の奥へと閉じ込めた。しかし、人魚は陸では生きられぬ。どうにか海に返してくれと懇願したが男は一向に聞き入れぬ。そこで人魚は、この家に富と栄華を与える代わりに海に返すという約束を男に取り付けた。そこから浦島家はどういうわけか栄華を誇った。さらに漁にでれば大漁でいつしか村人たちも助言を求めはじめ、このあたりを束ねる存在になったという。しかし、男は人魚との約束を守らなかった。なんとも愚かであさましいことか。どんどん弱って行く人魚を男は一度も顧みなかった。そしてついに人魚は力尽きたという。その時人魚のお腹にはな、男との子供が宿っていたという。そして、人魚は死に際に呪詛の言葉を呟いたという。」

そこでお祖母様は言葉を止めた。

「・・・なんと言ったのですか?」

恐る恐る聞く私の問いに頭をゆっくり振った。

「わからぬ。それは一切伝わっておらぬ。が、わかるであろう。男は長生きをせず、女しか産まれぬ我が浦島家を見ればおのずと答えはでるであろうよ。」

私とお祖母様の間にどす黒い重い何かが渦巻く。

それを破ったのはお祖母様だった。

「櫻子や、15になった浦島家の女はな、一度人として死に人魚として今日生まれ変わらねばならぬ。そして20になった時そなたは、我が浦島家に捧げられた男と契りを結ぶのです。これが脈々と受け継がれてきた掟であり、運命であり、そして罰なのです。」

「そんなこと聞いてない!」

思わず私は声を荒げてしまった。

キッと目を細めて私を射抜いたお祖母様に恐怖を感じた私はそれ以上なにも言えなくなった。

ぎゅっと白装束を握りしめた。

だから白装束なのか。

人間の私は今日死ぬらしい。

血が上った頭でなぜか急にどうでもいいことに納得した。

「これに例外はない。そなたはもう今日から人ではなくなるのです。そして、人に恋をしてはいけないのです。」

ああ、どこかで聞いた言葉。

モヤモヤと輪郭がはっきりしない記憶の中で、誰かが、いや私はそれが誰かを知っている。

私を抱いた母が泣いている。

そしてこの世界を理解できない幼い私に何度も何度も呟いた

「人に恋してはいけないの。」

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人を夢見る魚 @keikho

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